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77 ほんの少しの違和感で


 デビュタントのダンスを微笑ましく見守る国王に、側近が近寄った。


「港での回収は無事に終わったとの報告が来ました」

「うむ。では即座に首謀者の名を吐かせろ」

「御意に」


 国王はにこやかな顔のまま報告を受け、側近が離れてもその表情は変わらず、何事もなかったようにまたダンスを見守る。


 本来ならば個別謁見のあとにダンスが用意されていたが、やり直しのデビュタントは式次第が変わっていた。

 なぜかと問われれば、表向きは由々しき事態に備えるためだと説明した。すると人々は惨事になった会場を思い出し納得する。どこでリリックの感情が溢れ出すのかわからないのだ。形式にこだわらず多くの者が楽しみにしているダンスを優先したのであれば納得だ。


 楽しみにしている者の中には、王太子とのダンスを願う者もいるだろう。いつでも同年代の王子がいるわけではないし、王女ばかりの時もある。年の離れた王弟が駆り出されることもある。

 こと、妃候補の選定にも上らない、地方の下位貴族の娘にとっては王太子と踊ったとなれば一生の思い出になること間違いなしだ。夜会などでは高位貴族に睨まれることがこわくて、ダンスを申し込むことはおろか近くに行くこともできない。

 デビュタントとして主役である今日は何を置いても一番に権利があるのだ。


 しかし、裏ではまた別の事態に備えていた。

 ブツが港に着くのが昼過ぎ、その後回収を終えて首謀者を上げるのが夕方。ここまでを一連とするならば、非常時に国王が動く場合も想定しながらデビュタントをすすめなければならない。つまりは事の成り行きにより国王が動ける時間を合わせたのだ。

 そもそもこのデビュタント自体が、目くらましのために開催されたようなものだ。

 すべては麻草の検挙の為。

 デビュタントが中止になった事もないが、再度開催されることも金輪際ないだろう。


 リリックはダンスの間に何度息を吐いただろう。フルールの迫りくるボディタッチを何度押し返しただろう。

「ふ、フルール、その、もう少し押さえてくれないか……」

 フルールの手はリリックの肩口を行ったり来たりしている。

「あっ、ごめんなさい、つい……」

 フルールにとっては、手を置いたところに逞しい腕があるのだ、そんな夢のようなシチュエーションでその手を緩める事などできない。どんなに頑張って押さえようとしても手が勝手にまさぐってしまう。

 肩口ばかりを気にしていると今度は本体が迫りくる。

 本来空いているはずのふたりの間の空間は、フルールにより隙間なくぴっちりとくっついている。


 それもこれも公爵夫人が作った衣装のせいだ。所々フルール好みに仕立てられている。

 もしリリックが母に「なぜこんな仕立てにしたのだ」としかめっ面で言えば、「あら、あなたもフルールちゃんのドレスに注文を出したでしょう」と悪びれることなく返されるだろう。


 デビュタントで流れるワルツはゆったりとしている。

 決してこのような情熱的なものではない。フルールのそれは範疇を超えている。


 フレデリックは、踊りながら横目でチラリとふたりを見て納得した。

 あれでは他の男と踊らせることは確かに無理だな。

 一見すると、迫りくるフルール嬢の攻撃を躱しているように見えるが、あれは男にしかわかるまい。惚れた女のための忍耐だ。その証拠に薄っすら耳が赤い。


 フルールとリリックのダンスをみて観念した者は多い。

 特に女性は、夢見ることをやめたのだ。

 女性の影がまったく見えなかったリリック。もしかしたら……自分が……などと都合のいい夢を見ていた者も少なくはない。

 影はなくても、実際は岩が何体かゴロゴロしていたが、そこに関心を抱かないリリックに期待していたというのもある。積極的な女性は好みでないのだろうと。

 しかしそのダンスを見てしまえば、なんと浅ましい解釈だったのだろうと自身を恥じる。


 めっちゃ積極的じゃん!


 エーデル公爵が宣言し、ステラドとビアンカも引いた。その上で、フルールの積極的なダンスを見たものは、一縷の望みを粉々に砕かれたことで心が解放されたのか、晴れ晴れとした表情になった。俗にいう憑物が落ちたというやつだ。

 魔導士の精神攻撃を魔女が解いたのだ。どちらの能力が上かはっきりした。



 謁見の順がフルールに回って来た時、再度王に側近が耳打ちをした。

 そして王がフルールを見た。

 ほんの僅かだが目を揺らした王に、リリックは嫌な予感がした。




 フルールの審議をした司令官は思う。

 あの時スケッチブックを巻き上げた突風は、神の思し召しだったのか、それともフルールが本当に神の愛し子なのか。

 まさか捕まえた船員の証言の先に、フルールの影があるとは思わなかった。


「ちくしょう! 公爵家の私兵にさえ嗅ぎつけられなきゃこんな事には!」

「なぜ私兵が出てくる」

 国の問題に公爵家の私兵が関わっているのであれば、公爵なりリリックなりが話を通さない訳がない。

「はっ、何を言って、白々しい。あんた等が公爵家に助けを求めたのは知ってんだぜ。でなきゃわざわざあいつらがジンコクまで出張って来るかよ!」


 ジンコクとは東の港を管理する子爵領の商都で、通常であれば私兵は入ることができない。

 よくよく聞けばそれはフルールの家出騒ぎがあった日のようだ。

 他領に入るには通行証が必要だが、申請の際には騎士団を通さねばならず、どんなに急いでも発行に半日はかかる。

 しかし、あの日そんな時間も申請もなかった。


 いや、ちょっと待て、──報告はあったか。私兵を動かした旨の。

 人命にかかわる事だったゆえ、並行しての報告となりすまないとのこと。通行証の使用は、先に陛下より承っているとの内容も一緒に公爵家の執事が持ってきた。どこの領に入るかまでは書いてなかったがあれのことか。

 あの時点では、どこの領に入るのか、通行証の必要があるのか、それすらもわからず先行したものだったのだろう。今更ながらにギリアンは合点が行った。

 しかしすでに発行済の通行証が手元にあるとは……ちょっと陛下は甘やかしすぎなのではないだろうか。だがフルール嬢に使ったのか……。 


 よりによって、奴らに最も不利になる形で使われた通行証。

 その先にフルールがいるかもしれないとして使われた通行証。


 その後も聞けば聞くほどフルールに繋がる事柄が出てくる。

 先のデビュタントで茶番が起こらなければ、そのままダンスが行われ何事もなく幕を下したであろう。

 アリーがフルールに絡んだことから空気が変わり、リリックの暴走でお開きとなった。

 そして今日だ。


 いや、すべてがあのスケッチブックから始まった事だ。


 スケッチブックに肝を冷やしたから有事を敷いた。そしてリリックは小さなことでフルールが怪しいと睨んだ。有事体制をとったことにより麻草の密売に辿り着いた一方で、公爵家が決めたこととは言え、成り行きでリリックとフルールは婚約した。だからこそあの日、フルールの身を案じ私兵を出した訳だが。


 なんだ、この符号がぴたりと合うような感覚は。

 ギリアンはうすら寒いものを感じた。


 有事体制を敷いた騎士団は、すぐさま国王に報告した。当然有事解除となった時も。その理由も。

 デビュタントのやり直しを許可したのは国王だが、やり直しをするような事態にならなければこのようなチャンスは来なかったのであって、積み荷の麻草が倍という、逃げも隠れも出来ないような量の取引を逃せばドゥユビエールまでこんなに最短で届くことはなかっただろう。


 耳打ちされた国王は、ドゥユビエール侯爵家とアンナリー商会を捕縛したとして受けた報告の中に、フルールの名を聞き目を揺らしたのだ。

 それをリリックが見逃さなかった。

 尤も、リリックの嫌な予感は、首謀者に逃げられた最悪の事態を想定したものであり、まさかフルールが関係しているとして、後日あんなことになろうとは思いもよらなかった。



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