第十話 月明かりのケイ
夜の山道は暗い。村の灯りが遠くぼんやり浮かぶ。
サトはソウジの背を追った。足元の土が湿っている。踏むたびに沈み、靴の裏にまとわりつく。
枝が頬に触れる。痛い。
ソウジは振り返らない。山歩きに慣れた歩幅。
サトは遅れないように足を運ぶ。
胸の奥が重い。言葉が喉まで上がるが、飲み込む。
ここでは喋ってはいけない。それだけはわかっている。
コツ、コツ、コツ。
音が来る...前から。
二人は足を止めた。すると音も止まった。
何も聞こえなくなった。
風も止んだ。
サトは息を止めたまま、前を見る。
また鳴り始めた。
コツ、コツ。
ソウジがわずかに顎を動かす。
行くぞというしぐさ。
サトはうなずいた。
足音を忍ばせて、ゆっくり進む。
音の方へ。
木の間が開ける。
月明かりが斜面に落ちている。
その中に、人影がある。
斧を振っている。
コツ、コツ...
ケイの姿が月明かりに浮かんだ。
サトの足が止まる。
体だけが前に傾く。
ソウジの手が肩をつかみ、引き戻す。
サトは視線を外せない。
ケイは背を向けたまま、木に向かっている。
振る。打ち込む。抜く。振る。
動きが途切れずに続く。
コツ、コツ、コツ。
休み無く。
サトの喉が動く。
声が出かかる。
歯を食いしばって抑える。
一歩、出そうになる。
肩をつかむソウジの手が強くなる。
それでも、少しだけ前へ出る。
距離は縮まらない。
すぐそばにいるはずなのに、ケイを遠く感じる。
ケイは止まらない。
ただ斧を振り続けている。
コツ、コツ、コツ。




