第17話 破滅のトリガー
霞が関の最高検察庁特別捜査部。静まり返った執務室の専用端末が、突如として無機質な着信音を鳴らした。
夜勤の検事が画面を覗き込むと、そこには「内閣府・特定政策調整室」の超高クオリティな暗号化署名がついた内部文書が展開されていた。御厨参事官の決済印シリアル、海外ペーパーカンパニーへの資金移動タイムスタンプ、そして法的手続きを経ずに行われた「除籍」の承認ログ。
「なんだ……これは……!? すぐに特捜部長を起こせ! 至急だ!」
時を同じくして、内閣府監察官室の自動受信サーバーにも同じデータが到達していた。もみ消しの余地を与えない同時多発的なデータ拡散。相馬の狙い通り、行政の「縦割り構造」と「内部牽制システム」が、御厨の意図を超えて自動的に回り始めていた。
一方、地下の通信拠点は重苦しい緊張感に包まれていた。
「相馬先輩! 最高検と監察官室へのデータ送信、完了しました! ログの着信確認インジケーターが緑に点灯しています!」
結城が声を弾ませる。
「やった……! やったのか!?」
佐藤が拳を握りしめ、安堵の笑みを浮かべかけたその時だった。
カタカタと音を立てていた旧式の通信機器が、突如として激しいバチバチという火花を散らし、黒い煙を噴き上げた。
「キャッ!?」
結城が顔を覆って身を引く。ノートPCの画面が一瞬でノイズで埋め尽くされ、全システムがダウンした。
「回線を強制切断された……!? いや、違う! 逆探知の過電流だ!」
相馬は即座に結城の腕を掴んで立ち上がらせた。
御厨の広域監視システムは、最高検へのデータ流入を検知した瞬間に、その送信元であるアナログ回線へ高電圧の物理破壊シグナルを流し込んできたのだ。
「奴ら、自分たちの不正が露呈したと知ってなりふり構わなくなっている! 荷物を捨ててここを離れるぞ!」
「でも、ノートPCが……データが!」
「バックアップのドングルは俺の手元にある! 走れ!」
暗闇の中、懐中電灯の光を頼りに三人は地下通路を逆方向へ駆け出した。
背後の闇から、重い靴音がいくつも重なって響いてくる。今回は単なる引き込み用の作業員ではない。特定政策調整室が保有する、完全非公表の特殊権限部隊――「除籍執行班」の足音だった。
「相馬蒼!」
通路のスピーカーから、御厨の歪んだ声が響きわたる。
『検察にデータを送ったところで無駄だ! 捜査の手が伸びる前に、君たちという『バグ』を物理的に消去すれば、すべては事故として処理される!』
迷宮のような地下通路で、逃亡者たちと国家の刺客による、最後の生存をかけた追撃戦が始まった。




