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第131話 号外は、上位迷宮の死を運ぶ

 暁秤(あかつきばかり)は、帰らなかった。


 キト・ラウ。


 ガルド・ローク。


 ユーファ・ベル。


 マルク・セーヴァ。


 セリア・リンド。


 Aランクパーティ五人。


 迷宮の危険と価値を量りに来た者たちは、全員、霧灰白庭迷宮(むかいはくていめいきゅう)の腹に沈んだ。


 白い部屋の床には、まだ戦闘結果が残っている。


⸻


討伐結果:


キト・ラウ

獲得ソウル:940


ガルド・ローク

獲得ソウル:1,180


ユーファ・ベル

獲得ソウル:1,360


マルク・セーヴァ

獲得ソウル:1,480


セリア・リンド

獲得ソウル:1,720


合計獲得ソウル:6,680


戦闘前保有ソウル:22,070

現在保有ソウル:28,750


⸻


「……良い数字だ」


《はい》


「非常に良い数字だ」


《はい》


「だが、損耗も大きい」


《はい》


 白磁偽財殿(はくじぎざいでん)は壊れた。


 正式宝箱も一基破壊された。


 赤錆噛みは何体か失った。


 影針も減った。


 濁白騎士は大破し、折剣濁白騎士(せっけんだくはくきし)として再構成したばかり。


 フィルエにも命脈反動(めいみゃくはんどう)が出ている。


 それでも、勝った。


 Aランクパーティを二組、喰った。


 銀刻の五人。


 暁秤。


 人間側から見れば、これはもう普通の迷宮では済まないだろう。


 いや。


 ロード側から見ても、もう普通ではない。


「管理音声」


《はい》


「余は、浮かれているか」


《思考波形に高揚が見られます》


「正直だな」


《はい》


「……浮かれても、いい勝利だろう」


《はい》


 余は静かに笑った。


 当然だ。


 白磁庭園を喰い、Aランクへ至り、Aランクパーティをさらに喰った。


 泥塞門将(でいそくもんしょう)グズは門を塞ぐ将となった。


 カゲヌイは影鎖針(えいさしん)を得た。


 帰路喰らいの落武者は帰鎖喰い(きさぐい)を得た。


 宝物庫機能は鑑定返しを得た。


 折剣濁白騎士も生まれた。


 迷宮は強くなっている。


 間違いなく、強くなっている。


 その時だった。


 白い部屋に、黒い紙が落ちた。


 一枚ではない。


 何枚も。


 ぱさり、ぱさり、と白い床へ重なっていく。


《ダンジョン新聞、号外です》


「来たか」


 余は笑いながら新聞を開いた。


 どうせ大きく書いているのだろう。


 霧灰白庭迷宮、暁秤を全滅。


 Aランク複合迷宮、危険度再評価。


 宝物庫機能に新特性。


 そんな見出しがあるはずだ。


 実際、あった。


⸻


《号外》


《霧灰白庭迷宮、Aランクパーティ“暁秤”を全滅》


銀刻の五人に続き、暁秤も帰還せず。

Aランク複合迷宮としての危険度、さらに上昇。

宝物庫機能を利用した誘引、帰路阻害、鑑定返し、聖鎖捕食を確認。


編集部評:

「宝を置く迷宮」から「宝を見た者を量り返す迷宮」へ移行中。


⸻


「量り返す迷宮、か」


《暁秤の役割を踏まえた表現と思われます》


「悪くない」


 悪くない。


 かなり良い。


 余は満足して、次の欄へ目を滑らせた。


 そこで、動きが止まった。


⸻


《緊急特報》


《SSSランク迷宮“星骸天蓋迷宮(せいがいてんがいめいきゅう)”、勇者パーティにより消滅》


天蓋型SSSランク迷宮《星骸天蓋迷宮》のコア反応が完全消失。

勇者パーティが最上層から中枢へ到達し、星骸核を破壊したものと推定。


同迷宮は、複数の浮遊階層、星獣系階層主、天候操作罠、空間断絶回廊を有していたが、勇者パーティは三日以内に全階層を突破。


生存ロード通信、途絶。

残存眷属、未確認。


編集部注:

SSSランク迷宮であっても、勇者パーティの標的になった時点で安全圏ではない。


⸻


 余は、何度も読み返した。


 SSSランク。


 余などより、はるか上。


 白磁庭園よりも上。


 Aランクなど、比べるのもおこがましいほど上。


 そんな迷宮が、消えた。


「……SSSが、消えた?」


《記事では、そのように記載されています》


「勇者パーティに?」


《はい》


「三日以内に全階層突破?」


《はい》


「……」


 余は黙った。


 白い部屋の音が、少し遠ざかる。


 戻り水の音。


 影縫い大蜘蛛の糸音。


 グズが泥を練る音。


 どれも、急に小さく聞こえた。


 SSSランクでも消える。


 勇者パーティに狙われれば、消える。


 それは、理屈では分かっていた。


 だが、記事として目の前に出ると重い。


 重すぎる。


 余はAランクになったばかりだ。


 暁秤を喰ったばかりだ。


 少しくらいは、強くなったと思ってもよいはずだった。


 だが、上には、そんなものを踏み潰す存在がいる。


 勇者。


 勇者パーティ。


 迷宮を終わらせるために来る、人間側の異物。


「管理音声」


《はい》


「勇者パーティは、宝で釣れるか」


《低確率です》


「欲では来ぬか」


《使命、討伐命令、神託、国家依頼などで動く可能性があります》


「最悪だな」


《はい》


 欲で来る者は、喰える。


 宝を見れば足を止める。


 帰り道で迷う。


 仲間を助けようとする。


 そこに罠をかけられる。


 だが、使命で来る者は違う。


 宝を見ない。


 命を惜しまない。


 帰り道を捨ててくるかもしれない。


 それは、最も嫌な侵入者だ。


 新聞には、さらに続きがあった。


⸻


《緊急特報・続報》


《SSランク迷宮“黒鐘大廟(こくしょうたいびょう)”、単独冒険者により消滅》


SSランク死霊迷宮《黒鐘大廟》、コア反応完全消失。

確認された侵入者は、単独冒険者一名。


同迷宮は死霊軍勢、鐘楼型精神罠、百層納骨回廊、廟主眷属を有していたが、侵入者は退路を取らず、入口から中枢までほぼ直進。


階層主五体、鐘守騎士団、廟主眷属、すべて沈黙。


単独冒険者の名称、称号、所属、現時点で不明。


編集部注:

勇者ではない。

パーティでもない。

ただ一人の冒険者で、SSランク迷宮が消えた。


⸻


 余は、今度こそ完全に黙った。


 勇者パーティなら、まだ分かる。


 いや、分かりたくはないが、理屈は分かる。


 勇者とはそういうものだ。


 だが。


 一人。


 たった一人。


 勇者でもなく、パーティでもない冒険者が、SSランク迷宮を消した。


「……一人?」


《はい》


「SSランクを?」


《はい》


「退路を取らず、直進?」


《記事ではそう記載されています》


「どういうことだ」


《不明です》


「不明では困る!」


《不明です》


 階層主五体。


 鐘守騎士団。


 百層納骨回廊。


 精神罠。


 死霊軍勢。


 それらが、一人に抜かれた。


 いや、抜かれたどころではない。


 コアを破壊され、消えた。


 余は、白い部屋の奥を見た。


 夜棺白庭。


 そこでは、古血のヴァンパイア、ヴェルグレイヴが眠っている。


 最強の味方。


 だが、秘匿すべき災厄。


 もし、あれの存在が外へ漏れたら。


 勇者が来るかもしれない。


 あるいは、この名前のない単独冒険者のような怪物が来るかもしれない。


「……絶対に、起こすな」


《ヴェルグレイヴの秘匿方針を再確認します》


「違う。起こすな、ではない。知られるな」


《承知しました》


「夜棺白庭の情報遮断を最大にしろ。外部魔力漏れはゼロに近づけろ。宝物庫報酬に夜属性反応を混ぜるな。古血由来素材は一片たりとも出すな」


《承知しました》


「フィルエの命脈線も隠せ。マルクのような奴がまた来た時に備えろ」


《承知しました》


 フィルエの声が、静かに届いた。


「ロード」


「何だ」


「怖い?」


「怖い」


 余は即答した。


「SSSが消え、SSが一人に消された。Aランクになった程度で、怖くないわけがない」


「うん」


「だが、怖いなら備える」


「うん」


「浮かれるのは、少し後だ」


 新聞の下には、ロード反応欄があった。


 いつもより文字が多い。


 そして、どれも重かった。


⸻


《ロード反応欄》


《井守》


Aランク到達、おめでとう。

だが、同じ紙面でSSSとSSが消えている。


これがロードの世界だ。

下を見れば餌がいる。

上を見れば、こちらも餌だ。


浮かれるな。

霧灰白庭迷宮よ、まず足元を固めろ。


⸻


《黒泥胎窟》


SSSが勇者に消された。

SSが一人に消された。


なら、BもAも泥の上に立っているだけだ。

いつ沈むかの違いしかない。


泥を厚くしろ。

門を増やせ。

宝に浮かれるな。


⸻


《逆骨廟》


勇者パーティより、単独冒険者の記事の方が恐ろしい。


パーティは分断できる。

役割を崩せる。

祈りを乱せる。


だが、一人でSSランクを消す冒険者は、何を分断すればいい?

何を迷わせればいい?


骨が震える。


⸻


《鏡霧劇場》


単独冒険者は、鏡像が効きにくい。

仲間の声を真似ても意味がない。


霧灰白庭迷宮よ、音真似に頼りすぎるな。

一人の怪物は、自分の足音しか信じない。


⸻


《竜喉火山》


SSSが消えたか。

ならば、我ら古参も眠れぬ。


勇者が来る前に、勇者を遠ざける理由を作れ。

宝を置くなら、宝に火を混ぜろ。

欲で来る者は喰える。

使命で来る者は、燃え残る。


⸻


《匿名ロード》


この記事を読んでから、うちのコアが震えている。

震えを止める方法を教えてほしい。


⸻


《匿名ロード・二通目》


Aランクになった新顔が羨ましいと思っていたが、同じ号でSSS消滅は胃に悪い。

Aランク祝いどころではない。


⸻


 余は、井守の欄をしばらく見ていた。


 Cランクの井守。


 ランクではもう余より下だ。


 だが、あのロードは長く生きている。


 長く生きているということは、それだけ消えなかったということだ。


「足元を固めろ、か」


《適切な助言です》


「黒泥胎窟も、似たことを言っているな。泥を厚くしろ。門を増やせ」


《泥塞門将グズの活用が推奨されます》


「グズを酷使しすぎるな。進化したばかりだ」


《承知しました》


「だが、門は増やす」


 宝物庫機能に浮かれて、箱を増やすことばかり考えていた。


 だが、宝を置くなら、門も必要だ。


 宝を取った者が帰る場所。


 宝を捨てる場所。


 宝を守ろうと踏ん張る場所。


 そこを固めねばならない。


「管理音声」


《はい》


「浅層の宝箱配置は維持。ただし中層以降の報酬価値を一段下げろ」


《理由は?》


「SSSとSSの記事を見た直後に、強い餌を出しすぎる気にはならん」


《慎重化を確認》


「うるさい」


《賢明です》


「言い直しても腹立たしいな」


 余は新聞を畳もうとして、最後の小さな記事に気づいた。


 人間側の話ではない。


 ロード側でもない。


 だが、宝に関する記事だった。


⸻


《闇市通信欄》


灰白庭由来の白銀磁片、非公式取引所にて問い合わせ急増。

正規ギルド流通品は少なく、闇市での買値は上昇傾向。


注意:

ギルド規制前に、無許可採取を試みる宝狩りの流入が予想される。


⸻


「……闇市?」


《非正規市場です》


「宝狩りとは」


《ギルド管理外で迷宮宝を回収し、闇市へ流す者たちです》


「冒険者とは違うのか」


《一部重なりますが、行動規範が異なります》


「どう違う」


《仲間の救助を優先しない。報告義務を守らない。死体や魔物素材を無許可で剥ぎ取る。宝箱を開けずに箱ごと盗む。迷宮の取得記録を遮断する道具を用いる場合があります》


「……汚いな」


《はい》


 正規冒険者は、面倒だが読みやすい部分がある。


 仲間を助ける。


 撤退を考える。


 報告を持ち帰る。


 宝を売る。


 名誉や規則を気にする。


 だが、闇市の宝狩りは違うらしい。


 宝だけを盗む。


 仲間を捨てる。


 死体を剥ぐ。


 報告しない。


 宝箱ごと盗む。


 これは、新しい種類の獲物だ。


 いや、獲物というより、害獣か。


「どこの連中だ」


《詳細不明。ただし、外部通信断片に名称あり》


「出せ」


 白い床に、黒い文字が浮かぶ。


⸻


黒市組合(くろいちくみあい)

《墓銭拾い(ぼせんひろい)》


種別:闇市系宝狩り集団

目的:迷宮宝、死体装備、希少素材の無許可回収

特徴:ギルド非所属、違法封印袋、仲間の切り捨て、取得記録遮断


⸻


「墓銭拾い」


 余は、その名をゆっくり読んだ。


 嫌な名前だ。


 死体の銭を拾う者。


 宝箱ではなく、墓を漁る者。


「来るか」


《高確率で》


「宝を盗みに」


《はい》


「ギルドを通さず」


《はい》


「死体も剥ぎに」


《はい》


「……よい」


 余は笑った。


 少しだけ、暗く。


「正規の冒険者とは違うなら、こちらも違う扱いをする」


《対応方針を変更しますか》


「ああ。墓銭拾いには、宝を持ち帰らせる必要はない」


《宣伝効果は?》


「闇市に流れる宝は制御しにくい。むしろ、持ち帰らせる方が危険だ」


《では全員討伐方針ですか》


「いや」


 余は少し考えた。


 全員殺すのは簡単だ。


 だが、闇市というものがどれほど広がっているかは分からない。


 ひと組殺しても、次が来る。


 ならば、使う。


「一部は殺す。一部は逃がす」


《逃がすのですか》


「ただし、宝を持たせる。呪い付きのな」


《追跡印付き報酬ですか》


「そうだ。闇市へ流れた宝を、逆にこちらの目にする」


 フィルエが言った。


「危ないよ」


「分かっている」


「闇市は、ギルドより汚い。変なものを持ってくる」


「だからこそ、見る価値がある」


「ロード、楽しそう」


「少しな」


 SSSが消えた。


 SSが一人に消された。


 それは恐怖だ。


 巨大な恐怖だ。


 だが、目の前には別の問題が来る。


 闇市の宝狩り。


 墓銭拾い。


 上を見て震えるだけでは、生き残れない。


 足元を固めろと井守は言った。


 ならば、足元へ来る泥棒を喰う。


「管理音声」


《はい》


「次の正式宝箱には、追跡印を仕込め」


《通常の取得記録とは別に、闇市流通追跡用ですか》


「そうだ。名前は」


 少し考える。


 墓銭拾いに渡す呪い付きの宝。


 持ち帰れば、墓銭拾いの隠れ家へ繋がる印。


「墓銭札(ぼせんふだ)」


《墓銭札、仮登録》


「宝に見せろ。呪いには見せるな」


《鑑定返しを併用します》


「よし」


 余は新聞を畳んだ。


 Aランク到達。


 暁秤全滅。


 その喜びは、SSSとSSの消滅記事で冷やされた。


 だが、冷えたからこそ、頭は回る。


 浮かれている暇はない。


 宝を置く。


 門を増やす。


 古血を隠す。


 フィルエを守る。


 墓銭拾いを利用する。


「フィルエ」


「うん」


「夜棺白庭は静かか」


「静か。ヴェルグレイヴ、まだ寝てる」


「起こすな」


「うん」


「墓銭拾い程度に、古血を見せる価値はない」


「そうだね」


 余は笑った。


 霧灰白庭迷宮は、上を見て震えた。


 だが、震えたままでは終わらない。


 次に来るのは、勇者ではない。


 単独でSSを殺す怪物でもない。


 宝に群がる、汚い人間どもだ。


「来い、墓銭拾い」


 白い部屋の床に、新しい宝箱の図が浮かぶ。


 その底には、薄い黒の札。


 墓銭札。


「余の宝を盗むなら、盗まれる覚悟も持ってこい」

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