表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

200/235

第197話 号外は、逃がした獲物の値を付ける

 天蓋の猟犬てんがいのりょうけんは逃げた。


 全員、生きて。


 ドランは重傷。


 ミトも傷を負った。


 ロウエンの指は裂け、セラの値星眼ねぼしがんは血涙を流し、ノアは命継いのちつぎで魔力を削り、アゼルの星図も乱れた。


 だが、生きて逃げた。


 エリラの実を見た。


 エリクサー素材かもしれないと気づいた。


 そして、逃げた。


 白い部屋で、余はしばらく何も言わなかった。


 ガルザヴェインはエリラの木の前に立っている。


 傷は深い。


 だが、倒れてはいない。


 魔神戦王まじんせんおうゴブリンとして、最後まで木を守った。


 エリラの実は一つも取られていない。


 ならば勝ちか。


 違う。


 完全な勝ちではない。


 奴らは見た。


 あの赤金の実を。


 そして、生きて帰った。


「管理音声」


《はい》


「もう一度言え」


《天蓋の猟犬、全員生存。外部脱出を確認》


「もう一度」


《天蓋の猟犬、全員生存。外部脱出を確認》


「もう一度」


《繰り返しても事実は変わりません》


「うるさい」


 分かっている。


 分かっているからこそ、腹が立つ。


 いや、腹ではない。


 コアが痛い。


「余は、Sランク迷宮だぞ」


《はい》


「十万の魔物を喰った」


《はい》


「Aランク二組と再査定調査隊を殺した」


《はい》


「Sランク相当へ覚醒したアレクも殺した」


《はい》


「ガルザヴェインもいる」


《はい》


「それで、なぜ逃げられる」


《相手もSランク冒険者パーティーであるためです》


「それが一番腹立たしい!」


 森灰観測室から、フィルエが静かに言った。


「ロード」


「何だ」


「あの人たち、強かった」


「見れば分かる」


「逃げるための強さも、すごかった」


「それも見た」


「だから、次は逃げるための強さを潰さないといけない」


 余は黙った。


 その通りだった。


 天蓋の猟犬は、攻めも強い。


 だが、本当に厄介だったのは撤退だ。


 ロウエンの空糸。


 ノアの帰犬歌きけんか


 アゼルの帰路星。


 ミトの嗅覚。


 セラの値星眼。


 ドランの風壁。


 それらが、死にかけた仲間を抱えたまま、迷宮の封鎖を抜けた。


 殺す罠だけでは駄目だ。


 足止めだけでも駄目だ。


 帰路喰らいだけでも、歌と糸と星と匂いで抜けられる。


 なら、帰る力そのものを折る必要がある。


 余は床に落ちた黒い紙を見た。


 いつの間にか、そこにあった。


 ダンジョン新聞。


 しかも号外。


 余は嫌な予感を覚えながら拾った。



《号外》


《霧灰白庭迷宮、Sランクパーティーを逃がす》


Sランク迷宮へ到達した霧灰白庭迷宮に、無許可のSランク冒険者パーティー《天蓋の猟犬》が侵入。


同パーティーは深部付近まで到達し、神級素材反応を確認した可能性あり。


魔神戦王ゴブリン・ガルザヴェインが迎撃し、敵一名に重傷を負わせるも、討伐には至らず。


結果:


・エリラの実、未採取

・天蓋の猟犬、全員生還

・ガルザヴェイン、重傷

・迷宮側、撤退阻止に失敗


編集部評:


「Sランク迷宮は、Sランク冒険者パーティーを必ず殺せるとは限らない」



「余の傷口に塩を塗るな!」


《事実です》


「管理音声まで塗るな!」


 白骨書記が、そっと骨板を出した。



事実記録は重要。



「お前もだ!」


    ◇


 号外の次の面には、ロード反応欄があった。


 読みたくない。


 非常に読みたくない。


 だが、読まないわけにもいかない。



《井守》


逃がしたか。


まず、エリラの実を守ったことは評価する。

神級素材を取られなかったなら、最悪ではない。


だが、見られたなら次が来る。

無許可侵入者は公には言えない。

だからこそ、黙って戻る。


封鎖線より厄介なのは、秘密を知った少数の強者だ。


入口を閉じるな。

だが、深部の帰路は別だ。

次は「帰れる」と思わせたまま、「帰る力」を奪え。



「帰る力を奪え、か」


 余はその言葉を繰り返した。


 帰路を奪うだけでは駄目だった。


 天蓋の猟犬は、帰路を作る。


 歌で。


 糸で。


 星で。


 匂いで。


 ならば、それぞれを潰す機構がいる。



《鏡霧劇場》


値を見る目は、宝よりも危険。


セラの目は、隠された宝を見る。

なら、隠すだけでは足りない。


価値のないものに価値の影をつけろ。

価値あるものから価値の影を剥がせ。

そして、本物へ近づくほど、偽物が正しく見えるようにしろ。


目を騙すな。

目の判断を疲れさせろ。


取引可能:偽星幕ぎせいまくの種



「偽星幕」


《価値感知系能力への対抗素材と思われます》


「買う」


《即決ですか》


「即決だ。値星眼にエリラを見られたのだぞ」



《黒泥胎窟》


風の橋、風の壁、空糸。


床を踏まない相手には、泥は弱い。

なら、泥を床に置くな。

空気に混ぜろ。

風の行き場を泥で重くしろ。


取引可能:重泥霧じゅうでいむの胞子



「これも買う」


《ドランの風壁とロウエンの空糸への対策ですね》


「そうだ。空を使うなら、空を重くする」



《逆骨廟》


星を落とす者は、上を見る。


上を塞ぐな。

塞げば、別の空を作る。


星が落ちる場所に、骨の祈りを置け。

星は死者を照らす。

なら、死者の骨で星を受けろ。


取引可能:逆星骨ぎゃくせいこつ



「アゼル対策か」


《星落術への耐性素材と思われます》


「買う」



《鏡霧劇場・追加》


歌は反響を使う。


ノアの歌は、道、命、影、針、呼吸を繋いだ。

なら、音を消すだけでは足りない。

消音は、歌い手に警戒される。

歌が通ったと思わせて、少しだけ違う意味で返せ。


取引可能:反響喰いの薄膜



「買う」


《購入数が多いです》


「買わずにどうする!」



《竜喉火山》


魔神戦王はよく守った。


だが、守る相手が六人なら、拳だけでは足りない。

相手を焼け、ではない。

相手の連携点を焼け。


風壁、歌、糸、星、目、鼻。

それぞれは強い。

だが、連携する瞬間はもっと強い。


その瞬間を焼き切れ。


取引可能:連結焼きの火灰



「買う!」


《ソウル消費が増大します》


「余のエリラを見られたのだぞ! ケチっている場合か!」


 白骨書記が骨板を出した。



取引費用、要確認。



「分かっている。出せ!」


    ◇


 管理音声が、取引候補を一覧にした。



ダンジョン新聞・取引欄候補:


一、偽星幕の種

提供:鏡霧劇場

効果:価値感知能力に対し、偽価値、偽空白、価値反応散乱を生成。

主対策:セラの値星眼

費用:1,200,000


二、重泥霧の胞子

提供:黒泥胎窟

効果:風、空糸、浮遊足場に泥性の重さを付与。空中移動、風壁、糸移動を鈍化。

主対策:ロウエン、ドラン

費用:1,500,000


三、逆星骨

提供:逆骨廟

効果:星落術、天蓋系魔術の落下点を歪め、骨受け反応を発生。

主対策:アゼル

費用:1,000,000


四、反響喰いの薄膜

提供:鏡霧劇場

効果:歌、音、反響による道記録、治癒補助、影干渉解除を歪める。

主対策:ノア

費用:1,300,000


五、連結焼きの火灰

提供:竜喉火山

効果:複数対象間の連携魔力が強まる瞬間に熱干渉を発生。連携技の接続部を焼く。

主対策:パーティー連携全般

費用:1,800,000


合計費用:6,800,000


現在保有ソウル:11,383,480



「高い!」


《はい》


「足元を見ているな、ロードどもめ!」


《需要が高いためと思われます》


「余の状況を見て値を吊り上げているだろう!」


《その可能性は高いです》


「腹立たしい!」


 だが、買うしかない。


 天蓋の猟犬は一カ月後に戻る可能性が高い。


 しかも、次は準備してくる。


 エリラの実を取るために。


 ならば、こちらも準備する。


 出し惜しみは不要だ。


「全部買う」


《承認しますか》


「承認だ」


《6,800,000を消費します》


《現在保有ソウル:4,583,480》


 数字が一気に減った。


 余のコアが少し冷える。


「……減ったな」


《はい》


「非常に減ったな」


《はい》


「だが、必要経費だ」


《はい》


 白骨書記が骨板に書く。



エリラ防衛強化費:6,800,000

高額だが妥当。



「妥当と思わなければ泣いていた」


《涙腺はありません》


「黙れ!」


    ◇


 黒い紙面から、五つの品が浮き上がった。


 物質というより、迷宮概念に近い。


 偽星幕の種は、黒い鏡片のようだった。


 小さな種なのに、角度によって星空のように見える。


 重泥霧の胞子は、灰色の粉だ。


 落ちるのが遅い。


 まるで空中に重さを残すように漂う。


 逆星骨は、白い骨片。


 しかし、表面に黒い星模様が逆向きに刻まれている。


 反響喰いの薄膜は、透明な皮。


 触れると音が薄くなる。


 連結焼きの火灰は、赤黒い灰だ。


 近づけるだけで、複数の魔力線が絡む場所を焼きたがる。


 どれも危険だ。


 どれも高価だ。


 どれも、今の余には必要だった。


「管理音声、統合案」


《提示します》



新規防衛案:


一、偽星幕をエリラの木秘匿圏全域へ展開。

セラの値星眼に対し、本物に似た価値反応を複数生成。

本物周辺は価値反応を一時的に薄める。


二、重泥霧を深部上層と空間通路へ散布。

空糸、風壁、浮遊足場、空中退避に負荷を付与。


三、逆星骨を白磁庭残骸層、魔神契約跡周辺へ埋設。

星落術の落下点をずらし、星の衝撃を骨へ逃がす。


四、反響喰いの薄膜を通路壁、天井、帰路候補へ展開。

ノアの歌による帰路記録、命継、針眠りへの干渉。


五、連結焼きの火灰をパーティー連携が集中する交差点へ配置。

六人同時連携、空糸と歌、風壁と星落などの接続時に焼き返し。



「やれ」


《実行します》


 白い部屋が低く鳴った。


 深部に、新しい膜が広がる。


 エリラの木の周囲に、星のない星空のような薄幕が張られる。


 赤金の価値反応が、ふっと薄くなる。


 代わりに、遠くの偽区画にいくつもの赤金もどきが灯る。


 深部の空気に、重泥霧が混ざる。


 空糸が通れば、少し重くなる。


 風壁を張れば、壁の内側に泥の重さが乗る。


 白磁庭残骸層の骨に、逆星骨が混ざる。


 星が落ちれば、星の衝撃を食う骨が生える。


 通路の壁に、反響喰いの薄膜が貼られる。


 歌が通っても、少しだけ違う響きで返る。


 そして、連結焼きの火灰が、見えない灰として各所に沈んでいく。


 六人が繋がるほど、そこを焼くために。


 フィルエが、静かにその変化を見ていた。


「ロード」


「何だ」


「強くなった。でも、迷宮が少しきつそう」


「ソウルを食わせたからな」


「うん。あと、エリラの木は大丈夫」


「本当か」


「うん。木の周りだけは、重くしすぎてない」


「よし」


 そこが最優先だ。


 エリラの木を守るために強化して、木を傷つけては意味がない。


    ◇


 ガルザヴェインは、回復槽ではなく魔神練兵窟の中央に座っていた。


 怪我はまだ残っている。


 だが、彼は完全に倒れるほどではない。


 ドランを重傷にした代わりに、自分も深い傷を受けた。


 腕。


 胸。


 肩。


 足。


 Sランクパーティーは、ガルザヴェインにも確かな傷を残した。


 だが、その傷はすでに闘傷成長とうしょうせいちょうに取り込まれ始めている。


 彼は、自分の傷を見ていた。


「ロード」


「何だ」


「イヌ、ツヨイ」


「ああ」


「ロク、ツナガル。ツヨイ」


「そうだな」


「オレ、ヒトリ。マモッタ」


「よく守った」


 ガルザヴェインは少しだけ黙った。


「ツギ、ロク、クル」


「来るだろう」


「オレ、マモル」


「ああ。だが、次はお前一人で受けるな」


 ガルザヴェインの金色の目が動く。


「ナゼ」


「相手はパーティーだ。六人で一つの牙だ。お前も迷宮と一つになって戦え」


「メイキュウ、ト、ヒトツ」


「そうだ。お前が拳になる。グズが門になる。ハイハネが霧になる。カゲヌイが影になる。湿骨軍列が足を止める。余が場を作る」


 ガルザヴェインは、ゆっくり頷いた。


「ヤクワリ」


「そうだ」


「オレ、センオウ。ヒトリ、ジャナイ」


「そうだ」


 ガルザヴェインは、少しだけ笑った。


「ワカッタ」


 その返事は、以前より深かった。


    ◇


 白骨書記は、新しい骨板を用意した。



天蓋の猟犬、再侵入対策:


一、値星眼対策

偽星幕により価値反応を分散。


二、空糸・風壁対策

重泥霧により空間使用を鈍化。


三、星落対策

逆星骨により落下点を歪める。


四、歌対策

反響喰いの薄膜により旋律記録を乱す。


五、連携対策

連結焼きの火灰により接続魔力を焼く。


六、ガルザヴェイン単独防衛禁止

迷宮全体との連携防衛へ移行。


七、エリラの木周辺

最後の防衛線。侵入者視認時、生還不可。



「よい」


 余は頷いた。


 まだ不十分かもしれない。


 天蓋の猟犬は、きっとこちらの対策も見てくる。


 向こうも一カ月で準備する。


 ドランを治し、ミトの足を治し、セラの目を休め、ノアの歌を整え、アゼルの星図を修正し、ロウエンの空糸を新しくする。


 そして、エリラの実を取りに来る。


 今度は迷わず。


 そのための道具を持って。


 そのための作戦を持って。


 ならば、こちらも変わる。


 余は、Sランク迷宮だ。


 だが、Sランクになっただけでは足りない。


 Sランクを殺す迷宮にならなければならない。


「一カ月だ」


 余は言った。


「一カ月で、あの猟犬どもを殺せる迷宮に変える」


 白い部屋の壁面に、外の森が映る。


 天蓋の猟犬は、もう遠くへ去っていた。


 情報は、公には漏れないだろう。


 奴らは無許可侵入者だ。


 王国にも、ギルドにも、神殿にも言えない。


 だが、奴らは知っている。


 エリラの実を。


 神級素材を。


 そして、必ず戻る。


「来い」


 余は、静かに言った。


 今度の声に、先ほどの混乱はなかった。


 悔しさはある。


 怒りもある。


 だが、それよりも冷たい運営の意思が戻っていた。


「次は、逃がさん」


 エリラの木の赤金の実が、深部で静かに揺れた。


 その周りに、新しい偽星の幕が降りる。


 霧灰白庭迷宮は、一カ月後の再戦へ向けて、腹の形を変え始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
なんで魔神を戦闘させる最終防衛ラインが無いのか 固定パーティー対策してそれ以外のSランク来て対処出来るのか なんか感情全開で何も考えてない感じ。 まあこれまでも感情先行ではあったけども。
敵が6人ではなく実は7人というのが誤算に繋がるかも? そして、冒険者に命乞いして見逃して貰うダンジョンロードが見られることに。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ