君は、誰を見てるの?
最近、少しだけ夜が楽しみになっていた。
理由は分からない。
ただ、あいつと話してる時間だけ、頭の中が少し静かになる。
——でも。
青春って、だいたい面倒なタイミングで始まる。
そしてその日は、少しだけ“普通じゃない日"になった。
最近。
夜になるのが、少しだけ楽しみになっていた。
——なんて、絶対認めないけど。
朝。
教室の窓から入る風が気持ちいい。
テストも終わって、少しだけ空気が軽い。
みんな騒がしい。
「終わったぁぁぁ!」
「ゲームしよーぜ!」
「いや補習あるんだけど……」
いつもの教室。
いつもの朝。
なのに。
なんとなく、前より息がしやすい。
「……おはよ」
席に座る。
数秒後。
「……お前誰?」
横から声。
「は?」
陽だった。
眠そうな顔。
でもなぜか真顔。
「神谷湊くんどこ?」
「いるだろ」
「いや、最近のお前ちょっと違う」
「何が」
「なんか……人間っぽい」
「失礼すぎるだろ」
「前は“勉強マシーン”だった」
「そんなロボみたいに言うな」
「96点で死んだ顔してたし」
「悔しいだろ普通」
「なのに最近」
陽が目を細める。
「余裕ある」
「ない」
「ある」
「気のせい」
「女だ」
「違う」
「女だ!!」
急にでかい声。
「うるせぇ!」
すると。
近くの男子が反応する。
「え、神谷彼女!?」
「うそだろ!?」
「世界終わるぞ!」
「なんでだよ」
「神谷って恋愛しなそうじゃん」
「なんか数学と付き合ってそう」
「意味わからん」
クラスが笑う。
陽は机をバンッと叩いた。
「静かにしろお前ら!」
「お、なんだ?」
「今から捜査だ」
「捜査?」
陽が俺を指さす。
「こいつ、最近怪しい」
「やめろ」
「放課後すぐ帰る!」
「用事」
「スマホ見る回数増えた!」
「普通」
「たまにボーっとしてる!」
「してない」
「笑うようになった!」
一瞬だけ。
止まる。
「……」
「はい図星〜!」
「いや違」
「しかも!」
陽がさらに声を張る。
「最近ちょっと顔優しくなった!」
「は?」
「前まで“話しかけんな”顔だった!」
「悪口だろそれ」
「今なら女子いける!」
「何がだよ」
「モテ期!」
男子たちが騒ぐ。
「神谷モテ期!」
「赤飯!」
「裏切り者!」
「何に対してだよ!」
うるさい。
本当にうるさい。
その時。
「神谷くん」
女子の声。
空気が少し止まる。
振り向く。
クラスの女子。
「先生、プリント出してって」
「あ、ありがと」
「うん」
少し笑って去っていく。
……普通だろ。
なのに。
「……見たか?」
陽が震えた声を出す。
「何を」
「今の笑顔」
「普通だろ」
「いや、あれ脈あり」
「怖い怖い怖い」
「神谷の時代きた」
「来てない」
「最近話しかけやすくなったもんな」
前の席の女子が急に会話に入ってきた。
「え?」
「前怖かった」
「え、分かる」
別の女子も頷く。
「最近ちょっと柔らかい」
「笑うと意外とかっこいいよね」
一瞬。
「…………は?」
固まる。
陽、机を叩く。
「モテ期きたぁぁぁ!!!」
「うるせぇ!!」
「いやお前耳赤!」
「赤くねぇ!」
「照れてる!」
「違う!」
女子たちも笑ってる
なんなんだこれ。
---
昼休み。
「神谷、購買いこーぜ」
「いい」
「最近付き合い悪い」
「だるい」
「絶対女」
「違う」
「好きな人?」
「いない」
「いる顔」
「どんな顔だよ」
廊下を歩く。
すると。
「……神谷くん」
声。
振り向く。
隣のクラスの女子だった。
見たことはある。
確か雪乃芽依さんだったか。
でも話したことはない。
「あの」
少し緊張した顔。
「放課後、少しいい?」
「……え?」
一瞬。
空気が止まる。
「話したいことあって」
女子が少し顔を赤くして、
「体育館裏、来て」
そう言って去っていった。
沈黙。
「……」
「……」
数秒後。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
陽が絶叫した。
「お前ぇぇぇ!!!」
「声でかい!」
「告白じゃん!!!」
「まだ分かんねぇだろ!」
「高校生の体育館裏に普通の用事ある!?」
……ない気がする。
「きたきたきた!!青春イベント!!」
「落ち着け!」
「予行練習しよう!」
「は?」
急に陽が立ち上がる。
そして声色を変えた。
> 「神谷くん……前から好きでした……」
「やめろ」
> 「付き合ってください」
「帰るぞ」
> 「待って!返事は!?」
「無理」
「早っ!?」
「お前気持ち悪い!」
周りの男子まで笑い始める。
「陽ノリノリすぎるだろ」
「神谷ついに春きたか」
「彼女できたら奢れよ」
「まだ何も決まってねぇ!」
「え、断る気?」
陽が真顔になる。
「どうすんの?」
少し考える。
付き合う。
恋愛。
……想像できない。
「知らん」
「えぇぇぇ」
「そもそも告白って決まってねぇし」
「いや絶対そう!」
「賭けようぜ!」
「なんでだよ!」
騒がしい。
くだらない。
でも。
少しだけ、楽しかった。
放課後。
教室。
窓の外は少しオレンジ色になっていた。
「……行くの?」
陽が机に頬杖をつきながら聞いてくる。
「まぁ」
「青春だなぁ」
「うるさい」
「で?」
「何」
「成功したらどうする?」
「成功?」
「付き合うとか」
「だから告白って決まってねぇだろ」
「いや体育館裏だぞ?」
「用事かもしれん」
「どんな用事だよ」
うるさい。
本当にうるさい。
でも。
少しだけ緊張していた。
「結果教えろよ」
「何もなかったら?」
「その時は俺が告る」
「絶対嫌だ」
「俺、神谷のこと昔から——」
「帰れ」
笑い声。
教室。
騒がしい。
でも。
少しだけ心臓が落ち着かなかった。
---
体育館裏。
夕方。
少し風が強い。
部活の声が遠くから聞こえる。
「……来てくれた」
女子が立っていた。
近くで見ると、思ったより緊張している顔。
「あの」
「……うん」
空気が静かになる。
なんとなく。
分かった。
「私」
女子がぎゅっと手を握る。
「前から、神谷くんのこと気になってて」
風が吹く。
「最初は怖い人だと思ってたんだけど」
「最近、前より笑うようになったし」
「話しかけやすくなったなって」
——笑うようになった。
その言葉で。
頭に浮かぶ。
> 「今笑った」 「ちゃんと笑った」
ルナ。
秘密基地。
缶ココア。
> 「青春だから」
……なんで。
なんで今。
「好きです」
女子が真っ直ぐ言った。
「よかったら、付き合ってください」
心臓が少しだけ鳴る。
普通なら。
たぶん。
嬉しいはずなのに。
返事をしようとして。
でも。
頭に浮かぶのは。
夜。
公園。
白いパーカー。
> 「また明日」
……なんでだよ。
なんで。
あいつの顔ばっか浮かぶ。
「……神谷くん?」
女子が少し不安そうな顔をする。
「ごめん」
気づけば口が動いていた。
「少し……考える時間、ほしい」
一瞬。
女子が驚いた顔をする。
でも。
「……うん」
少しだけ笑った。
「急に言われても困るよね」
「ごめん」
「返事、待ってる」
そう言って。
女子は小さく手を振って帰っていった。
一人になる。
風。
夕方。
……なんなんだ。
なんで返事、できなかった。
好きな人なんて。
いないはずなのに。
---
夜。
気づけば。
また公園へ向かっていた。
理由なんてない。
……たぶん。
「遅い」
ブランコ。
ルナが座っていた。
白いパーカー。
少し揺れる黒髪。
「まだ時間じゃ——」
「遅い」
「……え?」
なんか。
少し機嫌悪くないか?
「なんかあった?」
「別に」
——別に。
俺の言葉。
「……何それ」
「湊のマネ」
ルナがブランコを揺らす。
でも。
なんかいつもと違う。
「で?」
「何が」
「今日なんかあった?」
鋭い。
「……別に」
「ふーん」
間。
「告白された?」
「っ……!」
思わず止まる。
「図星」
即答だった。
「なんで分かんだよ」
「顔」
「顔?」
「“今日ちょっと人生イベントありました”顔してる」
「なんだそれ」
ルナが少し笑う。
でも。
なんか。
少しだけ冷たい。
「へー」
ルナが空を見る。
「よかったじゃん」
「……何が」
「モテるんだ、湊」
軽い言い方。
でも。
なんか。
少しだけ。
棘があった。
「付き合えば?」
「は?」
「かわいかった?」
「……普通」
「普通って言う時、大体かわいい」
「なんだよそれ」
「青春っぽいじゃん」
またその言い方。
でも。
なんか。
違う。
「……なんか今日変」
一瞬。
ルナの表情が止まる。
「何が」
「お前」
「別に普通だけど」
普通。
なのに。
距離がある。
なんか。
嫌だった。
「……返事、まだしてない」
思わず言っていた。
ルナの動きが止まる。
「へぇ」
「考えるって言った」
「なんで?」
「……分かんない」
本当に。
分からなかった。
「普通、嬉しいもんじゃないの?」
「まぁ」
「じゃあ付き合えば」
「だからなんでそんな言い方なんだよ」
少しだけ。
イラっとした。
すると。
ルナが立ち上がる。
「……別に」
小さい声。
「彼女できたら、秘密基地来なくなるかもだし」
「は?」
「なんでもない」
そう言って歩き出す。
「おい」
「帰る」
「早くね?」
「眠い」
絶対嘘だ。
分かる。
でも。
理由が分からない。
分かれ道。
いつもなら。
> 「また明日」
なのに。
「じゃあ」
それだけ。
ルナは背中を向ける。
「……おい」
呼ぶ。
でも。
振り返らない。
白いパーカーだけが、夜に溶けていった。
一人になる。
風。
静かな道。
なんだよ。
なんで。
こんなモヤモヤするんだ。
スマホを見る。
23時48分。
……明日。
ちゃんと話すか。
そう思ったのに。
なぜか。
少しだけ、不安だった。
ep.5、読んでいただきありがとうございました。
昼の学校回でした。
少しずつ変わり始める湊と、本人も気づいていないルナの気持ち。
そして、初めて少しだけ噛み合わなくなる二人。
「また明日」が言われなかった夜。
それが、湊にとって思っていた以上に大きかったのかもしれません。
次回 ep.6
「また明日、って言ってよ」
少しだけ、拗れます。けどちゃんと前に進みます。




