第185話 号外は、Sランクを二度告げる
白い部屋に、静けさが戻った。
戦いの音は、もうない。
白銀の剣が霧を裂く音も。
魔神戦王ゴブリン・ガルザヴェインの拳が白磁床を砕く音も。
軍帰路喰らい(いくさきろぐらい)の落武者の刃が道を喰う音も。
湿骨軍列の骨槍が並ぶ音も。
全てが遠くなった。
だが、静かになったからといって、平穏になったわけではない。
むしろ、戦闘後の方が厄介だ。
《霧灰白庭迷宮、Sランク昇格処理完了》
《高位迷宮登録、更新》
《外部秘匿処理、継続中》
《戦闘損耗、再計算中》
《回収物、分類中》
《契約存在ガルザヴェイン、進化後安定確認中》
《外部人間観測班、封鎖線拡大中》
《ダンジョン新聞、号外配達予兆あり》
「最後の報告が一番嫌だな」
《配達されます》
「やはりか」
ぱさり。
言った直後、黒い紙が白い床へ落ちた。
ぱさり。
もう一枚。
ぱさり。
さらに一枚。
「多い」
《号外、増刊、緊急論評号です》
「やめろ。余は今、疲れている」
《購読対象です》
「購読した覚えはない!」
《Sランク昇格迷宮は注目対象です》
「くそ」
余は黒い紙を拾った。
紙面の一面には、大きくこう書かれていた。
⸻
《号外》
《霧灰白庭迷宮、Sランク到達》
Aランク迷宮として登録されていた霧灰白庭迷宮が、複数条件を同時達成し、Sランク迷宮へ到達。
確認条件:
・十万規模スタンピード軍勢の大規模殲滅
・Sランク魔物《魔神ゴブリン・ガルザヴェイン》との契約成立
・契約存在ガルザヴェインの《魔神戦王ゴブリン》への進化
・王国認定再査定調査隊の全滅
・Aランクパーティ二組の全滅
・Sランク相当覚醒冒険者アレク・ヴァイスの討伐
・迷宮独自報酬構造、継続稼働
・複合迷宮構造、深部防衛機能、契約戦力、全て基準超過
編集部評:
「人間は灰白庭をSランク相当と仮指定した。
だが、迷宮側の答えは既に出ている。
霧灰白庭迷宮は、正式にSランクである」
⸻
余は、しばらくその文字を見ていた。
Sランク。
改めて紙面に書かれると、重い。
Aランクになった時も、確かに一つの壁を越えた感覚はあった。
宝箱を置けるようになった。
冒険者が欲で来るようになった。
外部価値が流通し、迷宮名が噂になった。
だが、Sランクは違う。
Aランクは、強い迷宮。
Sランクは、国が無視できない迷宮。
人間側でいえば、Sランク冒険者は人間の最高到達点。
そのSランク相当のアレク・ヴァイスを、余の迷宮は殺した。
しかも、ガルザヴェインを出して。
記録板ごと回収して。
外へは何も持ち帰らせずに。
「……余は、Sランク迷宮になったのだな」
《はい》
「実感がない」
《処理量が多いためと思われます》
「感慨に浸る暇もないということか」
《はい》
「ロードとは忙しいものだな」
《はい》
余は新聞をめくった。
次の面には、今回の戦果が整理されていた。
⸻
《再査定隊迎撃戦 記録》
侵入者:
王国認定調査隊
・査定官マルク・ゼノ
・魔力盤技師リーゼ・アルム
・浄化鑑定官オルフェン
・記録士カルム
Aランクパーティ《鋼旗の四剣》
・アレク・ヴァイス
・ガルドス・レイム
・エリシア・ノート
・リンド・カーレン
Aランクパーティ《暁鴉の弦》
・ネイザ
・ベルグ
・サラナ
・トーマ
結果:
全滅。
特記事項:
アレク・ヴァイス、戦闘終盤にSランク相当へ到達。
ガルザヴェインと交戦し、死亡。
ガルザヴェインは戦闘後、魔神戦王ゴブリンへ進化。
回収物:
・王国ギルド再査定記録板
・白銀剣覚醒片
・黒弓
・双斧刃片
・氷杖片
・方盾砕片
・祈祷布白片
・魔力盤焼損片
・光砂筒
・薬呪瓶片
・リンドの短剣と帰路糸
・複数奥義記録
⸻
「全部書くな」
《ダンジョン新聞側には確認されています》
「人間側に漏れていないならよい」
《人間側には、調査隊未帰還、Aランク二組未帰還、Sランク相当反応と魔神性反応の一時発生および消失のみが伝わっています》
「よし」
それが重要だった。
人間側は、灰白庭をSランク相当迷宮として仮指定した。
だが、なぜそうなったかは分からない。
アレクが何を見たのか。
マルクが何を書いたのか。
ガルザヴェインが契約存在として出撃したのか。
ガルザヴェインが魔神戦王へ進化したのか。
人間どもは知らない。
知らないから、恐れる。
知らないから、対策を誤る。
知らないから、勝手に噂を育てる。
その方がよい。
◇
《報告》
「何だ」
《再査定隊迎撃戦における獲得ソウルの集計完了》
「出せ」
白い部屋の壁面に、数字が浮かぶ。
⸻
再査定隊迎撃戦 獲得ソウル:
記録士カルム:310
光砂術師サラナ:1,340
斥候リンド:1,280
薬師兼呪具師トーマ:1,180
盾役ガルドス:1,460
氷術師エリシア:1,530
黒弓使いネイザ:1,620
双斧使いベルグ:1,520
魔力盤技師リーゼ:420
浄化鑑定官オルフェン:530
査定官マルク:760
Sランク相当覚醒冒険者アレク:180,000
追加獲得ソウル合計:191,950
直前保有ソウル:13,753,530
外縁接続路緊急補強消費:80,000
戦闘後最低限修復消費:350,000
現在保有ソウル:13,515,480
⸻
「アレクのソウルが桁違いだな」
《Sランク相当覚醒冒険者であるためです》
「他のAランクは思ったより少ない」
《人間個体のソウル量は、魔物軍勢の総量とは性質が異なります。Aランク冒険者は獲得素材、技記録、記憶片、装備価値が高く、純粋ソウル量のみでは価値を表しきれません》
「なるほど」
十万の魔物を喰った時は、数が暴力だった。
今回は質だ。
ソウルだけではなく、技。
記憶。
奥義。
査定記録。
装備。
特にアレクの白銀剣覚醒片と、マルクの再査定記録板。
これは、単なる素材ではない。
余の迷宮がSランクへ至った証拠そのものだ。
「白骨書記」
白骨書記が、骨筆を三本持って現れた。
やる気がすごい。
「再査定隊の記録を、戦争台帳とは別に保存しろ。これはただの討伐記録ではない。Sランク到達記録だ」
白骨書記が、床に大きく書く。
⸻
Sランク到達記録台帳、新設。
保存対象:
一、王国ギルド再査定記録板
二、アレク・ヴァイス戦闘記録
三、ガルザヴェイン進化記録
四、Aランク二組各技記録
五、人間側ランク判定言語
六、外部封鎖線反応
七、迷宮側正式昇格処理
⸻
「よし」
白骨書記は、さらに小さく書き足した。
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ゴブリン食害記録とは別棚。
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「当然だ!」
◇
魔神練兵窟では、ガルザヴェインが治療を受けていた。
進化したとはいえ、傷は深い。
アレクの帰天一閃。
人極一閃。
残光。
それらは、ガルザヴェインの体に確かな傷を残している。
だが、その傷は塞がりきらない。
あえて完全には塞がらない。
闘傷成長。
強敵との戦闘で負った傷を、次の力へ変える能力。
傷は弱点ではなく、戦歴として刻まれる。
ガルザヴェインは黒灰の回復槽に浸かりながら、自分の胸の白銀傷を見ていた。
「ロード」
「何だ」
「アレク、カエレナカッタ」
「そうだ」
「デモ、キロク、ノコッタ」
「余の手元にな」
「ソレ、カエッタ?」
余は少し黙った。
ガルザヴェインの問いは、不器用だった。
だが、意味は分かる。
アレクは帰れなかった。
記録板も外へは出なかった。
だが、その記録は消えたわけではない。
余の迷宮に残った。
白骨書記が保存した。
ガルザヴェインの進化にも影響した。
ならば、あれは完全に失われたと言えるのか。
「外には帰らなかった」
余は言った。
「だが、迷宮には残った」
ガルザヴェインは考えた。
「メイキュウ、オボエル」
「そうだ」
「オレ、オボエル」
「それもそうだ」
ガルザヴェインは、ゆっくり頷いた。
「ナラ、アレク、スコシ、カエッタ」
余は、答えなかった。
敵だ。
殺した相手だ。
だが、ガルザヴェインの言葉を否定する気にはならなかった。
アレク・ヴァイスは帰れなかった。
だが、彼の剣と記録と傷は、霧灰白庭迷宮の中に残った。
そして、ガルザヴェインを変えた。
それが、アレクにとって救いかどうかは分からない。
ただ、事実として残った。
「ガルザヴェイン」
「ロード」
「お前は進化した。魔神戦王ゴブリンだ」
「マジンセンオウ」
「そうだ。以前のお前は、ただ強いものと戦いたがる魔神だった。今は違う。余の迷宮の強敵迎撃役だ」
「ヤクワリ」
「ああ。役割だ」
ガルザヴェインは、その言葉を噛みしめるように繰り返した。
「ヤクワリ。ツヨイ、クル。オレ、タタカウ。キロク、ダサナイ。ロード、マモル」
「最後のは大事だ。忘れるな」
「ワカッタ」
素直だった。
怖いくらい素直だ。
戦って満足したからか。
アレクとの戦いで何かを掴んだからか。
あるいは、進化によって魔神性が少し安定したからか。
いずれにせよ、これは良い変化だ。
今のところは。
◇
余は新聞をさらにめくった。
ロード反応欄があった。
今回は、いつもより黒い文字が濃い。
⸻
《ロード反応欄》
《井守》
Sランク到達、おめでとう。
まず祝う。
次に、逃げ道を塞げと言う。
Sランク迷宮は、強いから狙われるのではない。
強くなった理由を知りたい者に狙われる。
人間は、帰らなかった調査隊の代わりを必ず出す。
ロードは、新聞を読んでお前を見る。
上位は、喰えるか測る。
腹を見せるな。
だが、入口を閉じすぎるな。
完全に閉じた腹は、破られる。
⸻
「相変わらず、嫌なほど正しいことを言う」
《はい》
「入口を閉じすぎるな、か」
完全封鎖されれば、冒険者は来ない。
だが、完全に来ないわけではない。
今度は、正式な討伐軍や国家調査が来る。
あるいは、聖教会。
あるいは、勇者。
通常の探索者を一切受け入れない迷宮は、逆に危険対象として扱われる。
だから、入口を閉じすぎてはいけない。
恐怖は見せる。
宝も少しだけ見せる。
だが、深部は絶対に見せない。
難しい。
非常に難しい。
⸻
《竜喉火山》
Sになったか。
Aの顔を捨てろ。
Sの顔も見せすぎるな。
火山は噴くから恐れられる。
だが、常に噴いている火山は、遠くから潰される。
熱を地中に溜めろ。
噴く時だけ噴け。
⸻
「つまり、ガルザヴェインを常に出すなということだな」
《適切な解釈です》
ガルザヴェインは強い。
だが、出しすぎれば人間に知られる。
そして対策される。
魔神戦王ゴブリンという存在を、外に知られてはいけない。
少なくとも、今は。
⸻
《逆骨廟》
Sランクおめでとう。
骨が鳴った。
嬉しさではない。
警戒だ。
Sランクは、内部の死も強くなる。
骸門残響を抱えたままSに上がったことを忘れるな。
外敵より先に、内側の骨が増えるぞ。
⸻
「……嫌なことを思い出させる」
《骸門残響隔離層の監視強化を推奨》
「分かっている」
骸門牢獄の残響。
黒市主から奪った死んだ迷宮の記憶。
スタンピードで大量の魔物を閉じ込めたせいで、少し活性化している。
今回の再査定隊戦でも、軍帰路喰らいの落武者や影干渉と絡み、帰路や記録を喰う場面が多かった。
このまま放置すれば、内側で勝手に牢獄区画が育つかもしれない。
Sランクになったからこそ、内部の危険も大きくなる。
⸻
《鏡霧劇場》
おめでとう、Sランク。
人間は今、こう思っている。
灰白庭はSランク相当かもしれない。
ガルザヴェインは死んだのかもしれない。
Aランク二組は何かを見たのかもしれない。
Sランク反応は誰だったのかもしれない。
「かもしれない」は最高の舞台幕だ。
幕を上げるな。
隙間だけ見せろ。
⸻
「これは余と考えが近いな」
《外部情報戦として有用です》
「隙間だけ見せる」
人間側には、確定情報を与えない。
灰白庭はSランク相当。
それだけで十分だ。
ガルザヴェインの存在は隠す。
アレクの記録は隠す。
だが、Sランク反応が出て消えた事実は隠せない。
なら、それを利用する。
誰がSランクに至ったのか。
何と戦ったのか。
なぜ戻らなかったのか。
その不明が恐怖になる。
◇
《報告》
「何だ」
《Sランク到達に伴う新規機能候補が表示されます》
「来たか」
白い部屋の壁面が変わった。
⸻
Sランク到達機能候補:
一、災厄秘匿膜
契約存在、深部魔物、特殊区画の外部漏出反応を抑制。
二、深層冠域
Sランク迷宮として深部区画を階層的に再定義。
深部侵入者へ高圧干渉可能。
三、高位報酬核
Sランク相当の報酬構造を形成。
ただし外部誘引力が大幅増加。
四、災害級侵入者識別
Sランク以上の侵入者反応を早期検知。
五、契約戦力封印檻
高位契約存在を安定格納し、無断出撃を抑制。
対象:ガルザヴェイン、ヴェルグレイヴなど。
⸻
「最後」
《契約戦力封印檻ですか》
「いや、全部必要だが、最後は特に必要だ」
ガルザヴェイン。
ヴェルグレイヴ。
どちらも強い。
どちらも危険。
片方は戦いたがる。
片方は起こすとまずい。
契約しているとはいえ、格納機能は強化したい。
「まず、災厄秘匿膜」
《推奨されます》
「ガルザヴェインと夜棺白庭を隠す。外部に漏らすな」
《消費ソウル:1,200,000》
「許可」
《現在保有ソウル:12,315,480》
「次に、災害級侵入者識別」
《消費ソウル:700,000》
「許可」
《現在保有ソウル:11,615,480》
「契約戦力封印檻は?」
《基本形成に2,000,000。対象ごとの調整に追加消費》
「高い」
《対象が高位存在であるためです》
「まず基本形成だけ」
《消費ソウル:2,000,000》
《現在保有ソウル:9,615,480》
白い部屋が低く鳴った。
迷宮の深部に、見えない膜が広がる。
魔神練兵窟の周囲に、金色と灰白の格子が薄く走る。
夜棺白庭の周囲にも、さらに白い遮断層が重なる。
ヴェルグレイヴの棺は沈黙したまま。
ガルザヴェインは、少しだけ眉をひそめた。
「ロード、オリ?」
「檻ではない。区画の安定化だ」
「オリ」
「お前が勝手に出ないための仕組みだ」
「オリ」
「……檻だ」
ガルザヴェインは少し考えた。
「ツヨイ、クル。ロード、ユルス。オレ、デル」
「そうだ」
「ナラ、イイ」
「素直だな」
「アレク、マッタ。オレ、タタカエタ」
なるほど。
待てば強い敵と戦わせてもらえる、と学んだらしい。
これはよい。
非常によい。
◇
Sランク昇格。
ガルザヴェイン進化。
調査隊全滅。
人間側の仮指定。
ダンジョン新聞の号外。
新機能の解放。
やることは増えた。
だが、余は一つだけ分かっている。
ここから先は、今までと違う。
Aランク迷宮として冒険者を呼び、宝箱で欲を釣り、Aランクパーティを殺す段階ではなくなった。
Sランク迷宮は、存在するだけで政治になる。
王国が動く。
ギルドが動く。
聖教会が動く。
闇市が動く。
他のロードも見る。
そして、いつか。
もっと上のものが来る。
SSランク冒険者。
人外の領域へ踏み込んだ者。
SSSランク冒険者。
神域へ入った者。
そして、勇者。
余は、新聞の紙面を閉じた。
「管理音声」
《はい》
「余は、Sランクになったのだな」
《はい》
「なら、これからはSランクとして生き残る必要がある」
《はい》
「面倒だな」
《はい》
「否定しろ」
《事実です》
フィルエが笑った。
白骨書記が、新しい台帳を抱えている。
ガルザヴェインは、治療槽の中でアレクの傷を眺めている。
ヴェルグレイヴは、夜棺白庭で眠っている。
外では、人間どもが帰らない調査隊を悼み、灰白庭をSランク相当として恐れ始めている。
そして、余の迷宮は。
霧灰白庭迷宮は。
正式に、Sランクへ至った。
「よし」
余は、白い部屋の中央で言った。
「まずは、入口を整える」
《入口ですか》
「井守が言っていた。入口を閉じすぎるな、と」
《はい》
「恐怖は見せる。宝も少し見せる。だが、深部は絶対に見せない」
《新方針を登録します》
白骨書記が、骨板に書いた。
⸻
Sランク運営方針:
一、深部秘匿
二、災厄秘匿
三、浅層報酬の限定再開
四、封鎖線突破者の選別
五、Sランク相当侵入者への早期警戒
六、ガルザヴェイン出撃はロード許可制
七、アレク・ヴァイス記録板、最重要保管
⸻
余は頷いた。
「そうだ」
Sランクになった。
だが、それは終わりではない。
むしろ、始まりだ。
より強い敵が来る。
より面倒な人間が来る。
より危険なロードが見る。
そして、余はそれら全てを喰わねばならない。
白い霧の外で、人間たちが恐れている。
白い霧の内で、余は笑った。
「来るなら来い」
ただし。
次からは、Aランク迷宮だと思って来るな。
「ここは、Sランク迷宮だ」




