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第128話 暁秤は、浅層を信用しない

 暁秤(あかつきばかり)が来た。


 それは、銀刻の五人とはまるで違う足取りだった。


 銀刻は強かった。


 強く、速く、正しく進み、正しく撤退しようとした。


 だが暁秤は、さらに嫌だった。


 進む前に、止まる。


 見る前に、測る。


 触る前に、捨てる選択を考える。


 入口前に立った五人は、霧灰白庭迷宮(むかいはくていめいきゅう)を前にして、誰もすぐには入らなかった。


「……来たな」


《Aランクパーティと推定》


「推定ではなく、確定でよいだろう」


《外部情報と一致。Aランクパーティ《暁秤》です》


 白い部屋の壁面に、五人の情報が並ぶ。


⸻


侵入予定対象:


セリア・リンド

分類:Aランク双剣士/元危険査定官(きけんさていかん)

役割:隊長、戦況判断、撤退判断


ガルド・ローク

分類:Aランク盾役

役割:防御、足場確保、撤退補助


ユーファ・ベル

分類:魔導鑑定士(まどうかんていし)/錬金術師(れんきんじゅつし)

役割:素材鑑定、報酬価値判断、魔道具解析


マルク・セーヴァ

分類:聖鎖師(せいさし)

役割:浄化、契約反応の観測、退路固定


キト・ラウ

分類:Aランク斥候

役割:罠探知、帰路印、浅層地図化

補足:ニル・カートの元指導者


⸻


「嫌な肩書ばかりだな」


《はい》


「帰すな」


《全員討伐方針でよろしいですか》


「よい。こいつらは広告塔ではない。値踏み屋だ」


 余は白い部屋の中央で、低く言った。


「値段を持ち帰る者は、宝を持ち帰る者より厄介だ」


 フィルエの声が、森灰観測室(しんかいかんそくしつ)から届く。


「うん。帰したら、迷宮の形を外に持っていく」


「ならば殺す」


「でも、強いよ」


「知っている」


「あのキトって人、ニルよりずっと見る」


「なら、まずそいつだ」


 余は即座に決めた。


 斥候を殺す。


 地図役を殺す。


 帰路を測る目を潰す。


 迷宮に入ってくる者のうち、一番最初に殺すべきは、剣士ではない。


 盾でもない。


 魔術師でもない。


 地図を作る者だ。


「キト・ラウを最初に喰う」


《了解》


「ただし、雑に殺すな。あいつはニルの記録を読んでいる。ニルの罠読みを基準に動くはずだ」


《ニル・カート由来の罠記録片を逆用しますか》


「使え」


《戻り水に蓄積されたニル・カートの歩行記録、罠回避記録、恐怖反応を展開可能》


「よし。ニルの記録で、キトを殺す」


 フィルエが少し黙った。


「えげつない」


「迷宮だからな」


「便利な言葉」


「Aランクだからな」


「もっと便利にした」


 余は笑った。


 笑いながら、入口を見る。


 暁秤はまだ入らない。


 セリアが入口の霧を見ている。


 キトが膝をつき、土を触っている。


 ガルドが二枚の中盾をゆっくり構え直す。


 ユーファが小さな魔導板を取り出す。


 マルクが鎖を垂らし、入口の空気を測っている。


 入る前から、すでに面倒だった。


    ◇


 入口前で、セリア・リンドは短く言った。


「今日は宝を取る日じゃない」


 ユーファが不満そうに眉を動かす。


「見るだけ?」


「見る。測る。可能なら小物だけ取る。欲を出す者は置いていく」


「私を見るな」


「見た」


 ガルドが低く笑った。


「宝より帰り道だ。いつも通りだろ」


 マルクは鎖を指に巻きながら、入口を見た。


「霧が濃いですね。ですが、ただの幻覚ではない。白磁系の冷たさと、泥水の湿りが重なっています」


 キトは土から指を離した。


「足跡が多い。低ランクもかなり入ってる。逃げた足跡も多い。……それと、わざと残してる跡がある」


「迷宮が?」


 ユーファが聞く。


「そうだと思う」


 キトは立ち上がった。


「ニルが書いていた。あの迷宮は、こっちが覚えたものを次にずらす。足跡、印、霧の濃さ、安全だった床。全部、次には罠になる」


 セリアは頷いた。


「なら、前の記録は信用しない」


「いや、半分だけ使う」


 キトは入口を見た。


「全部捨てると、迷宮の思う壺だ。ニルの記録は、罠の形じゃなく、迷宮の癖を見るために使う」


 余は白い部屋で舌打ちした。


「本当に嫌なやつだな」


《Aランク斥候です》


「言われずとも分かっている」


 五人が入口を越えた。


 灰白の霧が揺れる。


 浅層の牙跡。


 泥滑り。


 赤錆噛みの気配。


 白磁片。


 灰白採取物。


 それらを、暁秤は一つも雑に扱わなかった。


 低ランクなら驚くところで、止まるだけ。


 Cランクなら手を伸ばす採取物を、見るだけ。


 箱の跡を見ても、急がない。


 彼らは、迷宮へ入ったというより、秤を持って市場に入ったようだった。


 嫌な連中だ。


「浅層採取物は拾わないか」


《興味は示していますが、優先度を下げています》


「ユーファは欲しそうだな」


《はい》


 魔導鑑定士ユーファは、白磁花粉結晶を見て、灰霧石を見て、明らかに手を伸ばしたそうにしていた。


 だが、セリアが一度視線を向けるだけで止まる。


 統制が取れている。


 欲はあるが、欲だけで動かない。


 だからこそ、喰いがいがある。


「正式宝箱一号の跡へ誘導しろ」


《了解》


 霧が薄く割れる。


 白磁壁の脇にある正式宝箱一号の空箱跡。


 霧灰白庭迷宮の紋だけが残った場所。


 キトがすぐに見つけた。


「紋だ」


 ユーファがしゃがむ。


「これが例の宝箱の印?」


「たぶん」


 キトが答える。


 マルクは鎖を少し垂らした。


 鎖の先が、紋の近くで小さく震える。


「迷宮側の所有印ですね。宝そのものというより、開封記録に近い反応があります」


「所有印」


 セリアが小さく繰り返す。


「宝を取った者を覚える箱か」


 余は眉をひそめた。


「読んだか」


《一部推測されました》


「聖鎖師が厄介だな」


《マルク・セーヴァも危険対象です》


「だが、先にキトだ」


 キトは箱跡に触らなかった。


 ただ、周囲の床を見ている。


 ニルが踏んだ場所。


 ロウゼンが止まった場所。


 人間の足跡はもう消えている。


 だが、戻り水には残っている。


 迷宮側にだけ、残っている。


「ここで、ニルは箱を開けた」


 キトが言った。


「分かるのか?」


 ガルドが聞く。


「箱の右に重心跡。戻り水が少し深い。逃げる準備をしていたんだろう。ニルらしい」


 余は少しだけ黙った。


 キトはニルをよく知っている。


 だから、足跡の消えた場所にも、ニルの癖を見ている。


 ならば。


「その情を使う」


《ニル・カートの残響を展開しますか》


「いや、声はまだ早い。まず足跡だ」


《了解》


 浅層の床に、ほんの一瞬だけ湿りが浮いた。


 ニルがかつて付けた帰路印。


 ニルが使った浅い足跡。


 安全だった歩幅。


 キトは、それを見た。


 目が細くなる。


「……ニルの印?」


 セリアが振り返る。


「罠か」


「罠だ」


 キトは即答した。


「でも、ニルの癖に似すぎてる」


「迷宮がニルを真似ている?」


「そうだ」


 キトの声がわずかに低くなった。


「ニルは、迷宮に読まれてた」


 読んでいた。


 そして、もう喰った。


 余は白い部屋で、静かに指示を出す。


「影縫い大蜘蛛、第一糸」


《展開》


「カゲヌイ、まだ刺すな」


《待機》


 キトは前へ出た。


 罠と分かっていて、確かめに来る。


 斥候だからだ。


 危険を見なければ、仲間を通せない。


 その責任を使う。


 床に浮かんだニルの印の周囲に、影糸が張られる。


 だが見える。


 あえて見えるようにした。


 キトは糸を見つけた。


「見える糸」


「見せ罠か?」


 セリアが問う。


「そうだと思う」


 キトは糸を切らない。


 素晴らしい。


 切れば発動すると思ったのだろう。


 正しい。


 ただし、正しすぎる。


「第二糸」


《展開》


 床下。


 戻り水の薄い流れの中。


 影糸ではなく、水に映った影へ、カゲヌイが針を沈める。


 キトは気づいた。


 気づいたが、遅い。


 彼は一歩引こうとした。


 その足元に、ニルの帰路印が浮いた。


 人間なら、見てしまう。


 知っている者なら、なおさら。


 キトの視線が、半瞬だけそちらへ落ちた。


「今だ」


《影針、発動》


 カゲヌイの針が、キトの影を縫った。


 足ではない。


 腰でもない。


 視線の影。


 彼が見た方向へ伸びた意識の影。


 キトの動きが、ほんの一拍遅れる。


 セリアが踏み込む。


 速い。


 だが、影縫い大蜘蛛の糸が天井から落ちる。


 ガルドが盾で払う。


 マルクが聖鎖を伸ばす。


 ユーファが霧を焼く小さな術式を起動する。


 全員が速い。


 全員が正しい。


 だが、全員がキトを助けるために動いた。


 だから、全員の目がキトへ向いた。


 余はそれを待っていた。


「帰路喰らい、影だけ」


《帰路喰らいの落武者、影投射》


 浅層の壁に、落武者の影が立った。


 本体ではない。


 影。


 だが、キトには十分だった。


 帰り道を見る者ほど、その影を見てしまう。


 キトの目が、一瞬だけ見開かれた。


「ニルが見たのは、これか……!」


 その瞬間、カゲヌイの二本目の針が入った。


 影ではない。


 キトの帰路印袋。


 腰に下げていた、小さな金属筒。


 赤錆噛みが床下から飛びつき、その留め金を噛んだ。


 かり。


 筒が落ちる。


 キトの手が反射的に伸びる。


 斥候にとって、帰路印は命だ。


 それを失うのは、剣士が剣を落とすようなもの。


 取ろうとする。


 その手首に、影糸が絡む。


「キト!」


 セリアが叫ぶ。


 だが、もう遅い。


 帰路喰らいの影刃が、壁から伸びた。


 キトは避けた。


 半分は。


 だが、避けた先に、ニルの足跡があった。


 安全だったはずの足跡。


 そこが沈む。


 キトの膝が落ちる。


 灰白の影刃が、首筋を抜けた。


《Aランク斥候:キト・ラウ、討伐》


《獲得ソウル:940》


《取得:キトの斥候眼、帰路印解除針、ニル記録の写し、罠読みの記憶片》


 白い部屋に、数字が浮かんだ。


 940。


 まず一人。


 Aランク斥候を喰った。


 だが、喜ぶ暇はなかった。


 セリアの双剣が、影刃を斬った。


 ガルドの盾が、キトの体をこちらへ奪われないよう押さえる。


 マルクの聖鎖が、落ちた帰路印筒を絡め取る。


 ユーファが叫ぶ。


「回収は無理です! 退路を!」


 早い。


 仲間が死んだ瞬間に、撤退判断へ移る。


 さすがAランク。


 だが、帰さない。


「キトの死体を沈めろ」


《戻り水、展開》


 床が濡れる。


 キトの体を、戻り水が下から飲もうとする。


 ガルドが二枚の盾で床を叩いた。


「させるか!」


 戻り水が弾ける。


 重い。


 ただの盾役ではない。


 踏ん張る力が、床の罠そのものを押し返している。


「次はガルドだ」


《泥門番長ゴブリン・グズ、配置しますか》


「配置しろ。ただし本体はすぐ出すな。まず泥核」


《了解》


 灰霧の奥から、泥が流れた。


 グズの泥核。


 黒く、重く、粘る泥。


 それが、ガルドの足元へ広がっていく。


 ガルドはすぐ気づいた。


「泥が来る!」


「跳ぶな!」


 セリアが叫ぶ。


「足を取る泥じゃない! 着地を待ってる!」


 読んだか。


 だが、読んでも足元の泥は消えない。


 ガルドは二枚の盾を床へ打ちつけた。


 盾を足場にする。


 泥に直接触れず、盾を踏み台にして立つ。


 とっさの判断としては完璧だった。


「赤錆噛み」


《待機中》


「盾の内側を齧れ」


《了解》


 赤錆噛みが泥の中を走った。


 盾の裏。


 革紐。


 金具。


 留め輪。


 かり。


 かり。


 かりり。


 ガルドの眉が動く。


「盾に何かいる!」


 彼は片方の盾を振った。


 赤錆噛みが二体吹き飛ぶ。


《赤錆噛み二体、損傷》


「まだ噛め」


《続行》


 ガルドは強い。


 盾役として完成している。


 だから、正面から潰すには足りない。


 泥で足を奪い、赤錆噛みで盾を弱め、戻り水で重心をずらす。


 その上で、グズを出す。


「グズ」


 泥の奥で、低い唸りが響いた。


「グオ……」


 泥門番長ゴブリン・グズ。


 入口を守ってきた門番。


 白磁庭園戦でも、Aランク戦でも、何度も泥を支えたグズ。


 その体は、昔のゴブリンとは比べものにならないほど大きくなっている。


 だが、まだ泥門番長だ。


 まだ、入口の門番だ。


 ここで変わる。


「グズ。あの盾を止めろ」


「グオオオオ!」


 灰霧の奥から、泥の門が立ち上がった。


 ガルドの前に、黒い門が現れる。


 ガルドは笑わなかった。


 逃げもしなかった。


 盾役は、門から逃げない。


 門を受ける。


 ガルドは二枚の盾を交差させ、泥門へ突っ込んだ。


 衝突。


 白磁床が震えた。


 泥が飛び散る。


 ガルドの足元が沈む。


 それでも、ガルドは止まらなかった。


「押し返すぞ!」


 セリアがガルドの背後へ入り、双剣で影糸を切る。


 マルクが聖鎖でガルドの腰を固定する。


 ユーファが泥の水分を飛ばす術式を使う。


 連携が速い。


 グズの泥門が、乾き、割れかける。


「グズ、耐えろ!」


 余は叫んだ。


「ここで押し負けるな!」


 グズの唸りが、低く深くなった。


 泥門が、ただの壁ではなくなる。


 門の奥に、さらに門。


 二重、三重に重なる泥。


 ガルドが押す。


 グズが押し返す。


 盾と泥。


 人間の防御と、迷宮の門。


 どちらが先に折れるか。


《グズ、負荷上昇》


《泥門構造、限界接近》


「追加泥核!」


《グズ本体への負荷が増大します》


「構わん。ここで勝て!」


 入口側から、グズが蓄えていた泥核を流し込む。


 黒い泥が、白磁床を伝って門へ重なる。


 ガルドの盾が軋む。


 赤錆噛みが、今度は盾の縁を齧った。


 留め金ではない。


 盾の縁に埋め込まれた補強金具。


 そこを噛む。


 がきり、と嫌な音がした。


 ガルドの片盾が割れた。


「ちっ!」


 それでも彼は引かない。


 残った盾を構え、肩で泥門を受ける。


 人間の身体が、泥門に食い込む。


 すごい。


 素直にそう思った。


 だが、ここまでだ。


「カゲヌイ。ガルドの影ではなく、盾の影を縫え」


《実行》


 盾の影が、床に縫われた。


 ガルドの動きではない。


 盾そのものが、床に一瞬だけ固定される。


 ガルドは盾を捨てれば動けた。


 だが、盾役は盾を捨てるのが遅れる。


 一瞬だけ。


 その一瞬、グズの泥門が閉じた。


 盾ごと、腕ごと、胸ごと、ガルドを飲む。


「ガルド!」


 セリアが踏み込む。


 だが、泥門の奥からグズの腕が伸びた。


 泥の棍棒。


 セリアの足元を叩く。


 倒せはしない。


 だが、一歩遅らせる。


 ガルドの姿が泥の中に沈む。


 それでも、彼は最後に叫んだ。


「捨てろ! 俺を捨てて下がれ!」


 セリアの顔が歪む。


 マルクが聖鎖を伸ばす。


 ユーファが術式を組む。


 だが、ロウゼンの時と違う。


 ガルド自身が、自分を捨てろと言った。


 盾役として、最後の判断をした。


 だからこそ、完全に沈める。


「グズ」


 余は低く命じた。


「塞げ」


 泥門が閉じた。


 白磁床が、黒い泥で盛り上がる。


 その奥で、ガルドの呼吸が途切れた。


《Aランク盾役:ガルド・ローク、討伐》


《獲得ソウル:1,180》


《取得:ガルドの双盾片、踏ん張り骨、重盾受けの記憶、泥耐性鎧片》


 数字が浮かぶ。


 1,180。


 二人目。


 暁秤の盾を喰った。


 次の瞬間、白い部屋に別の表示が走った。


《泥門番長ゴブリン・グズ、進化条件を達成》


 余は目を見開いた。


「来たか」


《進化素材を確認》


《ガルドの双盾片》


《踏ん張り骨》


《重盾受けの記憶》


《泥耐性鎧片》


《グズの泥門維持記録》


《進化を実行しますか》


「当然だ」


《進化を実行します》


 迷宮の入口が震えた。


 グズの体を構成する泥が、黒く重くなる。


 ただの泥ではない。


 盾を受けた泥。


 白磁庭園の門を塞いだ泥。


 Aランク盾役を飲み込んだ泥。


 その泥が、グズの骨格を作り替えていく。


 ゴブリンの形はまだ残っている。


 だが、肩が大きくなる。


 腕が門柱のように太くなる。


 背中に、半ば砕けた双盾のような泥板が浮かぶ。


 顔つきは、さらに鈍く、さらに頑固に。


 棍棒は、泥と盾片を巻き込んで巨大な門槌になる。


《進化完了》


《泥門番長ゴブリン・グズは、泥塞門将(でいそくもんしょう)グズへ進化しました》


 泥塞門将グズ。


 ついに、門番長ではなくなった。


 門を守る者から、門を塞ぐ将へ。


 余は思わず笑った。


「よくやった、グズ」


「グ……ズ……」


 新しいグズが、泥の奥で低く唸った。


 その声は、前より重い。


 まるで、門そのものが喋っているようだった。


 だが、喜ぶのは後だ。


 暁秤は、まだ三人残っている。


 セリア。


 ユーファ。


 マルク。


 キトとガルドを失ったにもかかわらず、彼らは崩れていない。


 むしろ、恐ろしく静かだった。


 セリアが双剣を構える。


 ユーファが鑑定板をしまい、攻撃術式に切り替える。


 マルクの聖鎖が、泥の上で白く光る。


「撤退するか」


 余は呟いた。


 セリアは、キトの沈んだ床とガルドの泥を見た。


 そして、静かに言った。


「帰る」


 やはり判断が早い。


 だが、帰さない。


「管理音声」


《はい》


「灰白小宝庫を閉じろ」


《はい》


「白磁偽財殿への道だけを開け」


《危険度が上昇します》


「構わん。次はユーファだ」


 魔導鑑定士。


 宝の価値を見抜く者。


 帰せば、宝物庫機能の中身を外へ流す。


 だから、次に殺す。


「宝を見せろ」


《正式宝箱、偽装配置》


「価値を高く見せろ。ただし、本物ではない」


《鑑定返しは未習得です》


「なら、今ここで習得する」


 余は、ユーファの鑑定板を見た。


 あの目を喰う。


 宝を測る目を。


 そして、霧灰白庭迷宮の宝箱は、見られる側から見返す側へ進化する。


「暁秤」


 余は白い部屋の中央で、静かに告げた。


「お前たちは、量りに来たのだろう」


 白磁の奥で、偽の宝物室が開く。


「なら、量ったものごと喰ってやる」

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