第16話 逆照射の火蓋
地下通信拠点の静寂の中に、カタカタと打ち込まれるキーボードの音だけが不気味に響いていた。
結城は旧式の有線銅線回線に自前の端末を接続し、アナログ信号へと変換されたデータを慎重に送信し始めていた。湿った空気と古い機械の匂いが充満する中、モニターの青い光が三人の真剣な表情を浮かび上がらせる。
「相馬先輩、アナログ回線経由での接続に成功しました。相手の『プロジェクション・ゼロ』のメインフレームに対して、検出されない極小パケットで侵入経路を確保しています」
「よし。神谷のマスターキーを使って、データベースの最深部――御厨自身の『非公式ログ』へアクセスしろ」
相馬の指示に、結城は素早く頷いた。
特定政策調整室が誇る巨大監視AI『プロジェクション・ゼロ』。それはあらゆる国民のデータを集積し、分析・排除するためのシステムだが、そのシステムを管理・運用している最高幹部たちの操作記録もまた、システム自身の整合性を保つために不可欠なデータとして暗号化の奥深くに保存されていた。
「ありました……! 御厨参事官が過去五年間に行ってきた、特定の『除籍』命令の承認印鑑シリアルと、それに伴う海外口座への裏金送金ルートのタイムスタンプです」
画面に大量の暗号化解除コードが流れ落ちる。
佐藤が息をのんで画面を覗き込んだ。
「これ……御厨本人が自分の都合の悪い政敵や、裏金工作を知った人間を消すために『除籍係』を私物化していた証拠じゃないか!」
「そうだ。奴は『国家の最適化』という大義名分を掲げながら、その実、自分自身の権力を維持するためにシステムを悪用していた」
相馬は冷徹に言い放つと、結城の肩越しに画面を指差した。
「結城、このログを特定政策調整室の内部サーバーへ直接流し込むな。別のルートへ迂回させろ」
「どこへ流すんですか?」
「最高検察庁の特別捜査部、および内閣府監察官室の公開通信ポートだ」
結城と佐藤の動きが止まった。
最高検察庁特捜部。そして政府内部の不正を監視する監察官室。
「政府のトップが身内の不正を揉み消そうとしても、検察内部の独立した捜査線に『改ざん不可能な公的データ』として着信すれば、捜査を開始せざるを得なくなる。さらに監察官室へ同時に送ることで、内部もみ消しの猶予を奪う」
「相手の『国家組織』という巨大な仕組みを利用して、内部から破裂させる……ということですね」
結城の瞳に強い光が宿る。彼女は即座にプログラムを実行状態へと移行させた。
「送信シードを設定……。検察および監察官の公開ポートへ、暗号化ログの拡散を開始します!」
その瞬間、東京の地下深くに秘められた古い銅線を通じて、御厨の失脚を決定づける命取りのデータが、地上へと向かって静かに走り出した。




