7月28日 ―14―
掃除を終えて、今度は親父の飯を作り置きするためにリビングへ戻る。
「親父、洗濯物が一回じゃ終わらなかったから、自分であと二、三回は洗濯機回すことになると思うぞ。一回目を干すまではやっとくから、残りは自分で頼む」
「はいよ。ご苦労さん、太郎」
「本当に、親父のせいで苦労したよ」
溜息も吐きたくなる。
「兄ちゃん、タカアキからトイレの割り箸の使い道聞いたよ。やっぱり、ご飯食べるために使うんだって」
トイレに置いてあった箸で飯を食うなんて。こんなのが俺の親なのか……。いや、そもそもトイレで飯を食うことからして俺からしたらあり得ない訳だが。
「そんな呆れた目で見るなよ、太郎。結構大事なんだぞ。一回、飯の途中で箸を落としてしまったことがあってな。トイレに落ちた箸なんか使えないから、どうしたものかと。それから僕は学習した訳だ。トイレに予備の箸があればいいんだと」
「トイレに落ちた箸は駄目で、トイレに置いてあった箸はアリの線引きが納得出来ないんだが。そもそもトイレで飯を食うなよ」
「飯を食わなきゃ、力が出ないだろう? だが、限られた時間の中で催してしまったら、それはもう仕方がないじゃないか」
「駄目だ、却下だ、ありえない。割り箸は処分しておくからな」
「なにもそんなに言わなくてもいいじゃないか。二人とも言ってやってくれ。細かいことを気にしすぎだって。そんなに喚くようなことじゃないだろう?」
親父が言って、二人のお客さんに目を向けた。
「ここでタカアキの味方をすると、あたしの品性まで疑われそうだよ、兄ちゃんに」
「隆昭さん、何で、その、トイレに落ちたお箸が使えないと思う感覚はあるのに、そんなこと出来るんですか?」
親父に対して随分な言い方だな、二人とも。いいぞ、もっとやれ!
「二人と仲良くなったみたいじゃないか、親父」
「だが、太郎。ここで、太郎の側に立つ二人を本当に仲良くなったと言っていいのだろうか? まあ、彩華ちゃんみたいな美人の冷たい目は中々――」
「黙ってろ、変態。俺の味方とかじゃなくて常識を持ってるだけだろ」
今の親父の発言は聞き捨てならないな。何も考えずに二人の相手をさせていたが、失礼なことしてないだろうか?
「安心しなよ、兄ちゃん。兄ちゃんがお掃除始めてからの話でタカアキが変なのは、すぐにわかったから」
「そうね、湊さんへのプロポーズの言葉の候補とか酷かったわよね」
彩さんが、母さんの名前を口にした。
いいことだと思う。母さん、基本的に自分のことを名前で呼ばせたがるから。
それよりもだ。今日初めて会った人にプロポーズの話とかするなよ。恥ずかしい。そして、俺もその話は聞きたい。二人をして変態と言わしめたプロポーズとか、そんな話は親父からは聞いたことが無い。
「親父?」
「ああ。母さん、俺とお前以外には徹底して名前で呼ばせてたって話したら、二人が自分達も名前で呼んでいいかって」
「駄目、だったかな? 兄ちゃん」
「駄目な訳、ないよ。むしろ、そうして欲しい。でも、そうじゃなくて、プロポーズの話が、気になって、親父に聞いたんだけど……」
「息子に言うのは恥ずかしいんだよ。知りたいなら、二人に聞きな。あ、でも、真面目なのは間接的にでも恥ずかしいから教えないでおいてね。二人とも」
「真面目なのなんて殆どなかったじゃないですか……。そうね、あんまり酷くないのだと、一生、尻に敷いてくれませんか? とかかしら」
それで酷くない方なの? それはプロポーズとしてあり――なのか?
「あと、毎日、僕を踏んでくれないか? っていうのもあったよね」
なにそれ? どんなけMなんだよ! 母さんが本気で親父を踏み抜いたりしたら穴が開くと思うぞ。よくある奴オマージュしてるだけだし。しかも、その方向性が酷い……。真面目じゃないのでも、聞いてる俺が恥ずかしい。
「ごめん。……もういい。ありがと」
以前から知ってはいたが親父の変態っぷりを再確認させられた。実際に採用されたのは真面目な奴だと信じたい。俺は余計なことに興味を抱いてしまったようだ。
「何で、親父が俺の親父なんだろうな?」
「さあ? 母さんに聞いてくれ」
せめてそれぐらいは親父に知っておいて欲しかったよ!
「そもそも、何でプロポーズの話なんかしてんの?」
「太郎が二人の相手を任せるからいけないんだろう? 仕事の話はただの自慢話になってしまうから除外すると、僕が話せることなんて殆どないんだよ」
そもそもは、あんたが家を汚すからいけないんだよ!
そう思うが不毛なので別の言葉を口にする。こちらも不毛な気もするが……。
「仕事人間め。もう少し仕事以外のことにも興味を持ったらどうだ? それに、そうだからって、もっと別にあっただろ」
「カラオケ人間の兄ちゃんが、それを言うの?」
違う方から攻撃が来た!
何かな? そのカラオケのことで頭が一杯みたいな人。俺はちゃんとカラオケ意外にも興味を持っているよ。
「アリア、太郎さんは別にカラオケだけに興味がある訳じゃないわよ。家事全般には凄く強そうじゃない。それにたぶん、本の虫だし」
さすが彩さん、わかってくれていますね。
「でも、それ以外のことには、記憶の片隅にも残らないほど興味を示さないみたいだけど」
……さすが彩さん、わかってくれていますね。
「なんだ、太郎。良く、理解されてるじゃないか。っぷ、っくく」
親父が笑いを堪えながら言う。
あんたが笑うな! というか、忍び出ている笑いが癇に障る。いっそ盛大に笑えよ!
「なんだ。結局、兄ちゃんとタカアキは大差ないんだな」
「その括りは、俺、凄く傷つくからね。……えと、もう、いいや。彩さん、少し、料理、手伝ってもらって、いい、かな?」
「いいけど、何を作るの?」
「少し、手を加えれば、食べられるように、えと、ちょっとしたもの、作り置き、するんだ。じゃないと、あの人、すぐ、コンビニ飯に、走るから」
「過保護だよ、太郎。そこまでしなくても自分で何とかするって。今はまだ勉強中ではあるけど」
「だから説得力が無いって言ってんの。俺だっていつまでもしてやる気はないから。忙しくても家を綺麗に保てるとか、料理の一つでも出来るようになってから言ってくれ」
「家事はともかく。隆昭さん、カレーとかなら作るってさっき言ってたけど」
彩さんが昼食の時の話を思い出して尋ねてくる。
「いや、結構前の、話だけど、あれは、カレーじゃ、なかった」
「いや、どう考えてもカレーだ。市販のカレーのルーと箱に書いてある材料で作ったんだから。太郎が言ったんだぞ、レシピ通りにやればまず失敗はないって」
「レシピ道理じゃなかっただろう?」
「確かに、少し水っぽかったから小麦粉足したけど」
ほら、水カレーにしてるし。普通にレシピに小麦粉とか書いてないし。
「彩ねえ、カレーが水っぽいとなんで小麦粉なの?」
「小麦粉ってとろみが出るから、かしら? 足せば水っぽくはなくなる訳ね」
「そうだよ、だから、僕の発想は間違っていないはずなんだ」
「発想はな。でも、完成したって言って送って来た写真に写っていたのは、茶色いグニュグニュした物体だったじゃないか」
「いや、……あれはスライムカレーという料理で――」
「失敗を認めるのが上達の近道だぞ、親父。そういや、あれって五月の話だったか。あれ以来、写真送ってこなくなったな」
見た目にもよろしい物では無かったので、ありがたくはあったが。
「練習は継続中だ。だが、お前に見せると怖いから止めにした。食べ物を粗末にするなって。ちゃんとあれも言われた通りに食べたよ。不味かったけどな」
「不味かろうが、作ったら責任もって食べるんだよ、当然だ。いつもと同じもん作っとくから、足が早いものから食べるようにしろよ。ていうか不味かったって、やっぱ失敗だったんじゃないか」
「いや、カレーに失敗したんじゃなくて、スライムカレーが不味かっただけだ」
「カレーが不味くなるなんて、失敗以外の何物でもないだろ……。彩さん、えと、じゃあ、始めよっか?」
「ええ。アリアはどうする?」
「あたし、タカアキとお話してる。タカアキ、あたしもスライムカレー見たい」
「写真まだ残ってたかな?」
またしても、俺と彩さんはキッチンで料理、アリアちゃんと親父はリビングで談話という構図になった。
これの後に洗濯物を干したら今日のやることは終わりだ。
やることを確認しつつリビングに二人を残して、彩さんとキッチンに入り料理の準備を始めた。
今回、いつも以上にどうでもいい話な気がします……。