第一章6 『三人組』
スーパーヒーローは異世界で悪夢に悩まされ始めていた。
新たな仲間たちはすでに円香に同行する準備ができている。
彼らは次に何をして、彼を衛兵たちから隠そうとするのか。
彼らは円香にとって見覚えのない場所の上空を飛んでいた。
彼はまるでキーホルダーのように宙にぶら下がっている――ペガサスが彼のマントを咥え、布を歯で強く噛んでいた。
「な、何だ……!?」
彼はもがいて抜け出そうとしたが、体が左右に大きく揺さぶられるだけだった。
次の瞬間、ペガサスが顎を離す。
円香は一メートルほど横に弾き飛ばされ、空中でなんとか体勢を立て直した。
視線を上げると、ようやく見えた――目の前にはペガサスに乗った騎手。隊の特徴的な制服を着た女だった。
「お前も……あいつらの一人か!!!!」
すぐに逃げ出そうとしたその時、見知らぬ少女の声がそれを止めた。
「ま、待ってください……! わ、私は敵じゃありません……」
「え……?」
ブリアンナは小さな拳を握りしめ、それを胸の前に持ち上げた。
「あなたを助けたいんです……!」
円香の疑いは明らかだった。
彼は彼女の方へ向き直り、二人は少し速度を落とす。
「俺をバカだと思ってるのか? 今はこうやって信用させておいて、油断した瞬間に仲間を呼んで捕まえるつもりだろ!!」
「ち、違います……! 本当に助けたいんです……!!」
彼は言葉に詰まった。
「そうか……じゃあ、何の得があってやってるんだ?」
彼女の顔が赤く染まり、視線がすぐに逸れる。
「……わ、私のペガサスが、あ、あなたのことを心配してて……」
純白のペガサスが、呆れたような目で主人を振り返った。
『そうか』
『信用していいのか……? 罠だったら……』
円香はブリアンナを見た。彼女は落ち着かない様子で髪の束を指に巻きつけ、視線を合わせようとしない。赤みも引かない。
「なあ……」
彼女はビクッとした。
「な、なに?」
「この街からどうやって出ればいい?」
「も、もう首都じゃありません」
「え……!?」
彼は下を見た――そこにあるはずの建物も、巨大な城も見えない。
「どうして!? 俺は見えない壁で出られなかったはずだ!」
「見えない壁……? あ、それはバリアです。私が通ったときは妨害されませんでした。私のペガサスは速度で有名で、その速さのおかげであなたをここまで連れてこられたんです」
「速度……」
円香は一瞬考え込む。かつての世界で、超スピードを持つ仲間を思い出していた。
「すみません!! ……あの、よろしければ、お名前を教えていただけますか?」
彼女の頬はさらに赤くなった。
「もちろんだ。俺の名前は佐野円香。ヒーローだ」
彼は腕を組み、わざとらしく胸を張る。
「そしてあなたの名前は、ミレディ」
ブリアンナは一気に真っ赤になった。
「み、み、ミレディ!?」
円香は不思議そうに首を傾げる。
「そうだが」
「ク、クリル・ブリアンナです!!!!」
彼女は騎乗したまま深くお辞儀をした。
ペガサスは呆れたように目を細め、鼻を鳴らした。
『どうやら嘘ではなさそうだな……こいつを利用して脱出する!』
円香はエリオットに少し近づき、その耳のあたりをそっと撫でた。
ペガサスは抵抗しなかった。
「どうしてこいつが俺のことを心配してるって分かった? こいつ、喋れるのか?」
「……私のこと、そんなにバカだと思ってるの……!」
ペガサスが嘶いた。
「エリオット、やめて!!」
ブリアンナは頬を膨らませてそっぽを向いた。
「ふんっ!」
「こいつの名前、エリオットなのか?」
円香が横目でブリアンナを見る。
「うん。お父さんが名付けたの」
「いい名前だな」
「ほ、本当?」
「うん!!」
円香は頷いた。
その瞬間、彼の脳裏に一気に映像が流れ込む。
逃走の際に巻き込まれ、命を落とした人々の姿。
『……俺のせいじゃない……俺のせいじゃない……俺のせいじゃない……』
円香は頭を抱え、髪をかき乱した。
「俺は悪くない……俺は悪くない……俺は悪くない……!」
「円香くん?」
「……あ?」
「大丈夫……?」
ブリアンナの声には不安が混じっていた。
「悪い……少しだけ、ここに降りてもいいか?」
「う、うん……」
二人はゆっくりと降下していく。
ブリアンナは心配そうに円香を見つめていた。
やがて古い大きな木の下に着地すると、円香は地面に腰を下ろした。
「ブリアンナさん……」
「は、はい?」
彼女はエリオットから飛び降り、手綱を取ってそばに寄せた。二人は円香の近くに立つ。
「俺に手を貸したら……お前に何かあるんじゃないのか?」
ブリアンナは少し言葉に詰まった。
「す、少しだけ……隣、いい?」
「……ああ」
ブリアンナは円香の隣に座り、エリオットはその後ろに横たわる。まるで二人を包み込むように体を丸め、寄りかかれる空間を作った。
「見ず知らずの俺を助けて、立場とか大丈夫なのか?」
「そ、それは関係ない……それに、もう知らない人じゃないし……」
彼女はまた視線を逸らし、顔を赤くした。
「それより……さっき上で何があったの? どうして急にあんな顔をしたの?」
ブリアンナの問いはまっすぐだった。逃げられない圧があった。
「……さっきのことだが……俺のせいで、さっき多くの人が死んだ」
円香の声が震える。
「でも俺は悪くない。俺は悪くない。全部あの緑の服の女のせいだ。あいつがいなければ俺は……俺は……」
涙が滲み、円香は顔を背けて袖で拭った。
「円香くん……?」
「……なんでもない。ちょっと……」
その時、ブリアンナの手が円香の胸元に触れた。
彼女はそのまま背中から円香を抱きしめる。
「ブリアンナさん……?」
「円香くん、少し休もう? あなたは優しい人です。自分を疑わないで」
エリオットの体にもたれかかるようにして、二人はそのまま横になった。
抱きしめられたまま、静かに眠りに落ちていく。
円香はなかなか眠りにつけなかった。緊張が抜けない。自分の置かれた状況が理解できない。
『この世界では、初対面の相手に抱きつくのが普通なのか……? いや、とにかく深入りするな』
彼は横を向き、暗闇を見つめたまま目を閉じた。
しばらく動かず、ブリアンナの規則正しい寝息だけに耳を澄ませる。
やがてブリアンナが完全に眠っていることを確認すると、少しだけ緊張が解けた。
長く重い一日の末、彼もようやく眠りに落ちていく。
――夢の中。
そこには、彼のせいで死んだ首都の住民たちの姿があった。
それはまるで動く死体のように蘇り、円香を取り囲んでいた。
「なぜだ!」
「なぜだ!」
「どうして俺たちは死んだ!?」
「何をしたっていうんだ!」
声が四方から押し寄せる。空気そのものが震えているようだった。
そのうちの一人が円香に飛びかかる。
「うわっ!!」
円香は跳ね起きた。
「はぁっ……はぁっ……!!」
胸を押さえ、荒い呼吸を繰り返す。心臓が今にも飛び出しそうに激しく脈打っていた。
数秒間、自分の居場所すら分からなかった。
やがて視界が徐々に戻る。
その時、誰かの視線を感じた。
エリオットが首を傾げながら円香を見て、鼻を鳴らしている。
まるで「どうした」と言っているようだった。
近くでは小さな焚き火がぱちぱちと音を立て、揺れる影を地面に落としている。
「もう夜か……俺、どれくらい寝てた?」
顔を手で覆いながら息を整える。
ふと視線が空いた場所に止まった。
「エリオット……ブリアンナはどこだ? ……いや、もう動物と会話してるとか俺終わってるな」
彼は周囲を見回した。
「大丈夫なのか……?」
近くの茂みが揺れた。
乾いた枝が大きく折れる音。
円香はビクッと肩を震わせ、反射的に後ずさる。拳を握る。
「ブリアンナ? お前か?」
……
静寂。
「円香!」
再び声がした。
円香は勢いよく立ち上がる。
「ブリアンナ!?」
彼は茂みに向かって駆け出した。
「円香、助けて!!!!」
「ブリアンナ!!」
枝をかき分ける。
「お願い!! 早く!!」
「今行く!!」
『助けなきゃ……!』
最後の茂みを押し分けた瞬間――円香は固まった。
そこに立っていたのはブリアンナだった。
一瞬の静寂。
背を向けたその体は傷だらけで、異様な腐敗臭が漂っていた。
そして――
肉の上を這う無数の虫。
すでに生きているとは思えない状態だった。
「な、何だそれ……!?」
円香は一歩後ずさる。
ブリアンナがゆっくりと首だけを振り向ける。
――ゴキリ。
体は動かさず、首だけが不自然に回る。
白く濁った目が円香を見つめていた。
顔は苦痛で歪み、固まったような表情だった。
「な、なんだよこれ……」
一歩、彼女が進む。
動きはぎこちなく、糸の切れた人形のようだった。
「来るな!!!」
「どうしたの、円香? 私だよ――ブリアンナ……あなたの救い主だよ!!」
円香は後退する。
呼吸が乱れ、視界が揺れる。
恐怖が全身を支配した。
「来るなって言ってるだろ!!!!」
叫ぶ。
しかしブリアンナは止まらない。
腐臭が一気に鼻を突き、円香は思わず目を閉じた。
その瞬間――ブリアンナが跳びかかる。
「助けて!!!!」
足に絡みつく。
「うわああっ!!」
円香は必死に振りほどこうとする。
「離れろ!! もう助からない!!」
「助けて!! 見捨てないで!!」
声が歪み、壊れた叫びに変わる。
円香は反射的に足を振り上げた。
鈍い衝撃。
ブリアンナの頭部が弾かれ、力が抜けるように地面へ崩れ落ちる。
円香は数秒固まり、慌てて足を引き抜いた。
『……何なんだよ、この世界は……!!』
「エリオット……! 逃げるぞ!!」
振り返って走り出す。
「エリオット、ブリアンナ……あいつ……!」
「――――!!!!」
円香は再び凍りついた。
焚き火のそばに、エリオットが立っていた。
二本足で。
白い目が、まっすぐ円香を見ている。
口がわずかに開き、翼はだらりと垂れ下がっていた。
体毛は乱れ、前脚は不自然に広がっている。
「……二本足で……立ってる……?」
一歩。
さらに一歩。
エリオットが近づいてくる。
不安定な動きで、まるで初めて歩く子供のように。
「や、やめろ……エリオット!!」
しかし止まらない。
腐臭が強くなる。
動きが加速する。
――そして、円香は逃げ場を失った。
エリオットが飛びかかる。
「うわあああああ!!!!」
――その瞬間。
円香は跳ね起きた。
「はぁっ……はぁっ……!!」
荒い呼吸のまま、現実へと戻っていた。




