表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

110/126

第106話 白庭心臓抜きは、騎士の膝から始まる

白磁庭園の噴水片は、白い部屋の中央で濁っていた。


 白い水。


 いや、もう白いとは言い切れない。


 戻り水と泥と灰を吸い、ところどころが灰色に淀んでいる。


 白磁庭園の血脈だったもの。


 その欠片が、迷靄洞の床の上で、かすかに震えていた。


「……まだ生きているな」


《庭心噴水片に微弱な循環反応があります》


「敵の心臓の破片を持ち帰ったのだ。当然か」


《危険物です》


「分かっている」


 余は、床に浮かぶ白磁庭園内部図を見た。


 門。


 回廊。


 庭心噴水。


 そこから奥へ伸びる主根線。


 その先にあるはずのコア。


 だが、まだ届かない。


 噴水が生きている限り、庭全体が修復し、騎士たちへ命令を流し続ける。


 つまり、まず止めるべきは噴水。


 そして、そこを守る三体の白磁騎士。


「騎士三体をどうする」


《正面戦闘では損耗が過大になります》


「知っている」


《前回確認した弱点は、足首、膝、命令線、退路線、白罅汚染です》


「騎士は強い。だが、庭と繋がっている」


《はい》


「なら、膝を折る。命令を遅らせる。退路を喰う。白罅で汚す」


《合理的です》


 余は、白い部屋の隅に並べられた死体置き場を見た。


 通常ゴブリンの死体。


 白磁粉。


 灰。


 戻り水。


 濁った白磁水。


 それらを混ぜた、実に嫌な実験場。


 自分で命じておいて何だが、かなり嫌な見た目だ。


「白罅化は安定したか」


《完全安定ではありません》


「使えるか使えないかで答えろ」


《短時間なら使えます》


「よし」


 床に新しい表示が出る。



仮登録個体:白罅骸ゴブリン


素材:

通常ゴブリン死体

白磁粉

濁った白磁水

戻り水


性質:

白磁化とアンデッド化が不完全に競合した短命個体。

身体表面に白い陶器質と黒い罅を持つ。

破壊時、白磁粉と腐灰を撒き散らす。

白磁庭園眷属の関節、視界、命令線周辺への汚染に有効。


欠点:

活動時間が短い。

自壊率が高い。

命令理解が通常ゴブリン以下。



「通常ゴブリン以下か……」


《はい》


「底が抜けたような馬鹿ではないか」


《はい》


「そこは否定しろ」


《事実です》


 余は少し頭を抱えたくなった。


 手などないが。


 だが、使えるなら使う。


 馬鹿でも、短命でも、爆ぜるなら使える。


「白罅骸ゴブリンを六体用意」


《生成します》


 白い部屋の隅で、死体がびくりと跳ねた。


 陶器のような白い皮膚に、黒い罅が走る。


 目は濁り、口から灰が漏れた。


 立ち上がった姿は、ゴブリンというより、割れかけの陶器人形に腐肉を詰めた何かだった。


「……うむ」


《どうしましたか》


「趣味が悪いな」


《迷靄洞らしいです》


「褒めているのか?」


《はい》


「ならよい」


 余は続けて命じる。


「投入戦力を出せ」


《表示します》



作戦名:

《白庭心臓抜き》


目的:

一、庭心噴水の完全停止

二、白磁騎士三体の撃破または戦闘不能化

三、白磁庭園主根線の切断

四、コア周辺防衛構造の確認

五、次段階のコア吸収戦に必要な侵入路を確保


投入:

灰白線喰いの追跡者

白錆噛み 二体

赤錆噛み 六体

白罅骸ゴブリン 六体

アンデッドゴブリン 四体

通常ゴブリン 十体

苔灰ゴブリン 二体

影縫い大蜘蛛の大糸束 三束

影縫い罠師カゲヌイ

マネ

戻り水細流 三本

グズの泥核 一塊


待機:

グズ本体

影縫い大蜘蛛本体

フィルエ本体



「グズの泥核は一塊だけか」


《前回、二塊消費しています。入口防衛維持のため、一塊が限界です》


「分かった。グズ本体は動かさない」


 入口から、低い唸りが返る。


 門番長は門にいる。


 それでいい。


「フィルエ」


『いる』


「庭心噴水の奥にいるものは、動いているか」


『うん。白磁庭園の奥、昨日より騒がしい。庭が自分で考えてる感じじゃなくて、奥の誰かが直接触ってる』


「白磁庭園ロードか」


『たぶん』


「姿は?」


『まだ見えない。でも、白い根が集まってる。噴水が止まったら、奥の根が露出すると思う』


「なら、止める」


 余は、灰白線喰いの追跡者を見た。


 刃に刻まれた灰白の筋が、ゆっくり明滅している。


「お前は、騎士の線を喰え」


 刃が鳴る。


「ただし、コアへ続く主根線は完全には喰うな。印を深くするだけだ。次に、余が喰う」


 灰白線喰いの追跡者は答えない。


 だが、刃を低く構えた。


 それが返事だった。


「行くぞ」


《白庭心臓抜き、開始します》


白磁庭園の門は、さらに歪んでいた。


 前回、泥でこじ開けた裂け目を、白磁庭園は必死に塞ごうとしたらしい。


 白い花弁。


 陶器の蔓。


 新しい門柱。


 整った紋様。


 だが、全部が歪んでいる。


 泥が残っている。


 苔灰が残っている。


 戻り水が染みている。


 完全には戻せていない。


「よし。傷は残っている」


《侵入口、維持されています》


「戻り水、先行」


 三本の戻り水が、裂け目から庭園内部へ滑り込む。


 白い床がきしむ。


 左右対称の回廊の片側だけが、灰色に濡れる。


 それだけで、白磁庭園の空気が乱れた。


「苔灰、撒け」


 二体の苔灰ゴブリンが、足元へ湿った灰と苔をばら撒く。


 白い床に、緑黒い点が増える。


 庭番人形がそれを拭き取ろうとして近づく。


「赤錆噛み」


 赤錆噛みが低く走り、庭番人形の足首を齧る。


 白い人形が倒れた。


 そこへ通常ゴブリンが群がる。


「壊せ」


 ゴブリンどもは命令の半分も理解していない。


 だが、殴ることは分かる。


 棍棒を振り下ろす。


 庭番人形の頭が割れた。


《庭番人形一体、破壊》


「よし」


 最初はいい。


 問題は奥だ。


 庭心噴水の前。


 三体の白磁騎士が、前回と同じ位置に立っていた。


 ただし、汚れは消えていない。


 一体の膝には灰色の筋。


 一体の鎧には白罅の粉。


 一体の命令線には、追跡者が噛んだ痕。


 完全ではない。


 まだ強い。


 だが、綺麗ではない。


「汚れは残っているな」


《はい》


「なら、そこを広げる」


 白磁騎士が剣を上げる。


 三体同時。


 美しい動き。


 だが、前回より半拍遅い。


「白罅骸、前へ」


 六体の白罅骸ゴブリンが走った。


 走るというより、壊れた足で跳ねる。


 白い陶器質の皮膚に黒い罅を走らせ、灰を撒きながら突っ込む。


 白磁騎士の剣が振られた。


 一体目が斬られる。


 その瞬間、白罅骸ゴブリンは爆ぜた。


 白磁粉。


 腐灰。


 濁った白磁水。


 それらが、騎士の剣と腕に絡みつく。


《白磁騎士一体、剣腕汚染》


「二体目、膝だ!」


 二体目の白罅骸ゴブリンは、命令を理解していなかった。


 頭から騎士の足にぶつかった。


 結果として膝に当たった。


「……よし!」


《偶然です》


「結果がすべてだ!」


 二体目も砕ける。


 黒い罅が白い膝へ広がる。


 そこへ赤錆噛みが群がった。


 白磁騎士の膝裏。


 可動部。


 固定芯。


 そこを齧る。


 ぎりぎりぎり。


 騎士の膝が沈んだ。


《白磁騎士一体、片膝機能低下》


「一本!」


 だが、別の騎士が赤錆噛みへ剣を振る。


「カゲヌイ!」


《影針》


 影針が剣影を縫う。


 剣が半拍遅れる。


 赤錆噛み二体が逃げる。


 一体は逃げ遅れ、尾を斬られた。


《赤錆噛み一体、中度損傷》


「死んでないなら戻せ!」


 負傷した赤錆噛みを、別の個体が引きずって戻る。


 その間に、通常ゴブリンが騎士の足元へ泥を投げた。


 外れる。


 外れる。


 一つだけ当たる。


「当たった!」


《命中率は低いです》


「今は当たった方を褒めろ!」


 泥が騎士の足元に広がる。


 苔灰ゴブリンが、そこへ湿った苔を重ねる。


 白い床がぬめる。


 騎士の足運びが乱れた。


「影縫い大蜘蛛」


 黒い大糸束が天井から降りる。


 白磁庭園の白い回廊に、黒い線が何本も走った。


 糸はすぐに白く固まり始める。


 だが、固まる前に役目を果たせばいい。


「カゲヌイ、糸影に針を」


《連結します》


 影縫い罠師カゲヌイの影針が、蜘蛛糸の影に刺さる。


 影と糸が一瞬だけ繋がった。


 白磁騎士三体の足元に、黒い格子が生まれる。


 迷宮の蜘蛛と、罠師の影。


 白磁庭園の整った小径を、別の地図に塗り替える罠。


《影糸拘束、成立》


「止まれ」


 三体の騎士の動きが、同時に鈍った。


 完全停止ではない。


 だが、膝を折られた一体は、そこで大きく崩れた。


「白錆噛み、噴水へ!」


 二体の白錆噛みが走る。


 白罅骸ゴブリンの残り四体が、その前を転がるように突っ込む。


 庭番人形が止めに入る。


 白罅骸ゴブリンが自壊する。


 腐灰が舞う。


 庭番人形の顔が割れる。


 白錆噛みが抜けた。


 庭心噴水。


 前回より濁っている。


 白い水の中に、灰色の筋が残っている。


 修復しようとして、修復しきれていない。


「噛み砕け」


 白錆噛みが台座へ歯を立てた。


 同時に、戻り水三本が噴水へ流れ込む。


 グズの泥核一塊が、中央水盤へ投げ込まれる。


 ぐしゃり。


 白い水が跳ねた。


 今度は、ただ濁るだけではない。


 前回の傷に、泥が入る。


 灰が沈む。


 苔灰が広がる。


 赤錆噛みが固定芯を齧る。


 影糸が噴水の白い花弁を縛る。


 カゲヌイの影針が、噴水の影を床へ縫いつける。


《庭心噴水、防衛反応》


 白磁庭園が悲鳴を上げるように震えた。


 騎士三体が、強引に拘束を引きちぎろうとする。


 影糸が白く固まり、砕ける。


 カゲヌイの影針が軋む。


《影糸拘束、崩壊寸前》


「追跡者!」


 灰白線喰いの追跡者が、刃を振る。


 噴水から騎士へ伸びる命令線。


 騎士から噴水へ戻る修復線。


 そのうち、膝を折られた騎士へ繋がる一本を噛んだ。


《白線喰い》


 白磁騎士が、初めて膝をついた。


 片膝ではない。


 両膝だ。


「一本、落とせるか」


《可能性あり》


「落とせ」


 余は命じた。


 その声は、自分でも驚くほど冷たかった。


「騎士を殺せ」


 白罅骸ゴブリンの残り二体が、その騎士へしがみつく。


 通常ゴブリンも三体、そこへ群がる。


 斬られる。


 一体、二体。


 だが、斬られるたびに白罅が爆ぜる。


 赤錆噛みが膝裏を齧る。


 影縫い大蜘蛛の糸が首へ絡む。


 カゲヌイが、その首影を縫う。


 灰白線喰いの追跡者が、退路を喰う。


 白磁騎士が、門へ、噴水へ、庭へ戻ろうとする線を失う。


 白い鎧が震えた。


 顔のない兜が、初めて横に傾く。


「白錆噛みではない。赤錆噛み、首の固定芯だ」


 赤錆噛み二体が騎士の背を駆け上がる。


 首の後ろ。


 兜と胴を繋ぐ細い芯。


 そこに歯を立てる。


 ぎり。


 ぎりぎり。


 白磁騎士が暴れる。


 通常ゴブリンが吹き飛ぶ。


 アンデッドゴブリンが砕かれる。


 だが、赤錆噛みは離れない。


「噛み切れ!」


 ばきん。


 白磁騎士の首が落ちた。


 白い兜が、床に転がる。


 同時に、鎧全体に黒い罅が広がった。


《白磁騎士一体、機能停止》


 白い部屋が、一瞬だけ静かになった。


 余は、その表示を見た。


 見間違いではない。


 白磁騎士を一体、落とした。


「……よし」


 声が漏れる。


「よし!」


《喜びすぎです》


「喜ぶだろう! 完全体の騎士を落としたのだぞ!」


 だが、喜びは長く続かない。


 残り二体の騎士が、明確に動きを変えた。


 今までは庭を守る剣だった。


 だが今は違う。


 殺すための剣だ。


《白磁騎士二体、戦闘優先へ移行》


「来るぞ!」


 二体の剣が同時に振られる。


 影糸拘束が砕けた。


 アンデッドゴブリン二体が一瞬で斬られる。


 赤錆噛みが一体、真っ二つになった。


《赤錆噛み一体、喪失》


 速い。


 重い。


 綺麗すぎる殺意。


「噴水は!」


《庭心噴水、破損進行中。完全停止まであと一押し》


「白錆噛み!」


 二体の白錆噛みが、台座の奥へさらに噛み込む。


 だが、噴水の奥から白い根が伸びた。


 白錆噛みを絡め取ろうとする。


「苔灰!」


 苔灰ゴブリンが、残っていた苔灰を全部投げた。


 白い根に緑黒い湿りが貼りつく。


 戻り水がそこへ流れる。


 根の動きが鈍る。


「マネ!」


 マネが白磁騎士の足音を真似た。


 右から。


 左から。


 後ろから。


 存在しない騎士の足音が、庭に響く。


 庭番人形が混乱する。


 騎士は混乱しない。


 だが、庭の命令線が一瞬だけ乱れる。


 その一瞬を、灰白線喰いの追跡者が喰う。


《庭心噴水主命令線、露出》


「そこだ!」


 白錆噛みが、同時に噛んだ。


 赤錆噛みが固定芯を引き抜く。


 戻り水が奥へ染みる。


 グズの泥核が膨らむ。


 カゲヌイの最後の影針が、噴水の影を完全に縫い止める。


 影縫い大蜘蛛の黒糸が、白い花弁を引き裂く。


 ぱきん。


 今度の音は、小さくなかった。


 噴水の中央水盤が割れた。


 白い水が噴き上がる。


 いや、噴き上がった瞬間から、白ではなくなっていく。


 泥と灰と戻り水を巻き込み、濁った水が白磁庭園の小径へ溢れた。


《庭心噴水、完全停止》


《白磁庭園内部循環、断絶》


《白磁庭園支配構造に重大損傷》


「やった」


 余は呟いた。


「やったぞ」


 だが、次の瞬間。


 白磁庭園の奥から、凄まじい圧が来た。


 噴水が止まったことで、隠れていた主根線が露出したのだ。


 白い回廊の奥。


 庭心噴水のさらに奥。


 割れた噴水の下から、太い白磁根が現れる。


 それは奥へ続いている。


 白磁庭園のコアへ。


《コア主根線、露出》


『ロード』


 フィルエの声が緊張していた。


『奥のやつ、来る』


「白磁庭園ロードか」


『うん。怒ってる。すごく』


 残った二体の白磁騎士が、左右へ退いた。


 守るためではない。


 道を開けるため。


 噴水の奥の白い回廊に、ひびが入る。


 白い花弁が開く。


 陶器の蔓がほどける。


 その奥から、白い人影が現れた。


 騎士ではない。


 庭番人形でもない。


 白磁の冠。


 白い長衣。


 顔は仮面のように滑らかで、目だけが冷たく開いている。


 人間ではない。


 魔物でもない。


 ダンジョンの主。


 白磁庭園のロード。


《敵対ロード反応、顕現》


 余の白い部屋が、わずかに軋んだ。


 ただ見られただけで、コアを撫でられたような感覚が走る。


 存在ごと測られている。


 消すために、形を見られている。


 怖い。


 正直、滅茶苦茶怖い。


 今すぐ全部引っ込めたい。


 門を閉じたい。


 知らんふりをしたい。


 だが。


 噴水は止めた。


 騎士を一体落とした。


 主根線は露出した。


 ここで逃げれば、白磁庭園は修復する。


 次はもっと硬くなる。


 なら、今しかない。


「撤退しつつ、主根線に印を刻め」


《完全撤退ではないのですか》


「完全撤退はしない。噴水は止めた。主根線が出た。なら、次に余が噛みつく場所を残す」


《危険です》


「知っている!」


 声が少し裏返った。


 でも、構わない。


 怖くても命令は出せる。


「追跡者!」


 灰白線喰いの追跡者が前へ出る。


 敵ロードがそれを見る。


 白磁庭園ロードが、初めて反応した。


 仮面のような顔が、わずかに歪む。


 嫌悪。


 警戒。


 そして怒り。


 灰白線喰いの追跡者は、白磁庭園にとって最悪の異物だ。


 線を喰う魔物。


 逃げ道を覚える魔物。


 美しい白の秩序に、灰の傷を残す魔物。


「主根線に、深く刻め」


 追跡者の刃が振られた。


 白磁庭園ロードが手を上げる。


 残った騎士二体が同時に動く。


 剣が、追跡者の圧を斬ろうとする。


「カゲヌイ!」


《影針、全損。影引きのみ可能》


「引け!」


《実行》


 騎士の影が、割れた噴水の影に引かれる。


 一瞬だけ剣筋がずれる。


「影縫い大蜘蛛!」


 最後の大糸束が、騎士の剣に絡む。


 一瞬で白く固まり、砕ける。


 だが、その一瞬で足りる。


 灰白線喰いの追跡者の刃が、主根線へ届いた。


《灰白傷印、深刻化》


 白い主根に、灰白の深い傷が刻まれる。


 白磁庭園ロードの顔が、はっきり歪んだ。


 その手が、こちらを向く。


 白い光が集まる。


《敵ロード、遠隔干渉》


「まずい」


《コア干渉級です》


「全員、撤退!」


 戻り水が全力で引く。


 白錆噛みが噴水片を咥えて戻る。


 赤錆噛みが負傷個体を引きずる。


 苔灰ゴブリンが転びながら走る。


 通常ゴブリンの生き残りが叫びながら逃げる。


 アンデッドゴブリンは残って壁になる。


 白磁庭園ロードの白い光が、裂け目へ走る。


 触れたものを白く固め、迷宮の支配を奪おうとする光。


「戻り水、切れ!」


 三本のうち一本を、途中で切った。


 白い光が、その水路を伝って迷靄洞へ来ようとする。


 だが、水路は切れている。


 白い光は行き場を失い、途中で爆ぜた。


《戻り水細流一本、喪失》


「構わん!」


 残り二本で部隊を戻す。


 白磁騎士が追ってくる。


 その退路線、追撃線を、灰白線喰いの追跡者が最後に一口喰った。


《追撃線、遅延》


 裂け目が遠ざかる。


 白磁庭園の怒りが、背後で膨れ上がる。


 だが、部隊は戻った。


 泥と灰と白磁粉にまみれて、迷靄洞へ転がり込んだ。


《作戦終了》


 白い床に、結果が表示される。



作戦結果:

《白庭心臓抜き》


成果:

・庭心噴水を完全停止

・白磁庭園内部循環を断絶

・白磁騎士一体を機能停止

・白磁騎士二体に損傷および命令線乱れを付与

・白磁庭園コアへ続く主根線を露出

・主根線へ深い灰白傷印を刻印

・白磁庭園ロードの顕現を確認

・次段階のコア吸収侵攻路を確保


損耗:

・白罅骸ゴブリン六体全損

・アンデッドゴブリン四体全損

・通常ゴブリン五体死亡

・赤錆噛み一体喪失、一体中度損傷

・白錆噛み二体重度疲労

・苔灰ゴブリン二体軽傷

・影縫い大蜘蛛の大糸束三束喪失

・カゲヌイ影針全損

・戻り水細流一本喪失

・グズ泥核一塊消費


回収物:

・庭心噴水中枢片

・白磁騎士の兜片

・白磁騎士固定芯

・濁った庭心水

・主根表層片



 重い。


 損耗は重い。


 だが、戦果はそれ以上だった。


 噴水を止めた。


 騎士を一体落とした。


 敵ロードを引きずり出した。


 そして、コアへ続く主根線に傷を刻んだ。


「……届くな」


《はい》


「次で、白磁庭園のコアに届く」


《高確率で、最終衝突になります》


 余は、床に転がった白磁騎士の兜片を見た。


 美しい白。


 だが、割れている。


 割れ目には灰が詰まっている。


 白磁庭園は、もう完全ではない。


『ロード』


 フィルエの声が静かに届いた。


『白磁庭園、噴水を失ってる。今、庭全体をロードが直接支えてる』


「つまり」


『今なら、庭の奥は硬い。でも、無理して支えてる。コアを守るために、他が薄くなる』


「好機か」


『うん。でも一番危ない』


「そうだろうな」


 余は、小さく笑った。


 怖い。


 今も怖い。


 敵ロードは強かった。


 あの白い視線だけで、余の存在が削られるようだった。


 だが、あいつは出てきた。


 出てこざるを得なかった。


 それは、余が届いた証拠だ。


「管理音声」


《はい》


「次の作戦名」


《候補を提示します》


「言え」


《白庭喰らい》


 余はしばらく黙った。


 それから、低く答えた。


「採用だ」


 床下で戻り水が鳴る。


 グズが入口で泥を練る。


 マネが、割れた白磁騎士の剣音を真似る。


 影縫い大蜘蛛が、新しい糸を吐く。


 カゲヌイが、折れた影針の代わりを削り始める。


 灰白線喰いの追跡者は、刃を静かに掲げていた。


 その刃の先は、白磁庭園の奥。


 コアへ続く主根線を指している。


「次で終わらせるぞ、白磁庭園」


 余は、白い部屋の中央で告げた。


「余が、お前を喰う」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ