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境界の果ての白狼記〜英雄に憧れた少年は道亡き道を往く〜  作者: 廃棄人形
Folio.0

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序章……第参話 『勇者と転生者』

 憧れていた。

 空想の物語にある、主人公という存在に。

 僕も一人の男だ。誰もを圧倒する力を持って、世界を守れるような存在になりたい。それに一番近いイメージなのは、やはり勇者なのだ。英雄、と呼び換えても良い。

 僕はそんな存在になりたい、と本気で願い、そして諦めてしまったのはいつだったか。


 あれは……そう。


 この前ではなく、子供の時分。

 村に魔物が襲って来た時。いつもは戦う事なんてしない村人たちが立ち上がったのを見た時だ。父が戦士とは程遠い腕で猛々しく剣を振り下ろし、母は拙く慣れない詠唱で静々しく魔術を唱える。

 そして、父たちは村の尊敬される英(・)雄(・)となり。

 その間。

 僕が出来た事と言えば、村の奥に避難させた子供たちを元気付ける事だけ。それでも身体の震えを止める事が出来なかった非力な子守役。

 劣等感。

 大人だから、子供だから。そう自分に言い訳しても、納得なんて、出来る筈も無くて――。


「いよいよね」


 隣で片膝をつくレイラさんが、流石にどこか緊張した面持ちで大広間の中心を見つめている。その視線の先には、幾十人という人数の魔術師たちが杖を掲げ、魔力を込めている最中だった。

 大広間の奥には、玉座に腰掛ける国王様の姿があり、右隣には王妃様がにこやかに微笑みながら眺めていた。逆側に居る年老けた男性は、宰相か何かだろうか。

 さらにその横には、五人の男女。陛下たちの子供たち……つまり殿下たちだ。その中の一人、四番目に並ぶ可愛らしい女の子と視線が合い、僕は気恥ずかしさから目を逸らす。

 そして大広間を囲うように、見覚えのない公爵以下貴族が立ち並ぶ。さらに後ろにはジーガスさんを含めた騎士たち。

 その騎士たちは、隊長、副隊長格など実力者のみが立ち並ぶようで、意外とその数は多くない。


 全ての魔術師たちが杖を掲げる。緊張の瞬間。僕は自分の呼吸が出来ているのかさえも分からない程にその光景を見入っている。

 魔術師たちは、僕には分からない言語をぶつぶつと呟いている。魔術、魔法の心得があればその言語は理解出来るらしいけれど、残念ながら僕にその知識は無い。ただぶつぶつと知らない言葉を並べているだけに思える。


「っ……!」


 光。眼を開けられない程の眩い閃光が、大広間全体を包み込んだ。眼を閉じているだけでは足らず、僕は咄嗟に両腕で光を遮る。

 数秒、だろうか。数分、数十分にも思えるその輝きだが、実際には数秒にも満たないんだろうに思う。

 光が治まったのを見計らって、僕は視界を開ける。

 魔方陣の中心。

 勇者は、居た。


「――……」


 困惑の色が濃い声が、遠くに居た僕の耳にも届いた。僕の知らない言語だ。異世界から来たのだし、当然なのかもしれない。

 勇者は、レイラさんに負けず劣らずの見目麗しい女性だった。

 脚まで届きそうな程に長い艶やかな黒髪は、毛先に近い部分で一つに括られている。見た事も無い髪色で、僕にとっては新鮮だった。長い髪と言うのも、レイラさん含めて、周りには居なかったのもあるかもしれない。

 それと、遠目で分かり辛いけれど、どうやら瞳の色も黒いようだった。近くで見れば、さぞ綺麗だろうな、と勇者召喚の場にはかなり見当違いな事を思う。

 黒髪黒目の勇者。黒髪は悪魔の使者と信じて疑わない西の大陸にある辺境国で召喚された際には、勇者と言えど惨殺されていただろう。勇者召喚というイベントがその国にあるのかは知らないが。

 彼女の服装は、僕は見た事が無い。似たような物なら王都に来てから何度か眼にしているけれど、あの紺色の服は彼女の居たところの正装だろうか。スカートの下から伸びる脚が眩しい。おっと、自重。


「――」


 また彼女が何か喋る。やはり、僕には聞き覚えの無い言語だ。

 そう思っていると、突如レイラさんが勢い良く立ち上がった。その表情は驚愕に満ち溢れており、その手は強く握りしめられていた。


「――りる――!」

「えっ……」


 レイラさんが、震える唇で声を紡ぐ。その言語は、今まで僕がレイラさんと話していた人族語ではなく、全く異なった言語だ。

 いや……。

 それが彼女の名前らしいということだけは分かった。

 その場の誰もが、勇者とレイラさんに視線が集中する。

 勇者様も声に釣られてレイラさんの方へ振り向くと、暫しその顔を見つめ…………やがて、信じられない物を見たかのように目を見開く。驚愕の色だ。表情だけなら、レイラさんと瓜二つ。

 驚愕と困惑を足して二で割ったような声色で、勇者様が叫ぶ。

 これはもしかして、レイラさんが喋った言葉は彼女の世界の言葉なのだろうか。どうしてレイラさんがそれを喋れるのだろう……。

 そんな疑問を持った僕らを置いて、レイラさんは彼女の元へと駆ける。

 僕は……いや、僕らは、置いてけぼりだった。


 ◇ ◆ ◇


 それからの顛末はこうだ。

 事情の呑み込めない僕を含めたほぼ全員を置いて、何度か声を交わした二人だったが、やがてレイラさんはその場に跪き、国王様に向き直る。慣れない様子だったが、勇者様も同じように直った。

 どうやら、レイラさんの家にあった古い文献に書いてあった言語で彼女が喋った為に、レイラさんは驚いたそうだ。無駄に覚えたその言葉が無駄にならなかったらしい、というと少し皮肉っぽいか。

 …………それがその場を落ち着かせる為の嘘だということは、きっと誰もが分かったことだろうが、その場は誰もそのことを追求しなかった。

 そして、そのままレイラさんは彼女の事情の説明と世話役に任命された。本当なら国王様、王妃様が説明するハズだったのだが、言語が判らないのならば仕方ない。


 結局、ちゃんとした勇者様(と翻訳係に任命されたレイラさん)と国王様の対話はまた後日、という事になり、一先ずは解散となった。

 国中の重鎮を集めて、結果的にこうなってしまったのは一体全体どうしてなのか。僕は王城に用意された客室で苦笑しながらそんなことを思い返していた。

 時刻は夜。夕食を終え、各々が寝室へ戻って行く時間帯。

 勇者様には僕よりもさらに広く高級そうな部屋を設けられたが、本日はレイラさんの部屋で寝泊まりするらしい。仕方ない、侍女も勇者様の言葉は分からないのだから。


「うーん……今日中に、帰る準備はしておこっかな」


 予想していたよりも、というより全く盛り上がりを見せなかった勇者召喚の儀だが、実際にそれは行われ、僕を含めた貴族や領主候補が一堂に会し、召喚を見納めた。

 レイラさんのような港湾都市という国からしても重要な都市の代表者はもう少し滞在し、勇者様と言う強力なパイプを作っていくのだろうが、僕は所詮、国中でも一、二を争う小さな村の村長候補。王族は勿論の事、勇者様にも話し掛ける事は出来ないだろう。勇者様からしても、そんな暇は無いに違いない。

 という訳で、僕の仕事は終わり。数日と経たずに、この都心から離れる事だろう。その準備だ。

 少しばかり散らかしてしまった私物をカバンの中に詰めていく。散らかしたと言っても、机の上が雑多しているだけだけど。

 一人そうしていると、扉が三度ノックされた。侍女だろうか。


「はい、どうぞ」


 片付けを止め、椅子に座り込みながら言う。おずおず、と言った様子で開けられた先に居たのは、見覚えのある女性二人組だった。

 女性にしては赤髪を短めに切っている女性、レイラさんと、長い黒髪を変わらず垂れ流す勇者様だ。


「レイラさん……と、ゆ、勇者様!?」


 勢い良く立ち上がる。するとその勢いに負けて、座って居た椅子が大きな音を立てて倒れた。あわわ、とそれを慌てて直す僕。

 それを見て、扉を締めながらレイラさんはぷっ、と吹き出し笑った。勇者様も子供を見るかのように口元が緩んでいる。

 うう、恥ずかしい……。

 椅子を直した僕は、小さく咳払いして、二人に向き直る。


「ええと、こんな時間にどうしたんですか……? 勇者様まで……」

「この子の紹介と、少し、話したい事があって」


 座って良い? というレイラさんの言葉に僕は頷くと、二人は椅子ではなく、ベッドの上に腰掛けた。僕は一度倒してしまった椅子にもう一度座る。

 飲み物を出そうかと思ったけれど、良く考えればこの部屋にはそれを用意する為の道具が無い。用があれば侍女を呼ぶ事になっているが、こんな時間に女性……しかも港湾都市代表者と勇者様だ。最悪な状況を考えると、呼ばない方が良い。

 喉が渇いたなら、木で出来た水筒の中にある水を飲んでもらう事にしよう。


「まずは貴方の紹介をするわね。言葉が分からないから、こ(・)っ(・)ち(・)の(・)言(・)葉(・)でになるけど」


 そう言って、僕の知らない言語で二人は話し始める。勇者様が驚いた様子で僕を見遣り、どこか品定めでもするかのように目を細めた。なんだろう、何を言っているんだ。変なことは言わないで欲しいんだけど……。

 勇者様の表情はそのままに、僕の自己紹介が終わったのか、レイラさんがこちらに向き直る。


「で、次はこの子。名前は神無月凛瑠(かんなづきリル)。まぁ、一応勇者……なのかしら?」


 どうして疑問形なのだろう。彼女は異世界から召喚されてきた、紛れも無い勇者なのだ。目の前で召喚されたところを見たし、彼女もそうだった筈だ。

 そう思っていた僕だが、レイラさんの次の言葉でその疑問は解消され、同時に違う疑問が浮かび上がった。


「――凛瑠はね、私の幼馴染なの」


 幼馴染……成る程、それなら勇者様の使っている言語が分かる理由も理解出来……る…………。

 …………。

 ……。

 ……幼馴染……?


「お、幼馴染っ!?」


 いや、だって、勇者様は別世界からやって来た勇者様で、レイラさんは港湾都市アスリルの生まれで……?

 僕が混乱したままでいると、レイラさんはくすっと笑う。その笑みに、僕は顔を赤くしながらも落ち着きを何とか取り戻し、小さく息を吐く。落ち着け、僕。冷静沈着こそが僕の取り柄なんだから。……いや、まぁ、うん。嘘なんだけど。


「え、えーと……幼馴染……というのは……?」

「最初から説明するわね」


 そこでレイラさんは一呼吸置く。その様子は酷く緊張しているように見える。まるで、今まで隠して来た秘密事を初めて明かす時のような。

 いや、もしかしたら、本当にその通りなのかもしれない。僕も緊張から、生唾を強く呑み込んだ。

 一瞬の間。


「まず、私はね、レフィ。転生者なの」

「…………へ?」


 てん、せい……しゃ?

 転生……っていうのは、確か、一度死んでから、生まれ変わる事……だよね。主人公がそうなってしまう物語を、僕は何度か眼にしている。尤も、文字通り絵空事として、僕には関係ないと踏んでいたからこそ楽しんで見れた訳だ。

 彼女は確かに、転生者、と言った。僕の耳が突然異常を来たしたのでなければ。

 口の中が乾く。


「……冗談、じゃなくて?」

「いいえ。私が元居た世界は、凛瑠……ここにいる勇者と同じ世界だったのよ」


 そんな馬鹿な、という思いと同時に、成る程、と納得している自分も居る。そうでもなければ、レイラさんが勇者様の言語を使えている理由はあまり思い付かない。

 勇者様が召喚されて、すぐに彼女が発した言葉……今思えば、確かに、“リル”……と言っていたような気もする。

 僕は震える喉のまま、大きく深呼吸した。

 しかし、なんという偶然だろう。何の因果か、この世界に転生してやって来たレイラさんの目の前に、幼馴染である勇者様……凛瑠さんが召喚されてくるなんて。


「……じゃあ、えーと……久し振りに、二人は再会出来たって事なんだね」

「ええ、私はね」

「……?」

「どうやら凛瑠にとっては、元の世界で私が死んでからまだ数ヶ月しか経ってないみたいなのよ」


 えっと……つまり。

 レイラさんは元々、勇者様の世界で育っている。しかし、どうやら何らかの理由で亡くなってしまったということか。

 そしてアスリル……この世界でまた生まれ、育った。今の年齢は知らないけれど、僕よりも年上らしいから、十五年以上は経っている。

 だがしかし、勇者様の世界でレイラさんが亡くなってこの場所で再会するまでの間に、時間のズレがある、と。

 時間の流れが違う……。召喚術とかその辺りの知識も無い僕には、へぇ~、としか思えない。そういうもんなんだな、程度だ。世界を超えている訳だし、それくらいはあってもおかしくはない……くらいの認識だったりする。

 それ以上に、僕にとっては、転生という事象の方が驚いているんだから。勇者召喚という転移自体は昔から話には聞いていたし、驚きは無かったんだけど。

 ああいやけれど、転生に関してもどこかの大陸の国が研究してるんだったっけ……あんまり覚えていない。


「…………レイラさんが勇者様の言語が分かる理由は分かったよ。再会出来たことも祝福する。けど、どうしてそんな大事な事を僕に……?」


 国王陛下や王妃陛下に話せば、それ相応の対応をしてくれると思うのに。

 一応は村の代表者として呼ばれているとは言え、僕はただの村人だ。少し大きな街に出れば、その喧騒に負けて偉い人の視界にも映らない程の小さな存在だ。そんな大事な事を話されても、僕にはどうしようもない。


「ええと、それは……」


 レイラさんは何故か顔を赤くして、僕から視線を逸らした。隣に座っている勇者様が、そんなレイラさんを見てニヤニヤしている。

 もし二人きりだったなら、期待してしまう仕草だ。僕にも春が! と顔のにやけを取る事に必死になっていただろう。まぁ僕は次期村長として、その春を無視しないといけない訳なのだけども。

 レイラさんはニヤニヤしている勇者様に気が付いて、大きく咳払いをした。


「私が、レフィの事……信用、してるからよ」


 それは、僕の質問に答えているようで、ちゃんとした理由にはなっていない言葉だった。

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