序章……最終話 『孤独になった者、孤独だった者』
空を、見上げられない。
轟々と、強い雨が降り続いている。
台風や嵐と形容されてしまう程に強い大雨が、この地域一帯を陰鬱な雰囲気に変えている。それはまるで、僕の心の内を表しているかのようだった。
ここは、どこだったっけ。
僕は、何を、しているのだろう。
「小さな、村で」
上を向いてしまえば、僕は眼を開けるどころか唯の一言も喋る事すら出来なくなってしまうのではないか。
前を向いてしまえば、きっと僕は、見たくも信じたくもない現実を見つめなければならないのではないか。
「村で生きる全員が、家族で」
僕を護衛してくれた騎士たちはどこへ行ったのだろう。現実逃避にも似た思いでそんな疑問を投げかける。
そういえば途中、魔物に襲われたような覚えがある。ジーガスさんのような人は護衛につけなかったので、騎士の中でもまだ新人に近い二人が護衛に入った筈だった。突然だったし、忙しい時期でもあった。それは仕方なかっただろうと思う。
けれど襲って来た魔物は、それなりに強い魔物だったし、何故か妙に気性も荒かった……気がする。僕はそんな足止めを無視して、逃げるように村へと走ったのだ。
二人の騎士は、死んでしまったのだろうか。それとも、逃げ切れたのだろうか。
分からない。
ああ、けれどそんな事――ど う で も 良 い 。
「皆で、助け合って、生きよう……って、おもっ、てて……」
乾いた哂いが、激しい雨音に掻き消される。
現実を見ろ。それは変わらない事実だ。
諦 め ろ 。
諦 め ろ 。
諦 め ろ 。
――――諦めたく、ないのに。
「あぁあ……うぅ、ぁ、あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!!」
豪雨の中、未だに燃え続ける黒い炎が、ルピス村を覆い尽くしていて。
そういえば、今日は、僕の誕生日だっけ。
◇ ◆ ◇
雨が止んで、炎が消えて。少年の涙が枯れ果てた頃、皮肉にも思えるように雨雲が去って行き、空は嘘のように快晴に見舞われた。
今に限っては、彼にとっても、そして私にとっても煩わしい青空と太陽だった。それはまるで、もうこんな事で悲しむんじゃない、とでも言われているかのようだった。
無理だ、と刹那に思った。
私はまだ良い。私は彼じゃない。このまま背を向けて匙を投げる事は簡単だ。だが……それが出来る程私はまだ心を失っていない。
私は、この村が天災に見舞われ、逃げ惑う村人が死んでいく様子をずっと見ていた。
それこそ一部始終、始まりから今この瞬間まで、ずっと。
私は、この村を襲った天災の存在を知っている。今現在、どこに居るかは勿論、その強さがどれ程かも判っている。
だからこそ。
私は彼に――ルピス村の生き残りに、罪滅ぼしをしなければならない。
それに……泣き疲れ、呆然とへたり込んでいる彼と私は、似ているところがある。
精神的な傷と、竜の残した強大な魔力の残り香に因る影響か……髪の毛が真っ白く変わってしまった彼の前に、私は立つ。
「――……」
君は、と口が動いた。声も枯れてしまったのだろうか。無理もない、と私は涙が零れ落ちそうになったのを必死で食い止める。ただの傍観者であった私に、謝る事すれ泣く資格など無いのだから。
彼の血のように変わってしまった紅い瞳が私を見つめる。無機質で、生きる事に絶望してしまった瞳だ。とても長い時間を私は生きて来たと自負しているが、ここまで死んだ瞳をした人間は初めてだった。
私は家族という存在に憧れていた。母は居たが、愛情を感じる前にすぐにどこかへ行ってしまった。父や兄弟は居ないし、それどころか長い間生きて、友人と呼べる存在も、今は居ない。
けれどだからこそ、私はそういう存在に憧れ、もしも私にそんな存在が出来た時には、命に代えても守ろうとするだろう。
きっと、程度は違えど彼も同じだった筈なのだ。
それが、一瞬で壊れてしまった。
私ならば――耐えられない。
「…………」
どう、声を掛けたら良いか、悩んだ。短い時間では無かったと思う。
これは、彼との初めての会話だ。心が死んでしまった彼に、なんと声を掛ければ良い?
挨拶か、謝罪か。同情か。そんなもの、彼が望んでいるとは思えない。
それに私は、酷く口下手だ。独りで生まれ、人族が一人ではやって来れない程の山奥でひっそりと暮らしていた私は、人族と喋るどころか、会いまみえたのすら殆ど無いのだから。
さらに言うならば、私は表情を作れない。喜怒哀楽という感情を持ち合わせてはいるのに、それを顔に出す事は出来ないんだ。喜ぶ事も、泣く事も出来る。だが、残念な事に私の表情筋は上手く機能してくれない。
そんな不器用な私が、彼にどう話し掛ければ良いのか……分からない。
一瞬のような、一刻のような。
私は、声を、紡ぐ。
「貴方も、孤独なのですか」
きっとその言葉を、彼は望んではいなかっただろう。
現実を無理矢理直視させるような発言だったろう。
すまない。
私はどこまでも――最低だ。
彼は死んだ瞳で私を見遣り――やがて頷いた。
「そうですか。同じです」
「……?」
「私も貴方と同じ、という事です」
そう言ってから、私は膝立ちになり、小さく縮こまった彼の身体を優しく抱き締めた。
優しく、優しく。
壊れないように。
包み込むように。
彼に、動きは無い。
心が死んでしまっているからか、涙が枯れ果ててしまっているからか。
けれども、彼の温もりは残ったままだった。
――彼は、生きている。
「っ……」
涙を流す資格などない、と言ったばかりなのに。
ただ、彼に対して贖罪をすれば良い……そう思っていただけなのに。
そういえば、そうだった。
良く、考えてみれば、そうだった。
私がこの世界に生まれてから数百年。
初めて感じる、確かな温もりだった。
この日、運命の悪戯か、神の気紛れか。
人族の彼、レフィ=ルピスと私――レベッカは、出会ってしまった。
序章は終わりです。
次回から、やっと第一章に入りますので、宜しくお願いします!




