7月28日 ―12―
さあ、ここからが本番だ。とりあえず一階から確認して行こう。俺の予想では、散らかっているのは親父が通った場所に限られる。親父が通ることで、そこには汚い道ができ上がるのだ。けもの道ならぬ、おやじ道か。
今度は階段の脇の廊下を進む。この先は、風呂、洗面所、トイレと物置。物置はいいとしても他三つは怪しい。というか、既に玄関から見えたゴミとか衣類がそこらへんに落ちている。
「アリアちゃん、そこ、曲がって、すぐの部屋、さっきみたいに、戸、開けてくれる?」
アリアちゃんには、最も安全だと思われる物置を担当してもらうことにした。
「うん、行ってくるよ!」
そう答えるとアリアちゃんは、さっさと先に行ってしまった。ゴミに躓いて転んだりしないようにね。
「さて、今のうちだ」
まずは洗面所。予想していたが、洗濯機もあるここは親父が脱ぎ捨てた衣類で一杯だ。三週間、一度も洗濯しなかったのではないだろうか?
服、どれだけ持ってるんだよ……。いや、足りなくなって買い足したんだろうな。
ここは適当に片して残りは親父にやらせることにした。面倒見切れない。
次に洗面所から続く風呂を見る。シャワーしか使っていないみたいだ。浴槽に水は張っていない。代わりに弁当のゴミが入っているが……。
おい、親父。いくら忙しいとはいえ、これはないだろ。どうしたら、シャワー浴びながら飯を食べるという発想に行きつくのか。行き場が無くて置いてある感じじゃないし……。
とりあえず換気のために窓を開けて風呂場を出た。後は物置の前のトイレだ。
向うと物置からアリアちゃんが出てきた。
間に合わなかったか……。
さっきの二か所にしてもお客さんに見せていいものじゃない。そんなこと言ったら、廊下から見せられたものじゃなかったが、傷は浅い方がいい。
「兄ちゃん、ここは?」
「そこは、トイレ」
「ふーん」
適当に返事をしつつ、アリアちゃんがドアノブに手をかける。中を見ると俺に尋ねてきた。
「兄ちゃんの家では、いつもトイレでご飯を食べるの?」
期待に応え過ぎだよ、親父。そういうの要らないから。
「いや、違うよ。世の中には、便所飯って、スポーツが、あるらしい、けど、公共の場で、やる奴だし」
答えながら俺もトイレを覗きこんだ。弁当のゴミがあるのは当然として、なぜかコンビニなどでまとめて売られている割り箸が置いてあった。どれだけトイレで飯を食う気なのか。
ご飯用――だよな?
他に割り箸の用途なんて思いつかない。
「とりあえず、現状、把握、したから、次、上行こうか」
「うん」
そうして二人で階段へと向かう。
「そう言えば、兄ちゃん」
俺の先を歩く昨日と変わらぬ赤いポニーテールが尋ねてくる。
「ん?」
「昨日ジョージが、兄ちゃんに選んでもらった三曲が兄ちゃんがあたしと歌う曲だって言ってたんだけど。聞いた?」
「ああ、うん。その三曲で、俺を今後、どうするか、決めるって」
そう答えると、アリアちゃんは急に黙ってしまった。先を歩いているので表情は読めない。
あれ、これは言っちゃ駄目だった? ごめんなさい、譲司さん。間違えたかも。
そんなことを思いながら俺の前で揺れる赤いポニーテールを眺めていると突然、アリアちゃんが声を上げる。
「やっぱ、納得いかない。なんで、兄ちゃんを試すようなことしなきゃいけないの? しかも実力を見たいって言うくせにあたしと歌わせるなんて」
そう言ってこっちに怒った顔を向けてくる。いや、俺にそんな顔されてもね。
「まあ、譲司さんは、俺の歌、聞いて、ないし。それは、聞きに、来てくれる人にも、言えること、だから。俺だけで、やって、白けちゃったら。ねえ?」
「そんなこと絶対にないもん。兄ちゃんだったら、あたし抜きで全部やっても全然問題ないよ。……歌だけなら」
喋るとか無理だよね。俺もそれは確実だと思う。それと、歌の方が問題ないかと問われれば、微妙なところかなというのが実際だと考えている。
だが、そのままそれをアリアちゃんに言うのは憚られる。微妙だなんて口に出してしまうと後になってから、仕方がなかった、なんて納得して諦めてしまいそうだ。
自分の決意を口にする時はなるべく大言を。弱気を口にすると得られる結果まで小さくなってしまうから。とは、母さんの言。譲司さんの時には無意識にやっていた。母さんの教育はしっかりと俺に浸透しているようだ。
俺は、アリアちゃんの頭に手を乗せて、くしゃくしゃと撫でながら、宥めるように答える。
「まあ、それは、明日、証明する、から。俺、だけじゃなくて、アリアちゃんも、大丈夫って、思ってくれてるなら、さらに、安心かな」
まあ、大言なんて母さんと違ってこの程度だけどさ。言葉切れ切れだし。
「うー、兄ちゃんがそう言うならいいけどさ。でも、兄ちゃん初めてだし。せっかくだから兄ちゃんだけでも、歌えたらなー」
「じゃあ、譲司さんに、聞いてる人の、反応が良ければ、一曲だけ、俺だけで、歌えるように、掛け合って、みるよ」
「うん、それがいいよ。というか、それを兄ちゃんに言わせる訳にはいかないよ。あたしがジョージに言っとくね」
「そう。ありがと」
話をそこで切り上げて二階へ。ここにも、おやじ道。続く先は親父の部屋だ。あそこの確認は最後にしよう。
「アリアちゃん、その部屋は、最後に、するから。廊下の戸、開けて、くれる?」
親父の部屋のドアに目が釘付けだったアリアちゃんに頼んで、廊下に明かりを入れてもらう。一見普通の部屋なのだが、アリアちゃんは何か感じ取ったのだろうか?
アリアちゃんに戸を開けてもらっている間に、俺は以前まで俺が使っていた部屋の戸を開けに行った。二階には、親父の部屋と俺の部屋の二部屋だけだ。
おやじ道を越え、親父の部屋の先にある部屋に入る。相変わらず綺麗なものだった。この部屋には何もない。全部、下宿先に持って行ってしまっている。さっさと物置にでもされてしまうと思っていたのだが。
いつでも、帰れるようにしてくれているのか? あれだけ、帰ってくるなって言っているのに? まさかな。でも、フリということも。いいか、絶対に押すなよ(押して♪)的な。
まあいい。とにかくこの部屋も簡単な掃除で済みそうだ。廊下に戻るとアリアちゃんの働きによって、光が入り明るくなっていた。
さて、最後の場所だ。俺は確信している。この先は、魔窟だ。主は現在、階下で彩さんが足止め中。今がチャンスだ。いや、いても無駄な抵抗はあるかもしれないが、さらっと押し通るんだけど。
「アリアちゃん、覚悟は、いい?」
「いいよ」
そうして、俺達は魔窟へと踏み込んだ。
この辺りで、全体の半分程度になります。
グダグダと長めですが、お付き合いいただけたらと思います。
よろしくお願い致します。




