Scene13
僕は、ご存じのとおり《異形の者》ですが、昔――物心がつき始めた頃でしょうか。その頃までは人間だと思っていたんです。
というのも、僕を拾ってくれた旦那様と奥様が、生まれたての僕を人間の赤ん坊と同じように扱い、人間の子にするのと同じように育ててくれたからなんです。
――はい。僕は十八年前に生まれました。
……いや、どうなんでしょうねぇ、実のところよくわかりません。拾われたのは十八年前ですが、それよりもっと前に、もしかしたら存在はしていたのかもしれません。
僕は、旦那様と奥様がお参りした神社にある、藤棚の下で見つけられました。
そこには植え込みがあって、植え込みの中で何かが反射したような気がして――おふたりは植え込みを覗き込んでみたんだそうです。
そうです。そこには「僕」がいました。といっても、まだ「僕」にはなっていなかったんですけど。
はは、わかりづらいですよねぇ、すみません。これから説明しますね。
まずストレートに言うと、おふたりがその時見つけたもの――それは白い塊でした。
白い塊はわずかに発光していて、大きさはだいたい大人の拳二つ分ほどだったそうです。パッと見は、石のようだったと言っていました。
おふたりは「いったいなんだろう、もっと近くで見てみよう」と思い――旦那様が、白い塊を植え込みから持ち上げたそうです。
すると――。
白い塊は強く輝き始めました。
そして眩しさに目を瞑ったおふたりが再び瞼を開けた時――旦那様の腕の中に赤ん坊がいました。
――はい、それが僕です。
ん? 《機関》には妖狐と? ああ、《機関》でお調べに?
いえいえ、気を悪くなんかしていませんよ。むしろ当然です。――それに、僕もお嬢さんのことを……はい。なのでお互い様ですね。
で、妖狐の件についてですが……。
これがちょっと複雑な話なんですよねぇ。長いお話になりそうですがよろしいですか?
――では。
まず、旦那様……周防貴一さんのことからお話しましょうか。
あの方は――といいますか周防家は、代々流浪の神をお祀りする一族なんです。それはご存知でしたか?
ああ、そうですか、ご存じではないと。ええと、周防家というのは、あちこちを旅する神様の、東京でのお宿を管理する役目を任されているんです。
「僕」を見つけた神社もお宿のひとつです。
はは、神社といっても公園みたいなもんで、敷地の端に小さなお社があるだけなんですけどね。
どのような神か? はい、いい質問ですよぉ、お嬢さん。
その周防家の神様こそが、妖狐なんです!
神なのに妖狐……ってお嬢さん! お稲荷さんって言ってくださいよぉ、周防の神様なんですから。
え、最初に妖狐と言ったのは僕? あはは、はい、そうでした。
ごまかしてなんかないですよぉ。
ええと、そうですねぇ、勘のいいお嬢さんならもうお察しかと思いますが……。
――はい。《異形の者》です。周防家は、《異形の者》をお祀りしているんです。
でも、珍しいことじゃないですよね? 古今東西、かつては神と呼ばれた存在が《異形の者》を指していた――なんてのはよくある話ですし。
つまり、周防家の神=妖狐の《異形の者》ということです。
――さて、ここで旦那様と奥様についてお話を戻します。
「僕」を拾ったおふたりは、赤ん坊に変わった「僕」に驚きながらも、これは「神からの授かりもの」だと、「僕」を育てることにしたんですね。
はい、まぁ神社で拾ったわけですから。
……それに、おふたりは……いえ、旦那様は子供が授かるよう、神社にお参りしていたんです。だから余計に何か感じ入るものがあったんでしょうね。
「僕」を拾ってくださったおふたりは、「僕」に藤という名前をつけ、我が子として育て始めました。――そうです、僕の名前は神社の藤棚が由来なんですよ。
おふたりは明らかに人間ではない僕を、人間の赤ん坊にするようにミルクを飲ませおむつを替え――普通に育ててくれました。石から人間に姿を変えてからは、僕は普通の人間の赤ん坊とほとんど違いがありませんでしたから。
ですから僕は、そこらを歩いている人間の子と同じように、ミルクを飲んで育ったわけです。
しかしやはり……僕は……僕は人間ではありませんから。
ある時、小さな事件が起こりました。
旦那様が僕を抱き上げた時のことです。
僕は旦那様の腕の中で、何の前触れもなく「狐」に姿を変えました。もちろん赤ん坊なので、なんで「狐」に姿を変えたのかなんて言いません。
――でも、旦那様には理由がわかりました。
その日、旦那様は家に帰る前、周防の社に立ち寄っていたのです。
旦那様は熱心に流浪の神を信仰しております。神を強く慕っているのです。できることならその神になってしまいたいと思うほど。ですから、その想いが僕に伝わり、僕は狐に姿を変えたのではないかと考えました。
そしてちょうどその頃、僕は《機関》に登録されました。
周防夫妻の正式な子供になるためには必要不可欠でしたので。
――はい。それで僕は妖狐として登録されているわけです。
そうなんですよ、一応《機関》でも検査はされたらしいんですけどね? 《異形の者》の分類わけなんて、結局は自己申告頼りなんです。《機関》の技術じゃあ、まだ体をちょいと調べたくらいでは大まかなことしかわかりません。
だって僕の本性は本当なら「白い塊」とするべきなんでしょうけど――そんな《異形の者》がいるかはさておき――、結局は《機関》も妖狐と認めたました。
ええと、詳しいことは言えませんけど、《機関》では《探偵》が《武器》で本性を暴くのと同じ原理のこともされたそうです。でも、その時僕が本性として姿を現したのは「白い塊」ではなくて「妖狐」のほうで……。はい、それで《機関》も旦那様と奥様の申告に従い――「妖狐」、と。
――はい。おふたりは……いえ、旦那様は、僕を妖狐にしたかったんです。だからそう申告しました。
お嬢さん、旦那様はね、神を強く慕っていると言ったでしょう?
だからですよ。
異形の息子である僕には、慕っている異形の神のようになってほしかったわけです。そして僕は――それを叶えるだけのポテンシャルがあった。
これは想像ですけどね、きっと僕は、そばにいる者の願いに応じた姿に変化できる異形なんです。だから赤ん坊が欲しかった旦那様の前で赤ん坊に、妖狐になりたかった旦那様の前で妖狐に――姿を変えたんです。
旦那様は、僕を周防の神に近づけるべく育てました。
といっても、できることなんて限られています。旦那様は人間だし、肝心の神様はひとところに長くはおられない方。僕の教育なんてできるわけがありません。
だから旦那様は、自分ができる範囲で、自分の尊敬する神様に僕を近づけようと努力しました。
そして僕も頑張りました。
何者でもない、生き物だったのかすら怪しい「僕」に「周防藤」の名を与え育ててくれた旦那様と――奥様の期待に応えたいので。
……へへ、はい。頑張ってきたつもりなんです。
辛い……?
……辛くは無かったですよぉ。旦那様と奥様に喜んでもらえるのは、僕だって嬉しいんですから。
お嬢さんだってわかるでしょう? 僕と同じでしょう?
え? わかりませんか?
――僕はね、僕とお嬢さんは似ていると思っているんです。
さっきの僕の話を聞いて、お嬢さんは「似ているなぁ」とか思いませんでした? 思いませんでしたか、そうですか。――ちょっと、残念です。
僕がそう思った理由……ですか。
………………。
いえ、言い辛くは。
……ええと、お嬢さんもこちらの所長さんの「理想を再現すべく育てられた」と聞きかじりましたので。
ご存じなんでしょう? お嬢さん。お嬢さんは所長さんの――。
………………。
だから僕は、お嬢さんが羨ましいんです。
僕にはお嬢さんは所長さんの理想通りに育っているように見えるし、お嬢さんはそう育ててきた所長さんを尊敬しているし……。
――ああ、決して僕が旦那様を尊敬していないというわけじゃないんですよ。
旦那様はもともと体があまりお強くないのに、自分のお役目をしっかり果たしてきたし、奥様はもちろん、僕にも優しいし……。十分尊敬に値する人です。
――でも……。そうかぁ、お嬢さんは今の自分がお好きなんですね。
え、好きとか嫌いとかは考えたことがない?
あはは、それはつまり今の自分に満足してるってことですねぇ。
やっぱり、僕はお嬢さんが羨ましいです。




