第225話 赫月の晩餐は、傷ついた迷宮を踏みにじる
Sランク冒険者パーティー《赫月の晩餐》の五人は、白い霧の中をゆっくり進んでいた。
急がない。
怯えない。
先ほど三十五人もの侵入者が全滅した迷宮だというのに、足取りには余裕すらあった。
先頭を歩くのは、細い眼鏡をかけた斥候、シアン・ヴェルク。
その後ろに、赤黒い長剣を腰へ下げたリーダー、レオルド・ヴァンゼル。
大柄な拳闘士、ガスト・ロウガ。
炎術師、ミレイア・ゾルド。
そして最後尾には、いくつもの鎖と巨大な空間収納具を背負ったドグル・ハイン。
五人全員が、管理音声の推定ではSランク域。
しかも、無傷。
こちらは違う。
グズの泥核は傷ついている。
ハイハネの霧核も消耗している。
カゲヌイの影糸は半分近く失われた。
湿骨王列の骨も、大量に砕かれている。
霧喰い刃ゴブリンは三体が死亡。
六体が重傷。
ガルザヴェインは、覇王化してから初めての大規模戦闘を終え、立つことさえ難しい。
そんな最悪の時に。
最悪の五人が来た。
◇
白い部屋で、余は五人の姿を見ていた。
「管理音声」
《はい》
「間違いないのか」
《五名全員、高位魔力反応》
《推定危険度:Sランク域》
「一人ではないな」
《はい》
「五人全員だな」
《はい》
「……なぜ今なのだ」
答えは分かっている。
こいつらは待っていた。
外で。
三十五人の侵入者が迷宮へ入るのを見ていた。
罠を踏ませた。
魔物と戦わせた。
こちらが疲弊するのを待った。
そして、全ての魔力反応が消えた直後に入ってきた。
「最初から、先の連中を使い捨てにするつもりだったのか」
《その可能性が高いです》
壁面の向こうで、シアンが白い床へしゃがんだ。
指先で血の跡へ触れる。
「三十五人全滅で間違いない」
シアンは、指についた血を布で拭った。
「どうして分かる?」
ミレイアが聞く。
「外へ戻る足跡が一つもない。血の流れも全部、奥で途切れてる」
「使えたの?」
「かなり」
シアンは白い床に残った傷を指した。
「泥が出る場所。骨槍の角度。霧が濃くなる地点。影を使う魔物の範囲。全部、先の連中が残してくれた」
ガストが笑う。
「死体が地図になったってわけか」
「そういうこと」
「死んでも役に立つとは、雑魚にしちゃ上出来だな」
余の中で、怒りが揺れた。
あの三十五人も侵入者だった。
余の迷宮へ入り、エリラの実を奪おうとした。
だから殺した。
だが、この五人は最初から、彼らが死ぬことを望んでいた。
自分たちのために罠を踏ませる道具として。
「ロード」
ガルザヴェインが、覇王練兵窟の床へ拳をついた。
「オレ、デル」
「駄目だ」
「デラレル」
「立ててもいないだろう!」
ガルザヴェインは立とうとした。
膝が上がる。
片足を床へつく。
だが、脇腹の奥で黒い魔力が乱れた。
「グ……!」
巨体が再び沈む。
フィルエが、その肩へ手を置いた。
「まだ駄目」
「エリラ、タベル」
「もう食べてる。傷は塞がっても、中の流れが戻ってない」
「デモ」
「駄目だ!」
余は強く言った。
「今出れば、お前まで殺される!」
ガルザヴェインの拳が震えた。
行きたいのだ。
守りたいのだ。
だが、動けない。
それが余計に悔しいのだろう。
「今は休め」
「……ウン」
返事には、納得など一欠片もなかった。
◇
シアンは、燃え残った白灰薬果林へ入った。
周囲には、先ほど死んだ侵入者たちの遺体が転がっている。
シアンは遺体を見ても、顔色一つ変えない。
むしろ、一体の足を掴んで引きずった。
「何するの?」
ミレイアが聞く。
「罠の残りを見る」
シアンは死体を前方へ投げた。
白い床へ落ちた瞬間、壁から骨槍が飛び出す。
死体を三本の槍が貫いた。
「まだ生きてるな」
「罠が?」
「骨の方」
シアンは骨槍の角度を見た。
「右壁から三本。次は床下から来る」
彼は別の死体を蹴った。
死体が転がる。
今度は床から骨鎖が伸び、死体の両足へ絡んだ。
「なるほど」
シアンは小さな金属杭を床へ打つ。
魔力が広がり、骨鎖が動かなくなった。
「行ける」
五人は、死体の横を何でもないように通り過ぎた。
「……腹立たしい」
余は呟いた。
湿骨王列が、戦おうと骨を鳴らす。
「待て」
余は止めた。
「今出ても、手の内を見せるだけだ」
湿骨王列の骨が、悔しそうに軋んだ。
「分かっている。余も同じだ」
◇
白灰薬果林の奥に、動けなくなった霧喰い刃ゴブリンが一体残っていた。
先ほどの戦闘で炎を受けた個体。
仲間たちが撤退する途中、崩れた白灰薬樹の下敷きになり、取り残されたのだ。
「ギ……」
ゴブリンは、近づいてくる五人を見て刃を握った。
腕は震えている。
片脚は焼け、まともに動かない。
それでも、自分の体を木の陰から引き出そうとする。
「生き残りだ」
ガストが笑った。
「殺す?」
ミレイアが聞く。
「待て」
レオルドが止めた。
「使える」
「何に?」
「迷宮の反応を見る」
ドグルが鎖を放った。
鎖の先端が、ゴブリンの腕へ絡む。
「ギッ!」
小さな体が木の下から引きずり出された。
ゴブリンは刃を振るう。
ドグルの鎖へ刃が当たる。
傷一つつかない。
「元気だな」
ドグルが鎖を引いた。
ゴブリンの体が宙へ浮く。
そのまま白い幹へ叩きつけられた。
「ギァッ!」
「やめろ!」
余は叫んだ。
もちろん、奴らには聞こえない。
ガストが近づき、ゴブリンの焼けた脚を踏んだ。
骨が折れる音がした。
「ギギギィッ!」
小さな悲鳴が、白灰薬果林へ響く。
ガストは、さらに足へ力を込めた。
「他の魔物が助けに来ると思うか?」
ドグルが聞く。
「来るなら配置が分かる」
シアンが周囲の霧を見た。
「来なければ?」
「こいつを壊して次へ行く」
ガストは笑っている。
ゴブリンは、折られていない腕を伸ばした。
白い霧の奥へ。
仲間がいる方向へ。
「ギ……ギ……」
余の中で、命令が喉まで上がった。
助けろ。
ハイハネの霧で隠せ。
カゲヌイの影で鎖を切れ。
グズの泥で引き戻せ。
だが。
こいつらはそれを待っている。
助けに出せば、隠している配下の位置が知られる。
傷ついた仲間を、さらに危険へ出すことになる。
「ロード」
マネの声が震えた。
「タスケル?」
余は答えられなかった。
ゴブリンの悲鳴が、また響く。
ガストが今度は腕を踏んだ。
「仲間を呼べよ」
「ギ……!」
「声が小さいぞ」
腕の骨が折れた。
「やめろ……」
余の声は、自分でも驚くほど弱かった。
「やめろ」
届かない。
ガストは何度もゴブリンを蹴った。
白い床に、血が散る。
それでもゴブリンは、仲間を呼ばなかった。
呼べば来るかもしれない。
来れば殺される。
小さな魔物が、それを理解しているのかは分からない。
ただ、口を閉じて耐え続けた。
シアンが周囲を見回す。
「来ないな」
「見捨てられたか」
ミレイアが退屈そうに言った。
「じゃあ、もういいだろ」
ガストがゴブリンの頭を掴んだ。
「待て!」
余は叫んだ。
次の瞬間。
ゴブリンの頭が白い床へ叩きつけられた。
一度。
二度。
三度。
小さな体が動かなくなる。
《霧喰い刃ゴブリン一体、死亡》
白い部屋が静まり返った。
「……ロード」
フィルエの声がした。
「余が殺した」
「違う」
「助けなかった」
「出したら、もっと死んでた」
「それでも」
余は、動かなくなったゴブリンを見ていた。
「余が助けないと決めた」
ガストは手についた血を、ゴブリンの服で拭った。
「つまらねえな」
その一言で。
余の怒りは、冷たい殺意へ変わった。
◇
「全員、聞け」
余は配下へ命じた。
「勝手に出るな」
グズの泥が揺れる。
ハイハネの羽が荒く動く。
カゲヌイの影が震える。
霧喰い刃ゴブリンたちも、仲間の死を見て刃を握っている。
「出るな!」
余は、もう一度強く言った。
「今の余たちでは、こいつらに勝てない」
認めたくなかった。
だが、認めなければさらに死ぬ。
「先ほど三十五人と戦ったばかりだ。傷も、魔力も、何も戻っていない」
マネが、余の声を迷宮全体へ広げる。
「全戦闘配下、深部方向へ撤退」
配下たちが動かない。
「命令だ」
ようやく、グズの泥が引き始めた。
ハイハネも霧を薄く畳む。
カゲヌイの影糸が、負傷したゴブリンたちの腰へ絡み、深部へ引く。
湿骨王列が、砕けた仲間の骨を回収する。
「非戦闘員は、さらに奥へ」
赤金果守ゴブリンたちがフィルエを見る。
「行って」
フィルエが言った。
「木のところじゃない。避難区画へ」
「ギ……」
「大丈夫。私も後で行く」
嘘だ。
フィルエは、エリラの木から離れるつもりがない。
余には分かった。
「フィルエ」
「うん」
「お前も下がれ」
「木は?」
「余が見る」
「ロードは動けない」
「分かっている!」
言ってから、余は自分の無力さを突きつけられた。
余は迷宮だ。
壁を動かせる。
罠を起動できる。
配下へ命令できる。
だが、自分の手でフィルエを抱えて逃がすことはできない。
傷ついた配下を自分の腕で守ることもできない。
「それでも下がれ」
「……分かった」
フィルエはそう答えた。
だが、その目はエリラの木の方向を見ていた。
◇
五人は、さらに奥へ進んだ。
シアンは、白い床に残る僅かな泥の跡を読む。
「泥が引いた」
「逃げたか?」
ガストが聞く。
「たぶん」
「追うか」
「追わない」
レオルドが答えた。
「魔物を殺しに来たんじゃない。目的は赤金の果実だ」
「でも、痛めると面白いぞ」
「帰りに好きなだけやれ」
ガストが笑う。
「さすが隊長」
余は、その会話を聞いていた。
帰りに。
こいつらは、実を手に入れた後も配下を殺すつもりだ。
「絶対に帰すものか」
そう思う。
だが、今は戦力がない。
ガルザヴェインは動けない。
他の配下は傷ついている。
余が怒りのまま出せば、あのゴブリンのように殺される。
五人は、撤退した配下を追わず、深部へ向かう。
目的がぶれない。
そこが天蓋の猟犬に似ている。
だが、あいつらとは違う。
天蓋の猟犬は仲間を救うために進んだ。
こいつらは、自分たちが欲しいから進む。
◇
最初の深部罠が起動した。
重泥霧。
空気を重くし、足を沈める霧。
だが、シアンは罠が完全に広がる前に止まった。
「来るぞ」
「何が?」
シアンは足元へ白い粉を撒いた。
粉が空中で急に沈む。
「重さを増す霧」
彼は長い金属棒を前へ伸ばす。
棒の先端が床へ沈んだ。
「範囲は、この先十二歩」
「消せる?」
ミレイアが聞く。
「熱で空気を上へ逃がせ」
「了解」
ミレイアが手を上げる。
「炎術――陽炎路」
高温の空気が、細い道となって前へ伸びる。
重泥霧そのものを焼いたわけではない。
熱で空気の流れを作り、重い霧を左右へ押し出した。
五人が通れる幅だけ、霧が薄くなる。
「歩ける」
五人は、罠の中央を抜けた。
「重泥霧が……」
余は呟いた。
《侵入者、罠構造を完全解除せず、最小範囲のみ突破》
「無駄がない」
次は、逆星骨の仕掛け。
床下から魔術の方向をずらす骨。
だが、五人は魔術を使わなかった。
シアンが先ほど奪った方位盤を投げる。
方位盤が床へ落ちた瞬間、針が逆方向へ回った。
「この床、魔力の方向を曲げる」
「なら踏まない」
ドグルが鎖を天井へ投げた。
鎖の先が白い岩へ食い込む。
五人は鎖を使い、床へ触れずに向こう側へ渡った。
「余の罠を、遊び道具のように……!」
ルオとは違う。
ルオは力で無視した。
こいつらは、見て、考え、最小限の手間で避ける。
Sランクパーティー。
強さだけではない。
経験も技術も、今までの侵入者とは違う。
◇
中層と深部を結ぶ白骨門の前で、湿骨王列の一部が残っていた。
撤退命令が届くより先に、門の内側へ組み込まれていた骨兵たち。
すぐには移動できない。
「湿骨王列、門を崩して下がれ!」
余が命じる。
骨兵たちが自ら門を解体し始める。
だが、間に合わない。
「いたぞ」
ガストが笑った。
骨兵が槍を向ける。
「待て」
レオルドが手を上げた。
「一体、残せ」
「また罠を見るのか?」
「奥への道を吐かせる」
「骨が喋る?」
「喋らなくても反応は見る」
ガストが前へ出る。
湿骨王列の骨槍が一斉に突き出された。
十本。
二十本。
ガストは避けない。
「剛拳技――岩砕肌!」
全身の筋肉が膨れ、灰色の魔力が皮膚を覆う。
骨槍が胸や腕へ当たる。
何本かは刺さる。
だが、浅い。
ガストは笑いながら槍を掴んだ。
「弱ってるな!」
力任せに引く。
湿骨王列の一部が、門から引き剥がされた。
骨がばらばらに崩れる。
「やめろ!」
余は叫ぶ。
ガストは骨兵の頭を掴んだ。
そのまま白い床へ叩きつける。
頭蓋骨が割れた。
別の骨兵が槍を突き出す。
ガストは腕で受ける。
槍が刺さったまま、骨兵の胸を拳で砕いた。
「ほら、もっと来い!」
ミレイアが後ろから炎を放つ。
骨兵の脚だけを焼く。
立てなくなった骨兵が床へ倒れる。
それでも腕だけで這おうとする。
「しつこい」
ミレイアは、倒れた骨兵の上へ細い炎を落とした。
すぐには焼き尽くさない。
骨の表面を、少しずつ赤く熱する。
骨兵が床を掻く。
音にならない苦しみ。
「ミレイア」
シアンが言う。
「一体は残せ」
「分かってる。これは要らない方」
余は、白い部屋で震えていた。
怒りで。
何もできない自分への怒りで。
湿骨王列を助けに、別の配下を出したい。
だが、出せば同じ目に遭う。
「門を捨てろ」
余は命じた。
「残っている骨は、全部切り離せ」
《実行》
湿骨王列の本体が、門との繋がりを切った。
残された骨兵たちが、動きを止める。
もう本体ではない。
ただの骨になる。
ガストが眉をひそめた。
「死んだ?」
「切り捨てられた」
シアンが答えた。
「奥にいる本体が、ここを捨てたんだ」
「逃げ足だけは速いな」
余は何も言い返せない。
余が切り捨てた。
そうしなければ、本体まで引きずり出される。
正しい判断だ。
だが、正しいから苦しくないわけではない。
◇
五人は、白骨門を越えた。
深部。
エリラの木まで、まだ距離はある。
だが、近い。
余は、迷宮図を見た。
残っている防衛線。
偽赤金反応。
反響喰い。
連結焼き。
黒泥城。
影軍縫い。
どれも、万全ではない。
そして相手は、先の戦闘跡から多くを学んでいる。
「ロード」
フィルエが呼んだ。
「何だ」
「あの人たち、来る」
「ああ」
「木まで」
「ああ」
「どうする?」
余は答えられなかった。
戦わせれば、配下が死ぬ。
退かせれば、エリラの実を取られる。
だが、実は戻る。
一個でも残れば。
全部取られなければ。
ロードとして守るべきは何だ。
宝か。
配下か。
答えは、黒冠軍戦で出たはずだった。
実は戻る。
配下は戻らない。
「全員、撤退を続けろ」
余は言った。
声が、喉に刺さるようだった。
「深部の戦闘配下も下げる」
「ロード!」
フィルエが叫ぶ。
「このままだと、木まで来る!」
「分かっている!」
「実を取られる!」
「分かっている!」
「なら――」
「だから何だ!」
余の声が白い部屋を震わせた。
フィルエが黙る。
余は、自分の声を抑えた。
「……実は戻る」
「でも」
「一個でも残れば、明日にはまた生る」
「全部取られたら」
「数個で帰るかもしれない」
自分でも、弱い希望だと分かっている。
「これだけ大量にある。必要な分を取れば、普通は満足する」
「普通じゃない」
「分かっている!」
余は叫び、すぐに後悔した。
フィルエは悪くない。
怖いのだ。
あの木を失うことが。
「それでも、配下を出せば死ぬ」
余は静かに続けた。
「グズも、ハイハネも、カゲヌイも、湿骨王列も、ゴブリンたちも、もう戦えない」
「私が行く」
「駄目だ」
「話す」
「聞く相手に見えるか!」
「でも!」
「駄目だ!」
フィルエの目に、悔しさが浮かぶ。
「余の命令だ。隠れていろ」
「……」
「数個なら、くれてやる」
その言葉を言うだけで、余の中が裂けるようだった。
「実は戻る。だから、皆を生かす」
ガルザヴェインが、床から顔を上げた。
「ロード」
「お前も動くな」
「エリラ」
「分かっている」
「マモル」
「今のお前では守れない!」
ガルザヴェインの拳が床へめり込む。
「……クヤシイ」
「ああ」
余も悔しい。
殺したい。
五人全員。
ガストも。
ミレイアも。
シアンも。
ドグルも。
そしてレオルドも。
だが、怒りで配下を殺すわけにはいかない。
「耐えろ」
余はガルザヴェインへ言った。
同時に、自分へ言った。
「今は、耐えろ」
◇
五人の前で、最後の深部防衛門がゆっくり開いた。
レオルドが足を止める。
「向こうから開いたぞ」
ガストが笑う。
「降参か?」
「罠かもしれない」
シアンが門の向こうを調べる。
霧。
白い道。
だが、攻撃反応はない。
「魔物が下がってる」
「怖気づいたのね」
ミレイアが笑った。
レオルドは、門の奥を見た。
「違う」
「何が?」
「守る物が奥にある」
彼は、わずかに残る甘い香りを感じ取った。
「戦力を失うより、宝を渡す方を選んだんだ」
余はその言葉を聞いた。
正しい。
正しいから、腹立たしい。
「行くぞ」
レオルドが門を越える。
「少しだけ、迷宮の判断を褒めてやろう」
ガストが笑った。
「実を渡せば、帰ってやるって?」
「気分次第だ」
五人が深部へ入る。
配下のいない道。
罠を止めた道。
エリラの木へ続く道。
余が、自分で開いた道。
フィルエは、隠された通路の奥から五人を見ていた。
拳を握りしめている。
爪が掌へ食い込むほど強く。
「出るな」
余は言った。
「絶対に出るな」
「……うん」
返事は小さかった。
エリラの木には、今日も多くの実が生っている。
赤金色の果実。
甘い香り。
フィルエが毎日管理してきた命の実。
余は、数個が奪われる光景を想像した。
悔しい。
だが、耐えられる。
明日には戻る。
皆が生きていれば、それでいい。
そう、自分へ言い聞かせる。
五人の足音が、木へ近づいてくる。
その中で、レオルドの声が響いた。
「赤金の果実を見つけたら、まず価値を確かめる」
「それから?」
ドグルが聞く。
レオルドは笑った。
「持てるだけ持ち帰る」
余は、その言葉を信じた。
持てるだけ。
必要なだけ。
数個。
多くても、数十個。
全部ではない。
まだ、この時の余は。
こいつらの強欲が、余の想像をどれほど超えているのか知らなかった。




