第132話 号外は、上位迷宮の死を運ぶ
暁秤は、帰らなかった。
キト・ラウ。
ガルド・ローク。
ユーファ・ベル。
マルク・セーヴァ。
セリア・リンド。
Aランクパーティ五人。
迷宮の危険と価値を量りに来た者たちは、全員、霧灰白庭迷宮の腹に沈んだ。
白い部屋の床には、まだ戦闘結果が残っている。
⸻
討伐結果:
キト・ラウ
獲得ソウル:940
ガルド・ローク
獲得ソウル:1,180
ユーファ・ベル
獲得ソウル:1,360
マルク・セーヴァ
獲得ソウル:1,480
セリア・リンド
獲得ソウル:1,720
合計獲得ソウル:6,680
戦闘前保有ソウル:22,070
現在保有ソウル:28,750
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「……良い数字だ」
《はい》
「非常に良い数字だ」
《はい》
「だが、損耗も大きい」
《はい》
白磁偽財殿は壊れた。
正式宝箱も一基破壊された。
赤錆噛みは何体か失った。
影針も減った。
濁白騎士は大破し、折剣濁白騎士として再構成したばかり。
フィルエにも命脈反動が出ている。
それでも、勝った。
Aランクパーティを二組、喰った。
銀刻の五人。
暁秤。
人間側から見れば、これはもう普通の迷宮では済まないだろう。
いや。
ロード側から見ても、もう普通ではない。
「管理音声」
《はい》
「余は、浮かれているか」
《思考波形に高揚が見られます》
「正直だな」
《はい》
「……浮かれても、いい勝利だろう」
《はい》
余は静かに笑った。
当然だ。
白磁庭園を喰い、Aランクへ至り、Aランクパーティをさらに喰った。
泥塞門将グズは門を塞ぐ将となった。
カゲヌイは影鎖針を得た。
帰路喰らいの落武者は帰鎖喰い(きさぐい)を得た。
宝物庫機能は鑑定返しを得た。
折剣濁白騎士も生まれた。
迷宮は強くなっている。
間違いなく、強くなっている。
その時だった。
白い部屋に、黒い紙が落ちた。
一枚ではない。
何枚も。
ぱさり、ぱさり、と白い床へ重なっていく。
《ダンジョン新聞、号外です》
「来たか」
余は笑いながら新聞を開いた。
どうせ大きく書いているのだろう。
霧灰白庭迷宮、暁秤を全滅。
Aランク複合迷宮、危険度再評価。
宝物庫機能に新特性。
そんな見出しがあるはずだ。
実際、あった。
⸻
《号外》
《霧灰白庭迷宮、Aランクパーティ“暁秤”を全滅》
銀刻の五人に続き、暁秤も帰還せず。
Aランク複合迷宮としての危険度、さらに上昇。
宝物庫機能を利用した誘引、帰路阻害、鑑定返し、聖鎖捕食を確認。
編集部評:
「宝を置く迷宮」から「宝を見た者を量り返す迷宮」へ移行中。
⸻
「量り返す迷宮、か」
《暁秤の役割を踏まえた表現と思われます》
「悪くない」
悪くない。
かなり良い。
余は満足して、次の欄へ目を滑らせた。
そこで、動きが止まった。
⸻
《緊急特報》
《SSSランク迷宮“星骸天蓋迷宮”、勇者パーティにより消滅》
天蓋型SSSランク迷宮《星骸天蓋迷宮》のコア反応が完全消失。
勇者パーティが最上層から中枢へ到達し、星骸核を破壊したものと推定。
同迷宮は、複数の浮遊階層、星獣系階層主、天候操作罠、空間断絶回廊を有していたが、勇者パーティは三日以内に全階層を突破。
生存ロード通信、途絶。
残存眷属、未確認。
編集部注:
SSSランク迷宮であっても、勇者パーティの標的になった時点で安全圏ではない。
⸻
余は、何度も読み返した。
SSSランク。
余などより、はるか上。
白磁庭園よりも上。
Aランクなど、比べるのもおこがましいほど上。
そんな迷宮が、消えた。
「……SSSが、消えた?」
《記事では、そのように記載されています》
「勇者パーティに?」
《はい》
「三日以内に全階層突破?」
《はい》
「……」
余は黙った。
白い部屋の音が、少し遠ざかる。
戻り水の音。
影縫い大蜘蛛の糸音。
グズが泥を練る音。
どれも、急に小さく聞こえた。
SSSランクでも消える。
勇者パーティに狙われれば、消える。
それは、理屈では分かっていた。
だが、記事として目の前に出ると重い。
重すぎる。
余はAランクになったばかりだ。
暁秤を喰ったばかりだ。
少しくらいは、強くなったと思ってもよいはずだった。
だが、上には、そんなものを踏み潰す存在がいる。
勇者。
勇者パーティ。
迷宮を終わらせるために来る、人間側の異物。
「管理音声」
《はい》
「勇者パーティは、宝で釣れるか」
《低確率です》
「欲では来ぬか」
《使命、討伐命令、神託、国家依頼などで動く可能性があります》
「最悪だな」
《はい》
欲で来る者は、喰える。
宝を見れば足を止める。
帰り道で迷う。
仲間を助けようとする。
そこに罠をかけられる。
だが、使命で来る者は違う。
宝を見ない。
命を惜しまない。
帰り道を捨ててくるかもしれない。
それは、最も嫌な侵入者だ。
新聞には、さらに続きがあった。
⸻
《緊急特報・続報》
《SSランク迷宮“黒鐘大廟”、単独冒険者により消滅》
SSランク死霊迷宮《黒鐘大廟》、コア反応完全消失。
確認された侵入者は、単独冒険者一名。
同迷宮は死霊軍勢、鐘楼型精神罠、百層納骨回廊、廟主眷属を有していたが、侵入者は退路を取らず、入口から中枢までほぼ直進。
階層主五体、鐘守騎士団、廟主眷属、すべて沈黙。
単独冒険者の名称、称号、所属、現時点で不明。
編集部注:
勇者ではない。
パーティでもない。
ただ一人の冒険者で、SSランク迷宮が消えた。
⸻
余は、今度こそ完全に黙った。
勇者パーティなら、まだ分かる。
いや、分かりたくはないが、理屈は分かる。
勇者とはそういうものだ。
だが。
一人。
たった一人。
勇者でもなく、パーティでもない冒険者が、SSランク迷宮を消した。
「……一人?」
《はい》
「SSランクを?」
《はい》
「退路を取らず、直進?」
《記事ではそう記載されています》
「どういうことだ」
《不明です》
「不明では困る!」
《不明です》
階層主五体。
鐘守騎士団。
百層納骨回廊。
精神罠。
死霊軍勢。
それらが、一人に抜かれた。
いや、抜かれたどころではない。
コアを破壊され、消えた。
余は、白い部屋の奥を見た。
夜棺白庭。
そこでは、古血のヴァンパイア、ヴェルグレイヴが眠っている。
最強の味方。
だが、秘匿すべき災厄。
もし、あれの存在が外へ漏れたら。
勇者が来るかもしれない。
あるいは、この名前のない単独冒険者のような怪物が来るかもしれない。
「……絶対に、起こすな」
《ヴェルグレイヴの秘匿方針を再確認します》
「違う。起こすな、ではない。知られるな」
《承知しました》
「夜棺白庭の情報遮断を最大にしろ。外部魔力漏れはゼロに近づけろ。宝物庫報酬に夜属性反応を混ぜるな。古血由来素材は一片たりとも出すな」
《承知しました》
「フィルエの命脈線も隠せ。マルクのような奴がまた来た時に備えろ」
《承知しました》
フィルエの声が、静かに届いた。
「ロード」
「何だ」
「怖い?」
「怖い」
余は即答した。
「SSSが消え、SSが一人に消された。Aランクになった程度で、怖くないわけがない」
「うん」
「だが、怖いなら備える」
「うん」
「浮かれるのは、少し後だ」
新聞の下には、ロード反応欄があった。
いつもより文字が多い。
そして、どれも重かった。
⸻
《ロード反応欄》
《井守》
Aランク到達、おめでとう。
だが、同じ紙面でSSSとSSが消えている。
これがロードの世界だ。
下を見れば餌がいる。
上を見れば、こちらも餌だ。
浮かれるな。
霧灰白庭迷宮よ、まず足元を固めろ。
⸻
《黒泥胎窟》
SSSが勇者に消された。
SSが一人に消された。
なら、BもAも泥の上に立っているだけだ。
いつ沈むかの違いしかない。
泥を厚くしろ。
門を増やせ。
宝に浮かれるな。
⸻
《逆骨廟》
勇者パーティより、単独冒険者の記事の方が恐ろしい。
パーティは分断できる。
役割を崩せる。
祈りを乱せる。
だが、一人でSSランクを消す冒険者は、何を分断すればいい?
何を迷わせればいい?
骨が震える。
⸻
《鏡霧劇場》
単独冒険者は、鏡像が効きにくい。
仲間の声を真似ても意味がない。
霧灰白庭迷宮よ、音真似に頼りすぎるな。
一人の怪物は、自分の足音しか信じない。
⸻
《竜喉火山》
SSSが消えたか。
ならば、我ら古参も眠れぬ。
勇者が来る前に、勇者を遠ざける理由を作れ。
宝を置くなら、宝に火を混ぜろ。
欲で来る者は喰える。
使命で来る者は、燃え残る。
⸻
《匿名ロード》
この記事を読んでから、うちのコアが震えている。
震えを止める方法を教えてほしい。
⸻
《匿名ロード・二通目》
Aランクになった新顔が羨ましいと思っていたが、同じ号でSSS消滅は胃に悪い。
Aランク祝いどころではない。
⸻
余は、井守の欄をしばらく見ていた。
Cランクの井守。
ランクではもう余より下だ。
だが、あのロードは長く生きている。
長く生きているということは、それだけ消えなかったということだ。
「足元を固めろ、か」
《適切な助言です》
「黒泥胎窟も、似たことを言っているな。泥を厚くしろ。門を増やせ」
《泥塞門将グズの活用が推奨されます》
「グズを酷使しすぎるな。進化したばかりだ」
《承知しました》
「だが、門は増やす」
宝物庫機能に浮かれて、箱を増やすことばかり考えていた。
だが、宝を置くなら、門も必要だ。
宝を取った者が帰る場所。
宝を捨てる場所。
宝を守ろうと踏ん張る場所。
そこを固めねばならない。
「管理音声」
《はい》
「浅層の宝箱配置は維持。ただし中層以降の報酬価値を一段下げろ」
《理由は?》
「SSSとSSの記事を見た直後に、強い餌を出しすぎる気にはならん」
《慎重化を確認》
「うるさい」
《賢明です》
「言い直しても腹立たしいな」
余は新聞を畳もうとして、最後の小さな記事に気づいた。
人間側の話ではない。
ロード側でもない。
だが、宝に関する記事だった。
⸻
《闇市通信欄》
灰白庭由来の白銀磁片、非公式取引所にて問い合わせ急増。
正規ギルド流通品は少なく、闇市での買値は上昇傾向。
注意:
ギルド規制前に、無許可採取を試みる宝狩りの流入が予想される。
⸻
「……闇市?」
《非正規市場です》
「宝狩りとは」
《ギルド管理外で迷宮宝を回収し、闇市へ流す者たちです》
「冒険者とは違うのか」
《一部重なりますが、行動規範が異なります》
「どう違う」
《仲間の救助を優先しない。報告義務を守らない。死体や魔物素材を無許可で剥ぎ取る。宝箱を開けずに箱ごと盗む。迷宮の取得記録を遮断する道具を用いる場合があります》
「……汚いな」
《はい》
正規冒険者は、面倒だが読みやすい部分がある。
仲間を助ける。
撤退を考える。
報告を持ち帰る。
宝を売る。
名誉や規則を気にする。
だが、闇市の宝狩りは違うらしい。
宝だけを盗む。
仲間を捨てる。
死体を剥ぐ。
報告しない。
宝箱ごと盗む。
これは、新しい種類の獲物だ。
いや、獲物というより、害獣か。
「どこの連中だ」
《詳細不明。ただし、外部通信断片に名称あり》
「出せ」
白い床に、黒い文字が浮かぶ。
⸻
黒市組合
《墓銭拾い(ぼせんひろい)》
種別:闇市系宝狩り集団
目的:迷宮宝、死体装備、希少素材の無許可回収
特徴:ギルド非所属、違法封印袋、仲間の切り捨て、取得記録遮断
⸻
「墓銭拾い」
余は、その名をゆっくり読んだ。
嫌な名前だ。
死体の銭を拾う者。
宝箱ではなく、墓を漁る者。
「来るか」
《高確率で》
「宝を盗みに」
《はい》
「ギルドを通さず」
《はい》
「死体も剥ぎに」
《はい》
「……よい」
余は笑った。
少しだけ、暗く。
「正規の冒険者とは違うなら、こちらも違う扱いをする」
《対応方針を変更しますか》
「ああ。墓銭拾いには、宝を持ち帰らせる必要はない」
《宣伝効果は?》
「闇市に流れる宝は制御しにくい。むしろ、持ち帰らせる方が危険だ」
《では全員討伐方針ですか》
「いや」
余は少し考えた。
全員殺すのは簡単だ。
だが、闇市というものがどれほど広がっているかは分からない。
ひと組殺しても、次が来る。
ならば、使う。
「一部は殺す。一部は逃がす」
《逃がすのですか》
「ただし、宝を持たせる。呪い付きのな」
《追跡印付き報酬ですか》
「そうだ。闇市へ流れた宝を、逆にこちらの目にする」
フィルエが言った。
「危ないよ」
「分かっている」
「闇市は、ギルドより汚い。変なものを持ってくる」
「だからこそ、見る価値がある」
「ロード、楽しそう」
「少しな」
SSSが消えた。
SSが一人に消された。
それは恐怖だ。
巨大な恐怖だ。
だが、目の前には別の問題が来る。
闇市の宝狩り。
墓銭拾い。
上を見て震えるだけでは、生き残れない。
足元を固めろと井守は言った。
ならば、足元へ来る泥棒を喰う。
「管理音声」
《はい》
「次の正式宝箱には、追跡印を仕込め」
《通常の取得記録とは別に、闇市流通追跡用ですか》
「そうだ。名前は」
少し考える。
墓銭拾いに渡す呪い付きの宝。
持ち帰れば、墓銭拾いの隠れ家へ繋がる印。
「墓銭札」
《墓銭札、仮登録》
「宝に見せろ。呪いには見せるな」
《鑑定返しを併用します》
「よし」
余は新聞を畳んだ。
Aランク到達。
暁秤全滅。
その喜びは、SSSとSSの消滅記事で冷やされた。
だが、冷えたからこそ、頭は回る。
浮かれている暇はない。
宝を置く。
門を増やす。
古血を隠す。
フィルエを守る。
墓銭拾いを利用する。
「フィルエ」
「うん」
「夜棺白庭は静かか」
「静か。ヴェルグレイヴ、まだ寝てる」
「起こすな」
「うん」
「墓銭拾い程度に、古血を見せる価値はない」
「そうだね」
余は笑った。
霧灰白庭迷宮は、上を見て震えた。
だが、震えたままでは終わらない。
次に来るのは、勇者ではない。
単独でSSを殺す怪物でもない。
宝に群がる、汚い人間どもだ。
「来い、墓銭拾い」
白い部屋の床に、新しい宝箱の図が浮かぶ。
その底には、薄い黒の札。
墓銭札。
「余の宝を盗むなら、盗まれる覚悟も持ってこい」




