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第132話 墓銭拾いは、箱を開けない

 墓銭拾(ぼせんひろ)いは、冒険者ではない。


 少なくとも、まともな意味では。


 彼らは依頼書を受けない。


 ギルドへ報告しない。


 仲間の死体を悼まない。


 迷宮の価値を測らない。


 宝の由来も問わない。


 ただ、盗む。


 箱があれば、開けずに盗む。


 死体があれば、弔わずに剥ぐ。


 魔物の卵があれば、親が戻る前に袋へ詰める。


 罠があれば、解除しない。


 誰かを踏ませる。


 それが、黒市組合(くろいちくみあい)《墓銭拾い》だった。


    ◇


 その夜、霧灰白庭迷宮(むかいはくていめいきゅう)の外縁に、六つの影が近づいていた。


 月は薄い。


 森は濡れている。


 灰白の霧は、入口のあたりで静かに揺れている。


 正規の冒険者なら、そこで足を止める。


 入口の牙跡を見る。


 泥の湿りを見る。


 霧の濃さを見る。


 帰り道の印を打つ。


 だが、墓銭拾いは違った。


 先頭の男が、黒い袋を地面に置いた。


 細い顔。


 落ちくぼんだ目。


 革鎧の上から、いくつもの小袋と短い鉤を吊っている。


 名を、ボルム・ダルという。


 墓銭拾いの小頭(こがしら)。


 人を殺すより、人が死んだ後に何を剥げるかを考える男だった。


「入るぞ」


 ボルムが言った。


「印は?」


 後ろの女が聞く。


 リスカ。


 封印袋(ふういんぶくろ)使い。


 闇市製の黒い袋で、魔力反応と所有記録を隠すことができる。


 正規ギルドでは禁制品だ。


「打たない」


 ボルムは短く答えた。


「帰路印は迷宮に喰われる。だったら最初から打つな」


「帰れなくなる」


「先に盗れ。帰り道は、後で買う」


 普通の冒険者なら、そこで止める。


 だが、墓銭拾いの誰も止めなかった。


 彼らは、帰るために迷宮へ入るのではない。


 持ち出すために入る。


 そして、持ち出せないなら、仲間ごと捨てる。


 ボルムの隣で、太った男が笑った。


 解体屋(かいたいや)のハルマ。


 死体から装備を剥ぐのが仕事だ。


 腰には肉切り包丁のような刃が二本ある。


「Aランクが死んだんだろ。死体が残ってりゃ、鎧の留め金だけでも値がつく」


「死体が迷宮に喰われてなければな」


 細い少年のような男が言った。


 名はネジル。


 罠踏み役。


 本人は斥候を名乗っているが、仲間内では“先足”と呼ばれている。


 罠を見つけるのではない。


 罠にかかって、罠の位置を知らせる役だ。


 生き残れば取り分が増える。


 死ねば、それまで。


 最後尾には、兄弟の二人組がいた。


 ムドとガリ。


 運び屋。


 盗んだ宝箱や死体の一部を運ぶための背負子を持っている。


 顔が似ている。


 考えることも似ている。


 そして、どちらも仲間を置いて逃げるのが早い。


 六人は、霧灰白庭迷宮の入口へ向かった。


    ◇


 白い部屋で、余はその様子を見ていた。


「……普通の冒険者ではないな」


《はい》


「帰路印を打たんのか」


《はい》


「帰る気がないのか?」


《帰還手順を通常冒険者とは別にしていると思われます》


「つまり?」


《盗品を優先し、帰路確保を後回しにしています》


「馬鹿なのか」


《通常冒険者基準では馬鹿です》


「墓銭拾い基準では?」


《合理的な可能性があります》


「嫌な基準だな」


 フィルエが森灰観測室から言った。


「ロード。あの人たち、仲間を助けないと思う」


「だろうな」


「いつもの罠、少し効きにくい」


「救助に来た者を狙う罠か」


「うん。助けに来ないなら、そこが空振る」


 余は頷いた。


 正規冒険者は、仲間を助ける。


 盾役を支える。


 倒れた者を引く。


 死体を回収しようとする。


 その行動に罠を合わせてきた。


 だが、墓銭拾いは違う。


 仲間が沈めば、縄を切る。


 仲間が吊られれば、荷物だけ剥ぐ。


 死体があれば、祈らず漁る。


 これはこれで面倒だ。


「なら、罠を変える」


《対応方針》


「仲間を助けさせる罠ではない。宝を捨てられなくする罠だ」


《墓銭札(ぼせんふだ)を使用しますか》


「使う」


 白い部屋の床に、小さな黒い札の図が浮かぶ。


 墓銭札。


 闇市へ流すための追跡印付き宝。


 見た目は古びた黒銀の護符。


 鑑定すれば、微量の白磁、灰霧、死霊系、金属魔力が見える。


 闇市の人間なら、欲しがる。


 だが、その中に迷宮の目がある。


 持ち帰れば、墓銭拾いの隠れ家や流通経路を追える。


「宝箱に入れるか?」


《墓銭拾いは箱を開けず、箱ごと盗む可能性があります》


「なら、箱の外側に仕込め」


《外側ですか》


「そうだ。盗むために触った瞬間、貼り付くようにしろ」


《呪いと認識される可能性があります》


「鑑定返しで隠せ」


《承知しました》


「それと、宝箱そのものを重くしろ。ただし、持てないほどではない」


《持てるが、逃げづらい重量ですね》


「そうだ」


 人間が宝を取って逃げる。


 普通なら、開けさせる。


 だがこいつらは開けない。


 なら、箱を持たせる。


 箱そのものを罠にする。


「正式宝箱を使うのはもったいないな」


《白灰匣を改造しますか》


「いや、墓銭拾いは箱ごと盗むなら、正式宝箱の取得記録機能が活きる」


《正式宝箱三号を罠箱化します》


「中身は?」


《低価値にしますか》


「違う。中身はそこそこ良くしろ。盗まれても悔しい程度に」


《なぜですか》


「空箱を盗ませても、次に来ぬ。本物が入っていてこそ、闇市へ流す価値がある」


《墓銭札の流通を狙うのですね》


「そうだ」


 余は少し笑った。


「盗ませる。だが、盗んだ者をこちらも盗む」


    ◇


 墓銭拾いは入口を越えた。


 牙跡を見る。


 泥を見る。


 灰霧を見る。


 だが、反応は薄い。


「脅しだ」


 ボルムが言った。


「浅層の脅しは、殺すためじゃねえ。引かせるためだ。引くな」


 ネジルが顔をしかめる。


「俺が先?」


「お前が先」


「死んだら?」


「拾えるものは拾う」


「ひどくない?」


「お前も俺が死んだら拾うだろ」


「拾うけど」


 ネジルは短剣を抜き、先へ進んだ。


 罠踏み役としては、足取りが軽い。


 恐怖がないのではない。


 恐怖に慣れているのだ。


 罠を避けようとするのではなく、踏んだ時にどこまで自分が壊れるかを考えている。


 これは厄介だった。


「浅層の通常罠は?」


《効果薄》


「分かっている。赤錆噛みは出すな」


《なぜですか》


「こいつらは装備を捨てるのが早い。噛ませても餌をやるだけだ」


《では》


「見せるだけだ。赤錆噛みの抜け牙を置け。拾わせる」


 通路脇に、赤錆噛みの抜け牙を一つ置く。


 ネジルがすぐに見つけた。


「牙」


「取れ」


 ボルムが言う。


「罠かも」


「拾って投げろ。反応を見る」


 ネジルは拾った。


 何も起きない。


 すぐに後ろへ投げた。


 ハルマが受け取り、黒い小袋へ入れる。


 袋の口が、一瞬だけ黒く光った。


「封印袋か」


《取得記録の遮断反応》


「嫌な道具だな」


《正式宝箱以外の採取物では追跡困難になります》


「では、採取物は諦める。箱を狙う」


 墓銭拾いは進む。


 白磁花粉結晶を拾う。


 灰霧石を拾う。


 影糸の切れ端を拾う。


 罠にかかりかけたら、品だけ投げて後ろが受ける。


 拾った本人が転んでも、仲間は品を見る。


 助けには来ない。


 なるほど。


 これは確かに普通の冒険者とは違う。


 フィルエが言った。


「気持ち悪い」


「同感だ」


「宝しか見てない」


「なら、宝で殺す」


 彼らは灰霧回廊に入った。


 ボルムは、正式宝箱一号の跡を見ても近づかなかった。


「開いた箱に用はねえ」


 宝箱の紋も見ない。


 記録しようともしない。


 中身がないなら価値がない。


 潔いほどの盗人思考だった。


「こいつら、迷宮の格など見ていないな」


《宝の有無を重視しています》


「腹立たしいが分かりやすい」


 余は正式宝箱三号を、灰白小宝庫の手前に置いた。


 正式な宝物室ではない。


 小さな横部屋。


 そこに、あからさまにではなく、だが墓銭拾いなら見つける位置へ置く。


 箱は重め。


 中身は、白銀磁片の小片、影糸巻き、灰白採取物の詰め合わせ。


 そして、蓋の裏ではなく、取っ手の内側に墓銭札を仕込んだ。


 開ける必要はない。


 持とうとした者に貼り付く。


「さあ、盗め」


 余は呟いた。


    ◇


 最初に気づいたのは、リスカだった。


「箱」


 全員が止まる。


 ボルムの目が細くなる。


「開けるな」


「もちろん」


「箱ごとだ」


 やはり。


 墓銭拾いは、宝箱を宝物入れとしてではなく、宝そのものとして見る。


 リスカが封印袋を広げる。


 黒い布が、床の上に大きく開いた。


「そのまま入る?」


 ムドが聞く。


「少し重い。二人で持て」


 ボルムが命じた。


 ムドとガリが前に出る。


 箱へ手をかけた。


 その瞬間、取っ手の裏に仕込んだ墓銭札が、ぺたりとムドの手袋へ貼り付いた。


 気づかない。


 鑑定返しが、ただの灰汚れに見せている。


 よし。


「貼り付いた」


《墓銭札、対象ムドに付着》


「もう一つ、ガリにも」


《付着》


 二人が宝箱を持ち上げる。


「重っ」


「でも持てる」


「袋へ」


 封印袋が箱を呑む。


 その瞬間、正式宝箱の取得記録が一部遮断された。


《正式宝箱三号、封印袋へ収納》


《取得記録、一部遮断》


「追跡は」


《墓銭札により継続》


「よし」


 ここで殺す必要はない。


 宝箱は盗まれた。


 だが、こちらの札も盗まれた。


 問題は、こいつらをどこまで帰すかだ。


「逃がす」


 余は言った。


「ただし、全員ではない」


《対象は》


「封印袋使いのリスカは帰す。箱を持つムドとガリも帰す。ボルムも帰す」


《他二名は?》


「ネジルとハルマは殺す」


《理由は?》


「罠踏み役と解体屋は、次に来ると面倒だ。だが、小頭と運び屋は闇市まで案内してくれる」


《承知しました》


 フィルエが静かに言った。


「ロード、汚いやり方覚えるの早いね」


「敵が汚いなら、こちらも汚くなる」


「迷宮だから?」


「Aランクだからでもいい」


 墓銭拾いたちは帰路へ動き出した。


 普通の冒険者なら、宝箱を盗めた喜びで浮く。


 こいつらは浮かない。


 むしろ、ここからが本番だと分かっている。


「ネジル、先」


「はいはい」


 ネジルが先に出る。


 罠踏み役。


 なら、踏ませる。


 帰路の床に、あえて見えやすい影糸を張る。


 ネジルはそれを見た。


「糸」


「切るな。踏め」


「死ぬかも」


「死ななきゃ分かる」


「ひどい仕事だ」


 ネジルは影糸を踏んだ。


 足首に絡む。


 針が飛ぶ。


 彼は体をひねって避けた。


 思ったより上手い。


 だが、これは見せ罠だ。


 足首を捻って避けた瞬間、足元の戻り水が薄く開いた。


「え」


 ネジルの片足が沈む。


 膝まで。


 腰まで。


「引け!」


 ボルムが言った。


 だが、リスカが首を横に振る。


「無理。引くと箱が遅れる」


 ボルムは一秒も迷わなかった。


「切れ」


 ガリが、ネジルへ繋いでいた命綱を切った。


 ネジルの顔が歪む。


「え、ちょ、待――」


 戻り水が口まで上がる。


 影縫い大蜘蛛の糸が、上から降りる。


 ネジルは短剣を振る。


 一本切る。


 二本切る。


 三本目が首に絡む。


 カゲヌイの影針が、水面に映った彼の影を縫った。


 ネジルの動きが止まる。


 沈む。


《墓銭拾い罠踏み役:ネジル、死亡》


《獲得ソウル:260》


《取得:罠踏みの脚骨、闇市逃げ癖の記憶、捨て縄の断片》


「安いな」


《低ランク相当です》


「だが、使える素材だ」


 墓銭拾いたちは振り返らない。


 ネジルが沈んだ場所から泡が上がっているのに、誰も助けない。


 ハルマだけがぼそりと言った。


「短剣、拾えるかな」


「後にしろ」


 ボルムが言う。


「戻ってきた時に残ってたら拾う」


「戻ってこられたらな」


 こいつら。


 本当に仲間の死体を荷物として見ている。


 余は少しだけ感心し、少しだけ嫌悪した。


「ハルマも殺す」


《実行します》


 解体屋ハルマは、帰路の途中で足を止めた。


 壁際に、白い骨片を見つけたのだ。


 もちろん、こちらが置いたものだ。


 ただの骨ではない。


 暁秤の戦闘後に出た、微量のAランク残滓を混ぜた偽骨片。


 解体屋なら気づく。


「骨」


 ハルマが笑った。


「良いやつだ」


「触るな」


 ボルムが言った。


「でも、これは高い」


「置いていく」


「一欠片だけ」


 ハルマは手を伸ばした。


 墓銭拾いでも、職分によって欲は違う。


 ハルマにとって、宝箱より骨片だった。


 骨片を掴んだ瞬間、白磁の骨が開いた。


 中から、細い影糸が溢れる。


「うおっ」


 ハルマはすぐに手を切ろうとした。


 自分の指ごと。


 包丁を振る。


 指二本が落ちる。


 だが、影糸は指ではなく、彼の解体刃へ絡んでいた。


 解体屋の道具。


 彼はそれを捨てられない。


 一瞬、迷う。


 その一瞬で十分だった。


 壁の白磁花が開く。


 花粉が、彼の鼻と口へ入り込む。


 ハルマは咳き込む。


 背中から、赤錆噛みが跳ぶ。


 狙いは首ではない。


 肉切り包丁の金具。


 かり。


 解体刃が壊れる。


「俺の刃――」


 叫びかけた口に、影糸が入る。


 影縫い大蜘蛛の糸が、内側から彼の喉を縫った。


《墓銭拾い解体屋:ハルマ、死亡》


《獲得ソウル:310》


《取得:解体刃の欠片、死体剥ぎの記憶、指骨二本、骨値踏みの癖》


 残り四人。


 ボルム。


 リスカ。


 ムド。


 ガリ。


 彼らは、ハルマの死体も捨てた。


 ただし、リスカがハルマの腰袋だけ引き抜いた。


 走りながら。


「徹底しているな」


《はい》


「だが、それでいい。帰せ」


《帰路を軽くしますか》


「軽くしすぎるな。追われたと思わせろ」


《了解》


 背後で、ゴブリンの笑い声を鳴らす。


 影を走らせる。


 泥を一度だけ跳ねさせる。


 だが、捕まえない。


 四人は息を荒げながら、入口へ向かった。


 封印袋の中には正式宝箱三号。


 その箱には墓銭札。


 札はムドとガリの手袋にも貼り付いている。


 ボルムの靴底にも、薄い灰の追跡印を付けた。


 リスカの封印袋には、戻り水の匂いを一滴だけ染み込ませた。


 完璧ではない。


 だが、追える。


 四人は外へ出た。


 森の外縁で振り返りもせず、夜の中へ消えていく。


《墓銭拾い四名、生還》


《墓銭札、三点付着継続》


《正式宝箱三号、封印袋内》


「よし」


 余は笑った。


 宝箱を盗まれた。


 普通なら損だ。


 だが、今回は違う。


 盗ませた。


 追跡印を付けた。


 闇市まで持っていかせる。


「フィルエ」


「うん」


「追えるか」


「追える。薄いけど」


「切れそうか」


「封印袋が邪魔。でも、墓銭札はまだ残ってる」


「よし」


 白い部屋の床に、新しい線が浮かぶ。


 森を抜け、街道を外れ、正規の町へは向かわず、古い水路沿いを進む線。


 墓銭拾いの逃走路。


 闇市へ続く道。


《追跡対象:墓銭拾い四名》


《推定目的地:闇市中継所》


「これで、闇市が見えるな」


《危険です》


「分かっている」


《外部領域への干渉は限定的です》


「見るだけでよい。今はな」


 余は、逃げていく墓銭拾いたちを見送った。


 仲間を捨て、箱を盗み、死体を漁ろうとした連中。


 その汚さは、正規冒険者とは違った。


 だが、それもまた人間だ。


 そして、迷宮の餌になり得る。


「墓銭拾い」


 余は小さく呟いた。


「お前たちは、余の宝を盗んだと思っているのだろう」


 白い部屋の床で、墓銭札の黒い点がゆっくり動く。


「だが、その箱はもう、余の目だ」


 夜棺白庭は静かだ。


 ヴェルグレイヴは眠っている。


 フィルエは森灰観測網を細く伸ばしている。


 グズは門を塞いでいる。


 帰路喰らいの落武者は、今回は動かなかった。


 この戦いは、殺すだけではない。


 盗ませる戦い。


 そして、盗人の巣を見つける戦い。


「管理音声」


《はい》


「墓銭札を記録し続けろ」


《承知しました》


「次は、闇市を覗く」


《迷宮外情報戦へ移行します》


「情報戦など上品に言うな」


 余は笑った。


「盗人の懐を、こちらが漁るだけだ」

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