7月29日 ―23―
話に区切りを付けてお店に入る。お店にはお客さんがちらほら入っていた。カウンターの中に麗華さん、席に佐橋さんが座っている。
一人足りないと思い入口に目を向けると、まだ譲司さんは客引き人形をやっていた。見なかったことにして佐橋さんの隣に座る。彩さんはカウンターの中に入って行った。
「アリアちゃんはー?」
座ったところで麗華さんに問われた。
「さっき、話し終って、また寝てます」
「それで、今日の報告は出来たのかな?」
麗華さんに答えると今度は佐橋さんが聞いてきた。
「ええ。大体は彩さんが話してくれてたみたいで」
「そっかー。でも、誰か居てあげなくてよかったのかい?」
佐橋さんが今度は彩さんの方を見て尋ねる。
誰かって、視線が物語ってますよ。
「何か用があったら電話するように言って、携帯置いてきたわ」
「そうなのー? わかったわー。それで、何のお話してたのー?」
「それは秘密よ。恥ずかしいから。でも、母さんにも言っておくことがあるの。そのために私は下りて来たから」
「なにかしらー?」
麗華さんの問いに、彩さんは一息ついて意を決したように言葉を紡ぐ。
「母さん、今まで、ごめん。もう大丈夫だから」
彩さん、端折り過ぎて何も伝わってない気がするよ……。
「あら? あらあら? 彩ちゃん、今のはもしかして、お店と、アリアちゃんにべったりだったことを指してるのかしらー? 他に、彩ちゃんにそんな風に謝られるようなことは、思いつかないのだけどー?」
伝わっていた……。親父もたまにこういうことしてくるけど、親子って凄いな。
「他にも色い――、何でもないわ。そうよ。それで、まだ何するか決めてないけど、お店を離れて大学の方で何かしようと思ってるんだけど――」
彩さんが何か言いかけていたが、色々って言うほど謝ることをやっているのか……。
「いいわよー。全然、いい。むしろ、嬉しいわー。あと、色々は後で確認取るわねー。でも、一応確認しておきたいんだけどー」
「何?」
「熱とかないわよねー? もしかしてー、アリアちゃんの風邪うつっちゃったとかー?」
「どういう意味よ!」
急に大声を出す彩さん。
お客さんが居るのに……。
そう思ってちらっと様子を窺うと、皆さん気にせず談笑を続けていた。常連さんなのだろうか? よく訓練されている。
「もうー、大きな声は迷惑よー、彩ちゃん」
それを麗華さんが言うのだけは、してはいけない気がした……。
「じゃあー、さっきのは本気で言ってるってことでいいのねー」
「そうよ」
彩さんが若干不機嫌そうに答えると、麗華さんがさらに続ける。
「じゃあ、もう一つ確認よー。何かって言ってたけどー、一人カラオケじゃないわよねー?」
何でそんなこと聞くんですか? その質問には悪意しか感じない……。
「そんな寂しいことしないわ」
今度は冷静かつ淡泊に彩さんが答える。
何でそんなに軽いの? ここは先程以上にヒートアップするところだと思うんだけど?
一人カラオケの何が悪い! って言うべきだよね? 言おうよ! いや――俺が言う!
「一人カラ――」
「ならいいわー、彩ちゃんの思う様にしていいのよー。お店は、暇な時に出てねー。……あら? 今、郎ちゃん何か言ったかしらー?」
「いえ、……何も」
少し、今のは堪えたが、それよりも重要なことがある。
俺の横で忍び笑いを漏らす佐橋さんをどうしてくれようか?
「何ですか? 佐橋さん」
軽く睨みながら言うと、佐橋さんが急に真面目な顔になって言う。
「太郎君に期待して良かったと思って」
俺にだけ届く声でそう呟くと、またいつも通りの笑い顔に戻った。
急に変わるのも止めて欲しい。こちらの調子が狂ってしまう。まあ、佐橋さんの期待に答えられたのなら何よりだ。
そんなことを考えていると、彩さんが話を進める。
「それとね、母さん。太郎さんがお店手伝いたいって」
「あらー、郎ちゃんがー?」
「あ、はい。私的な理由で、悪いんですけど。使って、くれませんか?」
「んー。私的な理由ってー? お世話になってるからとか言っちゃ嫌よー」
確かに俺が言いそうな理由としてドンピシャですけど、今回は違うんです。
「あの、会話の練習に」
「会話の練習?」
麗華さんが小首を傾げる。いまいち俺の言っていることは伝わってないみたいだった。
「ああ。わかったよ、麗華さん。太郎君はリハビリの場所にお店を貸してって言ってるんだよー」
リハビリって言いたくなかったんですから、わかったのなら他の言葉で言って下さいよ!
「会話、リハビリ……。あらー、お姉さんわかったわー。コミュニケーション能力が彩ちゃんの胸くらいしかない郎ちゃんがー、コミュニケーション能力を取り戻すために接客するのねー。いいわよー、思う存分やってねー」
理由を把握した途端にあっさりと承諾してもらえた。何だか一瞬危険な例えが出た気がしたけど、気のせいだろう。俺のコミュ力と同程度ってことは実用には足るってことだろうし。
……実用ってなんだろ?
「母さん? 今、聞き捨てならないこと言わなかった? 言ったわよね? 誰の胸が皆無ですって?」
「皆無じゃないよ!」
叫んでいた。その事実に気付いて思わず、振り返って店内を見回す。店内は先程確認した時と変わらず、平常運転といった様相だ。
……本当に、よく訓練されている。
「郎ちゃん、過大評価よー、それ。郎ちゃんのコミュニケーション能力を過大評価するとー、彩ちゃんの胸も膨らむ訳ねー」
過大評価って……。
俺はコミュ力をシリコンで誤魔化すような真似をしようとは考えてない――んだと思う。思いたい。
「……た、太郎さんの、コミュ二ケーション能力は充分に――じゅうぶんに、じゅうぶ……、駄目……。我が身可愛さに、太郎さんのためにならない嘘は吐けない――やっぱり、太郎さんのコミュ力は皆無です……」
「だから、皆無じゃないって」
慎ましいかもしれないけれど、皆無じゃないんだ、信じて欲しい……。
「あらー、郎ちゃんの表情から察するにー、彩ちゃんの胸は慎ましいけどー、皆無じゃないってフォローしてくれてるわよー」
「それは――振り切れてない分、現実を突き付けられている様で辛いわね……」
彩さんが軽く項垂れる。
ごめんなさい。ただ元々は俺の話だったはずだから。悪いのは麗華さんだから。
「まあ、どうでもいいけどさー。結局、太郎君は――」
「「どうでもよくない!」」
彩さんと声が被った。
佐橋さん、本当にどうでもいいと思ってるんだろうなあ。でも、俺としては大事なことだ。恐らく彩さんにとっても。
「二人とも仲いいねー。まあ、どうでもいいけどさー。結局、太郎君はここで働くってことでいいのかなー?」
だが、佐橋さんは気にした風もなく言い直した。本当にこの人は……。
「そうねー、さっきも言ったけど、郎ちゃんはウチで好きなよ――、あら?」
前話でやっとタイトルが出せました。
むしろ、そこからタイトルを取ってきたんですけど。
終わりが近づいていますが、もう少しお付き合いください。