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君が消える1秒前  作者: クジラを描く
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7/7

今までで一番楽しい夜

不思議だった。

数日前までは、夜なんてただの時間だった。

勉強して、風呂入って、寝るだけ。

なのに今は。

夜になるのが少し楽しみになっている。

理由はたぶん、一つしかない。

——もちろん、本人には絶対言わないけど。


 その日一日。

 陽はずっと機嫌が良かった。

 いや。

 正確には、人のことをおもちゃにして楽しんでいた。


「で?」


 昼休み。

 弁当を開いた瞬間だった。


「何が」


「返事」


「まだ」


「最低」


 即答。


「なんでだよ」


「待たせる男はモテない」


 陽がニヤニヤする。

 腹立つ。


「いやぁでもなぁ」


「何」


「神谷にも春が来るとは」


「来てない」


「来てる」


「来てない」


「来てる」


「子供か」


「恋愛してるやつに言われたくない」


「してねぇ」


 陽が弁当箱を閉じる。

 そして真顔。


「で、その夜会ってる女の子とはどうなんですか?」


「……」


「お?」


「なんでもない」


「出た」


「なんだよ」


「図星の顔」


 うるさい。

 でも。

 昨日までなら否定できたのに。

 今は少しだけ言葉が詰まる。 


「名前は?」


「ルナ」


「かわいい名前じゃん」


「そうか?」


「もうだめだ」


「何が」


「恋してるやつの返答なんだよそれ」


「違う」


「違わない」


 陽が大げさにため息を吐く。


「神谷も終わったな」


「何がだよ」


「今まで勉強しか興味なかったのに」


「別に」


「夜な夜な女と秘密基地」


「言い方」


「完全に青春」


「違う」


「違わない」


 陽は笑っていた。

 でも。

 少しだけ思う。

 確かに。

 最近は前より学校が楽だ。

 夜があるから。


 ……いや。

 違うか。

 ルナがいるから。


「顔やば」


「は?」


「今絶対ルナのこと考えた」


「考えてない」


「はい嘘」


 こいつ、本当に面倒くさい。


 夜。

 公園。

 ブランコ。

 街灯。

 そして。


「湊」


 白いパーカー。

 ルナ。


「なに」


「お腹空いた」


「帰れ」


「ひど」


 開始三秒だった。


「こんばんはも無し?」


「こんばんは」


「よし」


 満足そう。


「じゃあコンビニ」


「なんで」


「お腹空いた」


「知ってる」


「奢って」


「嫌だ」


「仲直り記念日なのに」


「だから何その記念日」


「大事」


「聞いたことない」


 ルナがじーっと見てくる。


「なに」


「ケチ」


「違う」


「ケチ」


「違う」


「ケチ谷湊」


「苗字変えるな」


 ルナが笑う。

 その笑顔を見ると。

 昨日までのぎこちなさが嘘みたいだった。


---


 結局。

 コンビニに来ていた。


「肉まん」


「自分で買え」


「ココア」


「自分で買え」


「アイス」


「季節考えろ」


「じゃあ肉まん」


「戻るな」


 ルナが楽しそうに商品棚を見ている。

 遠足の小学生か。


「湊」


「なに」


「どっちがいいと思う?」


 差し出されたのはお菓子。


「知らん」


「ちゃんと選んで」


「なんで」


「人生かかってる」


「絶対かかってない」


 結局。

 五分くらい悩んでいた。

 意味分からん。


---


 外のベンチ。

 肉まん。

 ホットココア。

 そして大量のお菓子。


「買いすぎだろ」


「成長期だから」


「俺ら何歳だと思ってる」


「十七歳」


「合ってる」


 ルナが肉まんを頬張る。

 そして。


「そういえば」


「ん?」


「陽って面白いよね」


 思わず固まる。


「……なんで知ってんの」


「見た」


「怖ぇよ」


「校門の近くにいたら聞こえた」


「お前本当に何してんの昼」


「秘密」


「そればっか」


「便利だから」


「認めるな」


 ルナが笑う。


「でも好き」


「何が」


「陽」


「本人に言ってやれ」


「たぶん友達になれる」


「やめろ」


 絶対面倒なことになる。


「湊」


「ん?」


「告白の返事した?」


「してない」


「最低」


「お前もか」


「待たせる男はモテない」


「その台詞流行ってんの?」


「今決めた」


「そうか」


 ルナがニヤニヤしている。


「じゃあさ」


「なに」


「なんで返事しないの?」


 一瞬。

 言葉が止まる。


「……」


「ほら」


「なんだよ」


「理由あるんじゃん」


 図星だった。

 だから余計に腹が立つ。


「別に」


「出た」


「うるさい」


「図星だ」


「うるさい」


 ルナは楽しそうに笑った。

 なんか。

 前より遠慮なくなってないか。

 いや。

 仲直りしたからか。

 そんなことを考えていると。


「湊」


「ん?」


「写真撮ろ」


「は?」


 急すぎた。


「写真とろ」


「は?」


 急だった。

 というか。


「なんで」


「思い出」


「何の」


「仲直り記念日」


「まだ言ってんのか」


「大事だから」


 大事らしい。

 よく分からない。


「ほら」


 ルナがスマホを向けてくる。


「嫌だ」


「撮る」


「嫌だ」


「撮る」


「聞け」


 パシャ。


「あ」


「撮ったな」


「撮った」


「堂々と言うな」


 スマホを見る。

 案の定。

 俺は半目だった。


「最悪」


「面白い」


「消せ」


「やだ」


「なんで」


「レアだから」


「何が」


「湊の変な顔」


「普通だろ」


「普通じゃない」


 ルナが笑う。

 悔しい。

 でも。

 なんか楽しそうだからいいか。

 ……いや良くない。


「じゃあルナも撮る」


「え」


「仕返し」


「ちょっ」


 パシャ。


「……」


「……」


 スマホを見る。

 普通に可愛かった。


「消せ」


「なんで」


「恥ずかしい」


「人のこと言えないだろ」


「私はいいの」


「理不尽」


 ルナが頬を膨らませる。

 子供か。



---


 高台。

 秘密基地。

 夜景。

 いつものベンチ。


「よし」


 ルナが満足そうに座る。


「今日の秘密基地活動開始」


「活動内容は」


「だらだらする」


「いつも通りだな」


「大事」


 夜風が吹く。

 街の灯りが遠くに見える。

 こうしてると。

 本当に時間がゆっくり流れる気がした。


「そうだ」


 ルナが何か思いついた顔をする。


「ん?」


「音楽」


「音楽?」


「聴こ」


 イヤホンを取り出す。


「一個しかない」


「半分こ」


「半分こって言う年齢か」


「いいから」


 強引だった。

 ルナが片方。

 もう片方を俺に渡す。

 少しだけ近い。

 なんか。

 変に意識する。


「ほら」


「……おう」


 音楽が流れる。

 知らない曲。

 でも。

 静かで。

 夜に合っていた。


「どう?」


「いいんじゃね」


「雑」


「感想苦手なんだよ」


「勉強以外全部苦手そう」


「失礼だな」


 ルナが笑う。

 俺も少し笑う。

 そのまま。

 しばらく何も話さなかった。

 でも。

 不思議と気まずくない。

 沈黙なのに。

 落ち着く。


 

---


「ねぇ」


 ルナがぽつりと言う。


「ん?」


「もしさ」


「また変な質問か」


「変じゃない」


 たぶん変だ。


「私と陽」


「うん」


「どっちが面白い?」


「陽」


「即答!?」


「だって面白いだろ」


「私だって面白い!」


「変なだけ」


「ひど」


 ルナがショックを受けている。


「じゃあ」


「ん?」


「私と勉強」


「勉強」


「最低」


「聞いたのお前だろ」


「じゃあ」


「まだあるのか」


「私とココア」


「ココア」


「ひどすぎる」


 笑う。

 ルナも笑う。

 馬鹿みたいな会話。

 なのに。

 なんか楽しかった。


---


 時間が過ぎる。

 気づけば。

 かなり遅かった。


「やば」


「ん?」


「そろそろ帰る」


「そだね」


 ベンチから立ち上がる。

 夜景。

 風。

 秘密基地。

 なんとなく。

 今日はいつもより楽しかった。


「湊」


「なに」


 階段を降りながら。

 ルナが言う。


「今日楽しかった」


「そうか?」


「うん」


 即答だった。


「今までで一番」


 一瞬。

 言葉が止まる。


「大げさ」


「ほんとだよ」


 ルナは笑う。

 でも。

 その笑顔が。

 少しだけ。

 寂しそうに見えた。

 ほんの一瞬だけ。

 だから。


「……また来ればいいだろ」


 思わず言う。


「また明日もあるし」


 ルナが少し目を丸くした。


「……うん」


 小さく笑う。

 それから。


「そうだね」


 いつもより優しい声だった。


---


 分かれ道。

 夜。

 静かな住宅街。

 少しだけ立ち止まる。


「じゃあ」


 ルナが手を振る。


「また明日」


 自然な言葉。

 もう。

 当たり前みたいになっている。

 だから俺も。


「おう」


 少し笑う。


「また明日、ルナ」


 一瞬。

 ルナが嬉しそうに笑った。


「うん」


「また明日、湊」


 白いパーカーが夜の向こうへ消えていく。

 その背中を見送りながら思う。

 たぶん。

 今が一番楽しい。

 そんな気がした。


ep.7を読んでいただきありがとうございました。


今回は久しぶりに大きな事件のない、二人の日常回でした。


仲直りしたからこその距離感。 遠慮のない会話。 くだらないやり取り。


そして少しずつ増えていく思い出。


ただ――


幸せな時間ほど、後から振り返ると特別だったことに気づくのかもしれません。


次回 ep.8


「君のいない昼」


少しずつ、違和感が形になり始めます。

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