中編 婚約破棄の翌日ですよ?
「なにをおっしゃっているのですか? 私達は昨夜、婚約を破棄したところではありませんか」
「私が間違っていたのだ。男爵令嬢や側近達に君の悪口を吹き込まれて騙されていた。本当は君以上に私を愛してくれていた人間はいないのに」
「……」
王太子たるもの、ひとつの陣営が語る言葉だけを鵜呑みにしてはいけません。
対抗する陣営の言葉も聞き、ふたつの言葉の中から真実を見つけなくてはいけません。
たとえ味方であったとしても、その言葉は発言者に都合良く捻じ曲げられているのですから。
そう、ご忠告したこともありました。
その上で殿下は、私の言葉は斬り捨ててあの方達の言葉を信じることに決めたのではないですか。
と、思いながら尋ねます。
「国王陛下と妃殿下がいらっしゃるではないですか」
「っ!……父上はいつものように酒浸りだ。母上は護衛騎士と逃げた」
昨夜の卒業パーティで、殿下が私との婚約破棄を言い出したときの妃殿下の驚いた顔が思い出されます。
殿下とあの方のことを相談したときは魅力のない私が悪いと散々莫迦にしていらしたのに、殿下が本当に私を捨てるとはお思いにならなかったのですね。
貴族同士の婚約など虚構に過ぎない、真実の愛こそ尊い、などと息子である殿下を煽っておきながら、自分に火の粉がかかる状況となった途端逃げ出すなんて、さすが他人の婚約者を寝取った女性は違いますわ。……もっとも、逃げられるとは思えませんけど。
「ご冗談はおやめください、王太子殿下。殿下の真実の愛のお相手はあの方でいらっしゃるのでしょう?」
「……彼女も側近達と逃げた」
「あら」
少し意外でした。
もちろん彼女が側近の方々とも親しくしていらしたことは知っています。私のお友達でもあった側近の方々の婚約者の皆様も溜息をついていらっしゃいました。
ですが、彼女達のような自分に都合の良いものしか見ない聞かない方々が、あのことを信じて即座に行動出来るとは思えません。三年前の学園の入学時に男爵家に引き取られたばかりのあの方はともかく、高位貴族のご子息である側近の方々には幼いころから匂わされてきたにも関わらず、今の状況なのですから。
「大丈夫ですわ、殿下。彼女達は国境を越えられません。近隣のどの国へ行っても追い返されます」
国王陛下に婚約を破棄されて追い返された王女を持つ隣国なら追い返すどころか、その場で殺されるかもしれませんが。
国交が断絶されてもおかしくないところを交流が続いているのは、私の父である公爵の妻、私の母が隣国の王女で婚約破棄された王女の姉だったからです。
我が家の人間がこの国からいなくなった後は、完全に隣国との交流は途絶えてしまうことでしょう。
これまでずっと俯いていた殿下が顔を上げました。
怯えた顔で、縋るように私を見つめて尋ねてきます。
「君は知っていたのか、邪神のことを。私が……邪神の生贄だということを」
私は頷きました。




