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第二話 からかい と ためらい

昼前の村は、働く音でいっぱいだ。

川べりの洗い場では、女たちが布を打つ。

少し離れた広場では、若い衆が割った薪を積み上げている。

濡れた木の匂い、味噌を煮る匂い、干してある菜っ葉の青い匂いが、風にまじって漂う。


サトは洗い終えた布を腕にかけて歩いていると、井戸端の石で滑ってしまい、あっと声を上げた。

そこへ向こうからケイが来た。肩に縄をかけ、片手に薪を抱えている。


「また転びそうになったな」

「なってないよ。ちょっと石が悪いだけ」

「用心しなよ」

「そういう時もあるよ」


ケイは笑って、サトが抱えた布をひょいと半分持った。


「いいってば」

「濡れてると重いだろ」

「わかってる。いつも洗ってるんだから」

「じゃあ、たまには持つよ」


そう言って、もう返さない。サトは口をとがらせたが、無理に取り返すのも変だ。

仕方なく並んで歩く。濡れた布から冷たい水がぽたぽた垂れて、二人の足もとに落ちた。


広場のそばまで来ると、年上の娘たちがいた。

春先の陽に頬を赤くして、干し物を裏返している。ケイを見ると、すぐ目ざとく笑った。

「あら、ケイ。またサトのお守り?」

「今日も子供のお相手ね」

「やさしいねえ。ほんとに」


サトはむっとした。

子供。そう言われると腹が立つ。

実際、娘たちは自分より背も高いし、腰つきも丸い。髪の結い方もきれいだ。

笑う時の顔も、どこか余裕がある。


ケイは困ったように笑った。

「そういうんじゃないよ」

「じゃあ何?」

「布が重そうだったから」

「やっぱりやさしいじゃない」

「からかうなって」


娘たちはくすくす笑った。

サトは何か言い返したかったが、うまい言葉が出て来ない。

自分が口を開いても、こういう時はたいてい幼く聞こえる。

そう思うと、なおさら口が重くなった。


娘のひとりが、サトを見て言った。

「サトももう少しおしゃれしたら? そうしたらケイだって...」


そこまで言ったところで、ケイが珍しく少し強い声を出した。

「やめなよ」


娘たちが、あら、という顔をする。


「サトはこのままでいいだろ」

「怒った」

「怒ってないよ」

「怒ってる顔してる」

「してないって」


娘たちはまた笑ったが、今度はそれ以上続けなかった。

気まずくなったのか、干し物へ手を戻す。ケイはそれ以上何も言わず、歩き出した。


「行くよ、サト」

「うん」



少し歩いてから、サトはようやく口を開いた。

「別に平気なのに」

「何が」

「さっきの」

「平気じゃない顔してた」

「してないよ」

「してた」

サトは顔が熱くなった。

図星だった。図星だと、どうしてこうむっとするのだろう。


「ああいうの、私、苦手なんだよ」サトは口を尖らせてうつむいた

「知ってる」

「知ってるなら助けなくていいのに」

「何で」

「余計に恥ずかしいから」

「難しいな」

ケイはそう言って笑った。

その笑い方がいつも通りで、からかう感じではなくて、サトは少しだけ安心した。


サトは、家の戸を開けようとしたが引っかかって開けにくい。

昨日、戸の歪みを少し直したのに、また合わなくなっている。サトが顔をしかめると、ケイがすぐ気づいた。


「また戸がずれたのか」

「平気。また直すから」

「おまえ、そういうの何でも自分でやるな」

「やる人がいないんだから仕方ないでしょ」

「俺がやるよ」

「いいよ。薪運びだってあるんでしょ」

「ちょっと見るだけだって」


ケイは布を返すと、そのまま戸に手をかけて外した。

戸板と木枠の合わせの浮いている所を薪でコンコンコンと打って押し込み、歪みを直していく。

サトはそれを見て、ケイの指は節くれ立ってゴツいのに、こういう時は丁寧で優しい手つきだなと思った。


「これでしばらく大丈夫だろう」ケイは戸をはめて、開け閉めして試す

「ありがと...」

「こういう時は頼めよ」

「大丈夫...」

「何だ、その顔」

「悔しい」

「ありがたがれよ」

言いながら、ケイは戸の下の隙間を見た。敷居の木が痩せて少し空いている。

風の強い日には、ここから冷気が入るだろう。雨が吹きつければ、土間も濡れる。

サトはこんな家で、夜は一人で寝ているのかと思うと、何となく胸苦しくなった。


「今度、板切れ持って来る」

「いらないよ」

「いるだろ。ここ、風が入るぞ。寒いじゃないか」

「慣れてるもん」

「慣れるなよ、そんなの」

「慣れるしかないでしょ」


サトはそう言って、布を抱え、ケイに背を向けた。

言った途端、自分の声が少し尖っていたのがわかった。

ケイは悪くないのに。むしろありがたいのに。

なのに、こういう時だけ胸の奥が硬くなる。


ケイは少し黙ってから言った。

「悪かった」

「なんで謝るの」

「何か、余計なこと言ったかも知れない」

「別に」

「別にって顔じゃない」

「うるさいなあ」


サトは振り向いて、わざと大げさに眉をしかめた。ケイが吹き出す。

「そういう顔してると、鶏に似てる」

「鶏は偉そうだから嫌い!」

「ごめん、ごめん」

「もう帰って」

そう言いながら、サトは笑ってしまった。

さっきまで胸につかえていたものが、少しだけ軽くなる。


ケイは帰りかけて、ふと立ち止まった。

「飯、ちゃんと食べてるか」

「食べてるよ」

「嘘だ」

「何でわかるの?」

「嘘つく時、ちょっと早口になる」

「なら...いっ ぱい、食 べ る」

「今のも怪しい」


サトは台所へ入ると、木鉢のふたを取って見せた。

中には朝食べて残しておいたご飯が少しと、蕪の葉の漬物。

ケイはそれを見て眉をひそめた。


「これだけ?」

「昼なんてこんなもんだよ」

「こんなもんじゃない」

「ケイが食べ過ぎなの」

「俺は普通」


サトは笑いそうになったが、ぐっとこらえた。

その顔を見て、ケイが腰の袋を探る。包みがひとつ出て来た。笹の葉にくるまれたおにぎりだった。

味噌を塗って炙ってある大きな焼きおにぎり。


「半分食べろよ」

「いらない」

「さっきから、いらないばっかりだな」

「だって、それケイのお昼でしょ」

「もう一つある」


言ってから、ケイは少し目をそらした。

たぶん嘘だ。サトにもわかった。だが、そこを突くと受け取りにくくなる。

仕方なく笹の葉を受け取ると、半分でも手に重さを感じた。焼けた味噌の良い匂いがふわりと立つ。


「ありがとう」

「今度はちゃんとありがたそうだ」

「うるさい」サトは顔をくしゃくしゃにして怒った顔をした。耳が赤い


ケイは満足そうに笑って、それでようやく帰って行った。


サトは土間にしゃがんで、手に持った焼きおにぎりを見つめたら、急にお腹が鳴った。

「もう...」

誰にともなく言って、かぶりつく。

旨味が嬉しい。美味しい...目頭が熱くなり、景色が水の中みたいに揺れた。

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