【第二話】ノイズの向こう側
「全部お前のせいだ!! お前のせいで俺は不幸になった!!お前のせいでこのアバズレ女に縛られてんだよ!!」
怒号と一緒に、父の手が俺の喉を掴む。
息ができない。
母が泣きながら、弱い腕で父を止めようとする。
意識が落ちそうになった、
その時ようやく父は手を離した。
――終わらない。
父は止まらない。
「なんで止めるんだ!! 殺してやる!!」
『殺すなら私を殺して! 殴るなら私を殴って! 子どもは無関係よ!』
「いいよ。じゃあ望み通り殺してやる」
父が酒瓶を振り上げ、母の頭に叩きつける。
血が落ちる。
母はふらつきながら俺を部屋に押し込み、鍵をかけた。
俺は急いで、自分の世界へ潜る。
俺だけの世界へ。
廊下の向こうから、母の泣き声。
淫靡な喘ぎ声。水音。叩く音。苦痛の音。
耳を塞いでも、音は入ってくる。
すると――自衛本能みたいに。
高周波の音が、全部を覆い始めた。
古いテレビをつけた時の、あの雑音。
耳を切るようなノイズ。
俺の意識が、また沈む。
朝が来た。
鳥の澄んだ声で目が覚める。
両親はもう家を出ていた。
俺は目を擦って、スマホの時刻を見る。
「朝、6時21分」
昨夜のことは、うっすら覚えている。
でも大半はノイズの向こう側だ。
思い出そうとすると頭痛と白い霧だけが返ってくる。
ただ、ひとつだけ鮮明だった。
「……そうだ。昨日の睡眠アプリ、スコアどうなってるんだろ」
睡眠スコアは最悪だった。
グラフはほとんど浅い睡眠に張り付いていて、
深い睡眠は二時間程度。
画面の下に、「録音を再生」のボタンがある。
昨夜の全部が流れるはずだ。
でも俺は、最初からそれを試すために入れたんだろう?
指が、再生を押す。
「……」
環境音とノイズ。いつもの音。
……やっぱり何も――
「……おれ……おまえ……」
……?
え?
「……おまえ……おれ……なんで……」
え、待って。
え??
「――なんで、俺を殺したの?」
幽霊の声……?
いや、この声は――
……俺?




