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「⋯⋯ここで何をしている?」


 獣人らしき女の手にする刃の先から力が込められるのが、ハルヲの首元に伝わった。素直に答えるべきか、一瞬の逡巡を見せるが、嘘をつく意味がないと素直に答える。


「【吹き溜まり】に落ちた、コイツの救出よ」


 ハルヲは、地面で力なく仰向けているキルロを指差した。


「なぜ落ちた?」

「知らないわよ、こっちが聞きたいくらい。事故なのかハメられたのか⋯⋯多分ハメられたんだと思うけど⋯⋯」


 ハルヲの首元にあてられた刃から、冷たい感触が伝わる。その刃先から獣人の女の迷いみたいなものを感じた。

 努めて冷静にハルヲは答える。

 声がうわずらないようにしっかりした口調を心掛けた。

 

 コイツは一体誰なんだ?


「あなたこそ、ここで何をしているの?」


 ハルヲが聞き返すと獣人の握る、波打つように湾曲したククリ刀に、グっとまた力が入るのが伝わる。

 答える気などないと、獣人女の沈黙は雄弁に語っており、ハルヲは、それ以上追求する事はなかった。


「なぜ、この男をハメる必要がある?」

「そこの白蛇狙いかな。主を消して、どこかで高く売るつもりだったんじゃない」


 獣人の女の視線は、ハルヲとキルロの間を忙しなく動き、必死に思考をまとめる。獣人の女は、深い溜め息を漏らすと、ククリ刀を下ろしていった。


「あんた達を外に連れて行く」

「?!」


 思わぬ展開にハルヲは戸惑ってしまう。顔上げるハルヲに、獣人の女はククリ刀を真っ直ぐハルヲの顔に向けた。

 

 猫人(キャットピープル)⋯⋯。


「ただし、ここで見たもの全て忘れる事。あんた達は【吹き溜まり】でこの男を無事に救出した。それだけだ」


 女は面倒くさそうに言い放ち、ハルヲは黙ってそれに頷いた。

 ククリ刀を下ろすとハルヲと女は、キルロをグラバーの背に乗せる。女は布切れでハルヲの目をきつく縛り付け、視界を塞いでしまう。


「イヤと言うなら、ここで永遠のサヨナラだ」

「わかっているわ」


 ハルヲは素直に目隠しを受け入れ、この猫人(キャットピープル)に身を預けるしかなかった。

 この女を信じられる材料はないのだが、他に選択肢はない。細い紐を握らされると、ハルヲは無言で引っ張られた。

 疑心を胸の奥へと押し込み、痛む足を引きずり必死に歩を進める。腿の裏側は常に鈍い痛みと熱っぽさを放ち、足の運びを遮ろうとしてきた。

 

 これを乗り切ればきっと。

 

 淡い期待を胸に、ハルヲは足を動かす事だけに集中した。



 どのくらい歩いた?

 

 視界を奪われ、自身の荒い呼吸ばかりが気になる。

 体力も限界はとうに越えていた。だが、今は、歩みは止めるわけにはいかない。


「止まれ」


 女の声が聞こえると、ズッズっと重いものを引きずる音がした。

 

 また歩きだす。

 うん? 明るくなった?

 

 目隠し越しに陽光のあたる感覚があった。

 

 外に出たのか?


「止まれ」


 女に言われた通り立ち止まると、ズッズっと背中越しに重いものが引きずる音がまた聞こえた。

 湿り気を帯びた草葉の香りがしてきた。目隠しは外されず、右へ左へとひっきりなしに、また引っ張られる。

 足元に草葉を踏みしめる感覚は、外に出れた安堵を呼ぶ。だが、自分がどの方向を向いているのか、どこにいるのか、全くわからない。なすがままに進む。


「止まれ。ここを東に行け。街だ。」


 女はそれだけ言うと目隠しを外した。急な光が目に飛びこみ、ハルヲは思わず目を閉じてしまう。

 少しずつ目を開き、光に目を慣らして行く。目が慣れた頃には、当然のごとく女の姿はそこになかった。


 結局あの女はなんだったのだ?


 ハルヲは太陽の向きを確認すると、東にゆっくりとパーティーを進める。

 

 もう少しだ。


 グラバーの上でぐったりと動かないキルロを見つめ、痛む足に耐えながらも、確実に進んだ。

 街が見えてくる頃には夕闇が訪れ、パーティーに長い影を落としていた。


■□■□

 

 キルロは、明るく柔らかい光を感じ目が覚めた。

 

 洞窟じゃなかたっけ?? 

 

 背中に感じる感触は固い地面ではなく、柔らかな布団のぬくもりだった。キルロは、ゆっくりと意識を起立させる。

 

 体中が痛え。

 でも、生きている。

 

 自分の体をゆっくりと見回すと。しっかりと包帯が巻かれ、手当てしてあった。左腕は肩ごとしっかり固定されていて、動かせない。

 

 病室か?

 キノは!


 ベッドから立ちあがろうとすると激しいめまいに襲われ、フラフラとうまく立ちあがれない。めまいが治まるまでジッと堪え、部屋の外へ出た。


「お! キルロさん、起きましたね。もう起きて大丈夫ですか?」


 両手にいっぱいに荷物を持った笑顔のアウロがそこにいた。


「お! アウロか! なんだか久しぶりに感じるな」


 キルロが笑顔を返すと、アウロも笑顔で奥へ消えて行く⋯⋯。


 うん? アウロ??

 な、なんで??

 病院じゃないの???


「ちょ、ちょっと待ったーー! アウローー!」


 廊下の奥へと消えて行こうとする、アウロを呼び止めた。


「ちょっと忙しいのですが」


 アウロは両手の大荷物を見せ、不機嫌を隠さない。


「スマンって! いろいろと状況が飲み込めてないんだが⋯⋯病院じゃないの? ここ?」

「あ、えーと、病院じゃないけど、病院です」

「それって病院ってこと?? え? ここ病院じゃないってこと?? え? どっち?」

「だから、ここって、元病院じゃないですか。今さらですか?」

「何その今さら⋯⋯って??」

「だから、もう、【ハルヲンテイム】は、元病院じゃないですか」

「え?! そうなの?」


 “もう”と、アウロは呆れ顔で首を振って見せる。

 

 仕方なくない、いつも裏口から、ちょろっと覗くだけなんだもん。

 

 キルロは、同意を求めようと思ったが止めておいた。他に聞かなくてはならない事が、たくさんある。


「キノは?! キノは大丈夫か!?」

「大丈夫ですよ。ちょっと弱っていましたが、今はピンピンして裏で遊んでますよ」


 良かった。

 一番の懸念が問題なかった。

 二番目を聞いてみよう。


「あ、あの~、それで、ワタクシはなんで、ここにいるのでしょうか??」

「ああ、それはですね⋯⋯」


 アウロが事の経緯を語ってくれた。

 キノが攫われたこと、ハルヲが助けてくれた事。

 入院代が掛かるという事で、病院ではなく薬などが揃っている店の空室で、面倒見てくれた事。かれこれ救出されてから三日も経っている事。

 アウロに感謝を述べ、全てを理解したキルロは、ハルヲの院長室へ向かった。


「ハルヲ様、この度は大変ご迷惑をお掛けいたしまして申し訳ありませんでした。そして色々と誠にありがとうございました」


 キルロは、院長室の扉を丁寧に開き、右手を胸に当てながら謝罪と感謝を告げた。


「はっは~ん、良く分かったようだな。ワタシを崇めなさい」


 ハルヲは、わざとらしく椅子にふんぞり返り、ふくよかな胸を張った。

 なんとも悔しいのだが、今回は何も言えない。


「な、なにも言えね」

「そうよね~【吹き溜まり】に落ちて、相当ヤバいとこまで行ったもんね~。あれ? 救ってあげたのは?」

「ハルヲンスイーバ・カラログース様です」

「よろしい。さあさあ、崇め奉りなさい」


 悔しい。

 しかし、ぐうの音も出ないとはまさしくこの事だ。

 涙を飲んで受け入れよう。

 ハルヲが書類を取ろうと立ちあがると、杖を突いているのが目に入った。


「おまえ、その足⋯⋯大丈夫なのか?」

「ああ、これ? 店の子達が大袈裟なのよ。たいしたことないわ」

「ヤバかったみたいだな。ホントにありがとう。キノの事もな。色々と助かったよ、しかし、また借りを作ちまったな」

「そうよ、しっかり返してね」


 ハルヲは、いたずらっ子みたいな無邪気な笑顔を見せた。

 “もうしばらくここで、治療を受けなさい”と言われ、キルロは断ったものの、受け入れられるはずもなく、諦めてもうしばらく厄介になる事にした。

 従業員のみんなにも迷惑を掛けたと、キルロは挨拶して回った。

 みんなが安堵の笑顔を見せてくれる。

 戻ってきた時は相当ヤバそうに見えていたらしく、みんながキルロの快方を喜んでくれた。


「キルロさん!」

「おお! エレナ! ありがとう。色々と迷惑掛けたな」


 エレナは首をブンブン振って“良かった、良かった”と何度も言って喜んでくれた。ハルヲに同行してくれたクエイサー達にも“ありがとう”と感謝を伝える。

 

 今回はみんなに迷惑を掛けてしまったな。

 

 クエイサー達に挨拶していると、キノが、スルっと寄って来た。


「キノ、ありがとう。ハルヲ達と一緒に見つけてくれたんだってな」


 キルロが笑顔で、キノの頭を撫でる。

 

 無事に帰れて、ホントに良かった。


■□


 それから数日。

 キルロは、ハルヲの言葉に甘え、ハルヲンテイムでお世話になっていた。夕方になると、キノとエレナが遊びに来て、キノはそのままキルロの足元で眠りにつく。

 夜になり、眠りにつこうかという時、足元にいるキノが目に入った。


 エレナとキノはホントに仲がいいよな。まるで女の子同士がじゃれ合っているみたいだ。いや姉妹かな? 友達か⋯⋯。


 キルロは、そんな事を思いながら眠りについた。

 

 朝、キルロが起きると、全く予想だにしてなかった事態にパニックを起こしてしまう。

 自分の足元に、知らない幼い女の子が裸で眠っていた。


「え?」

「えぇ?!」

「ぇええええー! 誰?! この子?!」


 静かな部屋に、キルロの絶叫が木霊する


 こういう時はとりあえず⋯⋯。


「ハルヲーーーーーーー!!!」


 キルロは、部屋の外へと飛び出した。


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