第15話 地下の迷宮
早朝の深い霧が漂う東京湾上。水煙を上げて進むタグボートの甲板で、佐藤は寒さに体を丸めていた。
「相馬さん……東京の地下って、地下鉄のことか? あそこだって防犯カメラだらけじゃないのか」
「地下鉄ではない」
相馬は操舵輪を握り直し、隅田川の河口付近へと船を向けた。
「東京の地下には、一般に公開されていない莫大なインフラ空間が存在する。巨大台風に備えた地下放水路、明治時代から続く旧式の暗渠、そして終戦直後のドサクサで建造された行政専用の連絡用トンネルだ」
「行政専用のトンネル……?」
結城がノートPCを抱えたまま顔を上げた。
「ええ。特定政策調整室の前身となる組織が、有事の際の要人輸送ルートとして昭和中期に整備した地下回線網があります。デジタル化されていないアナログな構造体で、現在の『プロジェクション・ゼロ』の監視プロトコルからも完全に除外されている区域です」
タグボートは、水門の影に隠れた古びた船着き場へと滑り込んだ。水面に突出した排水口の脇に、錆びついた鉄製の扉がひっそりと佇んでいる。
相馬は船を係留すると、腰のツールポーチから手動の万能キーを取り出し、南京錠を解除した。重い鉄扉を開けると、ひんやりとした湿った空気が吹き出し、闇の奥へと続く階段が現れた。
「ここから先は、GPSも携帯の電波も届かない。完全な遮蔽空間だ」
三人は足元を懐中電灯の光だけで照らしながら、地下へと歩を進めた。
コンクリートの壁面には、古びた配管や通信ケーブルが網の目のように這っている。地上で繰り広げられている監視社会の喧騒とは無縁の、静寂に包まれた「過去の遺物」だった。
数十分ほど薄暗い通路を進むと、少し開けた空間に出た。古いデスクや椅子、そして稼働を停止した巨大なサーバーラックが置かれた、かつての地下通信拠点だった場所だ。
「ここを新たな拠点とする」
相馬はテーブルの上の埃を払い、結城に指示を出した。
「結城、この施設に残されている旧型の有線銅線回線を探せ。アナログな回線だが、だからこそ最新のAIアルゴリズムによる侵入検知に引っかからずに外部へデータを送れる」
「了解しました! 信号をアナログに変換して接続を試みます!」
結城が手際よく作業を進める中、佐藤が不安そうに相馬を見つめた。
「なあ、相馬さん。ここで防戦一方じゃ、いつか追いつめられる。……反撃の手段はあるのか?」
相馬は静かにポケットから、神谷のハードディスクから抽出した「予算執行ID:904」のマスターキーが記録された記憶ドングルを取り出した。
「御厨たちが作った『プロジェクション・ゼロ』は、国民を監視・管理するためのシステムだ。だが、そのシステムそのものに『国家の最高幹部たちの不正ログ』が蓄積されている」
相馬の眼光が、懐中電灯の光の中で鋭く光る。
「奴らの作った武器で、奴ら自身を撃ち抜く。これより、特定政策調整室に対する逆照射作戦を開始する」




