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そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
その暗闇での模索

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209/230

その暗闇での模索 Ⅸ

 グリアムが居間の扉を静かに開けると、体を寄せ合っている三人がビクっと体を震わせた。


「すまん、驚かせたか」


 グリアムが声を掛けると、マノンは安堵の溜め息を漏らし、三人は強張っていた体を緩めていった。


「いえ。終わったのですか?」

「とりあえずな」

「とりあえずですか⋯⋯」


 歯切れの悪いグリアムの言葉に、マノンも煮え切らない表情を見せる。何が起こっているのか分からない状況で、肩を寄せ合っていたマノンの晴れない心持ちは、グリアムも十分に理解できた。


「それと、ヴィヴィとパオラは、テールを連れたまま【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】に寄り道中だ。結果的にそいつが功を奏したけどな」

「そ、そうなのですね?」


 寄り道が功を奏したと言われても、マノンにはピンとこない。だが、そういうものだと自身を納得させた。


「功を奏した、か⋯⋯それがそうとも言い切れないんだよね」


 ラウラの煮え切らない表情と、歯切れの悪い物言いにグリアムの表情は曇る。


「どういうことだ?」

「さっき、アイツらがいたから言えなかったけど、ヴィヴィちゃんとパオちゃんのふたりが、倒れていた人を拾ってさ、ウチに飛び込んで来たんだ⋯⋯。で、その倒れていた人ってのが、アクスさんだったんだよ」


 グリアムは驚きとともに安堵する。だが、煮え切らないラウラの物言いに不安をすぐに感じ取った。


「アクスの野郎は大丈夫なのか?」

「命に別状はないよ。パオちゃん達が診ているし、そこは心配ない。ただ⋯⋯」

「ただ⋯⋯何だ?」


 言い淀むラウラに、グリアムは怪訝な表情を見せる。


「心が壊れているみたい。こちらからの反応もないし⋯⋯まるで緩衝地帯(オアシス)中毒者(ジャンキー)みたいだよ」


 緩衝地帯(オアシス)に広がる、人であることを捨てた者達の光景がグリアムの頭を過る。項垂れ、言葉にならない静かな呻きをあげている姿は、頭がキレ、皮肉ばかり言っていたアクスの姿からもっとも縁遠かった。


「⋯⋯マジか」


 なぜ? どうして? というより、信じられないという言葉が先にきてしまい、グリアムは現実を受け入れる事ができない。生存が確認できて良かったはずなのに、ラウラの報告はグリアムを陰鬱な気分にさせた。


「それにさっきのアイツらも、気味悪いよ。何? 犬が人を襲ったから調べさせろ? 何それって感じ。理由がおかし過ぎだって。ギルドの名を出せば何でもいいと思ってんのかな?」


 アクスのことで頭がいっぱいだったグリアムも、ラウラの言葉に我に返り、先ほどのやり取りを思い返していった。


「⋯⋯エーリッヒ(アイツ)が、アクスを逃がしたんだ。ルーファスから指示を受けて、あの野郎が、実働部隊として動いて監禁していた。だが、アクスが逃げたことで、野郎の面子は丸つぶれ⋯⋯そして、唯一と言っていいアクスとの繋がりのあるオレを嗅ぎ付けた。アクスがここにいると踏んで、カチこみやがった⋯⋯」


 グリアムは思ったことを口にしながら、思考をまとめていく。ラウラもそれを聞きながら、納得を見せる。強引な訪問理由も、自身のミスを帳消しにするための、アクス捜索だったと考えると合点がいく。そしてそこには、間違いなく大きな焦りを伴っていたのだろう。


「ミスって、アクスさんを逃がしたから相当焦っていたんだね。そんで、ここにアクスさんがいようといまいと、【クラウスファミリア(クラウスの家族)】を犯人に仕立て上げるつもりだったとか⋯⋯」

「アクスを逃がしたとしても、逃がした犯人を見つけたとなれば、テメェの保身にはなるわな。でっち上げだったとしてもだ」

「なかなかクズいね」


 アクスとオレが、繋がりがあるのは把握済みか。


 グリアムは、自身の存在が彼らを呼び寄せたかも知れないと考え、ラウラは眉をひそめ、不快感を隠そうとしなかった。


「だが、そこに【ノーヴァアザリア】というイレギュラーが現れた。【クラウスファミリア】程度の小せえパーティーならどうとでもなるが、【ノーヴァアザリア】となれば話は違う。ラウラがここに現れたことはむこうにとっちゃ、大誤算だったんだろう。また助けられちまったな」


 自分に呆れて見せるグリアムに、ラウラは鋭い眼差しのまま答えた。


「そんなことないよ⋯⋯つかさ、人を廃人にするようなマネをする輩に、ウチらみんなブチ切れてるんだよね」


 憤りを隠さないラウラと、アクスの状態を慮るグリアムの複雑な表情は居間の空気を重くする。マノンがその空気を変えようと、口を開く。


「そ、それでアクスさんはどれくらいで治るのですか? 早く元気になるといいですよね」


 努めて明るく言い放つマノンに、ラウラは黙って首を横に振る。それは絶望的な答えでもあった。


「⋯⋯そうですか」


 ラウラの無言の返答に、マノンは肩を落とし、重い空気に沈んでいった。


「ただいま戻りました。ヴィヴィさんとパオラさんは、いませんでした⋯⋯あれ? ラウラさん??」


 重い空気の中、サーラとオッタが帰宅した。帰宅早々の居間の重い空気とラウラの存在に、ふたりは少しばかりの困惑を見せる。


「ヴィヴィとパオラは【ノーヴァアザリア】の本拠地(ホーム)にいる。そこにアクスもいる」

「そうか。どうりで、探してもいないはずだ⋯⋯って、アクスもか?」


 珍しく驚きを見せるオッタに、グリアムは厳しい表情のまま、テーブル椅子を指差した。


「まぁ、とりあえずふたりとも座れ」


 グリアムは困惑を深めるサーラとオッタを座らせ、事の経緯を話していった。そして、話を聞いていくふたりの表情は、みるみるうちに険しくなっていた。


□■□■


 音を吸い込んでしまう壁に囲まれ、吐息さえうるさく感じるほど静かな空間に、燭台の仄かな灯りが人影を小さく揺らす。その静けさと暗がりが、跪いている緑髪のエルフの恐怖を煽る。簡素な椅子に腰を掛けていた青髪の男が、長い髪をゆらりと揺らしながらゆっくりと腰を上げ、跪く緑髪のエルフに一歩近づいた。


「エーリッヒ、どうした? 君らしくない」


 その言葉に感情は一切乗っておらず、言葉の真意を理解できない。エーリッヒは床を見続け、これから起こるかも知れぬ痛みを想像し、顔を上げる事ができない。静かな恐怖はエーリッヒから冷静さを失わせ、どう答えるべきか考えあぐねてしまう。


「ルーファス様、申し訳ございません」

「謝罪を聞きたいのではない。私は“どうした?”と訊いたのだよ」


 下げている頭をさらに下げるエーリッヒを見つめるルーファスの瞳は、何かを憂いているかのような悲しみを映している。壁際に立っているノーラと大柄なエルフはその光景にいたたまれない気持ちになっているのか、まっすぐ前を向きルーファスとエーリッヒを、意識的に視界から外していた。だが、ルーファスの後ろに居並ぶエルフ達は、その光景を冷静に見つめている。


(早く終わってくれないかね)

(ヴィラ! 黙って)

(はいはい)


 大柄なエルフの囁きに、ノーラは視線だけを動かし釘を刺す。ルーファスの側近である、ノーラとヴィラを駆り出しておいて何の結果も出せなかったのは、エーリッヒの勇み足であり、大きなミスだった。


「⋯⋯アクスを手助けした者は、分かっております」

「ほう」

「【クラウスファミリア】で間違いないと。すぐに動いてアクス奪還を試みましたが、奪還にはいたりませんでした⋯⋯申し訳ありません」


 頭を下げたままのエーリッヒは必死に答えた。見下ろすルーファスの表情は微動だにせず、その様子をチラリと覗いたヴィラが、大仰に体を小さくして見せる。


(怖いねぇ)

(黙ってろ)


 ノーラはヴィラの脇腹に肘を打ち付けた。


「なぜ? そこまで分かっているなら事は簡単なのでは?」

「【ノーヴァアザリア】というイレギュラーが登場した結果、こちらの思惑は潰えてしまいました」

「【ノーヴァアザリア】⋯⋯ですか⋯⋯。しかし、困りましたね、裏で手を引いた人間は分かっているのに、その証拠を握る者を手放してしまうとは。外堀を埋めて逃げられない状況を作りたかったのに、難しくなってしまいました⋯⋯エーリッヒ、どうしたらよいでしょう?」

「は、はい、申し訳ありません」

「そんなことは聞いていませんよ」


 震え上がるエーリッヒに、見下ろすルーファスの視線は、ますます冷めていく。頭上から感じる冷たい圧に、エーリッヒは震えを抑えるのに必死だった。


「アクスの居場所を突き止め、確実な証拠を手に入れてみせます」

「そう! その言葉が聞きたかった」


 ルーファスは腰を落とし、ポンとエーリッヒの肩に手を置く。エーリッヒは、ビクっと小さな反応を見せ、下げている頭をさらに深々と下げて従順な姿を見せた。


「はっ!」

「ノーラ、ヴィラ、あなた方もエーリッヒに力を貸してあげなさい。今までが優し過ぎたかもしれません、多少強引にいっても良いかもしれませんね」

「「はっ!」」


 壁際のノーラとヴィラも、ルーファスの言葉に体を90度に折り従順を表す。

 ルーファスの表情は動くことはなく、その真意がどこにあるのかエーリッヒ達にも分からないままだった。


「⋯⋯【ノーヴァアザリア】ですか⋯⋯ますます、慎重にいかねばなりませんね」


 ルーファスはポツリと呟きを残し、またゆっくりと腰を下ろしていく。だが、そのあえてとも取れる緩慢な動きに、少しばかりの焦燥が垣間見えた。



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