第22話 心臓部の攻防
垂直ダクトの錆びついた鉄梯子を登り切った先は、分厚い防音鋼板の扉に阻まれたメンテナンス用の区画だった。
相馬は懐から取り出した特殊なプローブを扉の電子ロックに差し込み、わずか数秒で内部回路をショートさせる。重い鋼板の扉が音もなく内側へと開き、冷え切った空気が二人の頬を撫でた。
「ここが……特定政策調整室のメインサーバー室……」
佐藤が息を呑んで足を踏み入れる。目に飛び込んできたのは、壁一面に並ぶ黒いブレードサーバーの群れだった。青色や緑色のアクセスランプが規則正しく明滅し、膨大な国家データを処理する冷却ファンの低い重低音が、部屋全体を支配している。
だが、その静寂はすぐに破られた。
「侵入者検知。セクター4、メインコントロールルームへ直ちに向かえ」
天井のスピーカーから冷徹な機械音声が響き渡る。同時に、サーバー室の奥から、黒い制服に身を包んだ「除籍執行班」の男たちが三名、銃口を構えて飛び込んできた。
「伏せろ、佐藤!」
相馬は瞬時に佐藤の肩を押し倒し、手近なサーバーラックの陰へと身を滑り込ませる。
ダダッ、と鋭い音が響き、ラックの金属フレームが火花を散らす。実弾ではない。彼らが使用しているのは、電子回路や人体を一時的に麻痺させる特殊な制圧弾だった。しかし、当たれば意識を失い、そのまま「事故死」として処理されるのは確実だ。
「相馬さん、どうするんだよ! ここからじゃ身動きが取れない!」
佐藤が頭を抱えながら叫ぶ。
「奴らの狙いはサーバーの防衛だ。こちらから攻める必要はない」
相馬は冷静に周囲の配線系統を見据えた。天井を這う高圧ケーブルのメインブレーカーが、すぐ頭上にある。
「佐藤、カバンから結城に渡した予備のジャンパー線を出せ。あそこの床下配線に繋ぐんだ」
「え、何を……?」
「奴らが使っている無線インカムの周波数を焼き切る」
相馬は身を翻すと、敵の銃撃の隙間を縫って天井のジャンパー線を引きちぎり、床下の主電源ポートへと直接叩き込んだ。
バチバチバチッと激しい火花が上がり、サーバー室の照明が一度大きく明滅する。
「なっ……!? 通信が切れた!?」
執行班の男たちが動揺の声を上げる。電子制御されたインカムと戦術ディスプレイが同時にブラックアウトし、彼らの連携が一瞬にして崩れた。
「今だ、佐藤!」
相馬の鋭い号令とともに、佐藤も意を決して立ち上がり、目の前にあるメインシステムの非常停止スイッチへと手を伸ばした。
「させない!」
残った一人の男が銃口を佐藤に向けるが、その瞬間、天井の防犯スプリンクラーが激しい水煙を上げて作動した。結城が地下から外部回線をハッキングし、施設全体の安全装置を強制起動させたのだ。
大量の水と電気が混ざり合い、執行班の足元が完全に足止めされる。
その隙に、佐藤はシステム停止のマスターレバーを力任せに引き下げた。
ブーーン……という重い稼働音が急速に低下し、サーバーの青いランプが一斉に消灯していく。特定政策調整室の心臓部――『プロジェクション・ゼロ』のメインフレームが、完全に沈黙した。




