第九話 違う
夕焼け空にカラスの群れがわめきながら飛んで行く。
ケイの家の裏に人が集まっていた。丸太がいくつも積まれている。
「すげえな、ケイ!」
「昨日より多いぞ」
「化け物かよ」
人だかりの真ん中にケイがいる。
誇らしげな顔で立っている。
「一人でこんなにかよ」
「まあな」
娘たちが寄って来た。
「すごいね」
「今度はどこまで行ったの」
ケイが笑う。
サトは人々の輪に入らずに見ていた。
胸の奥が落ち着かない。
日が落ちて景色が暗くなっていく。
山に囲まれたこの村は日暮れが早い。
村人たちは、ワヤワヤ言い合いながら、それぞれの家に帰って行った。
ケイが振り向く。
サトと目が合う。
小柄な姿が歩いて来る。
「見てたか」
「うん」
それだけでサトの言葉は止まってしまった。
少しじれったそうにケイが笑って言う。
「どうだった」
「すごいね」サトは目を逸らしてしまった
「だろ」ケイが笑った
その顔が、少し遠い気がした。
「ねぇ...無理してない?」
「してないよ」ケイが少し驚いたような目をした
サトはうなずく。
言葉が続かない。
積み上げられた丸太を見つめてケイが言った。
「前は三本で腕が萎えていたんだ」
「今は倍でもいける」ケイが笑う
サトの胸がざわつく。
良い事のはずなのに、落ち着かない。
それに、ケイの笑い顔が...
「いっぱい稼げるな」
「そうね」
「困ってる家にも回せる」ケイが振り返ってサトの目を見た
サトの体が固まる。
「いらない」
言ってしまった...
「何が?」ケイの声が険しくなった
「そういうの」サトの声が震えている
「何でだよ」
サトは口を閉ざし、思い直して、また口を開こうとしたが...
「自分でやるから」
また、言ってしまった。
胸が痛い、苦しい...
違う...
ケイはうつむいて地面をにらんだ。
手の拳をギリギリと握って。
「俺がやりたいんだよ」
サトが一歩下がった。
ケイの顔が曇る。
「またそれか」寂しそうな眼差し
「違う...」サトの目に涙が溢れてきた
「わかんねえな」ケイが息を吐き捨てた
「じゃ」そして、背を向けて家に入ってしまった。
サトは動けない。
呼び止めたい。
でも声が出ない。
丸太だけが残っている。
一人で伐るには多過ぎる丸太。
サトが顔を上げた。
空が青黒くなり頭上に星々が輝く。
音が聞こえる。
ケイが帰ってきた山の方。
その音は止まらない。
一定の間隔で、乾いた音が続く。
コツ、コツ、コツ...
サトはじっと耳を澄ました。
胸がざわつく。
ケイはあの斧を持って山から戻ってきた。
あの黒い刃。ぬるりと光る斧。
サトは目を閉じた。
それでも頭に浮かぶ。
村の奥の方で人の声が上がった。
ざわめきが重なる。戸を開ける音。誰かが呼ぶ声。
サトは顔を上げた。
「姿が見えねぇ」
女の声が聞こえた。
別の声が重なる。
「さっき、いっぱい木を切って、帰って来ただろ」
「いねぇんだ」
ざわざわと声が広がる。
サトの足が自然にそちらへ向いた。
近づくにつれて、空気が変わる。
ケイの家の前。
ケイの叔母さんが困惑した顔で立っている。
人が何人も集まって囲んでいる。
サトは輪の外で立ち止まった。
「ソウジは?」
「じ様はさっき出てった」ケイの叔母さんが首を振る
「こんな時間に二人ともかよ」誰かが呆れて言った
胸苦しい...直ぐにでも探しに行きたい。でもどこへ?
サトは両拳を強く握って立ち尽くした。
道の向こうから足音がした。
皆の視線がそちらへ向いた。
暗がりの中から、ソウジが現れた。
一人だ。
肩で息をしている。
足元は土で汚れている。
「ケイは」誰かが聞く
ソウジは答えない。
ただ、そのまま歩いてくる。
人の輪が自然に割れる。
サトの前で止まった。
一瞬、目が合う。
ソウジの目はいつもと違った。
何かを押し殺している。
サトは問いかけたくても声がうわずって出ない。
ソウジはサトから目を外し、ケイの家と叔母さんをちらりと見た。
それから、ゆっくりと口を開いた。
「山におる」
周りがざわつく。
「この時間に山か?」
「怪我でもしたのか」
「じ様は置いてきたのか?」
ソウジは何も答えない。
サトはぼうっと山を見つめた。
ソウジがしわがれた声でつぶやいた。
「奴は無理をしとった」
誰に向けた言葉かわからない。
だが、サトには刺さった。
呼吸が乱れる。
サトの中で、何かが繋がった。
あの斧。あの笑い。
そして...
『大丈夫』
『慣れてるもん』
私の言葉、その時のケイの顔...
「私のせいだ...」
かすれた声が出た。
ソウジがゆっくりサトを見る。
何も言わない。否定もしない。
しかし眼差しはサトを強く捉えていた。
サトが顔を上げた。
怖い。それでも...
「行く」
ソウジはうなずいた。
「山では絶対に喋るな」
初めて見せる厳しい眼差し。
サトはゴクリと唾を飲み、うなずいた。
ソウジもゆっくりと、うなずき返した
それ以上は何も言わない。
二人は歩き出した。




