第一章……第参話 『惜別の雷声』
紫色の雷が、鳴る。
竜の姿となったレベッカが呼び込んだかのような、仄暗き暗雲から。
まるでそれに呼応されるかのように降り始めた大雨は、まるで世界には二人しか存在していないかのような錯覚を生む。
正直に告げると。
レフィは雷雨の中に佇む竜の姿となったレベッカを見て、美しい、と思った。
人間の姿をしたレベッカも、人間離れした外見をしていて綺麗だとはいつも思っていたが、それとはまた違う。
しかし、そんな感情を捨て去って、レフィは震える唇を震わす。
「村を、襲ったのが…………君?」
『はい。私の魔力を帯びた雷は紫色に輝き、炎は黒く、そして長く続きます』
淡々と、変わらぬ口調で告げるレベッカに、レフィの頭がぐるぐると廻る。
意味が分からない。
まるで急に別の言語で話しかけられているかのように、意味を理解するのに長い時間が掛かる。
「ほん、とうに……?」
『今更、それを証明することは出来ませんが。今は亡き、貴方の家族に誓いましょうか?』
「っ……」
言葉が紡げない。
雨に濡れているのとは別の理由で、身体の体温がどんどん下がっている気がする。
「だって、僕たちは一緒に暮らしてて……ご飯を食べて、二人で寝て……。
そんな君が、竜? 村を襲った? そんなの…………」
頭のどこか片隅では、レベッカの言葉を否定出来ない自分が居る。
竜であることは目の前でその姿になったし、村を襲ったというのも……。
あの日――レフィが村が燃え朽ちていく姿を見て泣き崩れたあの日に、偶然にもレベッカはあの場所に現れた。
それが偶然ではなかったとしたら。
信じられないという気持ちと共に、レフィの心に黒く澱んだ感情が這い上がってくる。
『私のがこの姿を見せたのは――――貴方に信じてもらう為。いいえ、もう嘘を吐きたくはなかったからでしょうか」
言いながら、レベッカは竜の姿から元の人間の姿に戻っていく。
竜の姿では分からなかった無感情ともいえる表情が、まるで泣いているように見えるのは、大雨のせいだろうか。
レフィには、分からない。
「もう一度、分かりやすく言い直しましょう」
一際大きな音を立てながら、雷が二人の間を裂くように堕ちる。
「貴方の家族は、私が殺しましたよ」
「っ……! う、ぁ、あああああぁぁぁぁぁ!!!」
その一言が、彼女なりの決別の言葉だったのかもしれない。
そしてレフィにとっても、最後の防波堤だった。
背中に背負っていた槍を手に持ち、レベッカへと肉薄する。対するレベッカも懐から両手に鉄扇を持ち、それに応える。
一度、二度、三度。
七回、八回、九回。
レベッカを刺し突こうとした槍を、両手の扇が邪魔をする。
レフィにとっては全力の突きだというのに、レベッカはその場から一歩も動かずそれを受け流す。
受け流された勢いを利用し、下から上へと振り上げるようにした奇襲も最小限の動きだけで避けられる。
この二年間、レフィに戦い方を教えたのはレベッカだった。
そしてその二年間の間に、レフィがレベッカに一撃を与えられたことは、まだ一度もない。
「レフィに槍を持たせたのは、貴方が接近戦が向いていないからです。何か武器を持ちたいというので、それでもまだ距離を取れる槍を持たせたというのに……」
「信じてたのにっ!」
「レフィはどちらかと言えば、剣士よりも魔術師の方が向いてますよ。護身用に何かを持つのは良いことだと思いますが」
「なんでっ、なんで!!」
噛み合わない話をしながら、槍と鉄扇は何度も交差する。
「ただ平和にっ、平穏にっ……暮らしてた、だけじゃないか! それを、どうして……!」
「けれど、冒険者として生きるには申し分ないでしょう。丁度この街には、冒険者組合がありますので、登録してみれば如何でしょう」
レベッカの話を、レフィは聞いていない。
だがレフィの慟哭を、レベッカは聞き逃すことをせず、脳裏に――心の奥底に、仕舞い込む。
その憎悪は、受け止めるべきものだ、と。
受け止めなければいけない、と。
だがそろそろ、惜別の時間。
レベッカは槍と打ち合いながら魔力を纏いはじめ――、
「<かんなり>」
雷が、一閃。
レフィの元に、墜ちる。
相当手加減をされたのが判るその細く弱い雷は、それでもレフィの体を痺れさせるには充分過ぎるものだった。
「ぁ……ぎ、ぁ」
「これで終わりにしましょう。レフィと私の――幸せの時間を」
痺れて動けなくなったレフィに……正確にはその手に持つ槍に……鈍色の扇を薙ぐ。
槍は、まるでレフィの心と同化しているかのように、真っ二つに裂け、折れた。
そしてそのまま、レフィは仰向けに倒れ込んだ。
分かっていた。
レベッカには勝てないと。
それでもレフィの理性は、壊れてしまったのだ。
雷が収まり、雨が止み、雲が晴れる。
それをただただ、見上げるしか出来ない時間が、とても長く感じた。
「さようなら、レフィ=ルピス。もしまた出逢う事が出来たのなら――《境界の果て》で」
暗転していく世界の中。
"彼女"の瞳に、涙が流れているように見えたのは、――――――――。
ファンタジーを書いている癖に、戦闘描写は苦手です。
ギャグを書くのはもっと苦手です。
シリアス万歳!




