光
「⋯⋯おまえ達は、ここで何をしている?」
そう言うと、女が手にする刃の先に、力が込められるのが首元に伝わった。
ハルヲは素直に答えるべきか、一瞬の逡巡を見せた。だが、嘘をつく意味がないと考え、素直に答える。
「【吹き溜まり】に落ちたキルロの救出よ」
地面で力なく仰向けになっているキルロを指差した。
「なぜ落ちた?」
「知らないわよ、こっちが聞きたいくらい。事故なのかハメられたのか⋯⋯多分、ハメられたと思うけど⋯⋯」
首元にあてられた刃から、冷たい感触が伝わる。その刃先から女の迷いを感じ取れた。
ハルヲは出来るだけ冷静を装い、雰囲気に呑まれないように努める。
「あなたこそ、何者?」
グっと刃に力が入り、答える気などないと、女の沈黙は雄弁に語る。
「⋯⋯なぜ、この男をハメる必要がある? この男に何かあるのか?」
「いや、そこの白蛇狙いだと思う。主を消して、どこかで高く売るつもりだったんじゃない」
女の視線は、ハルヲとキルロの間を何度も往復し、考えあぐねているのがわかる。女は、唐突に深い溜め息を漏らすと、ククリ刀を下ろした。
「あんた達を外に出してやる」
「?!」
女の思わぬ言葉に、ハルヲは戸惑いを隠せない。顔を上げるハルヲに、女はククリ刀を真っ直ぐ向けた。
知らない猫人⋯⋯。
「ただし、ここで見たもの全て忘れる事。あんた達は【吹き溜まり】でこの男を無事に救出した。それだけだ」
女は面倒くさそうに言い放ち、ハルヲも黙ってそれに頷いた。
ハルヲが女の手を借りてキルロをグラバーの背に乗せると、女は布切れを取り出し、ハルヲの目をきつく縛り付け視界を塞いだ。
戸惑うハルヲに、女は面倒そうに言い放つ。
「嫌なら、ここで終わりだ」
「わかっているわ」
ハルヲは素直に目隠しを受け入れ、身を預けるしかなかった。
この女を信じられる材料はないのだが、他に選択肢は存在しない。細い紐を握らされると、ハルヲは無言で引っ張られた。
疑心を胸の奥へと押し込み、痛む足を引きずり必死に足を動かす。太もも裏側から襲う、鈍い痛みと熱っぽさは、足の運びを遮ろうとしてきた。
これを乗り切ればきっと⋯⋯。
淡い期待を胸に、ハルヲは足を動かすことだけに集中した。
□■
どのくらい歩いた?
視界を奪われ、時間の感覚がつかめない。体力も限界をとうに越えているが、歩みを止めるわけにはいかない。
「止まれ」
女の声が聞こえると、ズッズっと重いものを引きずる音がした。
そしてまた歩き出す。
うん? 明るくなった?
目隠し越しでも、明るくなったのがわかる。
外に出たのか?
「止まれ」
女に言われた通り立ち止まると、ズッズっと背中越しに重いものが引きずられる音がまた聞こえた。
湿り気を帯びた草葉の香りがしてきた。目隠しは外されず、右へ左へとひっきりなしに、また引っ張られる。
足元から伝わる草葉を踏みしめる感覚は、外に出られた安堵を呼ぶ。だが、自分がどの方向を向いているのか、どこにいるのか、全くわからない。外に出ても、女のなすがままに進むしかなかった。
「止まれ。ここを東に行け。街だ。」
女が背中に回り込む感じがすると、目隠しが外された。急な光が目に飛びこみ、ハルヲは思わず目を閉じてしまう。
少しずつ目を開き、光に目を慣らして行く。目が慣れた頃には、当然のごとく女の姿はそこになかった。
結局あの女はなんだったのだ?
ハルヲは太陽の向きを確認すると、東にゆっくりと歩みを進める。
歩みは遅いが、確実に一歩、また一歩と街が近付く感覚は足を踏み出す支えとなった。
もう少しだ。
グラバーの上でぐったりと動かないキルロを見つめ、痛む足に耐えながら確実に進んだ。
街が見えてくる頃には夕闇が訪れ、パーティーに長い影を落としていた。
■□■□
キルロは、明るく柔らかい光を感じ目が覚めた。
あれ? 洞窟ってこんなに明るかったっけ??
背中に感じる感触は固い地面ではなく、柔らかな布団のぬくもりだった。キルロは、ゆっくりと意識を回復させる。
体中が痛え。
でも、生きている。
自分の体をゆっくりと見回すと、しっかりと包帯が巻かれ、手当がされていた。左腕は肩からしっかりと固定されていて動かせない。
病室か?
キノは!
ベッドから立ちあがろうとすると激しいめまいに襲われ、うまく立ち上がれない。めまいが収まるまでしばらくじっとして、あらためて部屋の外へ出た。
「お! キルロさん、起きましたね。もう起きて大丈夫ですか?」
両手にいっぱいに荷物を持った笑顔のアウロがそこにいた。
「アウロか! なんだか久しぶりに感じるな」
キルロが笑顔を返すと、アウロも笑顔で奥へ消えて行く⋯⋯。
うん? アウロ??
な、なんで??
病院じゃないの???
「ちょ、ちょっと待った! アウロ!」
廊下の奥へと消えて行こうとする、アウロを慌てて呼び止めた。
「ちょっと忙しいのですが」
アウロは両手の大荷物を見せ、不機嫌を隠さない。
「スマンって! いろいろと状況が飲み込めてないんだが⋯⋯病院じゃないの? ここ?」
「あ、えーと、病院じゃないけど、病院です」
「それって病院ってこと?? え? 病院じゃないってこと?? どっち?」
「だから、ここって、元病院じゃないですか。今さらですか?」
「何その今さら⋯⋯って??」
「だから、もう! 【ハルヲンテイム】は、元病院だったところですよ」
「え?! そうなの?」
「キルロさん⋯⋯今さらですか⋯⋯」
アウロは呆れ顔で首を振って見せる。
仕方ないよね、いつも裏口から、ちょろっと覗くだけなんだもん。
キルロは、同意を求めようと思ったが止めた。他に聞かなくてはならない事が、たくさんある。
「キノは?! キノは大丈夫か!?」
「大丈夫ですよ。ちょっと弱っていましたが、今はピンピンして裏で遊んでますよ」
よかった。
一番の懸念が問題なかった。
二番目を聞いてみよう。
「あ、あの~、それで、ワタクシはなんで、ここにいるのでしょうか??」
「ああ、それはですね⋯⋯」
アウロが事の経緯を語ってくれた。
キノが攫われたこと、ハルヲが助けてくれたこと。
病院だと入院代が高くつくということで、病院ではなく薬などが揃っている店の空室で面倒見てくれたこと。かれこれ救出されてから三日も経っていること⋯⋯。
アウロに感謝を述べ、全てを理解したキルロは、ハルヲの院長室へ向かった。
「ハルヲ様、この度は大変ご迷惑をお掛けいたしまして申し訳ありませんでした。そして色々と誠にありがとうございました」
キルロは院長室の扉を丁寧に開き、入るなり右手を胸に当てながら謝罪と感謝を仰々しく告げた。
「はっは~ん、良く分かったようだな。ワタシを崇めなさい」
ハルヲは、わざとらしく椅子にふんぞり返り、ふくよかな胸を張った。
なんとも悔しいのだが、今回は何も言えない。
「な、なにも言えねぇ」
「そうよね~【吹き溜まり】に落ちて、相当ヤバいとこまで行ったもんね~。あれ? 救ってあげたのは?」
「ハルヲンスイーバ・カラログース様です」
「よろしい。さあさあ、崇め奉りなさい」
悔しい。
しかし、ぐうの音も出ないとはまさしくこのことだ。
涙を飲んで受け入れよう。
ハルヲが書類を取ろうと立ちあがると、杖を突いているのが目に入った。
「おまえ、その足⋯⋯大丈夫なのか?」
「ああ、これ? 店の子達が大袈裟なのよ。たいしたことないわ」
「ヤバかったみたいだな。ホントにありがとう。キノのこともな。色々と助かったよ、しかし、また借りを作っちまったな」
「そうよ、しっかり返してね」
ハルヲは、いたずらっ子みたいな無邪気な笑顔を見せた。
“もうしばらくここで、治療を受けなさい”と言われ、キルロは断ったものの、受け入れられるはずもなく、諦めてもうしばらく厄介になることにした。
従業員のみんなにも迷惑を掛けたと、キルロは挨拶して回る。
戻ってきた時は相当ヤバそうに見えていたらしく、みんながキルロの快方を喜んでくれた。
「キルロさん!」
「おお! エレナ! ありがとう。色々と迷惑かけたな」
エレナは首をブンブン振って“良かった、良かった”と何度も言って喜んだ。傍で寝ころんでいるクエイサー達にも感謝を伝える。
今回はみんなに迷惑を掛けてしまったな。
クエイサー達に挨拶していると、キノが、スルっと寄ってきた。
「キノもありがとな。ハルヲ達と一緒に見つけてくれたんだってな」
キルロが笑顔で、キノの頭を撫でる。
無事に帰れて本当に良かったと、あらためて無事を噛み締めた。
■□
それから数日。
キルロは、ハルヲの言葉に甘え、【ハルヲンテイム】で世話になっていた。夕方になると、キノとエレナが遊びに来て、キノはそのままキルロの足元で眠りにつく。
夜になり、眠りにつこうかという時、足元にいるキノが目に入った。
エレナとキノはホントに仲がいいよな。まるで女の子同士がじゃれ合っているみたいだ。いや姉妹かな? 友達か⋯⋯。
そんなことを思いながら、キルロは眠りに落ちていく。
翌朝、キルロが起きると、全く予想だにしていなかった事態にパニックになってしまう。
自分の足元に、知らない幼い女の子が裸で眠っている。
何がどうして、どうなるとこんなことになるのか、理解が追いつかない。
「え?? ぇええええー! 誰?! この子?!」
静かな部屋にキルロの絶叫が響き渡り、そして静寂が訪れる。
こういう時はとりあえず⋯⋯。
「ハルヲ―——!!」
キルロは、部屋の外へ飛び出した。




