第十六話 叫ぶ
ケイが目の前にいる。
サトは血と泥にまみれた腕を伸ばした。
指先が震える。あと少しで届く距離。だが触れられない。空を切るだけだ。
もう一度伸ばすが空を切る。
足がガタガタ震えて膝から崩れ落ちた。
湿った土と落ち葉を握りしめて這う。息を吸うたびに胸が焼けるように痛い。
それでも腕を伸ばす。手がケイの体を素通りする。
声を出してはいけない。それはまだ頭のどこかで分かってる。
だが喉の奥から想いが押し上がって来る。言葉になる前に飲み込む。
ケイはサトに気づかない。斧を振るい打つ。
サトは膝と手で体を引きずりケイに這い寄った。
腕を伸ばし、ケイの脚に抱きついたが手応えが無い。
また喉奥で叫びが湧き上がろうとする。息が漏れた。かすれる音。サトは歯を食いしばって唇を閉じた。
それでも言葉にならないまま叫びが喉の奥に湧く。
もう抑えきれない。
「やだ...」
声が出てしまった。サトは口を押さえた。だが止まらない。
止めに入ろうと近づいたソウジの顔が絶望の色に染まった。
「行かないで......」サトの泣き声が木立を抜けた。
サトは自分の声を聞きながら、もうどうでもよいと思った。
ケイは動きを変えない。
サトの体が崩れ、泥と落ち葉に顔が沈む。解けてバラバラになった黒髪が乱れて顔を覆う。
それでも顔を上げる。
「戻って来て...」
息が乱れる。喉が焼ける。
「戻って来てよ...」
指が土をつかむ。爪の間に泥が入る。顔が歪む。涙と泥と血が顔を覆う。
「ケイがいないと...」
息が詰まる。目の前が霞む。
「困る...」
「ケイがいないと困る!」
サトは何度も同じ言葉を吐いた。
「行かないで...」
腕を伸ばした。精一杯。ケイの体に。
それでも手応えが無い。
サトは叫び続けた。




