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第224話 白い林は、三十五人を喰い、五人を迎える

 魔神覇王ゴブリン・ガルザヴェインの拳と、白い仮面の槍使いが放った細槍が、真正面から激突した。


貫槍秘技かんそうひぎ――竜骨抜りゅうこつぬき!」


覇王拳はおうけん――砕城さいじょう!」


 白い槍と黒い拳。


 二つの力がぶつかった瞬間、白灰薬果林はくかいやっかりんの中央が爆発した。


 赤金色の偽果実が枝から弾け飛ぶ。


 甘い果汁が炎の中へ散り、眠りを誘う香りが濃く広がった。


 白い仮面の槍使いは、両足を床へ食い込ませながら踏みとどまる。


「ぐ……!」


 細槍が大きくしなった。


 ただの金属ではない。


 高位魔獣の骨と、魔力を通しやすい銀鋼を重ねた武器だ。


 それでも、槍の中央に亀裂が走った。


「拳で……この槍を……!」


「ホソイ」


 ガルザヴェインが低く言った。


「オレノ、コブシヨリ、ホソイ」


「太さで武器を語るな!」


 槍使いは叫び、力比べを捨てた。


 細槍をガルザヴェインの拳へ滑らせ、その脇を抜く。


 狙いが変わる。


 拳ではない。


 脇腹。


 鎧のない場所。


 その奥を走る、覇王化したばかりの魔力の道。


穿うがて!」


 槍先が黒い皮膚へ食い込んだ。


「ガルザヴェイン!」


 余は叫んだ。


 ガルザヴェインは身をひねった。


 心臓への直撃は避けた。


 だが、槍は脇腹を貫き、背中から穂先を突き出した。


「グ……!」


 黒い血が、白い床へ落ちる。


 白い仮面の奥で、槍使いが笑った。


「入ったぞ!」


「ウン」


 ガルザヴェインは、槍を見下ろした。


「ハイッタ」


 そして、槍を握った。


覇王掴はおうづかみ」


「なっ――」


 掴んだのは柄だけではない。


 槍の中を流れる魔力。


 竜骨抜の技を形作る流れ。


 それを、ガルザヴェインの爪が引っかけた。


 逃げようとする魔力を捉え、握り込む。


 細槍の内部から、鈍い音が鳴った。


 ばきん。


 魔力の道が砕けた。


 白い仮面の槍使いが、武器を引こうとする。


「離せ!」


「イヤダ」


 ガルザヴェインは、自分の脇腹に刺さった槍を、そのまま引いた。


 槍使いの体が前へ崩れる。


「グズ!」


 余が命じる。


「グズ!」


 黒泥が槍使いの両足へ絡みついた。


「カゲヌイ!」


 影糸が、細槍を握る両腕の影を縫う。


湿骨王列しつこつおうれつ!」


 左右の地面から骨鎖が伸び、槍使いの肩と腰へ巻きついた。


 槍使いは、魔力を爆発させる。


「舐めるな!」


 黒泥が弾けた。


 影糸が何本か切れる。


 骨鎖も二本、砕かれる。


 だが、その間にも霧喰いきりくいばゴブリンたちが走っていた。


 三体一組。


 一体が正面から視線を引く。


 一体が槍使いの腰にある短剣を抜き取る。


 最後の一体が、膝裏の鎧留めを切った。


「小物が!」


 槍使いが蹴りを放つ。


 ゴブリンの一体が、まともに受けた。


 小さな体が宙へ浮く。


 白い幹へ激突する。


「ギッ……!」


 動かない。


「……オマエ」


 ガルザヴェインの声が低くなる。


 槍使いが顔を上げた。


「何だ」


「ナカマ、ケッタ」


「迷宮の魔物だろうが!」


「オレノ、ナカマ」


 ガルザヴェインは槍を掴んだまま、拳を引いた。


「覇王拳――破軍はぐん!」


 拳が、白い仮面の槍使いへ叩き込まれた。


 個人だけを殴る拳ではない。


 その背後に続く隊列ごと崩す拳圧。


 白い仮面が砕ける。


 槍使いの胸が陥没する。


 さらに後方にいた護衛三人までまとめて吹き飛び、燃える果樹へ叩きつけられた。


 槍使いは床を何度も跳ねた。


 最後に背中から白灰の幹へ激突し、止まる。


 口元から血が流れた。


「……こんな……ゴブリンに……」


「ゴブリン、ダ」


 ガルザヴェインは答えた。


「デモ、オマエヨリ、ツヨイ」


 白い仮面の槍使いは、もう返事をしなかった。


《Aランク上位相当個体、死亡》


《ソウル獲得:191,000》


 濃いソウルが迷宮へ流れ込む。


 だが、ガルザヴェインの脇腹には、折れた槍先が残っている。


 黒い血も止まっていない。


「ガルザヴェイン、下がれ!」


「マダ」


「傷が深い!」


「マダ、イル」


 その通りだった。


 三十五人のうち、すでに六人は倒れている。


 今の一撃でさらに四人。


 それでも、まだ二十五人が生きていた。


    ◇


「全員、下がりながら戦え!」


 私兵隊長が叫んだ。


 片方の塔盾は砕けている。


 残る一枚も、縁が大きく欠けていた。


「出口へ向かう! 果実は捨てろ!」


「せっかく採ったんだぞ!」


 冒険者の一人が、赤金色の偽果実を詰めた袋を抱える。


 薬師の女が怒鳴った。


「それは本物ではありません! 持っていても足が遅くなるだけです!」


「傷は治った!」


「軽い回復効果があるだけです! このままでは全員死にます!」


 袋を抱えた冒険者は迷った。


 その迷いの間に、ハイハネの霧が背後から回り込む。


 距離感覚が狂う。


 出口へ向かっているつもりで、男は果樹林の奥へ走った。


「こっちだ!」


 仲間が呼ぶ。


 マネが、その声を別方向から真似た。


「こっちだ!」


 男は偽物の声へ向かう。


 白い霧の奥。


 そこには、湿骨王列が待っていた。


「え?」


 骨槍が、男の腹から背中へ抜けた。


 袋が落ちる。


 偽の赤金果実が、血の中へ転がった。


《侵入者一名、死亡》


「持って帰ろうとするからだ」


 余は冷たく言った。


 だが、侵入者側も崩れきらない。


 薬師の女が、残っている薬瓶を確認する。


「眠り対策はあと十二人分!」


「動ける者へ優先しろ!」


 私兵隊長は、重傷者を見た。


 四人。


 自力では走れない。


「担げるか」


「無理です!」


 部下が答える。


「敵が近すぎる!」


 私兵隊長は、一瞬だけ目を閉じた。


 そして命じる。


「置いていく」


 重傷者の一人が顔を上げる。


「隊長……?」


「すまん」


「待ってくれ!」


「全滅するよりましだ!」


 残る私兵たちが走り出す。


 重傷者たちが、白い床に残された。


「戻れ!」


「置いていくな!」


「俺はまだ――」


 ハイハネの灰霧が、彼らを包む。


 叫び声が遠ざかる。


 霧喰い刃ゴブリンたちが近づいた。


 重傷者の一人が、震える手で剣を持ち上げる。


「来るな……!」


 ゴブリンたちは、以前なら一斉に飛びかかっていただろう。


 今は違う。


 一体が剣を持つ腕へ刃を投げる。


 一体が逃げ道を塞ぐ。


 一体が喉を狙う。


 短く。


 確実に。


 苦しませるためではない。


 敵として殺すために。


 四人の声が、順番に消えた。


《侵入者四名、死亡》


《ソウル獲得:82,000》


「前を追え!」


 余が命じる。


 マネが、余の声を林へ広げる。


「前を追え!」


 霧喰い刃ゴブリンたちが走る。


 黒冠に操られた時のような乱れはない。


 自分たちの意思で。


 同じ迷宮の仲間と共に。


    ◇


 逃げる二十人の前に、グズの黒泥城が立ち上がった。


 巨大な城ではない。


 今は戦闘で消耗している。


 それでも、出口へ続く通路を塞ぐには十分な泥門だった。


「正面突破する!」


 私兵隊長が、残る塔盾を構えた。


「術師、門を焼け!」


 残った火術師と風術師が並ぶ。


「炎よ!」


「風よ!」


 炎と風が重なる。


「混成魔術――炎嵐破えんらんは!」


 巨大な炎の渦が、黒泥城へ叩き込まれた。


「グズ!」


 黒泥が泡立つ。


 表面が乾く。


 城門に亀裂が走る。


 その隙へ、私兵隊長が盾ごと突っ込んだ。


重盾技じゅうじゅんぎ――攻城走こうじょうそう!」


 盾が泥門へめり込む。


 亀裂が広がった。


 私兵たちが後ろから押す。


「開け!」


 黒泥城が揺れる。


「グズ!」


 グズの声が苦しそうに響く。


 黒冠軍戦で削られた泥核は、まだ完全には戻っていない。


 さらに今日の戦闘で、何度も泥を焼かれている。


「グズ、無理をするな!」


 フィルエが言った。


 だが、グズは門を開かない。


「グ……ズ……!」


 侵入者たちが押す。


 黒泥城が押し返す。


 その背後から、大剣使いが走り込んだ。


「退け!」


 大剣が上がる。


「大剣奥義――山割やまわり!」


 巨大な刃が、泥門の亀裂へ叩き込まれた。


 黒泥城が裂けた。


「グズ!」


 余の叫びと同時に、泥門が崩れる。


 出口への道が開いた。


「進め!」


 侵入者たちが、一斉に駆け出した。


 グズの泥が追おうとする。


 だが、動きが鈍い。


 ハイハネの霧も、炎嵐に焼かれて薄くなっている。


 カゲヌイの影糸は、光術師が撒いた光石に照らされ、隠れられない。


 湿骨王列も、多くの骨を失っている。


 霧喰い刃ゴブリンたちは傷だらけ。


 そして、ガルザヴェインの脇腹からは血が流れ続けている。


 余の迷宮軍も限界に近い。


「ロード」


 ガルザヴェインが、折れた槍先を脇腹から引き抜いた。


 黒い血がさらに噴く。


「馬鹿! 抜くな!」


「オエナイ」


「今のお前では――」


「オエル」


 ガルザヴェインは、エリラの実を一つ口へ放り込んだ。


 フィルエが戦場の後方へ用意していた治療分。


 赤金の光が脇腹へ集まる。


 出血が弱まる。


 裂けた肉が少しずつ閉じる。


 だが、槍に傷つけられた魔力の流れまでは戻らない。


 覇王化したばかりの力も、連戦で大きく消耗している。


「傷は塞がっただけだ!」


「ワカル」


「なら休め!」


「ニガシタラ、マタクル」


 ガルザヴェインは走った。


「ガルザヴェイン!」


 止まらない。


 魔神覇王は、逃げる二十人の背中を追った。


    ◇


 先頭の侵入者たちが、浅層へ続く白い通路へ入る。


「出口は近い!」


「走れ!」


「後ろを見るな!」


 その声を、マネが真似た。


「止まれ! 罠だ!」


 先頭の三人が反射で足を止める。


 後ろの者がぶつかる。


「偽物だ!」


「走れ!」


 だが、今度は本当に罠だった。


 止まった三人の足元から、湿骨王列の最後の骨鎖が伸びる。


 足首へ絡む。


 転倒する。


 後続がまた詰まる。


 そこへガルザヴェインが追いついた。


覇王踏はおうとう――砕陣さいじん!」


 白い床が揺れた。


 侵入者たちの足元に描かれていた退避用の魔術陣が砕ける。


 薬師の女が振り返った。


「転移札が!」


「もう走るしかない!」


 私兵隊長が盾を構え、最後尾へ回る。


 大剣使いも並ぶ。


「また俺たちか」


「文句があるか」


「ない。死ぬのは嫌だがな」


 白い仮面の槍使いは、もう死んでいる。


 残る高位戦力は、この二人。


 私兵隊長。


 大剣使い。


 そして、戦闘力は低くても全員を生かし続けている薬師。


「薬師を先に行かせろ!」


 私兵隊長が叫ぶ。


「残る者は道を開け!」


 ガルザヴェインが止まる。


 その背後から、配下たちが追いついてくる。


 傷ついた霧喰い刃ゴブリン。


 薄くなったハイハネの霧。


 床の上を這うグズの泥。


 光を避けながら伸びるカゲヌイの影。


 砕けた骨を組み直しながら進む湿骨王列。


 皆、限界だ。


 それでも来た。


「ミンナ」


 ガルザヴェインが低く言う。


「サイゴ」


 ゴブリンたちが刃を構える。


「ギギッ!」


 グズの泥が、最後の力で盛り上がる。


「グズ!」


 ハイハネの羽が一度、大きく開く。


 カゲヌイの影糸が、白い床を黒く走る。


覇王号令はおうごうれい――進軍しんぐん


 魔神覇王の声が、疲れ切った配下たちを立たせた。


 最後の激突が始まった。


    ◇


 私兵隊長が、塔盾を前へ突き出した。


「全員、俺の後ろへ!」


 盾の後ろへ、生き残った者たちの魔力が集まる。


 十数人分。


 大剣使いも、盾の横で剣を構える。


「これで最後だ!」


「覇王拳――砕城!」


 ガルザヴェインの拳が塔盾へぶつかる。


 衝撃で通路全体が揺れる。


 私兵隊長の両足が床へ沈む。


 盾の表面に亀裂が走る。


 だが、砕けない。


 後ろにいる者たちが、魔力を送り続けている。


「耐えろ!」


「出口まで、あと少しだ!」


 大剣使いが横から斬りかかる。


 ガルザヴェインの肩へ刃が入る。


 戦傷覇装せんしょうはそうが光る。


 だが、消耗している。


 大剣が肩の肉を裂いた。


「グ……!」


 私兵隊長が盾を押し返す。


「押せるぞ!」


 ガルザヴェインの足が半歩下がる。


 その時、霧喰い刃ゴブリンたちが盾の左右へ散った。


 正面からは行かない。


 二体が右。


 二体が左。


 残る三体が、床へ滑り込む。


「下だ!」


 私兵隊長が気づく。


 だが、遅い。


 小さな刃が、塔盾を固定する革帯へ入る。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 革帯が切れた。


 盾の重さが、私兵隊長の片腕だけへかかる。


「ぬっ!」


 カゲヌイの影糸が、その腕の影を縫う。


 グズの泥が右足を沈める。


 ハイハネの最後の濃霧が、左目を覆う。


 湿骨王列の骨槍が、盾の下へ差し込まれる。


 全員の力で、塔盾が傾いた。


「ガルザヴェイン!」


 余が叫ぶ。


「ウン!」


「覇王拳――砕城!」


 二度目の拳が入る。


 塔盾が砕けた。


 破片が私兵隊長の鎧へ食い込む。


 拳はそのまま胸へ届く。


 鎧が陥没する。


 骨が折れる。


 私兵隊長の巨体が後ろへ飛び、生き残った者たちを巻き込んだ。


《Aランク相当個体、死亡》


《ソウル獲得:164,000》


「隊長!」


 薬師が叫ぶ。


 大剣使いが怒鳴りながら、ガルザヴェインへ飛び込む。


「よくも!」


「オマエラ、キタ」


 ガルザヴェインは、大剣を拳で受ける。


「オマエラ、ホシガッタ」


「黙れ!」


「オマエラ、ミンナ、キズツケタ」


「迷宮に入れば殺し合いだろうが!」


「ソウダ」


 ガルザヴェインの金色の目が、大剣使いを見た。


「ダカラ、コロス」


 大剣使いの刃が、ガルザヴェインの拳を押す。


 強い。


 Aランク上位。


 すでに傷つき、武器も欠けている。


 それでも、ガルザヴェインと正面から数秒押し合う力がある。


「俺は……こんなところで死なねえ!」


「ミンナ、ソウイウ」


「俺は違う!」


「ミンナ、ソウイウ」


 ガルザヴェインは、空いている左手を大剣の側面へ置いた。


「覇王掴み」


 刃へ流れる魔力を掴む。


 大剣使いの奥義を形作っていた力が止まる。


「また、それか!」


「ウン」


 ガルザヴェインが握る。


 魔力の流れが砕ける。


 大剣が折れた。


 大剣使いの目が見開かれる。


 その胸へ、ガルザヴェインの拳が入った。


「覇王拳――破軍」


 男の体が、後ろにいた侵入者たちごと吹き飛ぶ。


 胸が潰れる。


 折れた大剣が手を離れる。


 大剣使いは床へ落ちた。


《Aランク上位相当個体、死亡》


《ソウル獲得:203,000》


 残る者たちの心が折れた。


    ◇


「逃げろ!」


 誰かが叫ぶ。


 隊列はもうない。


 薬師を守る者もいない。


 それぞれが、出口だと思う方向へ走り出す。


 マネが声を重ねる。


「こっちだ!」


「出口はこっちだ!」


「助けてくれ!」


 誰の声が本物か分からない。


 ハイハネの霧が、再び薄く広がる。


 グズの泥が、狭い道を塞ぐ。


 カゲヌイの糸が、逃げる影を一つずつ縫う。


 湿骨王列が、砕けた骨を短い槍に組み直す。


 霧喰い刃ゴブリンたちが、逃げ遅れた者から追いつく。


 戦いではなく、狩りに変わった。


 一人。


 また一人。


 悲鳴が消える。


《侵入者一名、死亡》


《侵入者二名、死亡》


《侵入者一名、死亡》


《侵入者三名、死亡》


 最後まで走っていたのは、薬師の女だった。


 戦闘力は低い。


 だが、軽い。


 薬で自分の疲労と眠気を抑え、白い通路を走る。


「あと少し……!」


 入口の白い霧が見えた。


 外の夜が、その向こうにある。


「出られる……!」


 薬師は手を伸ばした。


 その手首の影へ、カゲヌイの糸が刺さった。


 体が止まる。


「いや……!」


 グズの泥が足首へ絡む。


 薬師は最後の瓶を投げた。


 泥を固める青い粉。


 だが、瓶が床へ落ちる前に、霧喰い刃ゴブリンが飛びついた。


 瓶を抱えたまま横へ転がる。


 青い粉が、誰もいない壁へ散った。


 薬師は叫ぶ。


「待って!」


 湿骨王列の骨槍が、背後から近づく。


「私は戦ってない!」


 余は、白い部屋で彼女を見た。


 戦っていない?


 偽果実の眠りを破った。


 泥を固めた。


 骨を溶かした。


 何人も立たせた。


 この集団の生存率を上げ続けた。


 十分に戦っている。


「殺せ」


 余が命じた。


 骨槍が、薬師の背中を貫いた。


 胸から白い穂先が出る。


 薬師の伸ばしていた手が、白い霧へ届く寸前で落ちた。


《侵入者一名、死亡》


《ソウル獲得:118,000》


 白い通路が静かになった。


    ◇


《侵入者三十五名、全滅》


《今回戦闘総獲得ソウル:1,427,000》


 余は、しばらく何も言わなかった。


 勝った。


 三十五人を全員殺した。


 迷宮軍として戦い、誰一人外へ返さなかった。


 だが、こちらも無傷ではない。


《霧喰い刃ゴブリン、死亡三体》


《重傷六体》


《湿骨王列、損耗率四十二パーセント》


《ハイハネ、霧核負荷大》


《グズ、泥核損傷》


《カゲヌイ、影糸損耗》


《ガルザヴェイン、重傷》


「……三体」


 霧喰い刃ゴブリンが三体、死んだ。


 フィルエが静かに目を伏せる。


 ガルザヴェインは、その場で片膝をついた。


「ガルザヴェイン!」


 余の声に、彼は拳を床へつく。


「ダイジョウブ」


「大丈夫な者は膝をつかん!」


「……ソウカ」


 ガルザヴェインの脇腹が再び開いている。


 肩も深く裂けている。


 胸には盾撃の跡。


 戦傷覇装を使い続けたことで、過去の傷まで熱を持っていた。


 フィルエが、エリラの実を抱えて走ってくる。


 一個ではない。


 熟した実をいくつも。


「食べて」


「ウン」


 ガルザヴェインは三つ続けて食べた。


 さらに二つ。


 赤金の光が、開いた傷を塞いでいく。


 だが、立ち上がらない。


「管理音声」


《はい》


「なぜだ。傷は治っているだろう」


《表面損傷は回復中》


《竜骨抜による内部魔力経路損傷》


《覇王技の連続使用による精神核および魔神性流の消耗》


《即時戦闘復帰は非推奨》


「回復まで」


《安静状態で数時間》


「数時間……」


 フィルエが、ガルザヴェインのそばへしゃがむ。


「休んで」


「マダ、テキ?」


「今はいない」


 そう言いながら、余は外縁を確認した。


 白い霧の外には、まだ複数の人影が残っている。


 だが、三十五人の魔力反応が全て消えたことで、多くは怯えていた。


「戻らないぞ」


「全滅したのか?」


「帰るべきだ」


「あんなところへ入れるか!」


 いくつもの集団が、森から離れ始める。


 当然だ。


 そうするべきだ。


「……終わった」


 余は呟いた。


 今日の戦いは、これで終わった。


 そう思った。


    ◇


 森の少し離れた場所。


 五人だけは、動かなかった。


 他の冒険者たちが撤退を始めても。


 白い迷宮の中から戦闘音が消えても。


 彼らは、最初からそこで待っていた。


 五人の中央に立つ男が、白い霧を見た。


 長い黒髪。


 赤黒い長剣。


 高価な外套。


 左耳には、五つの小さな金輪。


 男の名は、レオルド・ヴァンゼル。


 Sランク冒険者パーティー、


 《赫月の晩餐かくげつのばんさん


 そのリーダーだった。


「静かになったな」


 レオルドが言った。


 隣にいる大柄な男、ガスト・ロウガが笑う。


「先に入った連中、全滅ですかね」


「そうだろう」


「三十五人もいたのに?」


「三十五人いたから使えた」


 レオルドは、白い霧へ向けて顎を上げた。


「罠を踏ませた」


「魔物を疲れさせた」


「強い奴を表へ引っ張り出させた」


 小柄な男が、細い眼鏡を直した。


 斥候役のシアン・ヴェルク。


「魔力の波が大きく落ちました。特に、最後に出た高位個体。今はほとんど動いていません」


 術師の女、ミレイア・ゾルドが笑う。


「なら、入り時ね」


 最後の一人。


 鎖と大きな空間収納具を持つドグル・ハインが、森の奥へ目を向けた。


「まだ、あそこに三人います」


 撤退するか迷っていた、小さな冒険者パーティーだった。


 三人のうち一人が、丸い魔導器を持っている。


 迷宮内の方向を記録する方位盤。


 レオルドがそれを見た。


「使えそうだな」


 彼は三人へ歩み寄る。


 相手の冒険者が緊張しながら武器を構えた。


「何だ」


「その方位盤を寄越せ」


「断る。高かったんだぞ」


「そうか」


 レオルドは剣を抜いた。


 男が反応するより早く、首が飛んだ。


 残る二人が目を見開く。


「な――」


 二人目の胸へ、ガストの拳がめり込む。


 背骨が折れ、体が木へ叩きつけられる。


 三人目は逃げようとした。


 ミレイアが指を鳴らす。


 足元から細い炎が伸び、両脚を焼いた。


 男が倒れる。


「待って! やる! 方位盤はやる!」


 レオルドは、地面に落ちた方位盤を拾った。


「もう受け取った」


 男の喉へ剣を突き刺す。


 血が森の土へ広がった。


 シアンが方位盤を受け取り、軽く確認する。


「まだ使えます」


「なら持て」


 ドグルが死体の荷物を漁る。


 回復薬。


 食料。


 予備の短剣。


 金貨。


 使えそうな物だけを空間収納具へ入れた。


 ガストが笑う。


「相変わらず、もったいないことしませんね」


「弱い者が持つ物は、強い者の物だ」


 レオルドは剣の血を、死体の服で拭った。


「迷宮の中でも外でも変わらん」


 そして、白い霧へ向き直る。


「行くぞ」


「今から?」


「今だからだ」


 レオルドは笑った。


「中の連中は、もう疲れている」


    ◇


 白い部屋に警告が響いた。


《外縁に新規高位反応》


「……何だ」


《五名》


「また五人?」


 余は壁面を切り替えた。


 白い霧の前に、五人が立っている。


 先ほどまでの集団とは違う。


 全員の魔力が濃い。


 疲労がない。


 恐怖もない。


 そして、先ほど森に残っていた三人の反応が消えている。


「管理音声」


《はい》


「危険度を測れ」


《解析中》


 レオルドたちが白い霧へ足を踏み入れる。


 迷宮の警戒結界が、五人を捉えた。


《高位侵入者、五名》


《全員、推定Sランク域》


 白い部屋が静まり返った。


「……全員?」


《はい》


「五人全員が?」


《推定です》


「よりにもよって、今か」


 グズは傷ついている。


 ハイハネも、カゲヌイも、湿骨王列も消耗している。


 霧喰い刃ゴブリンたちも、多くが負傷。


 ガルザヴェインは立てない。


 フィルエが、彼のそばで顔を上げた。


「ロード」


「分かっている」


 余の声が、乾いていた。


「次が来た」


 白い霧の中で、レオルド・ヴァンゼルが笑う。


「死体と血の跡を探せ」


 シアンが方位盤を開く。


 ガストが拳を鳴らす。


 ミレイアが炎を指先に灯す。


 ドグルが空間収納具の口を広げる。


「先に入った雑魚どもが、道を作ってくれた」


 Sランク冒険者パーティー《赫月の晩餐》。


 迷宮側が、一つの軍として初めて大規模戦闘に勝った直後。


 最悪の五人が、白い迷宮へ入ってきた。

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