7月29日 ―25―
「太郎、今日はお疲れさん。『彩』の今後の予定について話しておこう」
先程までとは別人の様にキリッとして話し始める。
「次の公演は一昨日話した学園祭でのライブだ。その後は今日行った介護施設へ行く。これは、今日アリアが行けなかった分の埋め合わせとしてだな。向こうもこちらから申し出たら是非にと言ってくれた」
「それじゃあ、ライブのための、準備をするんですね?」
俺が尋ねると譲司さんが頷いて答えてくれる。それに対して彩さんが質問する。
「でも準備って何をするの? いつもと勝手も違うでしょ?」
「ああ。今回は音源を持ってくんじゃなくて、生で演奏をしようと思っていてな。それで、亮の知り合いのバンドに協力してもらおうと思っている。今回だけって訳じゃないんだけどな。いつも亮に協力して音源を用意してくれているようだから」
「あらー、亮ちゃんの知り合いに一緒に出てもらうってことー?」
「そのつもりだったんだけどねー。気が変わったかなー」
麗華さんの疑問に佐橋さんが答える。その回答に譲司さんが反応した。
「どういうことだ? 聞いてないぞ?」
「言ってないからねー。気が変わったのさっきだし」
「それで、どうするの?」
彩さんが先を促すと佐橋さんが一息。そして答える。
「今回のライブは『彩』のメンバーだけでやりたいかなって。お祭りだしねー。だから、彩ちゃん。僕の知り合いの所でドラム習ってきて」
「は?」
彩さんが、佐橋さんの言葉に意味がわからないと言った感じで返す。
「何で私?」
「譲司さんはベース出来たよね?」
「ああ。麗華もそうだが、昔に少し楽器をいじってみたことがあったからな。やる必要があるなら、それまでに十分に形にするさ」
「じゃあ、やっぱりドラムでー」
「だから何で?」
「うーん。深い理由はないんだけどねー。その方がやってて楽しそうだから、かなー。どう思う、太郎君?」
佐橋さんが急に俺に話を振ってきた。
いきなり話を振られても!
少し考えてから言葉を返す。
「そうですね。いいと思いますよ。彩さんがいいなら、やって欲しいです」
少し思い浮かべてみた。アリアちゃん含め、家族みたいなこの人たちが揃ってステージに立つ姿を――参ったな。まだ彩さんが承諾してないのに、楽しみになってきてしまった。
「太郎さんがそんな顔すると断れないじゃない。いいわ。何か始めようと思ってたところだし、一つはそれにする。アリアも喜びそうだしね」
彩さんが、溜息吐いてから了承してくれた。
引き受けるつもりだったんでしょう? なら、俺のことは放っておいてくれても良かったじゃないか……。
「いやー、じゃあ決まりだねー。いいよね、譲司さん?」
「ああ。面白そうだ。いいぞ。まだ二ヶ月あるし、十分形には出来るだろ。というか、する」
譲司さんからも許可が下りた。アリアちゃんがこの提案を突っぱねるとは思えない。なら決まりだな。二ヶ月で人前に出れるようにするのは大変だと思うけど、彩さんには頑張って欲しい。
「じゃあ、なんとかするということでー。さて、太郎君。人事のような顔してるけど、君も彩ちゃんと行って来るんだよ?」
「え? 俺ですか?」
「そーそー。ギター弾けるようになっといてー。太郎君の場合は、初対面の人にちゃんと教えてもらえるかも課題だよね。人との対話の練習だよ」
「はい……」
対話は大事ですよね。練習はするべきですよね。やれと言われたからには、頑張ろう。
「それでー、亮ちゃんは何をするのー?」
「僕は何やろうかなー? 適当に決めるよー。麗華さんも混ざる?」
「あらー、いいのー? でも、私に出来る楽器ってバイオリンしかないわよー?」
「母さん? 軽く乗り気みたいだけどバイオリン云々よりお店で忙しいでしょ?」
「そうねー。楽しそうだけど、彩ちゃんの言う通りお店があるのよねー」
「麗華のバイオリンなら、そこまで時間を割かなくても人前に出せると思うぞ。いいじゃないか、祭りに混ざるために少しだけ休んだって。なあ?」
最後の言葉を、譲司さんは来ているお客さん達に投げかけた。お客さん達の方を見ると揃って笑顔で頷いていた。
「そういう訳だ。いいだろう、彩?」
そして、譲司さんは最後の壁であろう彩さんに同意を求める。
「……そうね。どうせだから、皆でやりましょうか。母さんを除け者にして拗ねられても困るし」
「素直じゃないわねー、彩ちゃん」
彩さんが添えた理由に麗華さんが苦笑する。
「バイオリンかー。皆が知ってるような曲をやるつもりだから、どういう風に盛り込むのか考えないといけないなー」
「無理しなくていいわよー? 私は皆の舞台見るだけでもいいものー」
「いやー、無理じゃないよ? むしろ、そういうの好きだからさー。楽しみかなー。僕のセンスが問われる所だよねー。メロディラインを引いてもらうだけじゃ面白くないからねー。早めに曲決めて、麗華さんにも練習してもらう時間を作らないとねー」
そう言う佐橋さんは嬉しそうだ。本当に楽しみなんだろうな。これを言いだしたのも佐橋さんだし。それにきっと、彩さんがこれに参加するのも今までならあり得なかったことなのだろう。それも理由なのだと思う。
「まあ、あれだよね。僕らが楽しむのは当然として――聞いてくれた人に、それと依頼をしてくれた人に楽しんでもらう。次もって思わせることが目標ってことで」
「そうだな。学祭だろうが、目指す所は今までと変わらない」
「頑張らないといけないわねー」
麗華さんの言葉に皆で頷く。
それから、俺達の話は今後についての具体的な内容に移って行った。
そうして、今後の予定について話していると、気付けば閉店時間になっていた。閉店は夜の六時。夜は居酒屋に客が流れるからやらないのだとか。商店街の常連はそれぞれ家に帰る時間でもある。
今日は、夕飯を俺が作ることになった。俺が朝食を今後作らせてもらうという約束を覚えていてくれた麗華さんが、夕飯で任せてもいいか審査をすると言ったからだ。夕飯では、アリアちゃんも降りてきて一緒に食事を取った。
結果から言えば、見事に朝食を作る権利を勝ち取った。この人達のために朝食を作るのは楽しい。だから、許可を貰えたのは素直に嬉しかった。
食事を終えて家に帰って、今日を振り返る。
やれたこと、知ったことがあった。やることもできた。
俺は期待し、楽しみにしている。
今後は、忙しく、でも、充実した日々を送れるのだろうな、と。
7月29日は、ここで終了です。
次話からエピローグになります。
読み返して、オラに音楽の知識を分けてくれ!って思いました……。