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第201話 再侵入は、最初から殺し合いになる

 天蓋の猟犬てんがいのりょうけんが、白い霧へ入った。


 その瞬間、霧灰白庭迷宮むかいはくていめいきゅうは反応した。


 浅層の霧が閉じる。


 戻り水が息を潜める。


 白磁片が、わずかに光を落とす。


 骨が鳴る。


 かた。


 かたかた。


 だが、前回のように様子を見るためではない。


 今度は違う。


 この侵入者たちが何者か、ロードはもう知っている。


 空糸そらいとのロウエン。


 値星眼ねぼしがんのセラ。


 風壁師ふうへきしのドラン。


 獣嗅けものかぎのミト。


 歌癒うたいやしのノア。


 星落術師ほしおとしじゅつしのアゼル。


 Sランク冒険者パーティー。


 許可証なしの侵入者。


 エリラの実を見た者たち。


 そして、もう一度それを奪いに来た猟犬たち。


    ◇


 白い部屋で、余は壁面を見ていた。


「来たな」


《はい》


「人数は」


《六名》


「欠けていないな」


《はい》


「ドランは」


《生命反応、安定。胸部に深い治療痕あり。戦闘可能域》


「一カ月で戻してきたか」


《ノアの治癒、外部錬金術、Sランク級薬剤の併用と推定》


「やはり準備してきたな」


《はい》


 余は、もう叫ばなかった。


 叫びたい気持ちはある。


 エリラの実を見た連中が、また来たのだ。


 しかも、今度は最初から取りに来ている。


 冷静でいろという方が無理だ。


 だが、前と同じように取り乱せば負ける。


 あいつらは、こちらの隙を読む。


 焦りも読む。


 罠の雑さも読む。


 だから、余は白い部屋の中央で、ゆっくりと言った。


「浅層は殺し場にしない」


《承知しています》


「だが、歓迎もしない。前回と同じ道を使わせるな」


《偽帰路、偽浅層素材、重泥霧の薄層、配置済み》


「よし」


 白骨書記が骨板を掲げる。



天蓋の猟犬、再侵入開始。


方針:

浅層で違和感を与える。

中層で対策を試す。

偽天猟庭ぎてんりょうていへ誘導。

エリラの木へ直行させない。

侵入者全員、最終的に討伐予定。



「討伐予定、ではない」


 余は低く言った。


「討伐する」


 白骨書記が書き直した。



侵入者全員、討伐。



 よし。


 そうでなければならない。


 そうでなければ、余の心がもたない。


    ◇


 天蓋の猟犬は、前回と同じ水路跡から入った。


 だが、入った瞬間、全員が止まった。


 ミトが鼻を鳴らす。


「前と違う」


 ロウエンが指を動かした。


 空糸が白い霧の中へ伸びる。


 だが、糸はすぐにぬるりと重くなった。


 見えない泥が、糸へ絡む。


「重いな」


 ロウエンは糸を引き戻す。


 指先に灰泥のような魔力が薄く付いていた。


 ドランが前に出る。


重泥霧じゅうでいむか?」


 アゼルが小さく頷く。


「たぶん。空間そのものに泥性が混じってる。風も糸も重くなる」


 ノアが一音だけ歌った。


 歌は霧の中へ入る。


 返ってくる。


 だが、少しだけずれていた。


 ノアは眉を寄せる。


「反響も変」


 セラが片眼鏡を直した。


 彼女の右目には、偽星避ぎせいよけの片眼鏡がかかっている。


 前回のように、値星眼を直接焼かせないための道具。


 彼女は浅層の小さな価値を見て、すぐに言った。


「価値が増えてる。でも、散らし方がわざとらしい」


 ミトが続ける。


「匂いも増えてる。でも、本物の甘さはない」


 ロウエンは、わずかに笑った。


「向こうも準備した」


 ドランが胸の傷に手を当てる。


「こっちもした」


「そうだ」


 ロウエンは空糸を張り直した。


 今回は前回の糸ではない。


 帰猟線きりょうせん


 帰るために編んだ新しい空糸。


 灰白庭の重さを想定し、赤錆核の粉と白骨水晶片の粉を混ぜたもの。


「進む。浅層で止まるな」


 ノアが低く歌い始める。


 前回より控えめな歌。


 反響喰いを警戒して、壁に歌を預けない。


 仲間の内側だけを通す。


内歌うちうた――猟犬拍りょうけんびょう


 六人の呼吸が揃う。


 ただし、前回ほど強く繋がない。


 繋がりすぎれば、連結を狙われる。


 だから、細く、短く、必要な瞬間だけ。


 ロード側の対策を、彼らはすでに疑っていた。


    ◇


 余は壁面を睨んだ。


「気づいたか」


《重泥霧、反響喰いの薄膜、偽価値反応に対する警戒を確認》


「早い」


 フィルエの声がした。


「前に見たから」


「こちらも前に見た」


「うん。だから、お互い違う」


 その通りだった。


 これは初見の戦いではない。


 互いに手札を見た後の再戦。


 浅層の罠程度で死ぬはずがない。


 だが、だからといって何もしないわけではない。


 削る。


 見せる。


 疲れさせる。


 そして、本命の偽天猟庭へ誘導する。


「偽浅層素材を反応させろ」


《発動》


 白い霧の奥に、いくつかの光が浮かんだ。


 白骨水晶片に似たもの。


 赤錆核に似たもの。


 エリラの実とは違うが、赤金に近い偽反応。


 セラがそれを見た。


 右目の奥に銀の星が浮かぶ。


 しかし、彼女は動かない。


「全部安い」


 彼女は言った。


 ドランが笑う。


「前なら拾ったか?」


「前なら一つくらい見た。でも今は違う」


 ノアが続ける。


「目的は一つ」


 ミトが言う。


「本物の匂いは奥」


 ロウエンは頷く。


「無視する」


 天蓋の猟犬は、浅層の餌を一つも拾わずに進んだ。


 余は、白い部屋で歯を食いしばった。


「引っかからんな」


《はい》


「分かっていた」


《はい》


「分かっていたが、腹立たしい」


《はい》


    ◇


 浅層の奥で、最初の戦闘が起きた。


 湿骨軍列ではない。


 宝匣運びゴブリンと、影罠補助ゴブリンを混ぜた小隊。


 前回なら、出す価値もない相手だ。


 だが、今回は違う。


 この小隊には、偽星幕の小片と連結焼きの火灰を少しだけ混ぜてある。


 Sランクを倒すためではない。


 反応を見るためだ。


 ゴブリンたちは、白灰匣はくかいばこを盾のように構え、霧の中から飛び出した。


「ギギッ!」


「ギャッ!」


「ハコ、マモル!」


 ガルザヴェインの教育の成果で、箱を食わない。


 そこは偉い。


 だが、相手が悪い。


 ミトが一歩で前へ出る。


「爪牙技――小喉抜こしのどぬき」


 彼女の短爪が、二体のゴブリンの首筋を撫でた。


 殺すというより、通り抜けるだけ。


 ゴブリンが倒れる。


 ドランは風壁を張るまでもなく、白灰匣を受け止めた。


「悪いな」


 軽く押す。


 宝匣運びゴブリンが転がる。


 アゼルが指先の小星を落とし、影罠補助ゴブリンの影針を撃ち落とした。


 ノアは歌すら使わない。


 ロウエンの空糸が、残るゴブリンたちを足首だけ絡めて転ばせる。


 セラは見もしない。


「雑魚に仕込みあり」


 彼女は言った。


「倒した後に反応する。近づかないで」


 ドランが眉を上げる。


「死体爆発か?」


「連結焼きに似た火灰。こっちが連携して近づくと焼ける」


 ロウエンが空糸を引いた。


 倒れたゴブリンたちをまとめて横へずらす。


 距離を取る。


 次の瞬間、死体の周囲に赤黒い火花が散った。


 誰にも届かない。


 白い部屋で、余はうなった。


「死体罠まで見抜くか」


《セラの値星眼、火灰反応を検知》


「浅層ではやはり無理だ」


 白骨書記が記録する。



浅層試験小隊:


結果:失敗。

ゴブリン小隊、瞬時に無力化。

連結焼き火灰、看破され距離を取られる。

天蓋の猟犬、損耗なし。



「分かっていた。分かっていたが……」


 余は、深く息を吐いた気がした。


「腹立たしい」


    ◇


 天蓋の猟犬は、浅層を抜けるのに時間を使わなかった。


 彼らは前回の道を覚えている。


 もちろん、迷宮側が変えていることも分かっている。


 だから、道そのものは信用しない。


 ミトの匂い。


 ノアの内歌。


 ロウエンの帰猟線。


 アゼルの伏星標ふくせいひょう


 セラの偽星避。


 ドランの薄い風壁。


 それらを重ねて進む。


 ロウエンは、前回よりもずっと早い段階で伏星標を置かせていた。


 アゼルの星が床へ沈む。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 小さな光はすぐに見えなくなる。


 だが、天蓋の猟犬には分かる。


 帰るための足場。


 迷宮に帰路を喰われても、踏み替えるための星。


「置きすぎるな」


 ロウエンが言う。


「分かってる」


 アゼルが返す。


「置きすぎると向こうに読まれる」


「もう読まれていると思え」


「嫌な助言」


「現実だ」


 ノアが、内歌を細く繋ぐ。


「反響は使わない。私たちの中だけで回す」


 ミトが鼻を鳴らす。


「その方が匂いもずれにくい」


 セラは右目を閉じたり開いたりしながら、偽価値反応を切り捨てていく。


「赤金もどきが増えてる。三十以上」


 ロウエンが聞く。


「本物は」


「まだ奥。もどきは軽い。本物は、目の奥が痛くなる」


「無理はするな」


「無理しないと取れない」


「無理しすぎるな」


「善処する」


 ドランが笑った。


「その言い方は信用できねえな」


「あなたに言われたくない」


 ドランは胸を押さえながらも、以前のように笑っていた。


 まだ万全ではない。


 だが、戦う気は十分にある。


 彼はもう一度、あの魔神戦王と向き合うつもりでいる。


 天蓋の猟犬は、浅層を抜けた。


 中層の入り口に、白い霧と灰泥の境目がある。


 前回は戻り水湿地外縁へ進んだ。


 今回は違う。


 霧が、別の道を開いている。


 明らかに誘っていた。


 ドランが言う。


「罠だな」


 ミトが頷く。


「罠。でも、本物に近づく匂いもある」


 セラも頷いた。


「偽物が多いけど、流れは奥へ向いてる。行くしかない」


 ロウエンは空糸を伸ばした。


「行く。ここからが本番だ」


    ◇


 白い部屋で、余は偽天猟庭の扉を開いた。


 まだ本体ではない。


 そこへ至る前段階。


 中層から深部手前へ続く、誘導回廊。


 白い柱が並び、赤金の偽反応が小さく揺れる。


 足元には重泥霧の薄層。


 壁には反響喰いの薄膜。


 床下には逆星骨を砕いた骨粉。


 天井には灰霧。


 すべて、薄く。


 強くしすぎれば警戒される。


 薄くして、少しずつ削る。


「始めるぞ」


《はい》


「まずは重さを覚えさせる。ドランの風壁とロウエンの空糸に反応」


《重泥霧、待機》


「ノアの歌にはまだ深く干渉するな。内歌の構造を見ろ」


《反響喰いの薄膜、観測優先》


「アゼルの伏星標は」


《床下星反応を検知。逆星骨の一部を反応させます》


「壊すな。見えない程度にずらせ」


《承知》


「セラには偽星幕を薄く」


《展開済み》


「ミトの嗅覚には」


《匂い偽装、三層展開》


「よし」


 今度は焦らない。


 焦るのは、彼らがエリラの木に近づいた時だ。


 今は、まだ戦場を選んでいる段階。


 余の腹へ誘い込む段階。


 だが、それでも緊張はある。


 前回、ここから先を抜かれた。


 その記憶が、白い部屋にまだ残っている。


「フィルエ」


「うん」


「エリラの木は」


「安定してる。香りも漏れてない」


「よし」


「でも、セラは本物の方向を忘れてない」


「分かっている」


「ミトも」


「分かっている」


 分かっている。


 あいつらは、記憶で来ている。


 地図ではない。


 香り。


 価値。


 痛み。


 仲間のための目的。


 それを持って来ている。


 だから、ただ隠しても駄目だ。


 目的そのものをずらさなければならない。


    ◇


 誘導回廊へ入った瞬間、ドランが足を止めた。


「重い」


 ロウエンも指を動かす。


「糸も重い」


 ノアが歌を細く変える。


「声は返ってこない。というより、返さない方がいい」


 アゼルが床を見る。


「伏星が少し流される。床下に骨粉があるね」


 セラが右目を細める。


「偽星が多い。前より精巧」


 ミトが鼻を鳴らす。


「甘い匂いがいくつもある。でも、全部少し違う」


 ドランが笑った。


「全部対策済みってことか」


「当然だ」


 ロウエンが言った。


「向こうもSランク迷宮だ」


 その言葉に、全員の表情が引き締まった。


 相手を侮ってはいない。


 前回、彼らは逃げ帰った。


 エリラの実を取れなかった。


 ドランは死にかけた。


 その事実を忘れていない。


 だから、今度は最初から警戒している。


「試す」


 ロウエンが空糸を一本だけ前へ伸ばす。


 わざと強く張る。


 その瞬間、空気が重くなった。


 糸に泥の重さが乗る。


 ロウエンの指が少し沈む。


「反応型だ」


 彼は言った。


「普段は軽い。強く使うと重くなる」


 ドランが風壁を薄く張る。


 同じように、風壁の端が下へ沈んだ。


「面倒だな」


「なら、強く使わなきゃいい」


 ミトが言う。


 ドランは笑った。


「それが難しいんだよ」


 ノアが内歌をわずかに強める。


 すると、壁の薄膜が微かに震えた。


 ノアはすぐに歌を弱める。


「歌にも反応する。外に出すと食われる」


 アゼルが伏星を一つ置く。


 床に沈む星が、ほんの少しだけずれた。


「星もまっすぐ置けない」


 セラが言う。


「でも、置ける?」


「置ける。ずれるだけ」


「なら、ずれる前提で置いて」


「了解」


 彼らは、一つ一つ確認して進む。


 罠を踏むのではない。


 罠の癖を調べる。


 ロードは白い部屋でそれを見ていた。


「やはり、止まらんか」


《進行速度は低下しています》


「十分ではない」


《はい》


 だが、進行速度は落ちた。


 前回より、明らかに慎重になっている。


 それは悪くない。


 時間を使わせることは、命を削ることと同じだ。


 特に、セラの目とノアの歌には負荷がある。


「偽星幕、少し強めろ」


《はい》


 赤金もどきの価値が、回廊の奥で揺れた。


 セラの右目が反応する。


 彼女は一瞬だけ顔を歪めた。


「……来た」


 ロウエンが問う。


「本物か」


「違う。でも、本物に似てる」


「無視できるか」


「できる。でも、目が疲れる」


「なら目を閉じろ」


「閉じたら本物を逃す」


「交代で休め」


「値星眼は交代できない」


「なら、短く見ろ」


 セラは深呼吸した。


 片眼鏡の奥で、右目の光が少しだけ絞られる。


「短く見る」


 彼女は偽の赤金を一つずつ切り捨てる。


 本物ではない。


 本物ではない。


 本物ではない。


 その作業が、彼女の目を削る。


 余はそれを見て、少しだけ手応えを感じた。


 殺してはいない。


 止めてもいない。


 だが、削っている。


    ◇


 誘導回廊の中ほどで、最初の本格罠が起動した。


 床が沈む。


 ただの戻り水ではない。


 重泥霧を含んだ戻り水。


 踏めば沈むだけではなく、空中へ逃げても下から重さを引く。


 同時に、壁の白磁根が伸びる。


 天井から逆星骨の破片が落ちる。


 影針が床の薄い影を狙う。


 前回なら、天蓋の猟犬は空中へ跳んだ。


 今回は、それを狙っている。


「跳ぶな!」


 ロウエンが叫んだ。


 全員が跳ばない。


 代わりに、ドランが前へ出る。


「風壁術――低犬門ていけんもん!」


 風壁を高く張らない。


 低く、床に沿わせる。


 重泥霧は空中を重くする。


 なら、地面すれすれの低い風で、戻り水だけを押す。


 ドランの風が床を走る。


 戻り水が少しだけ横へ流れる。


 ミトがその隙間を嗅ぐ。


「右、足場!」


 アゼルがすぐに伏星を置く。


「伏星標――二点!」


 二つの星が床へ沈む。


 ずれる。


 だが、アゼルはずれを読んでいた。


 星は、ちょうど足場になる場所に落ちる。


 ロウエンの帰猟線が六人を結ぶ。


 だが、強く結ばない。


 細く、短く、必要な瞬間だけ。


 連結焼きの火灰が熱を持ちかける。


 しかし、すぐに冷える。


「読まれているな」


 余は低く言った。


《連結焼き、発火未満》


「強く繋がらないようにしている」


《はい》


 ノアの内歌が、全員の呼吸だけを整える。


 外へ響かせない。


 反響喰いの薄膜へ歌を渡さない。


 影針が落ちる。


 セラが叫ぶ。


「左影、芯!」


 ロウエンの空糸が影針の芯をずらす。


 ミトが低く滑り込んで白磁根を裂く。


 アゼルの小星が逆星骨の破片を撃ち落とす。


 ドランの低い風壁が戻り水を押し返す。


 天蓋の猟犬は、罠を突破した。


 だが、前回のように完全無傷ではない。


 ドランの胸に痛みが走り、彼は一瞬だけ顔をしかめた。


 ノアの歌が少し乱れた。


 セラの右目に血が滲む。


 ロウエンの糸が一本、泥に食われる。


 軽い。


 だが、確かに削れている。


「よし」


 余は小さく言った。


「効いている」


 フィルエも頷く気配を見せた。


「でも、止まってない」


「ああ」


 止まってはいない。


 それでも、前よりはましだ。


 前よりは、こちらの牙が届いている。


    ◇


 誘導回廊の終わりに、白い門があった。


 門の向こうには、偽天猟庭。


 天蓋の猟犬を迎えるために作った庭。


 ロウエンは、門の前で足を止めた。


「ここだな」


 ドランが息を整える。


「何が」


「向こうが、本気で迎える場所」


 ミトが鼻を鳴らす。


「甘い匂いがある。でも、本物じゃない。すごく似てるけど」


 セラも頷いた。


「偽の赤金が多い。かなり近い。ここを本物っぽく見せたいんだと思う」


 アゼルが小天蓋を半分だけ開く。


「でも、奥にもまだ何かある」


 ノアが静かに言った。


「ここで削って、奥へ行かせないつもり」


 ロウエンは頷く。


「だろうな」


 彼は懐に手を入れた。


 命摘みの小匙いのちつみのこさじが、そこにある。


 エリラの実を傷つけずに採るための道具。


 まだ使う場所ではない。


 だが、その重みが目的を思い出させる。


「目的は一つ」


 ロウエンが言った。


「エリラの実を一つ取って帰る」


 セラが頷く。


「一つでいい」


 ノアが静かに続ける。


「リーネに繋がる一つ」


 ドランが笑う。


「そのために、まずこの庭を越える」


 ミトが低く構える。


「匂い、嫌な感じ」


 アゼルが星を並べる。


「なら、嫌な庭を焼く準備をしよう」


 ロウエンは空糸を広げた。


「入るぞ」


    ◇


 白い部屋で、余はその瞬間を見ていた。


 偽天猟庭の門が、ゆっくり開く。


 白い庭。


 赤金の偽り。


 重い空気。


 歪む歌。


 星を食う骨。


 繋がりを焼く灰。


 そして、中央の広場。


 ガルザヴェインが戦うための場所。


 まだガルザヴェインは出さない。


 最初から出してはならない。


 天蓋の猟犬は、ガルザヴェインへの対策も持っている。


 だから、まず庭で削る。


 偽天猟庭そのものを相手にさせる。


 それでも抜けてくるなら、ガルザヴェインを出す。


「準備は」


《完了》


「エリラの木は」


《安定》


「ガルザヴェインは」


「マツ」


「よし」


 余は、白い部屋で静かに言った。


「入れ」


 天蓋の猟犬は、偽天猟庭へ足を踏み入れた。


 白い花弁が舞う。


 赤金の偽星が瞬く。


 そして、庭の奥で、見えない火灰が熱を持ち始めた。

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