前編 王太子殿下の訪問
学園の卒業パーティの翌日、私は自室で荷物をまとめていました。
もうこの国にはいられないのです。
王都にある公爵邸からも早く出て行かなくてはなりません。
「……」
昨夜の婚約破棄のことを思い出すと、荷物に涙が落ちました。
そして、根も葉もない断罪のこと──王太子殿下は本当に、男爵令嬢が言ったことを信じていらっしゃるのでしょうか。
生まれたときからの婚約者である私が、嫉妬から彼女を苛めるような人間だと思っていらっしゃるのでしょうか。……いいえ、婚約者のいる男性に近寄ったことへの注意でさえ苛めに思えるのかもしれません。殿下は彼女を愛しているのですから。
「お嬢様」
メイドの声に顔を上げ、慌てて目元を拭います。
荷物の整理は、やっぱりメイド達にお願いしたほうが良いのかもしれません。
自分でしていると、昔のことを思い出さずにはいられません。婚約したのが生まれてすぐで、物心つく前に引き合わされて、十八年間のほとんどを一緒に過ごしてきた殿下は私の半身のようなものでした。なにを見ても彼を思い出してしまいます。
学園に入学してあの方に出会う前まではふたり仲良く過ごしていました。
夜会で私は彼の髪と瞳の色の装飾品を着け、彼は私の髪と瞳の色の装飾品を着けて出席していました。先ほど片付けていた荷物にも、殿下からいただいた首飾りが入っていたのです。
黄金の鎖と緑色の宝石があしらわれた首飾りです。彼が公務で会えないときも、それを見ていれば心がつながっているような気持ちになれました。
……いけません。
なにかの用事で訪れたメイドを待たせていました。
彼女達も暇ではないのです。昨夜のうちに断罪の件は冤罪だと証明されましたが、私がこの国を出るという結末は決まっています。彼女達も自分の進退を決めなくてはなりません。
「なんですか?」
「あの……いらっしゃいました」
「……はい?」
メイドの声が小さかったのではありません。
私の耳が聞くことを拒んだのです。
激しくなる動悸を押さえつけて、私は彼女の声に耳を傾けました。
「王太子殿下がいらっしゃいました。お嬢様にお会いしたいと応接室でお待ちです」
「……」
「お嬢様?」
「あ、ごめんなさい。わかりました、応接室に参ります」
昨夜罵声を浴びせられて婚約を破棄されたとはいえ、私はまだこの国の国民です。
王族の訪問を無視するわけにはいきません。
それにこの家には父母も兄姉もいます。みんな荷物をまとめているのです。両親が私のところへメイドを寄越したということは、私に判断しろということでしょう。
だけど……一体なんのご用なのでしょうか?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「すまなかった。頼む、私と復縁してくれ」
応接室に入った私が形式的な挨拶を終わらせた途端、ソファに座った殿下は眼前のテーブルに額を擦り付けるようにして言いました。




