その再会は戸惑いを運ぶ Ⅱ
本拠地の居間が、マノンの言葉で静かになってしまった。アクスの状態が分からないという状況に、重苦しい空気が流れていく。
「あ? おまえらも戻ったのか。ちょうどいいタイミングだ。マノン、オッタとサーラはどうした?」
「部屋で休んでいます」
「呼んできてくれ」
グリアムは本拠地に戻るなり開口一番、居間に集合を掛ける。その圧からどこか焦燥を覚え、イヴァンとルカスも緊迫した空気に包まれた。
全員が揃うと、グリアムは、エーリッヒの招かれざる来訪とアクスの現状、そして次への動きについて静かに話し始める。
「酷い⋯⋯」
サーラは瞳に怒りを湛えながらも、アクスに憂いを見せる。他の者達も同様に、怒りと憂いを見せていた。
「で、オレ達はどうする?」
だが、オッタはすぐに話を切り替え、次への動きを模索する。
「夜目の利くおまえは、オレと一緒に来てくれ。ルカス、おまえも付き合え」
オッタとルカスは黙って頷く。自分達が何をすべきか、グリアムの言葉からすぐ理解した。
「僕とサーラはどうしましょう?」
「おまえらはここに残って、念のためマノン達の護衛をしておけ。向こうの動きが読めないからな、念押しは必要だ」
「分かりました。マノンさん達には指一本触れさせません」
「です!」
イヴァンとサーラは揃ってやる気を見せる。その源は明らかに、ルーファス陣営に対する怒りだった。
「とりあえず、ラウラとヴィヴィがギルドで、うまい事話をまとめるはずだ。すぐに動き出すぞ。今のうちに休んでおけ」
「あ! そうだ」
グリアムが話を切り上げようとすると、ルカスが思い出したかのように、胸のポケットから薬包紙をひとつ取り出し、グリアムの前に差し出した。
「何だこれ?」
「エーリッヒが、【ライアークルーク(賢い噓つき)】と組んで緩衝地帯でバラまいている快楽薬」
「はぁっー!? おま⋯⋯そういうのはもっと早く言えや」
「んだよ、言ったんだから、いいじゃねえか」
グリアムは、初めて見る快楽薬の現物を食い入るように見つめていく。
「よく手に入りましたね。ルカスさん、凄いですよ。ね、師匠」
「ああ、まあな⋯⋯」
こんな物で人がぶっ壊れるのか。
ベッドの上のアクスの姿が頭の中で蘇り、まじまじと見つめる小さな薬包紙から恐怖を感じてしまう。
「イヴァンも【ライアークルーク】の猫についていったのは、いい判断だったな」
オッタの言葉に、イヴァンは少し照れているような素振りを見せるが、すぐに真剣な表情を見せていく。
「僕の場合はたまたまだよ。ルカスくんがいなかったら、手に入らなかったしね」
謙遜するイヴァンを横目に、グリアムは薬包紙に手を伸ばす。
「こいつが、ヤツらを潰す切り札になるかもしれん。貰っていくぞ」
「好きにしな」
ルカスは興味なさそうに、ソファに体を投げ出す。そんなルカスとは違い、グリアムはこの小さな薬包紙をどう扱うべきか、脳をフル回転させていた。
「オレはこのまま、【ノーヴァアザリア】の本拠地に行ってくる」
グリアムは、その薬包紙を丁寧に胸ポケットにしまい、休むことなく【ノーヴァアザリア】の本拠地へと戻って行った。
□■□■
「えっー!!」
「しー! ミアさん、声大きいって」
「ご、ごめんなさい。そうですか⋯⋯アクスさん、無事に保護されたのですね⋯⋯良かった」
ラウラとヴィヴィの報告に、ミアがホッと胸をなで下ろし、張り詰めていた表情が緩んでいく。だが、その表情にヴィヴィとラウラは、ばつの悪さから表情を曇らせた。
「安心したところ悪いんだけど、手放しでは喜べない状況なんだよね」
「アクス、薬で頭をやられちゃって、なんかもう⋯⋯ね」
ラウラとヴィヴィが、言いづらさから言葉を濁してしまう。ミアの緩んでいた表情も、ふたりの様子から、何か手放しで喜べない状況だとすぐに悟った。
「薬ですか?」
「そう。ほら、ラウラ説明してあげて」
「わかった⋯⋯ヴィヴィちゃんとパオちゃんが、アクスさんを連れてウチの本拠地に飛び込んで来たんだ⋯⋯」
ラウラが事の経緯を話し始めた。ミアはしばらくの間驚愕の表情で耳を傾けていたが、徐々に落ち着きを取り戻していく。そして、エーリッヒという、ギルドの負の部分に触れ、憤りと共に困惑を見せた。
ルーファス陣営の愚行はこれまでも耳にしていたが、どこか現実味がなく、その時は受け入れることもできた。いや、受け入れたと思っていただけかもしれない。実害がなかったことで、どこかお伽噺でも聞いているような、非現実的な感じだったのかもしれない。
だが、実際にアクスが壊された。身近な人間に実害が生まれれば、お伽噺は一気に現実へと引き戻される。困惑、憤り、それと同時に恐怖も感じ、ミアから柔和な表情を奪っていった。
「本当なのですよね⋯⋯」
「だね。信じたくないだろうけど、今のギルドはヤバいよ。どこまで信用できるか分からない」
ミアをフォローしてやりたいが、フォローできる言葉をラウラも、ヴィヴィも持ち合わせていない。現実をつきつけ、次へと動くしかなかった。
「ねえ、ミア。バルバラって呼べる? グリアムの策略にバルバラが必要なんだ」
ヴィヴィがテーブルの上で、グイっと顔を寄せる。ミアがすぐに大きく頷いて見せた。
「ちょっと待っていただいてよろしいですか? アクスさんが絡んでいる話なので、すぐに来ると思います」
そう言ってミアはすぐに部屋を出ると、言葉通りバルバラを連れて戻って来た。
「アクスがみつかったって?!」
小部屋に飛び込んで来たバルバラから、いつもの落ち着きが消えている。それだけずっと心の中で慮っていたのだろう。
「総長、落ち着いて。とりあえず座って話を聞かせてもらいましょう」
側近のルゴールが長身を折って、バルバラのために椅子を引いた。
ヴィヴィとラウラは、また事の経緯を話していく。バルバラは努めて冷静を装うが、その表情からルーファス陣営への憤りは漏れ出ていた。
「それで、私は何をすればいいの?」
「その言葉を待ってたんだ。バルバラさんには、アクスさんの面倒をここの医療棟で見て欲しい」
「そんなことでいいの? もちろん構わないわ。むしろ、こちらからお願いしたいくらい」
バルバラの言葉にラウラはしてやったりとばかりに口角を上げる。その表情はどこか冷たく、ルーファス陣営への怒りを見せた。
「それでミアには、アクスが戻って来ることを、それとなくギルド内に広めて欲しいんだって」
「それは構いませんが、なぜでしょう?」
「ん~。なんか、グリアムが考えているみたい」
「考えですか?」
ミアが、ヴィヴィに困惑の表情を向けると、ラウラが割って入った。
「ヴィヴィちゃん、それじゃ分からないって~。バルバラさんにも聞いて欲しいんだけど⋯⋯」
ラウラはそう言って、グリアムの策略を話し始めた。
□■□■
土砂降りの中、幌のついた馬車がギルドの裏口に横付けされると、フードを深く被った男が両脇を抱えられながらギルドの中へ消えていく。その項垂れた姿から、顔を拝むことはできないが、体から力が抜け落ち、その姿から生気はまったく感じられない。そして中に入ると、バルバラ達が待ち構えていた。
「おかえりなさい」
バルバラの声色が優しく響く。
側近のユーリアとルゴールが、項垂れている男を受け取り、両脇を支える。そして体を引き摺るようにして、医療棟へ向かった。
騒ぎを聞きつけたギルドの職員達が、その光景を野次馬のように覗き込む。
「アクスさんが見つかったらしいよ」
ミアが隣にいた職員に声を掛けると、その言葉は驚きと困惑を持って、瞬く間に広がっていった。




