序章……第壱話 『旅の一日』
廃棄人形です。
序章の間は一人称(レフィ視点)ですが、それ以降は基本的に三人称視点になる予定です。
天気は快晴。雲は悠々と空を泳ぎ、のどかな気候が僕を待ってくれていた。
心地良い空気と風。興奮と不安の入り混じった不可思議な気分は、意外にも僕は嫌いじゃなかった。
ただ……ただ一つ。
馬車の乗り心地は最悪だった。
二頭の馬に引かれて砂利道を進む大きめの馬車は、木で出来た細いタイヤが小石に当たる度に不規則に揺れる。
僕は馬車に乗るのは初めてだ。けれどまさか、こんなに揺れるものだとは知らなかった。
毛布に包まって、馬の休憩時間になるまで静かに我慢している状態である。ちなみに休憩時間になる度に、僕は胃の中のものを吐き出している。
僕はふと、同じ馬車に乗っている人たちに視線を向けた。
その瞬間、がたっ、と馬車が強く揺れて頭を打った。痛い。
「大丈夫か?」
「ええ、なんとか……」
銀色の鎧と兜に身を包んだ騎士の一人が声を掛けてくれる。村に来た時に兜を外して顔を見せてくれたけど、四十を超えてそうな人で、僕の父よりも年上そうだった。迎えに来てくれた騎士の中でも一番位が高いらしく、その場に居る全員が敬語をしている事からもそれを伺える。
リレフィア王宮騎士団第二部隊隊長、ジーガス=リディアント。隊長の証である国章を左肩に記し、第二部隊である証として、右肩には上と横から一本ずつの線が交差された紋章を掲げている。
今、この馬車に乗っているのは僕を含め、五人居る。
毛布に包まっているだらしない僕と、隊長であり常に周りを警戒しているジーガスさん。顔も名前も知らない第二部隊の隊員二人は、それぞれ一頭ずつ馬の手綱を握っている。
そして、もう一人。僕よりも少し年上だろう赤い髪をした女性は、僕にも騎士にも興味は無さそうに外を眺めている。
「それにしても、本当にあんなとこに村があったんだな……長年騎士やってるが、地図にも載ってねぇし、正直半信半疑だったんだが」
「あはは……まぁ、本当に小さい村ですからね」
地図にも載っていないのはどうなのか、と思わなくもないけど。父の弁では、何かしらの事情がありそうな口振りだったのを思い出す。
僕としても、地図にすら載っていない事があるのに迎えに来てくれるのか心配だったところだ。
まぁ、予定時間を一時間ほど過ぎた事から、もしかすると道に迷ってしまったのかもしれないけど……それは訊かないでおく。空気を読むってこういう事だよね。
――旅を初めてから、早くも三週間が経とうとしていた。
僕はジーガスさんが話しかけてこない事を確認すると、馬車の揺れに耐えながら寝返りを打った。一週間も馬車に揺られれば慣れるだろうと思っていたのに、ご覧の有り様だ。案外、僕の適応力は大したことないのかもしれない。
生まれてこの方、乗り物と言う乗り物に乗った事が無いのも理由か。馬を飼育している人はいたが、乗るのはまだ早いと突き放されたものだ。ルピス村からリレフィアへは往復二ヶ月。もしかすると、帰る頃には僕は成人しているかもしれないし、そうなってたら馬の乗り方を習おう。
ルピス村……というより、この国では三歳、七歳、十五歳の誕生日を祝う風習がある。理由は分からない。
訳あって、僕は三歳と七歳の誕生日を祝われた事は無いから、それを踏まえて十五歳は村総出で祝ってくれるかもしれない、と淡い期待を持っている。まぁ、仮にも次期村長だしね、僕。
なんて一人、酔いに耐えながら考えごちていると。
今までよりも一際大きく馬車が揺れた。というより、突如馬の歩が止まったように馬車が傾いたのだ。横になって妄想に浸っていた僕の身体は浮き上がり、受け身も取れず再び頭をぶつけた。さっきの倍は痛い……。
頭を摩りながら上半身を起こすと、今までポーカーフェイスを貫いていた赤髪の女性も、突然の出来事に目を丸くしていた。
「何があったっ!?」
すぐに反応したのは流石か。ジーガスさんが前に顔を出して、状況を確認する。僕と女性も後ろの外套から外を見遣る。夕方だったらしく、朱い夕陽が真正面にあり、僕は眼を細めた。
それと同時に、見えるのは複数人の男たち。結構多い。剣や斧、鎌などを手に持ち、気持ちの悪いニタニタとした笑みを浮かべている。
これは、要するに、あれ、だよね。
「盗賊ね」
女性が冷静に告げる。ああ、もう! 怖いから言わないでいたのに!
「よう、アンタら王宮騎士団のもんだろ? 分かんぜ」
僕は外套から手を離し、毛布に包まった。いつかはこうなるんじゃないかとは思っていたけど、実際になると身体が震える。
そんな中、ジーガスさんを含む王宮騎士団の三名は外に出た。女性は未だに外套の隙間から外を眺めている。僕にはもう、外の様子は伺う事は出来ない。
「何が目的だ?」
ジーガスさんだ。別人のような低い声が聴こえる。
「決まってんだろ。金目のもん、全部置いてきな。その鎧も、兜も、中に入ってる女とガキもだ!」
「何故中に人が入ってる事を知っている?」
「教える必要があんのかよ?」
僕は会った事が無いけど、この世の中には情報屋というものがある。あらゆる情報を金で売る存在だ。勇者召喚という大事は、隠蔽しようにもどこかから情報が漏れてしまう。
そこから、僕を含めた街、村の権力者を集めている事も掴んだのだろう。
僕や女性が居る事も知っていたという事は、この馬車にはジーガスさん……第二部隊隊長が居る事も知っていた可能性がある。
その上で襲ってきたという事は、勝つ方法があるのか……若しくは、他の馬車はもっと騎士と権力者の数が多いから、総人数の一番少ないこの馬車を狙ったか。
他の馬車にも隊長クラスの人が居る可能性もあるし、恐らくは後者だろう。
「我らは騎士だ。守るべき者を置いて、逃げ帰るとでも思うか?」
始めて聞く声だ。手綱を引いていた騎士の一人だろう。
「だろうな。なら、やる事は一つだな? ――やっちまえッ!!」
雄叫び、と言えばいいのだろうか。盗賊たちの気合いの声が響き渡る。のと同時に、僕の身体は尚更縮こまった。
剣と剣が当たる金属音。否が応にも聞こえる荒い呼吸音。そして――短い呻き声。長い恨み声。痛ぇ、痛ぇよと、馬車の壁を挟んだすぐ隣で聴こえて来る。
これが、戦いだ。音だけで感じる、命を賭けた戦闘。
僕が過去、憧れていた命の取り合い。
僕が震えている中、赤髪の女性はずっと外の光景を眺めていた。ポーカーフェイスはどこへやら、どこか興奮冷め止まぬ状態だった。
戦いたい、のだろうか。武器の一つも無いけれど、その両手は強く握られ、爪が肌に喰い込んでいるようにも見える。
……怖く、ないのだろうか。恐らく今、彼女の視界には血が飛び散っている筈だというのに。指の皮が少し切れた、とかいう量じゃない。見ているだけでこっちも痛くなってしまうような、致死量の血液が。
僕はそれを見るなんて、無理だ。
僕は言い知れぬ恐怖感をさらに覚えて、彼女からも顔を背け――ようとした時だった。
「……え、」
彼女は消えた。
いや、違う。こんな場面で現実逃避は死を意味する。馬車の中だからと言って、絶対に安全、とは言い切れないのだから。
そう、安全ではない。
だから赤髪の、成人したばかりだろう十六、七くらいの女性は、外に居る盗賊に引っ張り出されたのだ。
助けなきゃ。
僕は両手で自分の頬を気付として叩き、ジンジンと痛み出した頬を尻目に外へ飛び出した。
「あ?」
外套を捲る音で気付いたのか、女性を連れ去ろうとしていた男がこっちを向く。左頬と頭に傷にある男だ。元々身長の低い僕だと、見上げないと顔が見えない程の大男。左手に女性を力強く掴み、右手には少し草臥れた曲刀が獲物を探している。
口の中はカラカラだった。生唾を呑む、という行為さえ出来そうにない。以前、ルピス村が魔物の襲撃に遭った時もこうはならなかった。あの時は一匹だったし、大人の男総出で追い払ったからだ。その時に、父は毒を受けてしまったのだが……閑話休題。
さっきも自分に言い聞かせただろ。現実逃避は死だ。
「女を助けようとしてんのか? ガキの癖に見上げた根性じゃねぇか」
嫌な汗が頬を伝う。
見れば、腕を掴まれた女性は震えていた。酷く怯えた表情で、僕に助けを求めている。ポーカーフェイスに似た無表情も、興奮冷め止まぬ戦闘狂のような顔もそこにはない。ただただ、か弱い少女が恐怖している姿だ。
護身用として持っていたナイフを懐から取り出し、左手で逆手に持つ。まさか、使う事になろうとは思わなかった。
「やろうってのか? 良い度胸だ」
男が女性を乱暴に離す。身体に力が入っていなかった女性は、腰が抜けたように地面にへたり込む。いや、実際、腰が抜けてしまったのだろう。彼女の股下からは、恐怖と緊張が極度に高まってしまった証拠の液体が流れ出てしまっている。
逃げて、と頼むのは無理な事だと悟った。
助けに来てくれないという事は、騎士たちもそれぞれ別の盗賊を相手にしているんだろう。雄叫びと剣と剣がぶつかる衝突音が聞こえてくる。
やっぱり……ここは、僕が、何とかするしかない……!
「一発くらい入れてみろや、クソガキッ!!」
「っ――!」
一閃。
大振りで振り下ろして来た曲刀に、僕は震える身体に鞭打ってナイフを当てる。絶対不利な鍔迫り合いをする必要はない。力は極力入れない。受け流せ。
ナイフを下向きに斜めに向けて、曲刀を身体の横に滑らせる。ナイフから伝わる痺れと痛みで、つい落としてしまいそうになるが、そこをぐっと我慢する。
体制を崩した大男の身体に、渾身の蹴り。転ばせようと全力で放った蹴り……だが、男の身体は一歩退くだけで、すぐに止まってしまった。
「効かねぇぞ。非力だなぁ、オイ?」
考えてみれば当然だ。僕は今まで筋トレなんてしたことないし、成人もしてない子供。しかもその上、平均より身長も腕力も無いんだ。けれど相手は盗賊として身体を鍛えているだろうし、戦闘経験もあるだろう。見た目的に、僕より一回り以上年上なのだろうし。
魔術を使えれば話は別だったのに。それさえ、僕は基礎魔法程度しか使えない。
けど……。
僕は死にたくない。出来れば、今も放心したように僕と大男を見上げている女性も助けたい。どうしたら良いんだ。せめて、騎士の一人でも来てくれるまで時間稼ぎをしないと。
「どうしたよ、え? 来ねえからこっちから行くぞ!」
「く……そっ」
右から、左から、上から、左から。
僕でも捉えられる速度で振るってくる。油断をしている訳じゃない。これは油断ではなく、余裕と言うんだ。騎士が来るかもしれないのに遊んでいるのは、そんな可能性は最初から頭にないのか、若しくは仲間を信頼しているのか。
「おらおら、どうした! 俺を倒すんじゃなかったのかよ!?」
誰もそんな事は言ってない、と一言告げる事すら出来ない。
考えろ、考えろ、考えろ。今の状況を打破する一手を。
そこでふと、僕は一つの案を思い浮かぶ。成功する確率は高くない。けどどうせこのままじゃ、騎士が来てくれる前に僕と女性は死ぬか、連れて行かれてしまう。遊んでいる今が最大の好機!
一か八か、命を賭けた最大級のギャンブルだ。
ナイフを力強く掴む。命綱にも似たそのナイフを、僕は大男の顔目掛けて思いっきり投げた。
「うおっと」
当然の如く避けられる。だが、予想通り男の視線はナイフに逸れ、曲刀を振りまくっていた腕の動きも止まる。
此処だ。
僕は空いた両手を拍手のように合わせ、“水”を想像する。基礎属性に位置する火、風、雷、土、水……その中で、僕は水の基礎属性が一番得意だった。得意だからと言っても、基礎魔法を発動させるまでの間隔が短いだけだけど。それでも、今はそれだけでも充分だ。
「<水よ>!」
詠唱と呼ぶには拙く、そして短い言葉。僕が出せる水の量は、両手で掬える程度だ。僕はその水を、男の顔目掛けて放る。
男の視界が潰れる。手で顔の水を払うまでの短い間だ。作戦はもう始まっている。
男から踵を返し、馬車の左側を、ぐるっと回るように逃げた。戦略的撤退というやつだ。追いつかれたらおしまいだ。
「ッの野郎! 待ちやがれクソガキ!!」
脚が重い。逃げろ。急げ。走れ。意地を見せろ。
逃げている最中、ジーガスさんが三人の盗賊を相手にしているのが見えた。倒せてはいないが、対等に戦えているのを見て、こんな状況ながら感心する。その向こう側には、別の騎士が一人の盗賊と戦っていた。
一人の盗賊が逃げ走る僕を見て動きを止めた。そのチャンスを逃さず、ジーガスさんが斬り伏せる。血飛沫。逃げている状況じゃなければ、僕は眼を背けるか吐き気を催しているところだった。
すぐに視界から外し、走る。
馬。
二頭の馬が、暇そうに立っていた。気楽なものだ、全く。
僕は二頭の馬を過ぎたところで方向転換をし、目の前を通る。馬の視線が動くのが僕にも見えた。
「ああああっ!!」
咆哮を上げ、僕はラストスパートをかける。
二頭の馬の右側で立ち止まる。僕を追いかけきた男が、今すぐにでも馬の真ん前を通ろうとしていた。
頼む。成功してくれ。
僕は男にやった以上の蹴りを放とうと、脚を振り上げる。痛いだろうけど、我慢はしなくて良いからね。ごめん。けど、お願いだ。
思い切り、啼けッ!
「あああああッ!!!」
馬を蹴る。
馬は痛みに呻き、前足を高々と上げた。その目の前には、追って来た男。驚愕に顔を染めた男は立ち止まって、馬を見上げている。
僕は急いで男の後ろまで走ると、男の裏膝目掛けて足払いを掛けた。膝かっくんとかいう悪戯宜しく、男はその場に跪く。
そして。
馬が体制を直して前足を下ろしたところには、男の頭が置かれていて。
僕は、その悲惨的な光景から目を背けて。
生き残った。
◇ ◆ ◇
あの後、ジーガスさんを含めた騎士三人が見事に盗賊を撃退し、旅は再開された。地面にへたり込み、漏らしてしまった彼女の後処理は僕がやった。
恥ずかしいという気持ちはあっただろうけど、腰が抜けてまともに動けなかったようだし、この場にはその人を抜かせば男性しかいない。女性を木陰に移動させて、服を着替えさせる。濡れてしまった服や下着はもっと安全な場所で洗う、という事で我慢して貰った。
彼女が何も言わなかったのは、緊張が抜けきっていなかったのが理由だろうに思う。決して、僕が男として意識されていない訳じゃない。と、思いたい。
何事も無かったかのように、馬車が走る。極度の恐怖を味わった後ならば、馬車酔いも無いかもしれないという淡い期待を持っていた僕だけど、見事にそれは打ち砕かれた。
再び毛布に包まって、僕は一人でうんうん唸る。格好悪い事この上ない。これなら、男として意識されていないのも頷けるというものだ。ジーガスさんや彼女が、自分の街に帰った後、言い触らしたりしない事を祈る。切実に!
「……ねぇ」
「…………」
「ねぇってば」
「あ、僕?」
そうならそうと言って欲しい。と思ったけれど、そういえばお互い自己紹介をしていなかった。彼女の名前を僕が知らないのと同じように、彼女も僕の名前を知らないのだ。
どうせこの旅……というより勇者召喚までの短い付き合いだし、と思っていたのもある。
僕は彼女の方に寝返りを打ち、向き直る。横になったままなのは勘弁して欲しい。毛布の中で、隠れて自分の胸を摩る。
「……さっきは、その……ありがとう」
「……? ああ、はい」
漏らしてしまった事の後処理の事だろう。何歳かは知らないけれど、成人はしているだろう女性にとっては、大分自分のプライドを傷付けられた事だと思う。
けれどそれは二の次として、お礼を言ってきた訳だ。仮にも、彼女はどこかの街の代表者としてこの場に居る訳だし。領主にはまだ幼すぎるだろうし、僕と同じで領主候補なのかもしれない。
「気にしないで良いですよ。村に居る時、何回もやってましたから」
「え、何回も?」
「はい。だから慣れてるんです」
十歳くらいの頃から、自分より小さい子の相手をしていた身としては、充分に慣れてしまったものだ。流石に年上の、しかも女性の相手をするとは思っていなかったけれど。それでも、やる事はほぼ同じだ。
おかげで僕は、子供たちから優しいお兄さんや憧れのお兄さんとして見られていた。僕以外の同年代の人たちは、余り小さな子の世話をやりたがらなかったのもある。
「そうなの……凄い環境で育ったのね」
「そうでもないですよ」
とはいえ、村人全員が家族のような環境は、確かに珍しい環境なのかもしれない。生まれてからずっとそういう生活をして来たからか、僕にとってはそれが普通であり、当たり前の日常なのだけど。
僕が村の生活を懐かしんでいると、女性は言い辛そうに口を開いた。
「……逃げようとは、思わなかったの?」
「逃げる?」
えと、何のことだろう。漏らしてしまった事の世話に対する言葉とは、少し違う気もする。
とすると……盗賊の事だろうか。盗賊に捕まってしまった彼女を、何とか救い出した僕だけど、その時に逃げようとは思わなかったの、と言う事か。あの時は誰がどう見ても、僕は勇んで飛び出して行った訳だし。
……待てよ。もしかすると、さっきのお礼の言葉も助けてくれてありがとう、という意味だったのだろうか。それとも両方を踏まえて。
良く考えてみよう。もしそうだとして、僕はさっき、何回もやってたから、とか慣れてるとか言っていなかっただろうか。
…………。
いや、忘れよう。彼女の質問に答えるべきだ。
「逃げよう……とは、思い付きもしなかった、ですかね」
あの時、助けなきゃ、とは思った。僕しか助けられる人が居なかった訳だし、どうやって助けて、どうやって生き残ろうかの二つしか考えていなかった。間違いない。
負の思考として、捕まってしまった場合、どういう生活を送らされるのか、は少し想像してしまったかもしれないが。十中八九、奴隷として売られるだろうという事で思考はすぐ切断された訳だけど。女性で且つかなり綺麗な顔立ちをしているこの人は、もっと酷い目に遭っていたかもしれないって事を考えると、助けて良かったと本当に思う。
「ど、どうして? 人って……自分の事しか考えないものでしょ? いつも自分の事ばかり考えて、どんなに大切な存在が危機に陥っても、最悪な状況になったらすぐ逃げて、放って、裏切って! それが、“人間”っていう最低な存在じゃないのっ!?」
未だ感情が昂ぶっているのか、少しずつ語調が強くなるのと同時に僕の方へと詰め寄って来る。僕は横になって彼女を見上げている状態だが、彼女は四つん這いのような格好になりながらも僕を真っ直ぐに見据えている。
その紫に光る瞳は、どこか暗く、そして微かに輝いているようにも見えた。それは、過去の何らかの悲劇と柵が、小さな希望を見つけたかのようだった。
僕は気持ち悪さを我慢して、身体を起こす。馬車が揺れる。兜を脱いだジーガスさんが外を眺めながら、聞き耳を立てている。
彼女の真っ直ぐに見据えた。
本音を話そう。彼女の為に。僕の為に。
子供の僕だからこそ告げる、確かな綺麗事を。




