表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

135/156

第132話 号外は、上位迷宮の死を運ぶ

 暁秤あかつきばかりは、帰らなかった。


 キト・ラウ。


 ガルド・ローク。


 ユーファ・ベル。


 マルク・セーヴァ。


 セリア・リンド。


 Aランクパーティ五人。


 迷宮の危険と価値を量りに来た者たちは、全員、霧灰白庭迷宮むかいはくていめいきゅうの腹に沈んだ。


 白い部屋の床には、まだ戦闘結果が残っている。



討伐結果:


キト・ラウ

獲得ソウル:940


ガルド・ローク

獲得ソウル:1,180


ユーファ・ベル

獲得ソウル:1,360


マルク・セーヴァ

獲得ソウル:1,480


セリア・リンド

獲得ソウル:1,720


合計獲得ソウル:6,680


戦闘前保有ソウル:22,070

現在保有ソウル:28,750



「……良い数字だ」


《はい》


「非常に良い数字だ」


《はい》


「だが、損耗も大きい」


《はい》


 白磁偽財殿はくじぎざいでんは壊れた。


 正式宝箱も一基破壊された。


 赤錆噛みは何体か失った。


 影針も減った。


 濁白騎士は大破し、折剣濁白騎士せっけんだくはくきしとして再構成したばかり。


 フィルエにも命脈反動めいみゃくはんどうが出ている。


 それでも、勝った。


 Aランクパーティを二組、喰った。


 銀刻の五人。


 暁秤。


 人間側から見れば、これはもう普通の迷宮では済まないだろう。


 いや。


 ロード側から見ても、もう普通ではない。


「管理音声」


《はい》


「余は、浮かれているか」


《思考波形に高揚が見られます》


「正直だな」


《はい》


「……浮かれても、いい勝利だろう」


《はい》


 余は静かに笑った。


 当然だ。


 白磁庭園を喰い、Aランクへ至り、Aランクパーティをさらに喰った。


 泥塞門将でいそくもんしょうグズは門を塞ぐ将となった。


 カゲヌイは影鎖針えいさしんを得た。


 帰路喰らいの落武者は帰鎖喰い(きさぐい)を得た。


 宝物庫機能は鑑定返しを得た。


 折剣濁白騎士も生まれた。


 迷宮は強くなっている。


 間違いなく、強くなっている。


 その時だった。


 白い部屋に、黒い紙が落ちた。


 一枚ではない。


 何枚も。


 ぱさり、ぱさり、と白い床へ重なっていく。


《ダンジョン新聞、号外です》


「来たか」


 余は笑いながら新聞を開いた。


 どうせ大きく書いているのだろう。


 霧灰白庭迷宮、暁秤を全滅。


 Aランク複合迷宮、危険度再評価。


 宝物庫機能に新特性。


 そんな見出しがあるはずだ。


 実際、あった。



《号外》


《霧灰白庭迷宮、Aランクパーティ“暁秤”を全滅》


銀刻の五人に続き、暁秤も帰還せず。

Aランク複合迷宮としての危険度、さらに上昇。

宝物庫機能を利用した誘引、帰路阻害、鑑定返し、聖鎖捕食を確認。


編集部評:

「宝を置く迷宮」から「宝を見た者を量り返す迷宮」へ移行中。



「量り返す迷宮、か」


《暁秤の役割を踏まえた表現と思われます》


「悪くない」


 悪くない。


 かなり良い。


 余は満足して、次の欄へ目を滑らせた。


 そこで、動きが止まった。



《緊急特報》


《SSSランク迷宮“星骸天蓋迷宮せいがいてんがいめいきゅう”、勇者パーティにより消滅》


天蓋型SSSランク迷宮《星骸天蓋迷宮》のコア反応が完全消失。

勇者パーティが最上層から中枢へ到達し、星骸核を破壊したものと推定。


同迷宮は、複数の浮遊階層、星獣系階層主、天候操作罠、空間断絶回廊を有していたが、勇者パーティは三日以内に全階層を突破。


生存ロード通信、途絶。

残存眷属、未確認。


編集部注:

SSSランク迷宮であっても、勇者パーティの標的になった時点で安全圏ではない。



 余は、何度も読み返した。


 SSSランク。


 余などより、はるか上。


 白磁庭園よりも上。


 Aランクなど、比べるのもおこがましいほど上。


 そんな迷宮が、消えた。


「……SSSが、消えた?」


《記事では、そのように記載されています》


「勇者パーティに?」


《はい》


「三日以内に全階層突破?」


《はい》


「……」


 余は黙った。


 白い部屋の音が、少し遠ざかる。


 戻り水の音。


 影縫い大蜘蛛の糸音。


 グズが泥を練る音。


 どれも、急に小さく聞こえた。


 SSSランクでも消える。


 勇者パーティに狙われれば、消える。


 それは、理屈では分かっていた。


 だが、記事として目の前に出ると重い。


 重すぎる。


 余はAランクになったばかりだ。


 暁秤を喰ったばかりだ。


 少しくらいは、強くなったと思ってもよいはずだった。


 だが、上には、そんなものを踏み潰す存在がいる。


 勇者。


 勇者パーティ。


 迷宮を終わらせるために来る、人間側の異物。


「管理音声」


《はい》


「勇者パーティは、宝で釣れるか」


《低確率です》


「欲では来ぬか」


《使命、討伐命令、神託、国家依頼などで動く可能性があります》


「最悪だな」


《はい》


 欲で来る者は、喰える。


 宝を見れば足を止める。


 帰り道で迷う。


 仲間を助けようとする。


 そこに罠をかけられる。


 だが、使命で来る者は違う。


 宝を見ない。


 命を惜しまない。


 帰り道を捨ててくるかもしれない。


 それは、最も嫌な侵入者だ。


 新聞には、さらに続きがあった。



《緊急特報・続報》


《SSランク迷宮“黒鐘大廟こくしょうたいびょう”、単独冒険者により消滅》


SSランク死霊迷宮《黒鐘大廟》、コア反応完全消失。

確認された侵入者は、単独冒険者一名。


同迷宮は死霊軍勢、鐘楼型精神罠、百層納骨回廊、廟主眷属を有していたが、侵入者は退路を取らず、入口から中枢までほぼ直進。


階層主五体、鐘守騎士団、廟主眷属、すべて沈黙。


単独冒険者の名称、称号、所属、現時点で不明。


編集部注:

勇者ではない。

パーティでもない。

ただ一人の冒険者で、SSランク迷宮が消えた。



 余は、今度こそ完全に黙った。


 勇者パーティなら、まだ分かる。


 いや、分かりたくはないが、理屈は分かる。


 勇者とはそういうものだ。


 だが。


 一人。


 たった一人。


 勇者でもなく、パーティでもない冒険者が、SSランク迷宮を消した。


「……一人?」


《はい》


「SSランクを?」


《はい》


「退路を取らず、直進?」


《記事ではそう記載されています》


「どういうことだ」


《不明です》


「不明では困る!」


《不明です》


 階層主五体。


 鐘守騎士団。


 百層納骨回廊。


 精神罠。


 死霊軍勢。


 それらが、一人に抜かれた。


 いや、抜かれたどころではない。


 コアを破壊され、消えた。


 余は、白い部屋の奥を見た。


 夜棺白庭。


 そこでは、古血のヴァンパイア、ヴェルグレイヴが眠っている。


 最強の味方。


 だが、秘匿すべき災厄。


 もし、あれの存在が外へ漏れたら。


 勇者が来るかもしれない。


 あるいは、この名前のない単独冒険者のような怪物が来るかもしれない。


「……絶対に、起こすな」


《ヴェルグレイヴの秘匿方針を再確認します》


「違う。起こすな、ではない。知られるな」


《承知しました》


「夜棺白庭の情報遮断を最大にしろ。外部魔力漏れはゼロに近づけろ。宝物庫報酬に夜属性反応を混ぜるな。古血由来素材は一片たりとも出すな」


《承知しました》


「フィルエの命脈線も隠せ。マルクのような奴がまた来た時に備えろ」


《承知しました》


 フィルエの声が、静かに届いた。


「ロード」


「何だ」


「怖い?」


「怖い」


 余は即答した。


「SSSが消え、SSが一人に消された。Aランクになった程度で、怖くないわけがない」


「うん」


「だが、怖いなら備える」


「うん」


「浮かれるのは、少し後だ」


 新聞の下には、ロード反応欄があった。


 いつもより文字が多い。


 そして、どれも重かった。



《ロード反応欄》


《井守》


Aランク到達、おめでとう。

だが、同じ紙面でSSSとSSが消えている。


これがロードの世界だ。

下を見れば餌がいる。

上を見れば、こちらも餌だ。


浮かれるな。

霧灰白庭迷宮よ、まず足元を固めろ。



《黒泥胎窟》


SSSが勇者に消された。

SSが一人に消された。


なら、BもAも泥の上に立っているだけだ。

いつ沈むかの違いしかない。


泥を厚くしろ。

門を増やせ。

宝に浮かれるな。



《逆骨廟》


勇者パーティより、単独冒険者の記事の方が恐ろしい。


パーティは分断できる。

役割を崩せる。

祈りを乱せる。


だが、一人でSSランクを消す冒険者は、何を分断すればいい?

何を迷わせればいい?


骨が震える。



《鏡霧劇場》


単独冒険者は、鏡像が効きにくい。

仲間の声を真似ても意味がない。


霧灰白庭迷宮よ、音真似に頼りすぎるな。

一人の怪物は、自分の足音しか信じない。



《竜喉火山》


SSSが消えたか。

ならば、我ら古参も眠れぬ。


勇者が来る前に、勇者を遠ざける理由を作れ。

宝を置くなら、宝に火を混ぜろ。

欲で来る者は喰える。

使命で来る者は、燃え残る。



《匿名ロード》


この記事を読んでから、うちのコアが震えている。

震えを止める方法を教えてほしい。



《匿名ロード・二通目》


Aランクになった新顔が羨ましいと思っていたが、同じ号でSSS消滅は胃に悪い。

Aランク祝いどころではない。



 余は、井守の欄をしばらく見ていた。


 Cランクの井守。


 ランクではもう余より下だ。


 だが、あのロードは長く生きている。


 長く生きているということは、それだけ消えなかったということだ。


「足元を固めろ、か」


《適切な助言です》


「黒泥胎窟も、似たことを言っているな。泥を厚くしろ。門を増やせ」


《泥塞門将グズの活用が推奨されます》


「グズを酷使しすぎるな。進化したばかりだ」


《承知しました》


「だが、門は増やす」


 宝物庫機能に浮かれて、箱を増やすことばかり考えていた。


 だが、宝を置くなら、門も必要だ。


 宝を取った者が帰る場所。


 宝を捨てる場所。


 宝を守ろうと踏ん張る場所。


 そこを固めねばならない。


「管理音声」


《はい》


「浅層の宝箱配置は維持。ただし中層以降の報酬価値を一段下げろ」


《理由は?》


「SSSとSSの記事を見た直後に、強い餌を出しすぎる気にはならん」


《慎重化を確認》


「うるさい」


《賢明です》


「言い直しても腹立たしいな」


 余は新聞を畳もうとして、最後の小さな記事に気づいた。


 人間側の話ではない。


 ロード側でもない。


 だが、宝に関する記事だった。



《闇市通信欄》


灰白庭由来の白銀磁片、非公式取引所にて問い合わせ急増。

正規ギルド流通品は少なく、闇市での買値は上昇傾向。


注意:

ギルド規制前に、無許可採取を試みる宝狩りの流入が予想される。



「……闇市?」


《非正規市場です》


「宝狩りとは」


《ギルド管理外で迷宮宝を回収し、闇市へ流す者たちです》


「冒険者とは違うのか」


《一部重なりますが、行動規範が異なります》


「どう違う」


《仲間の救助を優先しない。報告義務を守らない。死体や魔物素材を無許可で剥ぎ取る。宝箱を開けずに箱ごと盗む。迷宮の取得記録を遮断する道具を用いる場合があります》


「……汚いな」


《はい》


 正規冒険者は、面倒だが読みやすい部分がある。


 仲間を助ける。


 撤退を考える。


 報告を持ち帰る。


 宝を売る。


 名誉や規則を気にする。


 だが、闇市の宝狩りは違うらしい。


 宝だけを盗む。


 仲間を捨てる。


 死体を剥ぐ。


 報告しない。


 宝箱ごと盗む。


 これは、新しい種類の獲物だ。


 いや、獲物というより、害獣か。


「どこの連中だ」


《詳細不明。ただし、外部通信断片に名称あり》


「出せ」


 白い床に、黒い文字が浮かぶ。



黒市組合くろいちくみあい

《墓銭拾い(ぼせんひろい)》


種別:闇市系宝狩り集団

目的:迷宮宝、死体装備、希少素材の無許可回収

特徴:ギルド非所属、違法封印袋、仲間の切り捨て、取得記録遮断



「墓銭拾い」


 余は、その名をゆっくり読んだ。


 嫌な名前だ。


 死体の銭を拾う者。


 宝箱ではなく、墓を漁る者。


「来るか」


《高確率で》


「宝を盗みに」


《はい》


「ギルドを通さず」


《はい》


「死体も剥ぎに」


《はい》


「……よい」


 余は笑った。


 少しだけ、暗く。


「正規の冒険者とは違うなら、こちらも違う扱いをする」


《対応方針を変更しますか》


「ああ。墓銭拾いには、宝を持ち帰らせる必要はない」


《宣伝効果は?》


「闇市に流れる宝は制御しにくい。むしろ、持ち帰らせる方が危険だ」


《では全員討伐方針ですか》


「いや」


 余は少し考えた。


 全員殺すのは簡単だ。


 だが、闇市というものがどれほど広がっているかは分からない。


 ひと組殺しても、次が来る。


 ならば、使う。


「一部は殺す。一部は逃がす」


《逃がすのですか》


「ただし、宝を持たせる。呪い付きのな」


《追跡印付き報酬ですか》


「そうだ。闇市へ流れた宝を、逆にこちらの目にする」


 フィルエが言った。


「危ないよ」


「分かっている」


「闇市は、ギルドより汚い。変なものを持ってくる」


「だからこそ、見る価値がある」


「ロード、楽しそう」


「少しな」


 SSSが消えた。


 SSが一人に消された。


 それは恐怖だ。


 巨大な恐怖だ。


 だが、目の前には別の問題が来る。


 闇市の宝狩り。


 墓銭拾い。


 上を見て震えるだけでは、生き残れない。


 足元を固めろと井守は言った。


 ならば、足元へ来る泥棒を喰う。


「管理音声」


《はい》


「次の正式宝箱には、追跡印を仕込め」


《通常の取得記録とは別に、闇市流通追跡用ですか》


「そうだ。名前は」


 少し考える。


 墓銭拾いに渡す呪い付きの宝。


 持ち帰れば、墓銭拾いの隠れ家へ繋がる印。


墓銭札ぼせんふだ


《墓銭札、仮登録》


「宝に見せろ。呪いには見せるな」


《鑑定返しを併用します》


「よし」


 余は新聞を畳んだ。


 Aランク到達。


 暁秤全滅。


 その喜びは、SSSとSSの消滅記事で冷やされた。


 だが、冷えたからこそ、頭は回る。


 浮かれている暇はない。


 宝を置く。


 門を増やす。


 古血を隠す。


 フィルエを守る。


 墓銭拾いを利用する。


「フィルエ」


「うん」


「夜棺白庭は静かか」


「静か。ヴェルグレイヴ、まだ寝てる」


「起こすな」


「うん」


「墓銭拾い程度に、古血を見せる価値はない」


「そうだね」


 余は笑った。


 霧灰白庭迷宮は、上を見て震えた。


 だが、震えたままでは終わらない。


 次に来るのは、勇者ではない。


 単独でSSを殺す怪物でもない。


 宝に群がる、汚い人間どもだ。


「来い、墓銭拾い」


 白い部屋の床に、新しい宝箱の図が浮かぶ。


 その底には、薄い黒の札。


 墓銭札。


「余の宝を盗むなら、盗まれる覚悟も持ってこい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ