その再会は戸惑いを運ぶ Ⅰ
大きな窓からは太陽の光が注ぎ、狭い部屋に大きめのベッドがひとつ。少しばかり酒精の匂いがするその部屋が、清潔なのはすぐに伝わる。そしてその部屋での再会に、グリアムは言葉を失ってしまう。
ラウラから状況は聞いていた。とはいえ、実際目の当たりにした、以前の面影を失っているアクスの姿。衝撃は想像以上に大きく、崩れ落ちそうになる膝で必死に踏ん張り、その場に立ち尽くす。
「⋯⋯アクス」
その名を呼んではみたものの、次の言葉が出てこない。記憶の中の姿とのあまりの違いに、グリアムの視線は自然に床へと落ちてしまう。受け入れ難い現実を前にして、頭の中はしばらくの間真っ白になっていた。
その光景を静かに見つめている【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】のメンバーと、ヴィヴィとパオラの表情も憂いを帯びていた。普段、見ることのない痛々しいグリアムの姿に、だれも掛ける言葉が見つからない。
アクスは真っ白なベッドの上で、膝を抱えたまま落ち着きなく揺れ続け、言葉にならない言葉を口から零している。その姿は以前の姿どころか、もはや人ですらないように感じてしまい、悲壮感をさらに強めていた。
そして悲しみのあとに訪れるのは、沸々と沸き起こる怒り。グリアムは床を見つめながら、エーリッヒ、そしてその後ろにいるルーファスへと怒りを滾らせていった。
「グリアム様、アクス様に話しかけて頂いてよろしいですか? 旧知のグリアム様が話しかけることで何か反応があるかもしれません」
パオラの言葉にグリアムはハッと顔を上げ、アクスを見つめる。アクスを見つめるオッドアイは、どこまでも憂いと悲しみを映し出していた。
「⋯⋯おい、アクス」
しかし反応を見せないアクスに、グリアムはベッドサイドにしゃがみ込み、焦点の合っていないアクスの瞳に自身を映す。
「起きろ、アクス。起きろって⋯⋯」
虚ろなアクスの視線とグリアムの視線が混じることはなく、アクスはずっと自分の世界に入ったまま、取り残されているようにしか見えない。グリアムは大きな溜め息とともに立ち上がり、その光景を黙って見つめているアザリア達へと向き直る。
「アザリア、悪かったな。こんな形で巻き込んじまって」
「いえ、パオラさんの機転が無ければ、アクスさんはどうなっていたか⋯⋯でも、この状況は許せませんね」
一命はとりとめたとはいえ、手放しで喜べない状況にアザリアの表情もすぐれない。
他のメンバー達も、ラウラの言っていた通り、ルーファス達への怒りに染まっていた。
「パオラ、アクスの容態は?」
「はい。【ノーヴァアザリア】の治療師様達の尽力で、命に問題はありません。散見された小さな傷も、今はすっかり綺麗になっています。ただ、この状態はどうしたらよいのか、正直お手上げ状態です。間違いなくお酒以外の影響です」
明言は避けたが、パオラの言葉からその元凶が快楽薬だと告げていた。断定的な言葉を避けてはいるものの、この状態を鑑みれば、そう考えるのが妥当だと誰しもが思っていた。
「なすすべなし……か」
「申し訳ありません。グリアム様と旧知となれば、きっと師匠とも……ですよね」
グリアムは視線だけ向けてパオラに同意を見せると、何もできない自分にパオラは悔しさを滲ませた。
「アクスがこの状態じゃ、聞き出したくとも何も聞けねえな。何が起こったのかも、わかりゃしねえ」
「あの、グリアムさん……ちょっと引っ掛かることがあるんですけど……」
アザリアはアクスを見つめながら口を開く。アザリアの表情は冷静で、怒り一辺倒だった先ほどまでと違う雰囲気を見せていた。
「何だ?」
「アクスさんのこの状態を、ルーファス陣営は知っているのでしょうか? エーリッヒの動きから、そうとは思えなくて⋯⋯」
「どういうことだ?」
アザリアの言葉に疑問が湧き、グリアムはアザリアに向き直す。
「今のアクスさんの状態で、何かを聞き出すことは不可能です。現に私達は、アクスさんから、何があったのかを聞き出せていません。ルーファス陣営は、アクスさんから何かしらの情報を得たいがために、監禁したはずです。ただ、この状態のアクスさんから、ルーファス達も情報得ることは不可能です」
「そらぁそうだろう」
グリアムが怪訝な表情を見せるが、アザリアは続ける。
「そうなると、ルーファス陣営が、薬を飲ませたと考えるのは矛盾が生じませんか? 情報を引き出せていないのは、エーリッヒの焦燥ぶりから伝わります。情報を得ていない状況で、アクスさんをこのような状態にしてしまう意味が、向こう陣営にはありません」
アザリアの言葉を、グリアムは頭の中で整理していく。
「⋯⋯ヤツらは情報を得たいのに、自ら情報を得られなくするようなことはしない⋯⋯か。んじゃ、だれがアクスをこうしやがった? 自ら飲んだってのか?」
「それは分かりません。ですが、ルーファス陣営は、アクスさんを再び捕らえて、情報を聞き出したいと考えているのは明らかです。そうでなければ、いきなりエーリッヒが【クラウスファミリア】の本拠地を訪れることはしないはずです。ルーファス陣営が、アクスさんの今の状況を知らない可能性は高いと思います」
「そうだとしてもだ、アクスのこの状態はどう説明する?」
「それはなんとも……」
どのような答えを導き出しても、どこかに矛盾が生じてしまい、アザリアもこれ以上の言及はできない。
「だが、アクスをこんなんにしちまったのは、状況から考えてルーファスやエーリッヒじゃねえぞ。エーリッヒの下で動いていたヤツがいるんじゃねえのか? エーリッヒ自身が、四六時中アクスにつきっきりって、考えるほうが無理あんだろう」
今まで黙って聞いていたシンが、口を挟んだ。アザリア同様、アクスに薬を盛った第三者の存在を口にする。その言葉に、グリアムは頭の中で状況を精査していく。
「……監禁に直接関わった野郎が、アクスに薬を盛った。たしかに、エーリッヒの下に実働隊がいてもおかしくはねえ。そいつらが、勝手にやった……そしてそのことを、エーリッヒは知らない⋯⋯」
グリアムの言葉に、見え始めた糸が点と点を繋ぎ始め、ここに集う者達の瞳に、徐々に力が宿り始めた。
「グリアムさん、どうする?」
考え込むグリアムにラウラが声を掛けると、グリアムがみんなを見回した。
「せっかくだ、ギルドも巻き込もうぜ。バルバラに声を掛ける」
「巻き込むってどうやって?」
困惑気味のラウラに、グリアムはニヤリと口角を上げた。
「まずは、言い訳できねえ状況で、エーリッヒの悪行を明るみにする。ギルドもそうだが、引き続き【ノーヴァアザリア】も頼むぞ」
「もちオーケー! ⋯⋯けど、どうするの? ギルドを巻き込むってどうやって??」
戸惑いを見せるラウラに、グリアムはさらに冷笑を深める。その笑みは、ルーファスに対する宣戦布告にも見えた。
「まずな⋯⋯」
グリアムが次の動きについて説明を始めると、全員が言葉を挟むことなく真剣な表情で耳を傾ける。
「⋯⋯やっぱり、グリアムは悪だくみが似合うねぇ~」
グリアムの策略を聞き終えたヴィヴィが、ニヤリと笑みを見せる。
「ヴィヴィちゃん、それって褒めてる?」
「褒めてる、褒めてる」
ヴィヴィとラウラが、その作戦にシシシと笑い合った。
アザリアが、パンパンと手を叩き作戦の始まりを告げる。
「早速、始めましょう。ラウラとヴィヴィさんで、ギルドへ連絡をお願い。シンとゴアで、馬車の準備を」
「オレは一度戻って、残っているやつらに現状を伝えて来る。またすぐに合流する」
「はい」
グリアムとアザリアはうなずき合い、アクスへの思いを乗せた反撃を開始する。
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「あれ? おっさん、いねえの?」
イヴァンとルカスが、【クラウスファミリア】の本拠地に帰還した。ルカスは帰還するなりすぐに、居間を覗き込む。
「ヴィヴィさんと一緒に【ノーヴァアザリア】の本拠地に行っています。パオラさんは、【ノーヴァアザリア】の本拠地で、アクスさんをつきっきりで診ている最中です」
「え?! アクスさん見つかったの?」
驚くイヴァンに、マノンは微妙な表情を見せた。
「はい。命に別状はないのですが、芳しい状況ではないようです。詳しくはグリアムさんが帰ってきたら、お話して下さると思います」
「そうなんだ」
イヴァンはそれだけ言って、胸のざわつきから言葉が出てこなかった。




