第一章……第弐話 『紫電の慟哭』
それは、神からの天啓に導かれたのだと、レベッカは朧げに思った。
レフィと共に街へ出る、約一ヶ月ほど前。
レベッカは一人、ある場所へやって来ていた。
――ルピス村。
かつて竜に滅ぼされ、跡形も亡くなってしまった場所。
そして、レベッカがレフィと出逢った場所。
時折、レベッカは一人でここへやってくると、短くはない時間黙祷を捧げる。
そんな事を何度やっても、きっと赦されることはないし、赦されようとも思っていない。
ただ、レフィを強く、少しでも傷を薄れさせ、幸せになるよう手助けをする…………それだけが贖罪だと信じて。
(その為になら、この許されざる想いも殺しきります)
恋慕、愛。
そんな私の想いなんて、レフィに届いてはいけないのだから。
そう、レベッカが無表情の中でも寂し気な瞳を浮かべ――、
気付けば、背後に、彼は居た。
「っ!?」
レベッカは実力者である。どちらかといえば人族に近い種族である竜人族とは違う、本物の竜である。本人であるレベッカ、現在一番近くにいるレフィに自覚はないが、世界でも有数の実力者だろう。
そんなレベッカが、その気配に気付かなかった。
しかも、伸ばせば手が届くほどの距離になるまで。
レベッカは大きく後ろに飛び退き、太ももに装備されていた二つの鉄扇を取り出し、構える。
似ている、と思った。
真っ白の髪と、深紅に妖しく光る瞳。
体格もレフィに似ていて、中性的でパッと見では性別が混乱してしまうようなところも、一緒。
だが――違う。
何かが根本的に違うと、レベッカは本能から悟った。
「はじめまして――になるのかな?」
「…………」
警戒を解かず、レベッカは青年を睨む。
「久し振りに境界の外に出たんだけど、こっちはやっぱり空気が澱んでるね」
レベッカの威圧もなんのその。飄々とした態度で深呼吸する姿に、毒気が抜かれそうになる。
だが、レベッカの警鐘は鳴り響いたまま。
彼は危険だと、本能が叫ぶ。
「警戒しないで。僕は君の敵ではないよ。どちらかといえば味方…………かな?」
「……味方?」
「そう、そう。僕は、君の知りたがっている情報を持ってきたんだ」
そういって、柔和な笑みを浮かべる。
「僕は全部知っているよ。少なくとも、君以上にはね」
びりびり、と。両手に持つ二つの鉄扇に電気が迸る。
それは未だに、レベッカが臨戦態勢を解いていないことを意味する。
「君が知りたいと思っていること。
――君の母親は、今どこに居るのか?
――君の同種族は、どこに居るのか?
――君は何故、人の姿になれるのか?
――君の想い人の、隠された秘密とか」
「っ……貴様……!」
「どれも知りたいことだよね? 今は特に、最後のことを聞きたいのかな」
秘密。
それに気付いていない訳ではない。
約二年。一緒に過ごしてきたレフィは、どこか普通の人とは違う。
だがそれをレフィ自身は気付いていないし、なんとなくだが、その秘密の内容が悪とは思っていない。
それでも赦されないと知りながらも、恋焦がれてしまった人のことだ。気にならない筈がない。
「一つだけなら、教えてあげるよ。その為に僕は来たんだ」
「……いいえ」
さらに魔力を込める。静電気程度だった鉄扇の電気が、さらに大きく、眩くなっていく。
そして。
「全て、教えてもらいます。……力ずくでも」
レベッカが動いたのは、それと同時だった。
レフィがその場にいても、きっとその目には捉えられない程の速度。雷の迅さ。本気――とはまだ行かないが、青年を捕えようとした一閃。
それを、青年は平然と……まるで風で靡く髪を抑えるかのように、宙を撫でる。
――剣だ。
手には何も持っていなかった筈の青年の手には、一本の簡素な剣が握られていた。
左手に持った扇をその剣が、右手にある扇は剣の鞘が、その勢いを完全に殺してしまった。
動かない。
まるで時間を止められたかのように、レベッカは動くことが出来なくなっていた。
「うん、強いね。けどまだ足りない」
そのまま、剣を一閃。
力を込めた様子も無かったのに、その膂力に押されてレベッカは遠く後ろへ押し流される。
再び空いた距離に、レベッカは強く歯噛みする。
力の差が――底が、見えない。
「さて。そろそろ僕も時間が無くなってきちゃったから、一つだけ、君が今、一番知りたいことを教えてあげよう」
「…………一番、知りたいこと……ですか」
そう、と青年は頷く。
「僕の名前は真人。ね、知りたかったでしょ?」
そして、数秒。
「ごめん、ごめん。冗談だよ! 名前は本当だけどね」
沈黙に耐えられなかったのか、青年――真人はそう言ってからからと笑った。
「君が今、一番知りたいこと…………」
それはきっと、神の天啓。若しくは気まぐれか。
それこそ敵だと認識していた真人を、恩人とも思えてしまうほどの。
レベッカにはその情報が、誠か嘘かなんて関係がなかった。何故そんなことを知っているのか、それすらも気にはならない。
この二年、どう調べても浮かんでこなかった情報なのだから。
「それは――紅焔竜シンの居場所、だよ」
だから、私は――。
何よりも大切な人に嫌われてでも、往くと決めた。
だから、私は――。
紫電竜レベッカは、哭く。




