第13話 黒幕からの回線
古びた倉庫の壁に据え付けられたインターホンから、ノイズ混じりの静かな声が流れていた。
『相馬蒼くん。静かな潜伏先を見つけたようだね』
相馬は表情一つ変えず、受話器を耳に当てたまま沈黙を保った。声の主を特定するため、脳内のデータベースを高速で検索する。抑揚を排した知的な語り口、どこか他者を見下すような独特の間。
「内閣官房参事官・御厨」
相馬がその名を口にすると、受話器の向こうで短い含み笑いが漏れた。
『相変わらず察しが早くて助かるよ。神谷のような末端の処理能力には失望していたが、君がここまで辿り着いたことは実に興味深い』
御厨源一郎。特定政策調整室の創設メンバーであり、官邸と内閣府を裏で繋ぐ巨大な陰謀の実質的な首謀者だった。
「なぜこの回線が分かった」
『臨海部の物流ネットワークは、すでに我が『プロジェクション・ゼロ』の広域監視プロトコル下にある。君たちが首都高を通過した時点で、AIは異常なトラフィックパターンから君たちの到達予想地点を三箇所に絞り込んでいたのだよ』
結城と佐藤が息をのむ。相手は自分たちの行動をすべて「計算可能なデータ」として処理していた。
『相馬くん、君は優秀な職員だった。だからこそ理解できるはずだ。感情や利権に左右される政治はもはや限界を迎えている。この国を存続させるためには、合理的なアルゴリズムによる統治……つまり、社会に害をなす不確定要素を排除するシステムが必要なのだ』
「その不確定要素の中に、お前たち自身の不正や利権も含まれているのか?」
相馬の問いに、御厨は一瞬の無言のあと、冷ややかに告げた。
『システムを創出する側に立つ者が、システムに縛られることはない。君たち三人の『除籍』はすでに完了している。社会的に存在しない君たちが何を叫ぼうと、誰の耳にも届かない』
「届かせる必要はない」
相馬は低く力強い声で返した。
「システムがデータで動いている以上、正しくないデータは必ずエラーを起こす。お前たちが創り上げた巨大な監視網そのものを、お前たちを追い詰める罠に変えてやる」
『……強がりを。君たちの潜伏場所はすでに特定した。あと五分で特殊介入班が到着する。大人しくデータを返せば、人道的な処理を約束しよう』
「断る」
相馬は一方的に受話器をフックに戻すと、背後の二人に振り向いた。
「結城、今すぐこの倉庫の防犯・防災ネットワークのポートを開放しろ。御厨が使っている監視アルゴリズムに、神谷のコアデータを逆流させる」
「えっ……監視網にデータを流すんですか!? そんなことをしたら、私たちの居場所が完全に露呈します!」
「いいからやれ。敵が監視網を全開にしている今こそ、奴らのシステム内部に直接ウイルス(偽データ)を送り込む唯一のチャンスだ」
結城は息を呑み、即座にキーボードへと指を走らせた。
国家の巨大な監視網と、存在を消された三人による知略戦が、港湾の暗がりで新たな局面を迎えようとしていた。




