78 その依頼内容とは
麻草をなぜ今まで見逃していたのだ、騎士団の怠慢ではないか、そうお叱りを受ければ甘んじて受けるが、これは相手が一枚上手だったというしかない。海を渡った国の貴族も加担している。毎日見ているものでも扉がなければ開けられない。仕掛け扉と同じようなものだ。その手口はこの国では類を見ないもので表面上はまったくわからなかった。
商品としてはキャンドルそのもので、見栄えも、ドライフラワーなどで華やかにした昨今の流行だ。貴族御用達の店ならどこにでもある人気の商品。それが媒体にされていた。
踏み込んだ先でその絡繰りが露見した。絡繰りがわかれば後は簡単で、ペーパーナイフでも取り出せる。くりぬかれた胴にナイフを入れればその中にぎっしりと詰まっていた。
その輸送も荷台ではなく御者の尻の下、つまり御者台に隠して運んでいたというから敵ながらあっぱれだ。荷馬車の御者台など作りが知れている。そこに金をかけるとは誰も思わなかった。
ドゥユビエール侯爵家からでる馬車も荷車も、当然全て調べたのだ。
それにもかかわらず成果はなく、ドゥユビエール侯爵家を頂点に組織化されたグループは、見事にこちらの目を欺き捜索をすり抜け、泳いでいた。
シッポを掴ませないどころか水面も揺れない状態で、このまま行けば国はもしかすると傾いたかもしれない。
蓋を開ければそれ程の被害をあたえる暗躍ぶりだった。
その牙城に槍を刺したのがフルールだ。
────しかしここまで、影響というか、余波というか、とにかく全く別のところで起こった物事がこうも影響を及ぼすとは考えもしなかった。
突風でスケッチブックが飛ばされなければ、リリックが拾わなければ、その縁で婚約までしなければ、岐路は多々あった。しかしそれは回避されることなく今日まで来た。
フルールの刺した槍はそのまま牙城を崩し始めた。
フルールの知らないところで、フルールに関わる事態が発端となって、少しずつ、静かに、じりじりと。
そしてついに崩壊した。
海の向うの他国をも巻き込んだ事件ではあったが、予想外に早く終結した。
それもこれも、リリックの伯父である隣国の王が首を突っ込んだからだ。
甥の結婚式があるのだ、さっさとドゥユビエール侯爵家を潰してその爵位を祝儀にしろと、手際よく。
麻草を処分するには消し炭にするしかないが、あの量だ。どこで焼こうが一気に焼き上げたら国中が中毒者で立ち行かなくなる。その管理を隣国が半分請け負ってくれた。両国の中間にある廃城で両者が立ち合い定期的に焼却するとして、こちらの負担を軽減してくれたのだ。
爵位の譲渡はすべてエーデル家が画策していたことだが、ここまではっきりと言われてしまえば建前などどうでもよくなる。赤裸々に過ぎるが国王とてそこに意見する気はない。そうなるだろうと思っていたことがより早く実現しただけだ。
書類を急がせリリックが署名すると、婚姻と同時に侯爵になる準備は整った。保証人に隣国の王が名を連ねているのは皆見なかった事にした。決して爵位の乗っ取りでも領地の乗っ取りでもないはずだ。……そんなつもりは……ない……はずだ。
そこまでを半月で終わらせ落ち着いたと思った頃に、騎士団からフルールに仕事の依頼が来た。
ひとりの騎士が口頭で持ってきたその依頼を、聞いたその場でフルールは快諾した。
ハンナが、お嬢様まず旦那様にお伝えしなければと言葉にする瞬間にはもう、話を持ってきた騎士が「では本日はこれで失礼します」と纏まった話を持って帰るために踵を返していた。
伯爵は、あいにくこの日からは領地に行ってしまい帰りは一週間後だ。
止む無く、ハンナは近衛隊長リリックへ繋ぎを取った。
「聞いてない! どういうことですか司令!」
ハンナからの報告を受けるとすぐにリリックは、司令室のギリアンへ詰め寄った。
「どういうこととは?」
「とぼけないでください! フルールになにをさせようと言うのですか。フルールは俺の婚約者です。俺を通してください!」
「フルール嬢は先のデビュタントで大人の仲間入りをして、社会的には成人と見なされる。そうなれば保護者も後見人も必要なくなる。ひとりの大人として直接話を持っていっただけだ。お前を経由する必要はない」
「っしかし!」
悔しそうに拳を握るリリック。
「はあ、こうなると思ったからお前に話さなかったんだ。お前も今回の報告書を呼んだだろ。そこに、直接ではなくてもフルール嬢の関与が疑われた。疑われた、と言うのはこの場合適切ではないが、もう少し様子をみることが必要との話になったのだ。しょうがないだろう。あんな力を持った上で、こんな偶然を呼び寄せる人間を野放しにはできないんだ。こっちとしても親友の娘をだまして監視するようなことは辛い。できるならやりたくなどないさ。だが、考えてみろ、あの娘相当ずれてるぞ。それをこのままにしたらどうなる? 公爵家が私兵を出してまで惚れ込んでいる娘だと言うことは今回の事件で知れ渡った。今はまだいいが、これから先フルール嬢の身に危険が及ぶことも考えられる。最悪攫われるかもしれない。それを防ぐには今回の依頼は持って来いだと思うがな」
リリックの顰めたままの顔は戻らない。拳も依然握られたまま。
「お前がどう思おうが、王命だ。覆らないぞ」
ギリアンの言葉にリリックの拳が、力強くグッと固くなり次の瞬間には緩んだ。同時に「王都巡回にでてきます」と言い残しリリックは扉を開け放った。
「近衛の隊服で王都に行くな、ばか者が。……仕方ない、今日だけ見逃してやる」
貸しだからな。
「ハンナ! フルールは!」
リリックは隊服のまま馬に飛び乗りナート家の門をものすごい勢いで通過した。そして、馬を預かるリツギも間に合わないほどの勢いで家に飛び込んだ。
「り、リリック様?!」
連絡してから、そう間を置かずに飛び込んできたリリックに連絡した本人ハンナも驚く。
「リック様? どうしたのですか?」
リリックの声が聞こえたフルールも部屋から出てきた。
国中の女性が惚れると言うリリックの隊服には興味も示さず、至極きょとんとした顔で出迎えたフルール。
「フルール! どうして、依頼を受けた!」
「え? ああ、先ほどの件ですね。だって楽しそうだったんですもの。それに毎日リック様に会えると聞きました」
「……俺に会えると聞いて快諾したのか?」
リリックの後ろにいるハンナがすごい速さでジェスチャーをしている。
挽回のこの機を逃すなと言わんばかりの鬼気迫るジェスチャーだ。
頷けばいいのかしら?
コクリと頷いたフルールにハンナはホッとし、リリックは顔に手を当てた。
「違うのですか?」
「いや、違わないが……」
快諾の理由にまさか自分が含まれているとは思わず、嬉しいやら恥ずかしいやら、なんと答えればいいのだろう。ここに来るまではどうやって受けた仕事を撤回してもらうか、そればかり考えていたのだ。続く言葉が見つからない。
「リック様とお茶もできて、国のためにとても役立つことだと聞きました。リック様の妻になるのです。国防に力を貸せるのはとてもいいことだと思います。考える余地などありませんっ!」
ふんっと意気揚々と鼻を鳴らし、立派な事をこれからするのだと悦に入った様子のフルールですら可愛いと思うリリックは『妻』の響きに顔が緩みそうになったが、ん? 茶? 内容がどこかおかしい気がする……と首を捻る。
「フルール、書状はあるか?」
「? なんですかそれ?」
その時気づいた。王命なのになぜ口頭なのだと。
ギリアンは確かに王命だと言った。だから覆せないと。
書状と共にその内容を伝えるのが本来の王命のあり方だ。
どういうことだ?
「フルール、君は依頼を持ってきた騎士から何を聞いたのだ?」
ハンナの便りには事を急ぐためか走り書きの要点しかなかった。
ギリアンも詳しい内容は口にしなかった。
「はい、先ず毎日リック様と登城し騎士団に籍を置いてほしいそうです。お茶もランチもリック様と一緒と言われました。そしてリック様の補佐として騎士の指導に当たってほしいと。それから、わたくしにも護衛術などを教えてくれるそうです」
「ん? ちょっと待ってくれ。共の登城はいい案だとしても、茶も昼飯も毎日一緒は難しいな……せいぜいが同じ内容を出すくらいだ」
「まあ、そうですか。ですが同じものが食べられるのでしたらいいです」
さして残念に聞こえない言葉だが、それはフルールお得意の前向きに捉えたものなのか、そこへの興味がそれほどなかったのかどちらだろうか。……恐らく後者だ。
「補佐とは何をするか聞いたか?」
「ええと、騎士をよく見て観察しダメだと思ったところを伝える、だそうです」
ほうほう、そうきましたか。お嬢様。
あの時の騎士殿は「注視でその者の体幹を見つけ出してほしい」と言っておられました。
元より、出だしが違います。
騎士団に所属と言う扱いのもとリリック様と共の登城となり、お茶も食事もリリック様と同等のものを用意するとの仰せで、補佐ではなくリリック様の許しがある範囲で、その体幹とやらの姿勢を見てほしいとのことでしたよ。
フルールのスケッチブックにはダメ出しと思われる不名誉なことを書かれている者も多い。──後ろにかわす際、後方に飛ぶ姿がびっくりした猫に見える。にゃ! ──少し身を低くした様子はカエルのようだ。ケロケ~ロ ──大きいのに構える時の口がリスのように膨れて面白い。モグモグ 等々。最後はただの面白い顔だ。
……だからギリアンがしつこいくらいスケッチブックの情報が漏れていないか聞いたのだ。
弱点だけならまだしも、情けない姿も同時に晒されることになっては心が抉られ、士気が下がるだろうとして。
どうすれば正しい姿勢に持っていくことができるか、そのあとに続く補足的なもの、それがフルールにとっての正解の姿勢で、同時にダメだと思う所なのだろう。
それだけよく見えているということだ。
見ただけでどこに重心を置けば正しい姿勢になるのかわかる。ここまで正確に瞬時に判断することは騎士の上に立つ者でも、まず無理だろう。
そんな人物がそばにいてさらに、殿方のカラダを見るのが大好きなのだ。嫌々で押し付けるわけではない。そして婚約者がいる職場となれば問題は全て解決したようなものだ。
騎士団の言い分も、未だ重要人物とする国王の言い分も分かる、分かるが納得は出来ない。
ハンナはナート家の恥を晒すことをわざわざしてほしくないし、リリックはもちろん男の中にフルールを放り込みたくない。
「ハンナ殿、ここはひとつ」
「よござんしょう、ナート家の為とあらば老体に鞭を打ちましょう」
かくしてリリックとハンナの協定がここに結ばれた。




