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第141話 宝熱は、死体で帳尻を合わせる

 黒市主(くろいちぬし)の名を暴こうとしている間にも、迷宮は止まっていなかった。


 霧灰白庭迷宮(むかいはくていめいきゅう)は、眠らない。


 ロードが考えている間にも、入口には足跡がつく。


 宝箱が置かれれば、人間は来る。


 灰白採取物(かいはくさいしゅぶつ)が噂になれば、人間は屈む。


 白銀磁片(はくぎんじへん)に値が付けば、人間は夢を見る。


 そして、夢を見た人間の何人かは、必ず死ぬ。


「管理音声」


《はい》


「通常侵入の収支を出せ」


《直近18日分を表示します》


 白い部屋の床に、数字が浮かんだ。


⸻


直近18日侵入記録:


侵入組数:64組

侵入者総数:213名

生還者:161名

死亡者:52名


主な死亡地点:


浅層入口:7名

灰霧回廊:11名

戻り水湿地:13名

影縫い小道:8名

灰白小宝庫:6名

白磁偽財殿周辺:4名

その他罠・魔物:3名


獲得ソウル:19,860


同期間消費ソウル:5,240

内訳:

宝箱補充:1,420

灰白採取物維持:530

罠修復:920

魔物補充:1,170

宝物庫修復:680

フィルエ命脈安定補助:520


前回保有ソウル:21,370

現在保有ソウル:35,990


⸻


「……増えているではないか」


《はい》


「かなり増えているではないか」


《はい》


「なぜもっと早く出さなかった」


《あなたが黒市主への対応を優先していたためです》


「余のせいにするな!」


《事実です》


 余は白い部屋でしばらく黙った。


 35,990。


 良い数字だ。


 とても良い数字だ。


 ただし、これは放っておいて増えた数字ではない。


 宝箱を置いたから増えた。


 灰白採取物を散らしたから増えた。


 正式宝箱の噂が育ったから増えた。


 生還者が語り、死者が残り、欲深い者が次々と入ったから増えた。


 宝は、確かに人間を呼ぶ。


 そして人間は、確かに死ぬ。


「フィルエ」


「うん」


「人間は、まだ来るか」


「来る」


「なぜだ」


「宝があるから」


「死ぬぞ」


「死んだ人より、帰ってきた人の話を聞くから」


「愚かだな」


「うん。でも、迷宮には向いてる」


 その通りだった。


 人間は迷宮に向いている。


 欲しがり、怖がり、悩み、迷い、それでも進む。


 そして、死ぬ者は死に、生き残る者は噂を運ぶ。


 実に迷宮向きだ。


 その時、管理音声が告げた。


《外縁部に複数反応》


「またか」


《通常侵入より規模が大きいです》


「人数は」


《推定七組。合計37名》


「多いな」


《外部で“補充日”という噂が発生しています》


「補充日?」


《宝箱と採取物が一定周期で補充されるという噂です》


「誰が流した」


《不明です》


「人間は勝手に祭りを始めるのか」


《はい》


 白い部屋の壁面に、外縁の森が映った。


 人間が多い。


 浅い鎧。


 新しい採取袋。


 白灰匣(はくかいばこ)用の鉤棒。


 戻り水対策の長靴。


 赤錆噛み対策らしき革紐。


 そして、宝箱を見つけたらすぐ包むための布。


 対策している。


 学んでいる。


 それでも、来ている。


「なるほど」


 余は笑った。


「なら、今日は祭りだな」


《危険です》


「分かっている。だが、こういう日は稼げる」


《殺しすぎると、次回以降の侵入数が減ります》


「全員は殺さん」


《では?》


「帰す者と、沈める者を分ける」


 余は迷宮図を広げた。


 浅層入口。


 灰霧回廊。


 戻り水湿地。


 灰白小宝庫。


 影縫い小道。


 白磁偽財殿。


 そして、中層へ続く未開放の道。


「今日は、宝を見せる」


《はい》


「だが、宝へ群がった順に削る」


《はい》


「低ランクは入口で弾け。Dランクは拾わせて帰せ。Cランクは灰白小宝庫まで進ませろ。Bランク混じりは白磁偽財殿の影を見せる」


《Aランク相当は?》


「来ているのか」


《いません》


「ならよし」


 フィルエが言った。


「ロード」


「何だ」


「今日は、ゴブリンに宝箱を近づけない方がいい」


「当然だ」


《ゴブリン群、補充日反応により興奮しています》


「なぜお前たちが興奮する!」


 浅層の映像に、ゴブリンどもが映った。


 数匹が宝箱の匂いを嗅いでいる。


 一匹は白灰匣の角を舐めようとしていた。


「食うな!」


 余の声が迷宮内に落ちる。


 同時に、マネが余の声で言った。


「食うな!」


「今日はお前も黙っていろ!」


「今日はお前も黙っていろ!」


「本当に黙れ!」


 フィルエが笑った。


「祭りっぽい」


「余は祭りを開いた覚えはない!」


    ◇


 最初に死んだのは、入口で大口を叩いていた若い男だった。


 Eランク相当。


 仲間の制止を振り切って、牙跡の前で剣を抜いた。


「こんなの脅しだろ!」


 その足元を、泥が軽く滑らせた。


 殺すつもりはなかった。


 転ばせるだけだった。


 だが、男は転んだ拍子に、腰の短剣を抜こうとした。


 その金具に赤錆噛みが飛びつく。


 男は悲鳴を上げ、暴れた。


 暴れた先に、白磁片の鋭い角があった。


 首を切った。


《侵入者一名、死亡》


《獲得ソウル:90》


「……予定外だ」


《低ランクは脆いです》


「次から入口の白磁片を丸めろ」


《承知しました》


 仲間たちは男の死体を引こうとした。


 だが、死体の腰袋から白磁花粉結晶がこぼれた。


 一人が、それを見た。


 手を伸ばした。


 その間に、霧が濃くなった。


「馬鹿」


 余は呟いた。


 死体より宝を見る。


 それが人間だ。


 結果、その仲間は生きて帰った。


 白磁花粉結晶を握って。


 友人の血を浴びて。


 きっと話すだろう。


 入口で死んだ。


 でも、白い結晶は本物だった、と。


    ◇


 灰霧回廊では、三組が鉢合わせた。


 宝を巡って争いかけた。


 迷宮が何もしなくても、人間同士で剣を抜きそうだった。


「……何だこれは」


《宝の競合です》


「勝手に殺し合うのか」


《可能性があります》


「もったいないな」


《止めますか》


「いや、利用する」


 灰霧を薄く流す。


 人影を二重に見せる。


 片方の組には、相手が宝箱を抱えているように見せる。


 もう片方の組には、相手が罠を解除した直後に見せる。


 疑いは簡単に育つ。


「お前ら、何を持ってる!」


「そっちこそ!」


「箱はこっちが先に見つけた!」


「知らねえよ!」


 剣がぶつかった。


 短い乱戦。


 迷宮の魔物は、まだ出していない。


 人間同士が勝手に傷つけ合う。


 だが、全員殺すのはよくない。


「影縫い大蜘蛛」


《待機中》


「一番欲深い奴だけ吊れ」


 宝箱へ手を伸ばした男の影が伸びる。


 天井から糸が落ちる。


 男が吊られた。


 仲間が助けようとする。


 別の組は、その隙に箱を奪おうとする。


 結果、床の戻り水を踏み抜いた。


 二人が沈む。


 一人は助かった。


 一人は沈んだ。


《侵入者二名、死亡》


《獲得ソウル:640》


 吊られた男は、まだ生きていた。


 だが、宝箱を離さなかった。


「箱を離せば落としてやる」


 もちろん聞こえない。


 だが、男は離さない。


 影縫い大蜘蛛の糸が、少しずつ首へ食い込む。


 最後まで箱を抱えたまま、男は死んだ。


《侵入者一名、死亡》


《獲得ソウル:420》


「欲で死んだな」


《はい》


「箱は回収」


《回収します》


    ◇


 戻り水湿地では、もっと稼げた。


 灰白採取物を拾いすぎた一団が、袋を膨らませすぎていた。


 動きが遅い。


 だが捨てない。


 捨てれば軽くなる。


 しかし、拾ったものを捨てられない。


 戻り水湿地は、そういう者に向いている。


「沈降、二割」


《実行》


 足元が沈む。


 一人が膝まで。


 一人が腰まで。


 もう一人は、仲間を引こうとして自分も沈む。


 普通の冒険者なら、仲間を助ける。


 そこへ罠を重ねる。


 だが今回は違った。


 宝袋を持った男が、仲間の手を振り払った。


「袋を先に!」


「ふざけるな!」


「中身が濡れる!」


 その言葉を最後に、二人が沈んだ。


 袋を守ろうとした男も、結局沈んだ。


 宝は戻り水の中で散った。


《侵入者三名、死亡》


《獲得ソウル:1,180》


「袋の中身は回収」


《回収します》


「死体も使えるか」


《湿骨兵(しつこつへい)素材として適性あり》


「記録しておけ」


 この時点で、余は決めた。


 もう、湿骨兵が必要だ。


 冒険者の死体を運び、宝を整理し、ゴブリンを宝箱から遠ざけ、湿地で戦える兵隊。


 アンデッドゴブリンでは足りない。


 迷宮が大きくなりすぎた。


    ◇


 灰白小宝庫では、折剣濁白騎士(せっけんだくはくきし)の影を初めて見せた。


 本体ではない。


 影と足音だけだ。


 それでも効果はあった。


「何かいる」


「騎士だ」


「白磁騎士か?」


「違う、剣が折れてる」


 Cランク上位の四人組が、灰白小宝庫の入口で止まった。


 彼らは引くべきだった。


 だが、中央に正式宝箱があった。


 蓋の紋が光っていた。


 四人のうち一人が言った。


「箱だけ取って帰る」


 それが、死ぬ者の言葉だった。


 宝箱を持ち上げた瞬間、帰路秤(きろばかり)が起動する。


 床が重くなる。


 霧が濃くなる。


 折剣濁白騎士の足音が近づく。


 かつん。


 かつん。


 かつん。


 四人は走った。


 走ってはいけない場所で。


 一人が影糸にかかる。


 一人が助けようとして戻る。


 一人は箱を捨てようとした。


 最後の一人が、それを止めた。


「捨てるな! 金貨になる!」


 その瞬間、折剣濁白騎士の影が壁から伸びた。


 灰剣が一閃。


 一人の胸を裂く。


 もう一人が反撃する。


 だが、白磁床が滑る。


 剣が外れる。


 折れた白剣が喉を貫いた。


《侵入者二名、死亡》


《獲得ソウル:1,060》


 残る二人は逃げた。


 一人は宝箱を捨てた。


 もう一人は拾おうとした。


 捨てた者だけが生きて帰った。


「良い教材だ」


《教材ですか》


「生還者が言う。箱を捨てたから助かった、と」


《宝の危険価値が上昇します》


「そうだ」


    ◇


 補充日の終わり。


 白い部屋の床に、収支が表示された。


⸻


補充日侵入記録:


侵入組数:七組

侵入者総数:37名

生還者:22名

死亡者:15名


獲得ソウル:8,330


主な取得物:

低級冒険者装備片

灰白採取物入り採取袋

濡れた革鎧

折れた短剣

泥中の死体素材

欲に濁った宝袋

正式宝箱回収品


補充日前保有ソウル:35,990

補充日後保有ソウル:44,320


⸻


「44,320」


 余は数字を見つめた。


「良い」


《はい》


「非常に良い」


《はい》


「これだけあれば、買えるな」


《複数候補があります》


「出せ」


 壁面に候補が並ぶ。


⸻


購入候補:


白骨書記(はっこつしょき)

用途:宝物庫記録、死体分類、侵入者台帳管理

必要ソウル:3,200


霧喰い大蛾(きりぐいおおが)卵群

用途:霧操作、光源妨害、追跡粉付与

必要ソウル:4,500


湿骨兵(しつこつへい)十体

用途:湿地戦闘、死体運搬、宝箱警備、ゴブリン抑制

必要ソウル:5,000


宝物庫修復・補充

必要ソウル:2,150


⸻


「全部だ」


《合計消費ソウル:14,850》


「許可」


《現在保有ソウル:29,470》


 白い部屋の奥で、骨が組み上がる。


 まず現れたのは、白骨書記だった。


 小柄な骨の魔物。


 白磁の骨。


 黒い指先。


 背中には、薄い骨板のような帳簿を背負っている。


 目の穴には、青白い火。


 手には、骨の筆。


《白骨書記、生成完了》


 白骨書記は、ぎこちなく頭を下げた。


 そして、すぐに床へ文字を書き始めた。


⸻


侵入者台帳

宝箱取得記録

死亡者素材分類

ソウル収支

ゴブリン食害記録


⸻


「最後の項目は必要か」


《必要です》


 次に、霧喰い大蛾の卵が浅層の霧溜まりへ置かれた。


 灰色の大きな卵。


 表面に白い粉がついている。


 中で、何かがゆっくり羽ばたいた。


《霧喰い大蛾、孵化準備中》


 最後に、湿地で死んだ冒険者の骨が、戻り水と泥に浸された。


 骨に白磁片が絡み、灰が染み込む。


 十体の湿骨兵が立ち上がる。


 濡れた骨。


 泥を纏った肋骨。


 手には、錆びた槍と白磁片の盾。


《湿骨兵十体、生成完了》


 湿骨兵は、ゴブリンたちの前に立った。


 宝箱へ近づこうとしていたゴブリンが、湿骨兵に首根っこを掴まれた。


「ギ!?」


 湿骨兵は、そのままゴブリンを宝箱から引き離した。


「素晴らしい」


《ゴブリン抑制に成功》


「これだけで買った価値がある」


 フィルエが笑った。


「ロード、すごく嬉しそう」


「嬉しいに決まっている。宝箱を食わない兵隊だぞ」


 白骨書記が、すぐに帳簿へ書き込んだ。


⸻


湿骨兵:有用

ゴブリン:要監視


⸻


「分かっているではないか」


 余は満足した。


 補充日は終わった。


 冒険者は死んだ。


 ソウルは増えた。


 新しい魔物も増えた。


 迷宮はまた一段、運営しやすくなった。


 だが、それで終わりではない。


 白骨書記が、最後に別の項目を書いた。


⸻


外部噂更新予測:


灰白庭には、補充日がある

宝は戻る

だが、死体も増える

白い騎士の影が宝物室に出る

霧の中に大きな蛾の卵がある

湿った骨兵が宝箱を守る


⸻


「まだ卵なのに、もう噂になるのか」


《目撃者がいます》


「生還者を残したからな」


 余は笑った。


 読者ではない。


 人間どもが、次を待つ。


 宝が戻る日。


 霧が深くなる日。


 白い騎士の影が出る日。


 そして、死体が増える日。


「よし」


 余は白い部屋の中央で告げた。


「補充日は、今後も使える」


《定期イベント化しますか》


「するな。定期にすると読まれる」


《では》


「不定期だ。人間が勝手に予想し、勝手に集まり、勝手に死ぬようにしろ」


《承知しました》


 夜棺白庭の奥は静かだ。


 ヴェルグレイヴは眠っている。


 残響核隔離室では、小鐘泥廟が小さく鳴っている。


 黒市主との線はまだ残っている。


 だが、今日の迷宮は確かに稼いだ。


 ただ情報を追うだけではない。


 ただ新聞を読むだけではない。


 宝で人を呼び、罠で殺し、ソウルで魔物を増やす。


 それが迷宮だ。


「来い、人間ども」


 余は、浅層の新しい霧を見下ろした。


「次の補充日がいつか、勝手に怯えて、勝手に期待していろ」

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