第14話 過負荷の街
「――アクセス完了! 御厨の監視サーバーへ向けて、ログデータの逆流を開始します!」
結城の叫びとともに、キーボードを叩く強い音が暗い倉庫に響いた。
ポータブルドライブから吐き出された大量の「休眠戸籍データ」と「過去の不正決済ログ」が、特定政策調整室の広域監視アルゴリズムへと一気に流し込まれていく。
それは、御厨たちが自ら構築した巨大な監視システムに対し、計算しきれないほどの巨大な偽情報を強制的に処理させる試みだった。
「相馬さん、画面が……!」
佐藤が端末を注視しながら声を上げる。
結城のモニタ上に表示された港湾エリアの防犯カメラマップ上で、赤く点滅していた追跡マーカーが一斉に暴走を始めていた。相馬たちの潜伏場所を示すマーカーが、瞬時に数百個に増殖し、品川埠頭からお台場、羽田空港周辺まで無差別に拡散していく。
「御厨のAI監視網は、異常なトラフィックを『全域にわたる緊急脅威』と自動誤認した。これで奴らの介入班の指揮システムはパニックを起こす」
相馬は静かに言い放つと、結城のバックパックからノートPCを引き抜き、画面を閉じた。
「行くぞ。二分以内にここを脱出する」
「でも先輩、データ送信はまだ半分しか終わっていません!」
「全部流す必要はない。システムに『不可逆な過負荷』を与えるだけで十分だ。奴らが手作業でデータの選別を始める前に消える」
倉庫の外から、早くも複数の車両が急ブレーキをかける嫌な摩擦音が聞こえ始めていた。特殊介入班の黒いSUVが到着したのだ。しかし、車から降り立った男たちは、耳元のインカムから流れる混乱した指示に翻弄され、どの倉庫へ突入すべきか判断を迷っている様子だった。
相馬は倉庫の裏手にある、海上へつながる荷揚げデッキへと二人を誘導した。
デッキの下には、満潮の海水に揺れる小さな作業用タグボートが繋ぎ留められている。港湾管理用の古い船体で、自動監視システムの対象外となっているアナログな船舶だった。
「飛び乗れ」
「えっ……これに乗るのかよ!?」
佐藤が引きつった顔で見下ろすが、相馬は迷わず佐藤の背中を押してボートの甲板へ着地させた。続いて結城が飛び乗り、最後に相馬が係留ロープをナイフで切断して船へ飛び移る。
相馬が手動スイッチを入れると、重厚なディーゼルエンジンがズズズと鈍い音を立てて始動した。
黒い煙を吐き出しながら、タグボートは静かに品川の埠頭を離れ、夜明けの霧が漂う東京湾へと滑り出していく。
埠頭の上では、混乱する介入班の男たちが虚しく走り回っていた。
「相馬先輩……これから、どこへ向かうんですか?」
ボートの操舵室で、結城が風に髪を揺らせながら尋ねた。
相馬は遠ざかる港の明かりと、その奥に広がる東京のビル群を冷徹な目で見つめた。
「監視システムが届かない場所は、海の上だけじゃない。……行政の手が及ばない『東京の地下』へ向かう」




