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【第一話】夢の向こう側

「ねえ、聞いたことある?」

『なにを?』

「ほら、あれだよ! あの《ポ◯モンスリープ》の怪談!」

『怪談?』

「そう! 一晩中、寝言とか物音とかをアプリが録音して、睡眠スコアをつけるでしょ? でもね、朝に再生すると……自分の知らない声が入ってるんだって!」

『はは。そんなわけないだろ。考えすぎw』

「だから怪談なんだってば〜」


教室の隅で、そんな会話が耳に入った。

……録音の再生中に、知らない声が混ざる?

その瞬間、俺の口元は勝手に冷えていく。笑いにもならない、薄い冷笑が漏れた。


もし再生に、俺以外の声が入っていたとして。

それはきっと――いつもの、両親の喧嘩だ。

この家の、あの声。怒鳴り声と泣き声。瓶の音。壁が軋む音。


……でも。

もし喧嘩じゃなくて。

俺の知らない、もう一つの声が入っていたら――それは、少しだけ面白いかもしれない。



下校のチャイムが鳴って、気づけば一日が終わっていた。

また、あの家に帰る。

十六年も住んでいるのに、いまだに玄関のドアを思い浮かべるだけで胸が硬くなる。

古びた鞄を無言で整えながら、ふと手を見る。

香煙で焼かれた、小さな「痕」。

逃げたいのに、生活という足枷が足首に食い込んで離れない。

――籠の鳥。そんな言葉が頭に浮かぶ。


理解されるはずがない。

誰も、「馴染めない俺」を理解しようとしない。

誰も、「未来の時限爆弾」を理解したがらない。

なのに不思議と、俺が一番“楽”なのは帰り道だった。

一時間の距離が、五分みたいに溶けていく。

気づけば、家の前に立っていた。


「……ただいま」

空っぽのリビングに、小さく言う。

返事はない。

この家はずっと空っぽだ。迎えも、関心も、最初から存在しない。

小説みたいな“完璧な家庭”は創作の中にしかない。

いや、完璧そのものが創作なんだ。

たとえそれが、俺のすぐ近くで実在しているとしても。


部屋に入って、ベッドへ倒れ込む。

静かだ。

あまりにも静かで、世界に俺しかいないような錯覚に落ちる。

「……誰かが、同じ気持ちを味わってくれたらいいのに」

そうすれば、惨めじゃなくなる気がした。


「あ……そうだ」

教室で聞いた噂を思い出す。

睡眠アプリの録音に、幽霊が話しかけてくる怪談。

死んだ祖父の話では、この家は祖父の戦友の墓地の上に建っているらしい。

祖父は戦争で交わした約束を忘れないために、戦友の墓の上に家を建てた――そう言っていた。

……今さら考えると、だいぶ陰気だ。


どんなに立派な理由を飾っても、祖父も戦友も、そんな場所で安らげたのだろうか。

でも。

もし録音から祖父の声が聞こえたら?

あるいは、他人の声が混ざったら?

――それはそれで、少しだけ面白いかもしれない。


俺はアプリをダウンロードした。

起動して、寝る準備をする。

両親が帰ってくる前に寝てしまわないといけない。

そうしないと、今夜が壊れる。

目を閉じる。

意識が、ゆっくり沈んでいく。


夢を見た。

妙な夢だった。

見知らぬ同い年くらいの誰かと、公園のベンチに並んで座って話している。

その人はよく笑って、

まるで世界が最初から色彩を持っていたみたいな顔をしていた。


何を話したのか、思い出せない。

でも彼は、俺と話すことを心から楽しんでいるように見えた。

彼は俺に「色」を分けてくれた。

俺の世界は白黒テレビみたいなのに、彼の色が触れたところだけが、ほんのり温かい。

――その温かさが、俺の中の貪欲を刺激した。


触れたい。

もっと欲しい。

そう思って手を伸ばした瞬間、彼の瞳孔が勝手に大きくなって、

俺は、もう彼の生命線を断っていた。


彼の舌が、まるで俺にキスしたがっているみたいに口から出している。

俺は嬉しかった。

この温かさの源を、俺はひとつの言葉に決めつけた。


『愛』


舌と舌が触れ合う直前。

激痛が俺を叩き起こした。

世界が裂ける。

視界に飛び込んできたのは――「父親」だった。

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