7月28日 ―13―
「親父! あの部屋どうなんってんだ!」
リビングに駆け込み第一声、彩さんが居るのも憚らず大声で叫ぶ。
「どうかしたのか? 太郎」
「どうしただあ!? 他の部屋の比じゃないぞ!」
俺とアリアちゃんは親父の部屋に踏み入ろうとして――出来なかった。
今までは散らかっていると誤魔化してきたが、あの部屋は格が違う。汚れきっていた。その惨状を前に俺とアリアちゃんは引き下がる他なかった。
「彩ねえ、あたしゴミ屋敷って初めて見たよ!」
「ちょっと、アリア、失礼な――」
「いや、事実、だから」
彩さんの言葉を遮る。申し訳ないが、今は親父に言いたいことが山程ある。
「どうって、ちょっとゴミを捨てられなくてな。一ヶ月くらい」
「あれが一ヶ月分って量かよ。ちょっとって期間でもないし。そもそも、どうやって寝てたんだ? あの部屋で寝てたんだよな?」
「ん? いや、ベッドで」
「親父、あんたはベッドでなんか寝ちゃいない。ゴミの上で寝てたんだよ」
「馬鹿を言うな。ちゃんと僕が寝れるだけのスペースはあっただろう?」
「馬鹿はあんただ。結局ゴミの中で寝てるじゃないか!」
本当に呆れるしかない。
「やっぱり親父に家事なんて無理だったんだ。何であの時、任せても大丈夫だなんて思ったんだろう……」
「おいおい、そんな言い方はないだろう? ちゃんと太郎が作った家事メモを参考にして家は綺麗だったさ。一ヶ月前までは」
「それじゃ意味ないだろうが! しかもそれ、春先にも言ったよな。俺が出てから一週間は綺麗だったさって。舐めてんのか! こんな惨状になる前に手を打ちやがれ!」
言って一息ついた。もう一度、今度は落ち着いて話す。
「とにかく、あの部屋はありえない。覚えておけよ、親父。仕事、忙しいんだろうが、この家を汚すのは許さん」
「わかったよ、太郎。もともと、そのつもりでいたんだ。仕事も一段落付いたしな。今日入れて三日ほど休みを取ってある。なんとかするさ」
親父では、三日だけでは時間が足りないだろう。
「よし、わかった。他の所は今日全部片付けて帰るから、親父は自分の部屋だけ何とかしろ。それしか休みが無いんじゃ、親父だと片付け終わんないから」
「僕を甘やかしても何にも出ないぞ、太郎」
「うるさい。親父から欲しいものなんてない。家を清潔に保ちつつ元気に働け。来週にあの部屋片付いてるか見に来るからな」
「だからなんとかするって。小姑見たいだな、太郎」
「誰のせいでこんなになってると……。もういい、さっさと始めないと帰りが遅れる」
そこで言葉を切って、後を親父の言うところの可愛いお嬢さん達に向けて続ける。
「来て、もらったのに、バタバタして、ごめん。そこのおっさんで、時間、潰してて」
「うん、タカアキに遊んでもらってるね。ね、彩ねえ」
「え? ええ。でも、太郎さん一人じゃ、大変じゃないの?」
「うーん。親父は、戦力外だし。とりあえず、家の掃除は、慣れてるし、一人の方が、早いかな。えと、何か、あったら、彩さんに、お願いしても、いいかな?」
彩さんにはあまり気を使わないようにしようと思う。遠慮は見透かされるし、それが彩さんに気を使わせることになりかねない。してもらう以上に彩さんのために何かしよう。佐橋さんが、人と関わろうとしないって言ってたしな。最初だけで、今はそんな印象を受けないんだけど。とにかく、俺が遠慮してたら話にならないだろう。
「ええ。いつでも、言ってね」
「ありがと。それと、アリアちゃん」
「何かな?」
「親父から、トイレの割り箸のこと、聞きだして、おいて、くれるかな?」
「りょーかいだよ。タカアキ、これからあたしの尋問が始まるんだよ。楽しみだね」
「へえ。それは楽しみだね。でも、僕は尋問なんかには屈しないよ」
割り箸なんて弁当買えば付いてくる。それだからこそ、あのトイレの割り箸のストックは謎で気になって仕方がなかった。
まあ、大した理由ではないのだろうけれど。トイレで飯を食べることに関わっているなら処分してしまおう。
アリアちゃんと彩さんに親父を押しつ――相手をしてもらい、俺は家の片付けを始めた。
洗濯物は今日だけじゃ終わらないので、終わらなかった分は親父に任せることにする。ゴミはまとめてから外へ。これも、ゴミの日に合わせてちゃんと親父に捨てさせることになるだろう。ゴミの片付けに合わせて掃除も済ませる。
我ながら、ずいぶんと手際の良くなったものだと思う。家事を始めたころは、何をどうしたらいいのか、必死で母さんの姿を思い浮かべて真似するだけで精一杯だった。
しかし、家事に慣れてくるにつれて、思いだされる母さんの所作の合理性がわかるようになってきて、母さんならさらにどう改善するかを自分なりに悩んだり、母さんが何を考えてそれをやっていたのかって考えることが楽しみになった。
考えながらでも手は動くもので、二時間かかったが、ようやく親父の部屋意外の掃除が終わった。親父には二日以上かかると言っておきながら、と思われるかもしれないが、親父なら確実にかかるのだ。それが、俺の親父、山田隆昭という人間の仕事が絡まない時のスペックだった。




