また明日、って言ってよ
昨日までは、ただの挨拶だと思っていた。
なのに。
言われなかっただけで、こんなに気になるなんて。
少し冷たかった声。
少し遠かった距離。
——たった数日。
ただ夜に会っていただけ。
それなのに。
今日、会えなかったら嫌だって思ってる自分がいた。
まだこの時の僕は、
それが何なのか、ちゃんと分かっていなかった。
これだと**「俺、会いたかったんだ」**ってep.6のテーマに自然につながる。
朝。
最悪だった。
寝不足。
眠い。
なんかイライラする。
原因は分かってる。
昨日。
ルナが、変だった。
> 「じゃあ」
それだけ。
> 「また明日」
言わなかった。
なんだよ、それ。
たった一言だろ。
なのに。
昨日の帰り道。
やけに静かだった。
「湊、聞いてる?」
「……は?」
顔を上げる。
教室。
朝ホームルーム前。
陽が呆れた顔をしていた。
「いや、さっきから3回話しかけてんだけど」
「知らん」
「寝不足?」
「まぁ」
「青春だなぁ」
「違う」
「女関係?」
「違う」
「はい図星」
こいつ。
本当に勘がいい。
「てか返事どうすんの」
「……何の」
「昨日の告白」
一瞬、言葉が止まる。
「……知らん」
「え?」
「だから、分かんねぇ」
陽が少し目を丸くした。
「珍しくね?」
「何が」
「お前、だいたい即決じゃん」
確かに。
勉強も。
進路も。
資格も。
迷う前に決めてきた。
でも。
今回だけは。
なぜか、決められない。
「……好きな人でもいる?」
「いない」
即答。
の、はずだった。
なのに。
頭に浮かぶ。
白いパーカー。
> 「青春だから」
> 「ちゃんと笑った」
> 「また明日」
「……」
「え、いる?」
「いねぇ」
「今の間なに?」
「うるさい」
陽がニヤニヤする。
「へぇ〜」
「なんだよ」
「いやぁ神谷湊くんにも春が」
「ない」
「名前は?」
「だから違うって」
「可愛い?」
「……まぁ」
「いるじゃねぇか!!」
でかい声出すな。
クラスの何人かが振り向く。
「違う!」
「顔赤」
「赤くない」
「うわ青春してる」
「黙れ」
陽が腹抱えて笑ってる。
うざい。
でも。
少しだけ。
気が紛れた。
---
昼休み。
弁当。
「で?」
陽がしつこい。
「その子、同じ学校?」
「知らん」
「は?」
「学校も知らん」
「え?」
「連絡先も知らん」
「え??」
「昼何してるかも知らん」
陽が静止した。
「……怖」
「は?」
「神谷、お前知らん女と夜会ってんの?」
「言い方」
「ホラーじゃん」
「違う」
「人間?」
「たぶん」
「たぶん!?」
笑いを堪えてる。
「いや待て」
陽が真面目な顔をする。
「それ、好きなやつじゃん」
「違う」
「なんで」
「……」
言葉が出ない。
「返事できなかった理由、その子だろ?」
一瞬。
止まる。
「……知らん」
「神谷の“知らん”は図星」
図星。
なのか?
分からない。
ただ。
昨日。
ルナが少し冷たかった。
それが。
思ったより。
嫌だった。
授業中。
ノートを開く。
問題を見る。
解ける。
なのに。
集中できない。
> 「彼女できたら、来なくなるかもだし」
ルナの声。
> 「別に」
あの言い方。
……なんだったんだよ。
---
放課後。
帰り道。
いつもなら少し家で休んでから行く。
でも今日は。
まっすぐ公園に向かっていた。
「……早すぎだろ」
スマホ。
20時13分。
約束よりかなり早い。
ブランコ。
誰もいない。
「……まだか」
座る。
風が少し冷たい。
5分。
10分。
15分。
来ない。
「……遅」
スマホを見る。
既読なんてない。
そもそも連絡先知らない。
……そうだった。
俺。
何も知らないんだ。
学校。
家。
昼。
本当に存在してるのかすら。
なのに。
こんな待ってる。
20分。
30分。
公園は静かになる。
「……なんだよ」
少しイライラした。
来ないなら言えよ。
昨日あんな感じだったし。
もう来ないのか?
秘密基地、終わり?
……いや。
なんでそんなこと考えてんだ。
たった数日だろ。
なのに。
胸が少しだけ苦しくなる。
その時。
「……なにしてんの」
声。
振り返る。
白いパーカー。
少しだけ眠そうな顔。
ルナだった。
なのに。
安心した自分に。
少しだけ、驚いた。
「……遅ぇよ」
思ったより強い声が出た。
ルナが少しだけ目を丸くする。
「待ってたの?」
「……別に」
「出た」
少し笑う。
でも。
なんか、昨日みたいだった。
距離がある。
「帰ればよかったのに」
ルナがブランコの鎖を軽く揺らす。
「……帰るか迷った」
「じゃあ帰ればよかったじゃん」
また。
その言い方。
少しだけ。
冷たい。
「なんなんだよ昨日から」
一瞬。
ルナの表情が止まる。
「何が」
「なんか変」
「普通だけど」
「普通じゃねぇ」
言い切る。
「昨日も変だったし」
「……」
沈黙。
風が吹く。
少しだけ気まずい。
「……彼女候補いるんでしょ」
ぽつり。
ルナが前を向いたまま言った。
「は?」
「告白されたんでしょ」
「まぁ」
「よかったじゃん」
「昨日からそればっかだな」
「だって事実だし」
また。
少しだけ刺さる言い方。
「付き合えば?」
「……なんでそんな言い方なんだよ」
ルナが少し黙る。
「別に」
「それやめろ」
ルナが少しだけ目を見開いた。
「……湊」
「それ、嫌なんだよ」
自分でも驚いた。
嫌。
そんなふうに思ってたのか。
「昨日、“また明日”も言わなかったし」
一瞬。
ルナの顔が止まる。
「……覚えてたんだ」
「当たり前だろ」
少し強く言う。
「なんか、調子狂うし」
「……」
ルナが俯く。
「彼女できたら」
小さい声。
「もう来ないかと思った」
風。
静かな公園。
「秘密基地とか」
「終わりかなって」
初めて。
ルナが少し弱い声を出した。
「……なんでそうなるんだよ」
「だって」
一瞬だけ。
ルナが困った顔をする。
「湊、普通にモテそうだし」
「初めて言われた」
「鈍感そうだし」
「急に悪口」
「あと」
少し間。
「私より、ちゃんと普通の子のほうがいいじゃん」
その言い方。
少しだけ。
寂しそうだった。
「……意味分かんねぇ」
「だって私、昼いないし」
ぽろっと零れた言葉。
「学校も分かんないし」
「変だし」
「秘密多いし」
そこで止まる。
しまった、みたいな顔。
「……」
初めてだった。
ルナが少し弱そうに見えた。
「返事」
湊がぽつりと言う。
「まだしてない」
ルナが顔を上げる。
「……知ってる」
「いや知らねぇだろ」
「なんとなく」
「エスパーか」
「かも」
少しだけ。
いつもの感じに戻る。
「でも」
言葉が止まる。
なんて言えばいい。
好きじゃない。
……たぶん。
でも。
昨日。
なんか嫌だった。
今日。
待ってた。
会えなくなるの、嫌だった。
「ここ」
少しだけ視線を逸らす。
「嫌いじゃないし」
「……」
「秘密基地も」
「ココアも」
「変な会話も」
ルナが少し黙る。
「……それ秘密基地褒めてる?」
「半分くらい」
「微妙」
少し笑う。
空気が少しだけ戻る。
でも。
まだ足りない。
言わなきゃ。
ちゃんと。
「あと」
喉が少し詰まる。
なんか変に緊張する。
「……」
言葉が出ない。
ルナが少し首を傾げた。
「なに?」
呼吸。
夜風。
心臓が少しうるさい。
そして。
初めて。
「……ルナといると」
一瞬。
ルナの目が止まった。
「楽」
静かになる。
風の音だけ。
「だから」
少しだけ視線を逸らす。
「勝手にいなくなるな」
「……」
ルナが何も言わない。
「おい?」
見る。
俯いてる。
「え、なに」
「……ずるい」
「は?」
小さい声。
「それ、ずるい」
顔が少し赤い。
「なんで」
「知らない」
でも。
少し笑ってた。
昨日より。
ちゃんと。
「……ごめん」
ルナがぽつりと言う。
「昨日、ちょっと機嫌悪かった」
「知ってる」
「……ちょっとだけ」
「うん」
「ほんの少しだけ」
「うん」
「嫉妬した」
「……え?」
「忘れて」
「いや今の——」
「忘れて!」
顔真っ赤。
ルナが立ち上がる。
「秘密基地行く!」
「逃げるな!」
「逃げてない!」
でも。
少しだけ。
安心した。
いつもの感じだった。
---
高台。
夜景。
ベンチ。
二人でホットココア。
「……あのさ」
ルナが小さい声。
「ん?」
「今日」
少し間。
「来てくれて、ありがと」
「来るだろ普通」
「普通じゃないよ」
また。
少しだけ寂しそうな顔。
でも。
今日は違った。
「……また来る」
ルナが少し目を丸くする。
「彼女できても?」
「知らん」
「えー」
「でも」
少しだけ考えて。
「ルナとは会う」
その瞬間。
ルナが少し黙った。
それから。
ふっと笑う。
柔らかく。
安心したみたいに。
「……そっか」
時間。
帰り道。
分かれ道。
少し沈黙。
そして。
ルナが、小さく笑った。
「じゃあ」
少し間。
「……また明日?」
昨日はなかった言葉。
でも今日は。
ちゃんと戻ってきた。
だから。
少しだけ笑って。
「おう」
一拍置いて。
「また明日、ルナ」
一瞬。
ルナの目が少し大きくなる。
それから。
すごく嬉しそうに笑った。
「……うん」
「また明日、湊」
ep.6 読んでいただきありがとうございました。
少しだけ拗れて、少しだけ近づいた二人。
初めて名前で呼んだ夜。
そして戻ってきた「また明日」。
でも。
少しずつ、“普通じゃない違和感”も増え始めています。
次回 ep.7
「昼にはいない君」
まだ、恋とは呼べない。
でも、もう少しだけ特別です。




