↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/319

第12話 Dランク昇格

完全に気配が遠のいたあと、迷宮には奇妙な静けさが落ちた。


 倒れたゴブリン。


 焼けた床。


 胞子の名残。


 呻く鼠。


 そして、壁際にへたり込むグズ。


「……無事か」

「ギィ……」

「よく耐えた。前衛二枚相手によく止めた」


 余の言葉に、グズは荒い息のまま胸を叩いた。


 その仕草に、少し笑ってしまう。


「痛かろうに、見栄を張るな」


《損耗率は高いですが、迎撃は成功です》

「うむ」


 成功。


 その言葉が、今回は妙に重い。


 前回より強い編成。


 前衛二枚。


 聖職者あり。


 それを、壊滅はさせられずとも、最奥へ届かせず、撤退させた。


 これは偶然だけではない。


 明確に、迷宮として勝ったのだ。


「……確認しよう」


《今回戦闘結果を集計します》


⸻


【迎撃結果】

・侵入者五名、最奥未到達

・旧小部屋にて主導権獲得

・配下損耗:ゴブリン4、洞窟ネズミ5、ポフキノコ2

・評価:迎撃成功


【特記事項】

・統率個体の運用が有効

・構造的遅延・継続妨害が機能

・複数戦闘における再現性を確認


⸻


「再現性」


 余はその言葉を反芻した。


 再現性。


 つまり、もう“まぐれで勝った”ではない。


 湿臭いだけの洞窟でもない。


 運営し、学び、変え、勝ち筋を繰り返せる迷宮になり始めている、ということだ。


 その時、新聞が今までにない強い光を放った。


《迷宮評価の更新、およびランク審査条件の達成を確認》


「……何?」


 紙面が大きく開く。


 速報欄の中央に、くっきりと文字が浮かぶ。


⸻


【昇格速報】

辺境迷宮“湿臭洞窟”(仮称)

EランクよりDランクへ昇格


【昇格理由】

・複数回迎撃による継続生存

・構造改修の有効性

・配下統率の成立

・独自妨害手段の確認

・同規模侵入者に対する安定迎撃


⸻


「……」


 余は、言葉を失った。


 D。


 Dランク。


 まだ低い。もちろん低い。上にはいくらでもある。C、B、A、S、その先も。だが、それでも。


 Eではなくなった。


 最初の段を、確かに越えたのだ。


「……っ、ふ、ふふ」


 笑いが漏れる。


 抑えようとしても漏れる。


 小さな笑いでは済まなかった。じわじわと、胸のない胸の内から、熱いものが込み上げてくる。


「やった」


 誰に聞かせるでもなく、余は呟いた。


「余は、やったぞ」


 その声はまだ、堂々たる王のものではない。


 少し震えていて、少し浮ついていて、余韻に酔っている。


 だが、それでよかった。


 今だけは、それでよい。


「グズ!」

「ギィ!?」

「余たちはDだ!」

「……ギィ?」


 通じておらぬ。


 まったく通じておらぬ。


 だが、余が上機嫌なのは伝わったらしい。グズもつられて胸を叩き、ほかのゴブリンどもも何となく騒ぎ始める。


「ギャッ!」

「ぎぃ!」

「ぎゃぎゃ!」


 うるさい。


 ひどくうるさい。


 だが、悪くない。


 まるで戴冠式には程遠い。泥だらけで、焼け跡だらけで、茸は半分潰れ、鼠は疲れ果て、ゴブリンは相変わらず馬鹿で、洞窟は相変わらず湿臭い。


 それでも、これは間違いなく、余の最初の勝利の祝宴だった。


 少し騒ぎが落ち着いた後、余は一人、白い部屋で新聞を見つめていた。


 Dランク。


 その文字は、思った以上に重かった。


《昇格に伴い、新規解放要素があります》


「何だ」


 一覧が開く。


⸻


【Dランク解放】

・構造拡張上限の上昇

・新魔物候補追加

・簡易取引欄の利用権

・新聞投稿機能の一部解放

・地域迷宮一覧への正式掲載


⸻


「……ほう」


 どれも魅力的だ。


 新魔物。


 取引欄。


 投稿機能。


 そして、正式掲載。


 つまりこれからは、他のロードどもにも“Dランク迷宮”として見られるのだ。井守も、玻璃宮の姫も、灰冠のロードも。世界のどこかで、湿臭い辺境洞窟の名が、一覧の端にでも載る。


「面白くなってきたな」


 そう呟いた自分の声は、少しだけ落ち着いていた。


 高揚はある。


 だが、それだけではない。


 Dに上がったことで、かえって分かる。


 ここはまだ始まりにすぎぬ。


 Eは、生き残るための段階だった。


 Dからは、“どういう迷宮になるか”が問われる。


 湿りと鼠と茸とゴブリンの洞窟。


 それだけで終わるのか。


 それとも、ここからもっと独自の、もっと恐ろしく、もっと面白い迷宮へ育つのか。


 余は白い部屋の窓の向こう、自分の小さな迷宮を見下ろした。


 まだ浅い。


 まだ貧しい。


 だが、確かに一段上がった。


「……よい」


 余は静かに言う。


「次は、このDをどう使うかだ」


 ビビりで、小物で、未熟な余はまだ消えていない。


 だが今日、確かに一つだけ変わった。


 余は初めて、自分の未来を“生き残れるかもしれぬもの”ではなく、“育てていくもの”として見たのだ。


 それはきっと、小さな王の始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。