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第116話 宝とは、食われに来る理由である

 宝とは何か。


 金貨か。


 魔石か。


 武器か。


 希少素材か。


 それとも、冒険者が死んでも欲しがる何かか。


「管理音声」


《はい》


「迷宮独自報酬構造とは、具体的に何だ」


《迷宮内で得られる報酬が、外部市場において価値を持ち、継続的な探索動機となる仕組みです》


「つまり、冒険者が欲しがる餌だな」


《おおむね正確です》


「おおむねではなく正確だろう」


《表現が悪いです》


「事実だ!」


 余は白い部屋の中央で腕を組んだ。


 戦後処理はまだ完全には終わっていない。


 夜棺白庭の封鎖。


 フィルエの回復。


 外縁魔力の偽装。


 銀刻の五人由来素材の再分類。


 それに加えて、今度は宝だ。


 忙しい。


 非常に忙しい。


 だが、余は分かっている。


 これはただの雑務ではない。


 次の格へ進むための、腹づくりだ。


 迷宮は、敵を待つだけでは足りない。


 敵が来たくなる理由を作らねばならない。


「危険な迷宮です、と言うだけでは駄目か」


《駄目です》


「Aランク冒険者が全滅しました、でも駄目か」


《討伐対象としては有効ですが、探索対象としては危険過多です》


「つまり、危ないが入る価値がある、と思わせる必要がある」


《はい》


「面倒な生き物だな、人間は」


《ロードも近い思考をしています》


「余は人間ではない!」


《欲を設計しようとしています》


「……否定しにくいことを言うな」


 白い部屋の壁面に、戦利品の一覧が浮かぶ。


 銀刻の五人。


 Aランク冒険者パーティ。


 その装備、遺体、魔力残滓、刻印武具、持ち込み品。


 どれも価値がある。


 価値がありすぎる。


 そのまま宝箱に入れれば、確かに冒険者は食いつくだろう。


 だが。


「これは出せん」


《理由は?》


「出所が分かりすぎる」


 銀刻の剣。


 銀刻の短杖。


 銀刻の徽章。


 有名冒険者の装備品。


 そんなものが霧灰白庭迷宮の宝箱から出ればどうなる。


 銀刻の五人はここで死にました。


 この迷宮は遺品を報酬にしています。


 そう大声で叫ぶようなものだ。


 人間側の怒りを煽る。


 捜索隊を呼ぶ。


 遺品回収を名目にした討伐隊を呼ぶ。


 最悪だ。


「使うとしても、分解して由来を消す」


《可能です》


「銀刻の刻印は潰せ。金属は白磁と混ぜる。魔力残滓は薄める。形を変えろ」


《再加工候補を表示します》


 壁面に、新しい項目が浮かぶ。


《白銀磁片》


《灰霧封じの小瓶》


《戻り水を吸った革片》


《影糸巻き》


《錆噛みの牙飾り》


《白磁花の夜露》


「……悪くない」


 余は目を細めた。


 高価すぎない。


 だが、珍しい。


 霧灰白庭迷宮でしか取れない、と言える。


 武器そのものではなく、素材。


 冒険者が持ち帰り、職人や研究者が欲しがるもの。


 それならば噂になる。


 しかも、由来はぼかせる。


「白銀磁片とは何だ」


《白磁素材に銀刻装備由来の金属を極少量混合したものです。魔力伝導率が上昇します》


「外部で価値は出るか」


《魔道具職人、錬金術師、研究者に需要が発生する可能性があります》


「よし」


 武器そのものを渡す必要はない。


 素材でよい。


 素材ならば、少量ずつ出せる。


 量を絞れば価値も保てる。


 そして、欲を育てられる。


「灰霧封じの小瓶は?」


《迷靄洞由来の霧を白磁膜で封入したものです。解放時、短時間の視界阻害が可能です》


「冒険者が使う道具になるのか」


《下位冒険者には高価。中位以上には実用品》


「危険だな。敵に使われる」


《その可能性があります》


「ならば劣化版だけ出せ。迷宮内では効きにくいように調整しろ」


《可能です》


「外では便利。中では頼りにならない。そういうものにしろ」


《悪質です》


「褒め言葉だな」


《評価ではありません》


 余は笑った。


 分かってきた。


 宝箱とは、ただ宝を入れる箱ではない。


 情報を入れる箱だ。


 この迷宮には価値がある。


 この迷宮には珍しいものがある。


 この迷宮は危険だが、潜る意味がある。


 そう思わせるための口だ。


 そして、その口から冒険者たちは噂を運ぶ。


「だが問題がある」


《はい》


「宝を持って帰る生還者が必要だ」


《はい》


 そこだ。


 迷宮は殺す。


 だが、全員を殺せば噂が広がらない。


 恐怖は広がるかもしれない。


 しかし、宝の価値は外へ出ない。


 持ち帰る者がいる。


 語る者がいる。


 売る者がいる。


 また行こうとする馬鹿がいる。


 そこまで揃って、初めて報酬構造になる。


「……生かすのか」


《必要です》


「難しいことを言う」


 殺すより生かす方が難しい。


 特に、うちの配下どもにとっては。


 ゴブリンは見れば襲う。


 赤錆噛みは見れば噛む。


 影縫い大蜘蛛は獲物を吊るす。


 グズは悪意なく沈める。


 誰が生還者を選別するのだ。


「フィルエ」


「うん」


 森灰観測室の方から、眠そうな声が返った。


 まだ寝台の上だ。


 だが、意識だけはこちらに向いている。


「生還者を選べるか」


「弱すぎるのは死ぬ。強すぎるのは殺さないと危ない。中途半端なのがいい」


「言い方が雑だな」


「でも、合ってる」


「合っているのが腹立たしい」


 フィルエは少し間を置いてから言った。


「怖がりがいい」


「怖がり?」


「欲はある。でも、引き際も分かる。仲間を捨てない。見たものを話す。そういう冒険者」


「都合がよすぎないか」


「都合のいいのを選ぶのが罠」


 余は黙った。


 なるほど。


 宝を持たせる相手も、餌の一部か。


 強欲すぎる者は奥へ来すぎて死ぬ。


 臆病すぎる者はそもそも入らない。


 ならば必要なのは、欲があり、恐怖を知り、逃げ足のある者。


 生還して、震えながら宝を売り、もう二度と行かないと言いながら、三日後には地図を見ているような馬鹿。


「人間は面倒だな」


「ロードも楽しそう」


「楽しくなどない」


《声色に昂揚が確認されます》


「黙れ!」


 余は壁面の迷宮図を広げた。


 入口。


 灰霧の浅層。


 白磁回廊。


 戻り水の湿地。


 赤錆噛みの巣。


 影縫い大蜘蛛の狩場。


 そして、その奥に封じた夜棺白庭。


 夜棺白庭は絶対に出さない。


 あれは報酬構造に組み込まない。


 存在を匂わせることすら危険だ。


 ならば、宝箱を置くのは浅層から中層。


 持ち帰れる距離。


 死にすぎない距離。


 だが、簡単すぎてもいけない。


「まずは試験用宝箱を三つ置く」


《配置候補を表示します》


「一つ目は入口近く。中身は白磁花の欠片。価値は低いが、珍しい」


《浅層報酬として適切》


「二つ目は灰霧回廊の奥。灰霧封じの小瓶。罠つきだ」


《罠の種類は?》


「開けた瞬間に霧を吐く。ただし殺すな。視界を奪い、足音でゴブリンを呼ぶ」


《殺意が中程度です》


「宝箱の罠とはそういうものだ」


「三つ目は?」


 フィルエが聞いた。


 余は笑った。


「戻り水の湿地に置く」


《中身は?》


「白銀磁片」


《高価値報酬です》


「ああ。だが、湿地の底に沈める。箱そのものは見える。取るには泥へ入らねばならん」


《グズの配置を推奨》


「採用」


「沈むよ」


 フィルエが言った。


「沈むな」


「かなり沈む」


「死なない程度に沈める」


《調整可能です》


「そして、箱を取った帰り道に赤錆噛みを出す」


《生還率が低下します》


「全部は出すな。一匹だ。一匹だけ。倒せるか逃げられる程度」


《調整します》


「ここで死ぬようなら、宝を持ち帰る器ではない」


《選別ですね》


「そうだ」


 宝箱。


 罠。


 魔物。


 逃げ道。


 噂。


 それらが線で繋がっていく。


 これまで余は、侵入者をどう殺すかを考えていた。


 今は違う。


 どう殺さずに傷つけるか。


 どう逃がして恐怖を持たせるか。


 どう宝を握らせたまま外へ押し出すか。


 それを考えている。


 迷宮として、少しだけ嫌な方向に賢くなった気がする。


 よいことだ。


《報告》


「何だ」


《試験用宝箱機能は未解放です》


「分かっている!」


《現時点では代替構造として、白磁小匣と影縫い糸による簡易箱を作成可能》


「それでいい。見た目が宝箱なら人間は開ける」


《断定しますか》


「断定する」


「開けると思う」


 フィルエも言った。


「箱があったら?」


「開ける」


「罠かもしれなくても?」


「開ける」


「馬鹿なのか?」


「冒険者だから」


「なるほど」


 余は深く頷いた。


 冒険者とは、箱を見たら開ける生き物。


 ならば箱を置く。


 実に分かりやすい。


「管理音声。簡易宝箱構造を作れ」


《承知しました》


「名称は」


 余は少し考えた。


 宝箱。


 しかし、ただの宝箱ではない。


 霧灰白庭迷宮の、最初の餌。


 冒険者に欲を抱かせるための器。


「白灰匣」


《白灰匣、登録》


 白い部屋の壁面に、小さな箱の図が浮かぶ。


 白磁でできた外殻。


 灰霧を含んだ継ぎ目。


 影縫い糸の封。


 戻り水を吸わせた底。


 粗末なようで、妙に目を引く箱。


 人間ならば、きっと思う。


 何か入っている、と。


「よし」


 余は満足した。


「これより、霧灰白庭迷宮は宝を置く」


《はい》


「ただし、ただでは渡さん」


《はい》


「持ち帰れる者だけが持ち帰れ。そして、外で語れ」


 白灰匣の一つ目が、浅層の灰霧の中に形成されていく。


 まだ小さい。


 まだ粗い。


 だが、それは確かに、次の段階への一歩だった。


 眠る災厄は、戦力に数えない。


 ならば、今ある配下と罠と欲で勝つ。


 余は笑った。


「来い、人間ども」


 白灰匣の蓋が、かすかに開いた。


「今度は、欲しがってから死ね」

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