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7月29日 ―24―

「譲司さんが起きたみたいねー」

 言われて振り返ると、客引き人形が不思議そうに辺りを見回していた。

「そう言えば、頭にあったお盆って、どうしたんですか?」

 佐橋さんが運んで行く時には刺さっていたはずだ。気になって麗華さんに尋ねてみた。

「お盆? あれねー。親切なお客さんが引っこ抜いてー、持って来てくれたわー」

「親切な、お客さん?」

「ええ。商店街の肉屋の奥さんねー。時間があるとご近所さんと遊びに来てくれるのよー」

「それで置物の上にお店の物が置きっぱなしですよって、持って来てくれたんだよ」

「まあ、良くあることよね」

 この店の常連がおかしいのか、この店がおかしいのか。……おかしいと感じてる自分が一番おかしい気がしてきた。彩さん、譲司さん見て何も言わないと思ったら、そういうことだったんだね……。

「――、頭痛ぇな。可愛いアリアのために食事の用意をしていたのに何であんな所に居たんだ、俺?」

 軽く頭を摩りながら譲司さんがこちらに歩いてくる。

「あらー、譲司さん、客引きありがとうねー」

 麗華さんが譲司さんの労をねぎらう。それ、譲司さんが望んでやった訳じゃないです。役に立ったのかも謎です……。

「ん? あ、ああ。いや、大したことじゃない」

 何で普通に自分が客引きを引き受けたことを受け入れてんの! 記憶無いでしょうに……。

「それより、アリアの飯はどうしたんだったか?」

「やだなー、譲司さん。譲司さんが客引きをやることになったから、太郎君が作って持って行ったじゃないかー」

 大筋間違ってないけど原因を言ってないですよ、それ。

「……そうだったか? そうだったな。太郎に涙ながらに譲ったんだ」

 叩かれ過ぎて、整合性を取るための記憶補完法が確立されてませんか?

「まあ、何でもいいか。彩、戻ってたのか? アリアの所に居なくていいのか?」

 若干違和感を覚えている風でもあるが結局気にするのは止めたようで、そのまま俺の右隣りに腰を下ろす。

「その話、父さんが客引き中に済ませちゃったから」

「何だよ、冷てぇな。もう一回してくれてもいいだろうに」

 譲司さんが彩さんの言葉に少し不貞腐れたように返す。それを見た麗華さんが口を開いた。

「彩ちゃんがー、何度も話すのは照れくさいみたいだからー。要点だけ言うわねー」

「おう。頼む、麗華」

「彩ちゃんはー、もう大丈夫だってことよー」

 確かに要点はそこだけど、それだけ……?

「そうか。それはいいことだ。彩が大丈夫だって言うなら理由は何でもいいさ」

「父さんがそれで良いって言うなら本当に説明しないわよ」

「構わないぞ。理由は重要じゃないからな。お前が大丈夫だって言える、言えたことに意味がある。俺はそれだけで十分だ。それじゃお前が納得いかないのなら話せばいいさ」

「そう。じゃあ言わない。それだけで十分って言ってくれるのなら敢えて言う必要はないわ。私、父さんのこと嫌いだしね」

 最後に彩さんが、冗談めかして付け足す。それを口にすることもこれまではなかったのか、皆少し驚いた風だ。

 一人、驚きの意味が違うみたいだったが……。

「れ、麗華……、彩が、俺のこと、き、嫌いだって……」

「あらー、譲司さん。まさか好かれてると思ってたのー? 彩ちゃん早く言っちゃえばいのにって、ずっと思ってたわよー。ねー、亮ちゃん?」

「そうだねー。その辺も彩ちゃんがああだった理由かと思ってたから、なら言っちゃえば楽になるんじゃないかなーって思ってたよー」

「……この話は、終わりにしよう。大事なのは今までじゃなくこれからだ」

 知ってしまった事実に耐えながら、譲司さんが声を絞り出す。

「ならば彩との絆を取り戻すために、アリアと同じようにこれからは接しよう」

「止めて。気持ち悪い」

「なっ……」

 彩さんの言葉に譲司さんは止めを刺された様に俯いて動かなくなった。

「譲司さん、油断大敵だよー? 娘がいつまでもパパ大好き! なんて言う訳ないじゃないかー。それでも何とかしたいなら、もっと努力するべきだったねー」

 佐橋さんが笑顔で追い打ちをかけた。だが追い打ちに抗うように譲司さんは顔を上げる。

「今からでも遅くないよな?」

「彩ちゃんの好感度の話ならー、もう無理よー。年頃の娘への父親の過剰な愛情なんてー、嫌がられるだけよー? いいからー、今まで通りに接してあげてねー」

 麗華さんの言葉に譲司さんが再び俯く。何だか不憫になってきた。

「まあ、手遅れだったということでー。それより、譲司さんは『彩』の今後の活動について太郎君に教えてあげる予定だったでしょ? そろそろ働いてくれないかなー?」

「……わかった」

 譲司さんが低いトーンで了承の回答をする。その後、両手で頬をピシャピシャと叩いていた。

 気持ちを入れ替えているのだろう。

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