第21話 霞が関の深層
地下鉄丸ノ内線・霞ヶ関駅の終電車が過ぎ去り、プラットホームの照明が落とされた深夜二時。
線路脇に広がる保線用の連絡坑道から、三つの影が静かに滑り出した。冷たいコンクリートの粉塵と、線路特有の鉄錆の匂いが充満している。
「相馬さん……ここ、本当に官庁街の真下なのか……?」
佐藤が掠れた声で囁きながら、天井を見上げた。無数の太い通信ケーブルや高圧送電線が、網の目のように頭上を這っている。
「頭上は財務省と内閣府の庁舎だ」
相馬はペンライトの光を絞り、壁面に刻まれた古い識別番号を照らした。
「昭和四十年代、首都機能の不全に備えて建設された旧行政通信幹線の管路網だ。デジタル化の過程で多くの回線が放置されたが、構造体自体はそのまま残されている。御厨たちが使う『特定政策調整室』の地下通信室も、この回線網を基盤にして拡張された」
結城が手元の小型端末を操作し、壁面のジャンクションボックスに端子を接続する。
「……接続できました。地上の検察庁および内閣府監察官室の動きを確認します」
画面に緑色の文字列が高速で流れ落ちていく。結城の表情にわずかな緊張が走った。
「最高検特捜部、動きました。先ほど、特定政策調整室に対する家宅捜索差押許可状を発付させています。執行目標時間は――明朝午前六時」
「午前六時……あと四時間もないじゃないか!」
佐藤が息をのんだ。
「ああ。だが、御厨が黙って家宅捜索を受け入れるはずがない」
相馬はツールバッグから手動のボルトカッターを取り出し、壁面の錆びた非常用点検口のチェーンを切り落とした。
「令状が執行される前に、御厨は『プロジェクション・ゼロ』のメインサーバーを物理的に破棄し、すべてのログを抹消するつもりだ。その作業を行うのが、この真上にある地下データルームだ」
「ログを消されたら、僕たちの存在も……特定政策調整室の不正も、全部闇の中だ……!」
「そうはさせない」
相馬は狭い点検口を潜り抜け、上層へと続く垂直ダクトのタラップへと手をかけた。
「結城、お前はここで回線を監視し、特捜部の突入タイミングに合わせて通信ポートを開放しろ。佐藤は俺と来い」
「えっ、僕も!? 相馬さん、僕なんかが行っても足手まといに――」
「佐藤、お前には神谷のシステムを破った時の『現場の視点』がある。サーバーの物理破壊プログラムを停止させるには、お前の知識が必要だ」
佐藤は引きつった顔で自分の手を見つめたが、相馬のブレない瞳を見て、強く息を吐き出した。
「……分かったよ。ここまで来たら、最後まで付き合う」
「先輩、武運を」
結城の言葉を背に受け、相馬と佐藤は垂直ダクトの暗闇へと登り始めた。
国家の心臓部・霞が関の地下深層。
令状執行までの残り時間は、刻一刻と削られていた。




